食分野でも中国シフト、K-POPと合わせて韓国フードも存在感(ロシア)
2024年9月2日
一般的なすしロールから、ラーメンやおにぎりなどのカジュアル系まで、ロシアで日本食の浸透度は高い。ロシアの地図情報大手2GISで「日本食」と検索した場合、モスクワで約1,600店の日本食レストランがヒットする。通りを歩けば日本食の看板は至るところにあり、高級スーパーマーケットの一角やアジア食材専門店では、日本産食品をよく目にする。
モスクワの日本食レストランのシェフや食品インポーターに6月3日~20日にインタビューしたところ、ロシアのウクライナ侵攻に端を発して、さまざまな困難に直面しているという。同時に、「アジア」というカテゴリーでは、韓国や中国の料理や食材も勢いを増す姿が浮き彫りになってくる。
ロシアに進出する日系企業の活動停止や休眠化の動きが相次ぐ中、食品関連のビジネスもウクライナ侵攻の影響は免れていない。飲食業を特に悩ませるのが「動員令に対する不安」だ。ロシアでは2022年9月の部分動員発令時に大量の国外脱出者が出た。ミドル層向け日本食レストランのシェフA氏によると、動員令の直後はカップルでの来店が激減したという。その後、客足は徐々に戻ってきてはいるものの、当地では選挙などの節目で、「また動員があるかもしれない」とのうわさが絶えない。そのたびにレストランへの客足が遠のく。高級日本食レストランのシェフB氏も「動員のうわさが完全に打ち消されてほしい」「ほかの問題は何とかなる。いつまた動員令が出るかも知れないというのが最大の不安要素だ」と話す。
「人手不足」も深刻な問題だ。ロシアでは西側諸国による経済制裁を受けて輸出が減少。経常収支の悪化などを背景に、通貨ルーブルは全体的には下落の傾向にある。その結果、一般的に日本食レストランの厨房(ちゅうぼう)に立つことの多いウズベキスタンやキルギスなど中央アジア出身の移民にとって、出稼ぎ先としてのロシアの魅力は低下している。これに対し、経営側は、上げ幅はわずかとしても、定期的に昇給を実施するなどして、従業員の定着率向上を図っている。また、外国人従業員の出身国をバラバラにせず、特定の一国にまとめることで、従業員間のコミュニケーションを円滑にし、無用なトラブルを回避している。人手不足はレストランに限らない。日本食の輸入卸と小売りに携わる地場企業Cによると、3月22日に発生したモスクワ郊外のコンサートホールでのテロ事件以降は特に、トラック輸送の重要な担い手だったウズベキスタン、タジキスタン出身の労働者が減り、既に輸送料金の引き上げがあったという。
ロシアのウクライナ侵攻は「食材費の高騰」や「設備更新の難化」の直接的な原因にもなっている。食材費の高騰は、例えば、ノルウェー産やアイスランド産のサーモン。2014年のロシアによるクリミア「併合」時に欧米の経済制裁への対抗措置として、ロシア側が輸入を禁止したにもかかわらず、何かしらのルートで国内に流入し続けていたが、今回のウクライナ紛争をきっかけに再び供給が不安定になり、価格が急騰している。北部ムルマンスクで養殖される国産サーモンも市場には出回るが、「今後また北欧産サーモンの入荷は増えるだろう」との期待感から、国内企業による投資はあまり進まない。国産品の供給量が増えないことから、需給が逼迫した状態が続く。ロシア人の大好物サーモンは日本食レストランにとっては必需品だ。ミドル層向け日本食レストランのシェフD氏は「今は何とかほかの食材との間でバランスを取っているが、このまま高騰が続けば、メニュー価格の引き上げはやむを得ない。他方で、自分たちは『手頃さ』を売りにしており、値上げはしにくい」と苦労をにじませる。
調理設備でいえば、ある日本食レストランでは、関係する工場でかねて日本製の食品加工機械を使っていたが、侵攻以降、特定のメンテナンス用の部品が日本からロシアに入りづらくなった。結局、品質はやや劣るものの、一部は中国製に切り替えることに決めた。日本からの輸出制限が長期化すれば、調理設備の更新で困難に直面する飲食店がほかにも出てくる恐れがある。
「サプライヤーからの供給の停止」も、特に日本食インポーターにとっては大きな悩みだ。ロシアがウクライナ侵攻に踏み切ったことを契機に、一部の日本のメーカーや卸売企業はロシアとの取引を停止した。複数の日本食インポーターに話を聞いても、供給が再開した事例はまだ少ない。再開したとしても、小売り用ではなく業務用のみとなるなど限定的だ。主に日本から食品を輸入する地場企業Eは「購入する側としては、十分な物量を確保した上で安定的に調達することが必須で、そうなると大手企業との取引が望ましい。しかし、特に日本の大手企業はロシアと取引したがらない」と苦しい状況を明かす。
最近特に顕在化してきた「ロシア政府による不合理な対応」も、ビジネス上のネックとなる。ロシアは2023年秋、中国と足並みをそろえるかたちで、日本からの水産物輸入を事実上禁止した(2023年10月18日付ビジネス短信参照)。この影響を受けるインポーターやレストランは少なくない。先述の日本食インポーターのCは、ロシア政府が輸入代替政策の一環として国産の加工食品を増やそうとする中、「外国産食品の輸入ビジネスは、今後厳しくなっていくだろう」と悲観的に予測している。実際、対象は非友好国に限られるが、ロシアでは2024年7月27日から菓子やその他の複数品目で関税が引き上げられた(2024年7月30日付ビジネス短信参照)。
K-POPの波に乗る韓国と、急速に存在感増す中国
ウクライナ侵攻が直接の原因ではないが、近年はさらに根深い問題が起きている。日本の存在感の希薄化だ。日本を含むアジアからの食品輸入と日本食レストランの運営を手掛ける地場企業Fは「日本産食品は今や、販売プロモーションを実施せず、ただ自然と売っているだけでは、販売量は減る一方だ」と話す。同社の取り扱う商品は、以前ならば全体の9割が日本産だったが、今は半減した。代わりに伸びているのが韓国産食品だ。背景にあるのは「K-POP」の台頭だ。「以前は若者にとっての関心のナンバーワンはアニメだった。今のナンバーワンは何といっても、K-POPだ」と同社の社長は言い切る。今、何もしなくても自然に販売が伸びていくのは韓国の食品だという。客から新商品の要望を受ければ、店側としては商品を探す。その結果、日本食は押されてきているというのが現状だ。
当地の日本食レストランのシェフも、「今は韓国レストランの勢いがすごい」と、韓国人気を認める。「チコ」がその代表格だ。その店内の装飾には韓国語がちりばめられ、SNS映えしそうなカラフルなメニューが並ぶ。2019年にオープンして、現在では市内に既に8店舗を有する。ウラルやシベリアなどロシアの地方部のほか、カザフスタンでも店舗を展開するまでに成長した。
韓国も日本同様、ロシアでは非友好国の扱いだ。昨今のロシアと北朝鮮の接近を受け、韓国政府はロシアへの態度を一層厳しくしていると伝えられる。その一方で、ビジネスの現場からは「政治は政治。経済は経済」と割り切っている様子がうかがえる。韓国は2024年2月、モスクワで開催された食品見本市で、非友好国の中で唯一、ナショナルパビリオンを設置した(2024年2月29日付ビジネス短信参照)。ブースの運営団体に個別に話を聞いたところ、「政府のイニシアチブではなく、あくまでもロシアとの取引を望む民間企業からの出展要請を受けての対応」との返答だったが、対ロ経済制裁に抵触しないことを前提として、ロシア向けの食品輸出の拡大に取り組もうとしている姿が浮かび上がる。
外食産業では今や、中国も無視できない存在になりつつある。中国人留学生も多く学ぶモスクワ大学や中国大使館のあるモスクワ市の南方部エリアには、雨後のたけのこのよう中華レストランが続々とオープンしている。もともとモスクワでは、日本食や韓国食に比べると、中華料理の店は多くなかった。しかし、ウクライナ侵攻をきっかけとして、中ロ関係が強化されるのに伴い、ロシアでの中華食材・料理への関心は急上昇している。ロシアの検索サービス最大手ヤンデックスによると、2023年12月に「中華料理」の検索数がほかの外国料理を差し置いて、1位となった。2位はジョージア、3位が日本、4位が韓国だった。大きな丸テーブルを囲むような典型的な中国スタイルの店もあれば、最近はこれまでのイメージを覆すようなおしゃれなインテリアの店も現れ始めている。
6月27日にオープンした中華レストラン「ウーシュー」は、人気の日本食レストラン「J’PAN(ジェパン)」(2020年8月21日付地域・分析レポート参照)のオーナーらによる新プロジェクトだ。飲食業界がビジネスの拡大を図る際に、中華料理に白羽の矢を立てたという点で、興味深い動きだ。
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- ジェトロ調査部欧州課