2023年度以降の状況
インド乗用車・二輪車市場の展望(1)

2024年9月12日

インド市場で2023年度(2023年4月~2024年3月)の乗用車〔多目的車(UV)とバンを含む〕の国内販売台数(出荷ベース)は初めて400万台を超え、過去最高を更新した(2024年5月21日付地域・分析レポート参照)。また、2024年度第1四半期(4~6月)が経過した現在もその勢いは継続し、堅調な成長が続いている(2024年7月17日付ビジネス短信参照)。この成長はどこまで続くのだろうか。本レポートは、客観的事実に基づき、三部構成で現状の整理と分析を行う。

第1回は、街中の状況や市場で現在販売されている車両情報、販売実績などを踏まえ、その特徴や消費者の嗜好(しこう)などを分析・整理し、今後の方向性を考察する。

主要都市の様子から

インドの主要な各都市では、慢性的な交通渋滞が連日発生している(写真1)。これは、自動車の登録台数増加に対して、道路インフラ整備が追い付いていないためだ。財務省は2024年7月、2024年度の国家予算案を発表し、交通インフラ分野には全体の11.3%に当たる5兆4,413億ルピー(約9兆2,502億円、1ルピー=約1.7円)を計上、優先課題として取り組む姿勢を打ち出している(2024年7月31日付ビジネス短信参照)。

渋滞中に停車している乗用車内の乗車人数を観察すると(写真1)、ドライバーのほか、助手席や後席にも乗車している割合が心なしか多いことに気づく。1人や少人数の短距離移動を中心とした生活手段としては、従来どおり二輪車(モーターサイクルやスクーター)や三輪車(オートリキシャ)を利用する姿を多く見かける。特に朝夕の通勤時間帯や、子どもを学校まで送迎する際の移動手段としても、二輪車が広く使われている。


写真1:チェンナイ(左)とベンガルール(右)の通勤時間帯の渋滞状況(ジェトロ撮影)

一方、長距離移動の場合はどうだろうか。筆者が駐在するインド南部のタミル・ナドゥ州チェンナイから西側のベンガルールまで片道約350キロ(東京~名古屋間とほぼ同じ)を移動する場合、費用は飛行機利用で約2,900ルピー、バス指定席で約600ルピー、鉄道の場合は、2等車(エアコンなし)で160ルピーと、大きく差がある。駅のプラットフォームやバスターミナルでは、乗車を待つ多くの庶民の姿がみられる(写真2、3)。庶民にとっては比較的運賃の安い鉄道やバス利用が重要な移動手段として使われているようだ。家族と一緒に行動する場合など、多人数の移動時は荷物も多く、今後、自家用車が持てるようになれば、好きな時間、かつ容易に移動できるので、便利になるのは間違いないだろう。


写真2:チェンナイの駅での鉄道2等車両に
乗り込む人々(ジェトロ撮影)

写真3:チェンナイ市内から家路に向かう
バスを待つ乗客 (ジェトロ撮影)

チェンナイ近郊は、自動車メーカーの組立工場や開発拠点が多く、日中は公道を走行している新しいモデルの開発車両と遭遇することも多い(写真4)。これは、各自動車メーカーが自社のプルービンググラウンド(テストコース)での特性評価のみならず、実際の使用環境下になる公道走行を通じて、耐久信頼性の確認やデータ測定などを行い、発売後の評判や信頼を落とさないために、完成度の高い品質や目標性能に仕上げるためだ。

2024年下期には、複数の四輪車、二輪車メーカーが新モデルの発表を予告しており、今後の市場成長を見据えた各メーカーがシェアを維持拡大するため、積極的な開発を進めていることが分かる。


写真4:チェンナイ近郊を走行する開発車両(ジェトロ撮影)

四輪乗用車の価格帯

現在市場で販売されている四輪乗用車は、どのような価格帯のモデルが多いのだろうか。2023年度販売上位7社(表1参照)について、燃料別、動力源別に、各車種ベースモデルのショールーム価格を整理した(図1)。

表1:2023年度の四輪乗用車国内販売台数
メーカー 2023年度(2023年4月~2024年3月)
販売台数(台) シェア(%)
マルチ・スズキ 1,759,881 41.7
現代自動車 614,717 14.6
タタ・モーターズ 582,915 13.8
マヒンドラ&マヒンドラ 459,877 10.9
トヨタ・キルロスカ 245,676 5.8
起亜 245,634 5.8
ホンダ 86,584 2.1
その他 223,462 5.3
合計 4,218,746 100%

出所:インド自動車工業会(SIAM)資料からジェトロ作成

図1:四輪乗用車販売上位7社のショールーム価格(N=109)
 ベースモデルの価格帯が一番多いのは50万ルピー超から100万ルピー以下で、全体の約半分を占める。 動力源別にみると、内燃機関であるガソリン車、ディーゼル車、CNG車の順に多い。 EVとHVモデルは内燃機関車に比べると設定数が少ない。

注:車種のベースモデルの台数とショールーム価格帯(1ルピー=約1.7円)。
出所:各社公表資料からジェトロ作成

ベースモデルの価格帯は、100万ルピー以下が全体の約5割を占める。動力源別モデル数では、内燃機関のガソリン車、ディーゼル車、CNG(圧縮天然ガス)車の順に多い。

車体にかかる税金〔GST(物品・サービス税)+CESS(補償税)、表2参照〕は、車の排気量や車体サイズによって税率が異なり、小さいサイズが優遇されている。電気自動車(EV)は内燃機関を有するモデルよりさらに優遇されているものの、100万ルピー以下のモデルは少ない。標準設定車からバッテリー積載容量を減らし、航続距離を犠牲にしても価格を重視したモデルも含まれている。全般に内燃機関モデルと比べると、EVやハイブリッド(HV)の設定車種は少なく、価格もやや高い設定であることが分かる。

表2:四輪車/二輪車の工場出荷時車体価格にかかる税率
項目 車輛
カテゴリー
条件 間接税(%)
GST CESS 合計
四輪車 小型車 (ガソリン、CNG、LNG)全長4m以下、排気量1200cc以下 28 1 29
(ディーゼル)全長4m以下、排気量1500cc以下 28 3 31
中型車 全長4m超、排気量1500cc以下 28 17 45
大型車 全長4m超、排気量1500cc超 28 20 48
UV/SUV 全長4m超、排気量1500cc超、最低地上高170mm以上 28 22 50
HV 全長4m以下、排気量1500cc以下 28 0 28
全長4m以下、排気量1500cc以下のカテゴリー以外 28 15 43
四輪車/二輪車 EV (車体寸法条件無し) 5 0 5
二輪車 除くEV 排気量350cc以下 28 0 28
排気量350cc超 28 3 31

出所:インド財務省公表資料からジェトロ作成

EV以外の環境にやさしい動力源として注目されているモデルについても、自動車メーカーから税率改定の要望が出ている。例えば、モーターとエンジンを組み合わせ、双方の特徴を効率よく採用しているHVはEVと同じ5%に、政府が積極的に拡大推進しているガソリンにエタノールを混合した燃料が使用可能なフレックス燃料車を12%に下げる改定案が財務省で審議されていると報道されている。認可されれば、購入価格が大幅に下がるため、拡販の後押しとなるのは間違いないだろう。今後の動きが注目される。

四輪乗用車のカテゴリー別販売台数の傾向

2018~2023年度の過去6年間のカテゴリー別販売台数を整理した(図2)。今まで販売の主力だった小型車カテゴリーが減少している一方、多目的自動車(UV)の販売が急成長している。実に2023年度販売台数の2台に1台はUVだ。今まで少人数の移動ならば小型車で十分だったが、家族や友人などと一緒に移動する場合、やはり短距離移動でも車室空間が広く、快適性が向上した車両を求める傾向となっているようだ。なお、インドではスポーツ用多目的車(SUV)は、UVカテゴリーに含まれている。

図2:四輪乗用車のカテゴリー別販売実績推移
2018年度から2023年度まで6年間の四輪乗用車販売台数のカテゴリー別推移を表している。今まで販売の主流であった小型車が減少し、UVカテゴリーが急増している。

出所:インド自動車工業会(SIAM)の資料からジェトロ作成

国内販売台数と今後の見込み

自動車産業はGDPを構成する基幹産業の1つだ。インド地場自動車メーカーのみならず、世界の自動車メーカーも積極的に投資や事業拡大を発表し、新興メーカーも多く出現している。インドは高いGDP成長率を持続しており、今後数年のうちにGDP総額でドイツ、日本を抜いて米国、中国に続く世界第3位の経済大国になることが確実視されている。

インド市場の1995~2023年度の四輪乗用車と二輪車の販売実績を振り返ると、新型コロナ禍で一時期落ち込んだものの、回復し、四輪乗用車は2022年度から過去最高を更新中、販売台数は過去約30年で10倍程度に拡大している。二輪車販売も2021年度からV字回復している。販売実績とGDP総額の関係を整理すると、いずれも両者の関係は非常に類似しており、ほぼ同期していると言っても良い関係にあることが分かる(図3、4)。

図3:インドの四輪乗用車国内販売台数とGDP総額
1995年度から2023年度までの四輪乗用車販売台数を左軸、GDP総額を右軸として相関関係を表わしている。両者の増減は非常に類似しており、同期していると言ってもよい。2019年度からのコロナ禍で一時販売台数は落ち込んだものの、2021年度から回復基調になっている。IMFの経済見通しによれば、2028年のインドGDP総額は、6兆4,370億ドルとなり、2028年の四輪乗用車の販売予測は800万台に近くなることが予測できる。

出所:世界銀行、IMF、SIAMの資料からジェトロ作成

図4:インドの二輪車国内販売台数とGDP総額
1995年度から2023年度までの二輪車販売台数を左軸、GDP総額を右軸として相関関係を表わしている。両者の関係は非常に類似しており、同期していると言ってもよい。2019年度からのコロナ禍で一時販売台数は落ち込んだものの、2022年度から回復基調になっている。IMFの経済見通しによれば、2028年のインドGDP総額は、その額は6兆4370億ドルとなり、2028年の二輪車の販売予測は4,500万台に近くなることが予測できる。

出所:世界銀行、IMF、SIAMの資料からジェトロ作成

IMFの経済見通しによると、2029年の名目GDP総額は約6兆4,400億ドルになると推測されている。このGDP総額から2029年度の販売台数を予測すると、それぞれ2023年度の販売台数の約2倍に当たる四輪乗用車が約800万台、二輪車が約4,500万台に手が届くところまで成長する見込みだ。これは、各自動車メーカーがシェアを維持・拡大するため、積極的に生産体制を拡張している状況に重なる。

インドは毎年高いGDP成長率を持続しており、今後約30年間は人口ボーナスを享受できると予測され、経済活動が順調に拡大・成長し、中間所得層が増えていくことが見込まれている。従って、これから移動手段として便利な自動車が増加するのは確実だろう。

第2回では、環境にやさしい新動力源や新エネルギーの普及・進捗について、現在の市場状況を整理する。

執筆者紹介
ジェトロ・チェンナイ事務所 海外投資アドバイザー
淺羽 英樹(あさば ひでき)
大手自動車部品メーカーに34年間勤務。商品設計・評価、品質保証、マーケティング、代理店支援・販路拡大など、モノづくりからお客様対応までの全般業務を経験。サウジアラビア、ドイツ、タイ、ブラジルで、通算17年の勤務経験あり。2022年3月から現職。