新動力源、新エネルギー
インド乗用車・二輪車市場の展望(2)

2024年9月12日

本連載の第1回では、いまだに公共機関を利用する庶民が多く、今後の経済成長に伴って所得水準が上昇することで、移動に便利な自動車を求める世代が増えていく様子を見た。第2回は、環境にやさしいと注目されている新しい動力源や新エネルギーの現状を整理し、今後の方向性を考察する。

環境整いつつあるエタノール燃料車

インド政府は、再生可能エネルギーで、環境に配慮されたエタノール燃料(注1)を積極的に推進している。ガソリンにエタノールを20%混合したE20は、当初計画より前倒しで2023年2月からインドの一部地域で発売し、2025年4月までの全国導入を計画している。E20を普及させることにより、原油などの燃料輸入コストを年間3,500億ルピー(約5,950億円、1ルピー=約1.7円)削減可能と試算している。エタノール原料のサトウキビや食用穀物のみならず、農作物の残りかすを利用してエタノールを生産する研究開発が進められており、今後供給能力も拡大する見込みだ。

市場では、ガソリンを燃料とする車両にE20を使用可能にする、エタノールによる腐食防止や空燃比変化時の対策などを織り込んだ改良が施された車両が増えてきた。特筆すべき点は、従来のガソリン専用モデルのみならず、ガソリンを併用する圧縮天然ガス(CNG)車両やハイブリッド車(HV)にも横展開されている点だ(写真1)。


写真1:E20が使用可能なCNG車両。右側にガソリン給油口と
CNG充填(じゅうてん)バルブがある(ジェトロ撮影)

2024年8月時点の各メーカー販売車両の対応状況は、韓国メーカーは一部オプションで対応、欧州メーカーはエンジン設計が欧州仕様ベースのためE10まで使用可能だが、まだE20を使える仕様になっているものは少ない(写真2)。一方、日系メーカー数社やインド地場メーカーは既にE20 対応仕様へ切り替え済みで、少しずつE20が使える環境になりつつあるようだ。


写真2:欧州メーカー車はE10 まで対応可能が主流(ジェトロ撮影)

E20をはじめ、今後エタノールの含有率を増加させたE85 やE100 を使う場合の課題がある。まず、エタノールの引火点がガソリンに比べて高く(注2)、外気温の下がる地域や冬季にはエンジンが始動しにくい、または始動しないといった現象も起こる可能性がある。

さらに、ガソリンとエタノールの理論空燃比(注3)が異なるため、燃費が悪くなる可能性がある。2024年8月現在、E20のインド市場価格は2023年2月の販売開始時点からガソリンと同じ価格で販売されている(写真3)。


写真3:E20(最下段)などの店頭価格例
(ルピー/リットル、2024年8月時点、ジェトロ撮影)

石油・天然ガス省は2024年3月、インド石油公社がエタノール含有率100%のE100を全国183 カ所の給油所で販売を開始したと発表した。今後、政府指導の下で安く供給できる体制が必要で、価格メリットを享受できないと、今後のエタノール燃料普及は難しいだろう。

徐々に人気高まるHV

電気モーターのみで走行する電気自動車(EV)と異なり、異なる動力源を組み合わせて走行するHVの技術や性能は、日本市場をはじめ、世界で広く認知され始めている。EVに使用されている高コストのバッテリーを多量に積載する必要がないため、車体重量増加や、コストも低く抑えられるメリットがある。ガソリンエンジンのみの車両と比べると、HVは電気モーターだけでも走行できるので、車内静粛性も高く、燃費の改良効果も明らかだ。ジェトロ・チェンナイ事務所の公用車としても約2年前に導入し、今まで故障もなく、ランニングコストも低く抑えることができ、安心安全な移動手段だ。既に市場では、HVに再生可能エネルギーのE20に対応した仕様が発売されている(写真4)。


写真4:エタノール燃料(E20)が使用可能なHVモデル(ジェトロ撮影)

インド市場でも少しずつHVの人気が出てきていることは間違いなく、チェンナイ市内にあるトヨタ・キルロスカ・モーターのディーラー営業担当者によると、「納車時期は以前より改善されたが、7人乗りのHVモデルはいまだに6~8カ月待ちで、依然人気があり、供給が追い付いていない」という。これが、同社の第3工場への投資発表(2023年11月28日付ビジネス短信参照)の背景だろう。さらに、増産体制強化に向けた第4工場建設計画(2024年8月9日付ビジネス短信参照)も発表された。加えて、全車種をEVに移行すると発表していた韓国メーカーも、EVが主流になるまでの間はHVを導入して、高まる需要を取り込む方針で、2026年にはスポーツ用多目的車(SUV)モデルのHVを発表する計画だ。第1回で触れたHVに掛かる間接税率が下がることになれば、今後、購入価格も大幅に下がるので、HVが大きく飛躍することは確実だ。

多くは燃料切替可のCNGモデル

CNGは、燃焼しても酸性雨や大気汚染の原因とされる窒素酸化物(NOx)の発生量が少なく、硫黄化合物(SOx)も発生しないので、環境にやさしいエネルギーと言われている。

インドで現在販売されているCNG車のほとんどは、ガソリンエンジン車をベースに、CNGをエンジンに供給・制御する装置を追加することにより、ガソリンとCNGの双方を燃料として走行することができるモデルだ。そのため、CNGタンクはリアのトランクルーム内に配置され、使用する燃料を状況に応じてマニュアルで切り替えることも可能なモデルになっている(写真5)。


写真5:(左) 車両トランク内に配置されたCNGタンク(ジェトロ撮影)
(右)ガソリンとCNGの切り替えボタン(ジェトロ撮影)

2024年7月にインド地場メーカーが二輪車では世界で初めてのCNG対応モデルを発表し、話題となった。四輪メーカーもCNG対応モデル数を増やし、拡販を計画する発表が増えている。各メーカーの資料によると、ガソリンとCNGの燃料の違いによる出力差はほぼないため、動力性能差は感じられないという。現在、チェンナイ近郊での燃料価格は、ガソリン価格(レギュラー相当)は1リットル110ルピー、CNG価格は1キログラム約90ルピーと約2割安い。また、燃費もガソリンに比べ、CNGの方が四輪車では約3割、二輪車では約5割良いため、ユーザーはランニングコストを抑えることができる。

さらに、化石燃料であるCNGから、牛ふんを発酵させた再生可能エネルギーである圧縮バイオ(メタン)ガス(CBG)に注目した研究も進められ、実用化されれば拡大方針となろう(2023年9月19日付ビジネス短信参照)。

課題の1つとしては、インドでCNG充填(じゅうてん)ステーションが偏在しており、ニューデリー近郊やグジャラート州など北西州に多いようだ。その理由として、政府は都市ガス普及に向けて、入札により地域ごとの都市ガス独占事業権を民間企業に付与しているため、企業の規模や営業方針によって充填ステーション数が異なるためだ。

石油・天然ガス省の報告によると、充填ステーション数の整備は、インド全国で3,628カ所(2021年12月時点)から、8,181カ所まで増やすことが計画されているものの、2024年5月末現在で6,959カ所とどまっている。

インフラ面の課題はあるが、インド市場では、カーボンニュートラルの実現目標に向けて、環境にやさしい新動力源や新エネルギーを使用可能とする自動車が少しずつ増えてきているようだ。

第3回は、世界的に注目されているEVの状況と、自動車メーカーの動きについても触れ、今後の自動車産業がどのような方向に進むのかを考察する。


注1:
エタノールは、サトウキビやトウモロコシなどの生物資源を原料とし、成長過程で温室効果ガス(GHG)の二酸化炭素(CO2)を吸収しているため、燃焼時に水(H2O)とCO2を排出するが、ライフサイクル全体でみると、CO2の排出と吸収は実質ゼロとなる点で、環境にやさしいエコ燃料と言われている。
注2:
ガソリンの引火点はマイナス40度以下、それに対して、エタノールは約13度。
注3:
燃料と混合気中の酸素が過不足なく燃焼する際の比率。エタノールで同じ排気量、同じ回転数を維持するには、ガソリンの約1.6倍の燃料を要する。
執筆者紹介
ジェトロ・チェンナイ事務所 海外投資アドバイザー
淺羽 英樹(あさば ひでき)
大手自動車部品メーカーに34年間勤務。商品設計・評価、品質保証、マーケティング、代理店支援・販路拡大など、モノづくりからお客様対応までの全般業務を経験。サウジアラビア、ドイツ、タイ、ブラジルで、通算17年の勤務経験あり。2022年3月から現職。