インド・スリランカ間の貿易・投資の現状
駐チェンナイ通商公使に聞く

2024年3月4日

インドとスリランカは、両国間の連結性強化に向けて経済連携促進を図っている(2023年7月25日付ビジネス短信参照)。日本が「自由で開かれたインド太平洋」構想を提唱する中、戦略的要衝に位置するスリランカで、事業機会の明確化を通じた具体的なビジネスの創出が注目されている(2023年8月17日付ビジネス短信参照)。

その中で結節点となり得るのが、スリランカと地理的・文化的に結びつきが強く、近年、日系企業の進出が続くインド南東部のタミル・ナドゥ州だ。同州都のチェンナイとスリランカの首都コロンボは、直線距離で700キロメートル(km)弱と東京~広島間程度の距離しか離れておらず、チェンナイからは同じインドの首都ニューデリーや主要都市ムンバイよりも近い(図1参照)。また、タミル・ナドゥ州で主に使用されるタミル語は、スリランカでも公用語となっている。

チェンナイで通商を担当する在チェンナイ・スリランカ副高等弁務官事務所のG. L. ナーナテーワー(G. L. Gnanatheva)公使に、両国の貿易投資やインド・スリランカFTA(自由貿易協定)の現状、日本企業への期待を聞いた(取材日:2024年1月9日)。

図1:インドとスリランカの地図
インドの各都市とスリランカの地図をあらわしています。スリランカはインドの南東部に位置しています。インドの南東部に位置するチェンナイからスリランカまでそれほど距離が離れていないことがわかります。

出所:外務省ウェブサイト

スリランカで中国から原材料や資材を調達し、インド・パキスタン展開の模索も

質問:
インドとスリランカの間の貿易について。
答え:
スリランカにとって、インドは最大の貿易相手国だ。2022年のインドへの輸出額は8億6,000万ドルで、スリランカにとって米国、EUに次ぐ輸出先だった。また、2022年のインドからスリランカへの輸入額は47億3,800万ドルで、スリランカにとってインドが最大の輸入元だった。スリランカからインドには、家畜の餌やスパイス、下着などの衣類や家具などを輸出している。インドからスリランカには、石油や食品(コメ、小麦粉、砂糖、ジャガイモ、タマネギ、ダール豆など)、衣類生産向けの生地や医薬品、鉄鋼製品などを輸入している。
質問:
インドからスリランカへの投資について。
答え:
2022年のインドからスリランカへの対内直接投資(FDI)額は1億5,500万ドルで、インドは米国、EUに次ぐ投資国・地域だった。2012年から2021年の過去10年間では、インドは中国、香港に次ぐ投資国・地域だった。商用車を製造するアショーク・レイランド(Ashok Leyland)、通信事業者のバーティ・エアテル(Bharti Airtel)、ガソリンスタンドを運営するインド石油公社(IOC)、タージ(Taj)ブランドを持つ大手ホテルチェーンのインディアンホテルズカンパニー(The Indian Hotels Company)などがスリランカに進出している。
現在、ジェトロ・コロンボ事務所では、複数のインド地場企業から、スリランカへの進出について相談を受けている。ある企業は、近年、インド政府が中国からの調達を抑制していることや、インドとパキスタンとの外交関係への考慮から、スリランカに新たな拠点を設立し、中国から原材料や資材を調達した上で、インド国内やパキスタンに製品を供給する事業を検討している。また、インド新興財閥のアダニ・グループ(Adani Group)は、風力発電のポテンシャルが大きいスリランカの北部州に進出し、風力発電所を開発している(2023年8月28日付地域・分析レポート参照)。
質問:
スリランカからインドへの投資について。
答え:
スリランカからチェンナイには、30社程度が進出している。具体的には、家具製造大手のダムロ(DAMRO、注)、大手アパレル製造企業のブランディックス(Brandix)、アーユルヴェーダ・スパイスティーの「サマハン」で知られるリンク・ナチュラル(Link Natural)、国営商業銀行のセイロン銀行(Bank of Ceylon)が進出している。

インド・スリランカFTA:在スリランカ日系企業から改善求める声も

質問:
スリランカは、インドやパキスタンとFTAを締結しており、これらの活用に期待してスリランカに進出した日系企業も多い。インド・スリランカFTAの現状はどうなっているのか。
答え:
同FTAは1998年12月に締結され、2000年3月に施行された。同FTAでは、表のとおり自由化が進められた。インド側は、2005年3月時点でネガティブリスト以外の対象品目の引き下げスケジュールを完了し、スリランカ側も、2008年に完了している。
表:インド・スリランカFTAによる関税自由化措置
約束項目 インド側の約束内容 スリランカ側の約束内容
基本関税を即時撤廃する品目 1,351品目 342品目
経過措置を取る品目 2,799品目(即時50%引き下げ後、協定発効後3年以内に100%撤廃) 880品目(即時50%引き下げ後、協定発効後1年以内に70%、2年以内に90%、3年以内に100%撤廃)
段階的に撤廃する品目 なし 2,802品目は協定発効後3年以内に35%以上、6年以内に70%、8年以内に100%撤廃。 HSコードが 2523.21および2523.29の品目は、対象外品目であるが8年以内に撤廃 。
クオータ制をとる品目 衣料品:年間800万点まで関税ゼロ
紅茶:年間150億トンまで関税7.5%
コショウ:年間25億トンまで関税ゼロ
乾燥ココナツ:年間5億トンまで30%を即時撤廃
バナスパティ、ベーカリー・ショートニング、マーガリン:年間2,500億トンまで関税ゼロ
繊維製品:528 品目は量的制限なく25%を即時撤廃
なし
対象外品目(ネガティブリスト) 429品目 1,180品目

出所:スリランカ商務局資料からジェトロ作成

他方、2021年の同FTAの利用率(金額ベース)は、スリランカのインドへの輸出では64.5%だが、インドからの輸入では4.7%にとどまっている(図2参照)。
図2:インド・スリランカFTAの利用率および輸出入額の推移
[折れ線:左軸、棒グラフ:右軸(参照)]
スリランカのインドへの輸出額は増加傾向にあるが、インドからの輸入額には大きく劣っている。インド・スリランカFTAを利用したインドへの輸出割合は2000年代前半に9割前後の高い数値を記録したが、2000年代後半に減少し、近年は6割前後に減少している。インド・スリランカFTAを利用したインドからの輸入割合は2000年代前半に2割を超えたが、2010年代以降減少し近年は1割に満たない。

注:2000年の対象期間は3~12月。
出所:スリランカ商務局資料 

質問:
同FTAでは、インドに輸出可能な衣料品の割当(クオータ)が限定的で十分に利用できない、という課題を在スリランカ日系企業から聞いている。
答え:
スリランカ政府は、衣料品のインド側の輸入割当の拡大に向けて、6~7年間ほどインド政府と交渉している。2023年11月には経済・技術協力協定交渉を5年ぶりに再開したが、本交渉でも衣料品の数量割当について言及している(2023年11月8日付ビジネス短信参照)。
インドへの輸出では、インド側の非関税貿易障壁も課題になっている。国内への流通基準も厳しく、検査証明書や輸出者の登録などが求められる。インド側は、国際水準に準じる措置だと説明しているが、海外の輸出者にとっては手続きが煩雑だ。
質問:
同FTAでは、第三国から原材料や資材を調達した製品を、スリランカからインドに輸出する際に十分に活用できないという問題点も、在スリランカ日系企業から指摘されている。
答え:
同FTAを利用してスリランカからインドに輸出するには、以下の原産地規則を満たす必要がある。
  • スリランカ国内で、FOB価格の35%以上の付加価値をつけること
  • インドからの輸入品の場合、スリランカ国内でFOB価格の25%の付加価値をつけるとともに、スリランカおよびインドの合計で、FOB価格の35%以上の付加価値をつけること
  • HSコードで4桁レベルの変更に当たる加工がスリランカ国内でなされること
  • スリランカで十分な作業または加工がなされること
  • 最終製造工程がスリランカで行われること
  • スリランカからインドに直接輸送すること。第三国を経由する場合は、積み替えや一時的な蔵置以外の作業をしていないこと
同FTAは、インド側の輸入時に譲許税率を定めた初めてのFTAとして有名であるが、第三国で製造された製品をスリランカで製造したと偽り、インドへの輸出を試みるケースが散見されるという側面もある。

ホスピタリティを武器に観光客や投資誘致に期待

質問:
スリランカとインド間の往来について。
答え:
両国間の往来は盛んだ。タミル・ナドゥ州とスリランカとの間だけでも週80便ほど直行便が就航しており、飛行時間は片道1時間20分程度だ。チェンナイやコロンボのみならず、タミル・ナドゥ州のマドゥライやティルチラーパッリ、スリランカのジャフナからも就航している。これらの搭乗客の中には、互いの文化的なつながりの強さから、自身が直接運ぶ荷物で貿易をしている事業者もいるようだ。
海上物流では、コロンボ港からチェンナイまでを2日、ハンバントタ港からチェンナイまでを1.4日で結ぶ(2023年6月1日付地域・分析レポート参照)。製造業が集積するチェンナイと、物流ハブを目指すスリランカとは連携が可能だ。また、2023年10月には、スリランカ最北端のカンカサントライとタミル・ナドゥ州のナーガパッティナムとを約4時間で結ぶフェリーが40年ぶりに再開し、相互交流の拡大には追い風となっている。
質問:
インドからスリランカへの観光について。
答え:
2023年のインドからスリランカへの観光客は30万2,844人で、ロシアや英国を上回り、最多国となった。近年、インドでは可処分所得の高い層が増加しており、今後も観光客の拡大が期待できるため、さらにプロモーションを図っていきたい。現状、インドからの観光客は、中心都市のコロンボや歴史都市のキャンディに集中しているが、世界遺産のあるシーギリアなど、スリランカ国内に点在する様々な観光地に呼び込みたい。
質問:
スリランカでのビジネスという観点から、日本企業への期待について。
答え:
ぜひ、スリランカに進出してほしい。スリランカの強みは、ホスピタリティだ。個人的には、フランス、スイス、ベルギーやパキスタン、マレーシア、イスラエルなど19カ国で勤務してきたが、ホスピタリティがスリランカほど優れた国はないと感じている。
加えて、スリランカにはインドより発達した産業分野もある。例えば、水産加工分野では個々の水産物の質を評価する能力も高い。ココナツの加工製品もより精巧で、インド製よりも高価格帯の消費者に訴求できている。
昨今のスリランカへのFDI(外国直接投資)は、自動車や家電の製造工場など、大型投資が集まるチェンナイと比べて小規模なものが多い。スリランカでは、電気代や賃金の上昇など生産コストが上昇しているのは確かだが、ホスピタリティや南アジア各国への接続に優れた地理的位置といった、スリランカの強みにも着目し、スリランカへの進出をぜひ検討してほしい。

注:
家具製造大手DAMROは、インド・スリランカFTAによる家具への関税引き下げに着目し、2000年にインドに進出し、1号店をチェンナイに開いた。現在は、インドの45都市に75店舗を展開する。
執筆者紹介
ジェトロ・コロンボ事務所長
大井 裕貴(おおい ひろき)
2017年、ジェトロ入構。知的財産・イノベーション部貿易制度課、イノベーション・知的財産部スタートアップ支援課、海外調査部海外調査企画課、ジェトロ京都を経て現職。
執筆者紹介
ジェトロ・コロンボ事務所
ラクナー・ワーサラゲー
2017年よりジェトロ・コロンボ事務所に勤務。