ダッカメトロに乗ってみた(バングラデシュ)
国内初の都市高速鉄道の現状と今後

2023年10月26日

2022年12月28日に部分開業した、バングラデシュ初の都市高速鉄道「ダッカメトロ(MRT)6号線」。本鉄道は、国際協力機構(JICA)主導のもと、日本政府・企業が政府開発援助(ODA)により様々な面から協力を得て整備された。開業当初は午前中のみの運転だったが、現在では、当地の休日である金曜日を除く週6日、朝8時~夜8時までの12時間運行に拡大している。

開業から早8カ月以上が経過した現況を取材すべく、ダッカメトロ6号線に実際に乗車してみるとともに(2023年8月12日)、JICAバングラデシュ事務所で都市高速鉄道事業を担当する町田大氏に聞いた(取材日:2023年8月29日)。

駅構内で目にとまるバリアフリー設備

駅構内に入って、まず目に留まるのが、点字ブロックなどのバリアフリー設備だ。点字ブロック以外にも、音声案内表示やエレベーター、車いすも通過できる幅広の自動改札機、各プラットフォーム上に2カ所設置された、バリアフリー・トイレなど、障害者に配慮した日本水準の設計が随所にちりばめられている。バングラデシュで、このようなバリアフリー設備を見つけることは極めて稀であり、これまで障害者の社会活動への参加は困難な状況にあった。ダッカメトロ施設への同設備の導入により、当地における障害者の社会参加が促進されることが期待される。また、ダッカメトロの先頭車両は女性専用車両となっており、女性が安心して利用できる環境も確保されている。中間層以下の市民にとって日常の足となっているバスでは、現状、セクシャルハラスメントが横行しているといわれており、ダッカメトロが女性の社会進出、エンパワーメントの一助となることも期待される。


体の不自由な人の利用を想定した
エレベーター(ジェトロ撮影)

右端の改札は車いすが通れる幅、点字ブロックも(ジェトロ撮影)

フェリカの技術を利用した「MRT Pass」、券売機では課題も

乗車券は、片道乗車券(Single Journey Ticket:SJT)と、通称「MRT Pass」と呼ばれている、日本のSUICAのようなプリペイド式の乗車券(Stored Value Card:SVC)の2種類が購入可能だ。どちらも非接触型ICカードとなっており、SUICAと同様に、日本のフェリカの技術が利用されている。片道乗車券の料金は初乗りが20タカ(約26円、1タカ=約1.3円)、現在の始点から終点である、ウットラ・ノース駅からアガルガオン駅までの全長約12キロメートル(km)の区間を利用した場合が、60タカとなっている。移動時間が格段に短縮されることを考慮すると、同距離で約30タカのバス(エアコン付きバスの場合は約60タカ)と比較しても、十分に競争力のある価格設定といえる。「MRT Pass」については、最低購入価格が500タカ、デポジットが200タカとなっており、片道乗車券運賃よりも10%割引がある。

自動券売機では、片道乗車券の購入と「MRT Pass」へのチャージが可能で、「MRT Pass」の新規購入は、窓口でのみ可能となっている。乗車券購入時の課題を1つ挙げるとすれば、自動券売機の前に長蛇の列ができていたことだ。筆者が乗車した日が土曜日で、観光(試乗)目的で、初めてダッカメトロに乗る人が多かったこともあるが、まだ乗客が自動券売機の利用に慣れておらず、紙幣がうまく投入できず手こずっている場面や、システムエラーで、一時的に利用不可となる場面が散見された。JICAバングラデシュ事務所の町田氏によると、バングラデシュでは、紙幣が汚いのみならず、紙幣の種類が多いこと、使われるインクの種類が変わることなどから、紙幣の読み取りでトラブルが発生しやすいという。利用客の慣れや「MRT Pass」の普及に伴って、時間をかけて解決していく課題ではあるものの、当面の間は、開業当初、券売機に配置されていた係員の再配置が必要かもしれない。また、将来的にスマートフォンの普及率がさらに上昇した折には、モバイルペイメントによる決済の導入なども、利便性向上に向けた施策として期待される。


左が片道乗車券、右が「MRT Pass」。見た目はほぼ同じ(ジェトロ撮影、JICA提供)

窓口および券売機の前の長蛇の列(ジェトロ撮影)

画期的な定時運行、人身事故はこれまでゼロ

各駅のプラットフォームには、ホームドアが設置されており、この効果もあって、開業からこれまで、人身事故は一度も発生していないという。安全運行については、JICAの技術協力により、日本の大阪メトロでの研修、同じく日本の支援で建設された、インドのデリーメトロでの研修も実施されており、その成果が表れているとも言える。

また、これまで3回ほど、信号トラブルなどの技術的要因による一時的な運転見合わせはあったものの、平日のラッシュ時間帯(午前8~9時ごろ)を含め、おおむね定時運行が実現できているという。筆者の乗車時も、定時運行が行われていた。極度の交通渋滞により、移動にかかる時間がまったく予測できないダッカにおいて、これは画期的なことだ。2023年9月現在は、主に10分間隔で運転が行われているが、将来的には4分間隔での運転となる予定だ。


アガルガオン駅のホームの様子(ジェトロ撮影)

通勤・通学での利用者が増加中、全線開通でさらなる利用者拡大を見込む

開業当初は観光(試乗)目的の利用者が目立ったものの、金曜日を除く週6日、12時間運転となったことで、通勤・通学目的の利用者も増加しているという。実際、平日は朝と夕方の、いわゆるラッシュ時間帯の利用者数が多くなっているというデータもある。7月時点のデータによると、平日の利用者数は8万人以上、土曜日の利用者数は5万人以上で、最近の利用者の約2~3割程度が「MRT Pass」での利用とのことだ。

2023年11月上旬には、新たに、アガルガオン駅~モティジール駅の南区間の開業も予定(南区間の開業当初は限定的な駅数と営業時間の見込み)しており、これにより、現在計画中の6号線のほぼ全区間となる、16駅分の区間が開通することになる(追加で延伸が決まった、モティジール駅~コムラプール駅の1駅分の区間は2025年以降に開通予定)。今回新たに開通する区間には、バングラデシュ有数のダッカ大学や官庁街なども立地しており、通勤・通学目的の利用者のさらなる増加が見込まれている。

なお、開業式典には2022年12月と同様に、ハシナ首相の参加も予定されている。

町とともに広がる都市鉄道網、駅前都市開発にビジネスチャンス

前述のダッカメトロ6号線に加え、これから建設が本格的に進むのが1号線と5号線(北路線)だ。6号線の建設に当たっては、車両基地の土地造成から高架土木、駅舎、鉄道システム、車両本体まで、多くの日系企業がプロジェクトに関与したことが知られている。同じくJICAの円借款によって建設される1号線、5号線(北路線)についても同様に、日系企業の関与が期待されている。1号線、5号線(北路線)ともに、現時点で車両基地の土地造成についてのみ入札が終了(それぞれ、東急建設と地場系MAXのJV、東亜建設工業と地場系スペクトラのJVが落札)しており、それ以外の部分についても、入札参加資格事前審査(P/Q)はおおむね進行している段階だという。なお、1号線は2028年、5号線(北路線)は2029年の開通を目指している。

1号線は、ダッカ国際空港と国鉄のターミナル駅、コムラプールを南北に結ぶ同国初の地下鉄区間エアポートルートと、途中で東に向かって分岐する高架区間、プルバチョルルートで構成される。高架区間の目的地となるプルバチョルは、現在は展示会場や幹線道路などしかない郊外地域であるものの、政府主導でニュータウンの建設が進められており、将来的には、首都機能の移転も計画されている地域だ。さらに、途中のシェイク・ハシナ・クリケットスタジアム駅とプルバチョル・セントラル駅には、アイコニック・ステーションとして指定されており、日本の隈研吾建築都市設計事務所が設計した駅舎が建設される予定だ。

5号線(北路線)は、西部郊外のヘマイトプールから、商業中心地区のボナニ、グルシャンを通り、東部郊外のバタラを結ぶ東西に伸びる地下鉄だ。ボナニ、グルシャンは日系企業も多く立地する地域で、5号線(北路線)が開通すれば、現地日本人駐在員も日常的にMRTを利用する、そんな未来も想像できるだろう(現在は安全上の理由などもあり、車移動が一般的)。

地場系ディベロッパー、CPDLのワヒデュル・イスラム・アシスタントジェネラルマネージャーによると、6号線が通過するウットラ地区では既に不動産価格が高騰しており、5号線(北路線)が将来通過するバタラなどの地域でも、徐々にマンション建設が熱を帯び始めているという。


6号線の車窓から見えるウットラ地区、今後開発が進んでいく(ジェトロ撮影)

このようにメトロが開通し、都市が発展する中で重要になってくるのが、駅前の都市開発だ。JICAはこの点に関しても技術協力を行っており、MRT沿線における公共交通指向型開発(Transit Oriented Development:TOD)(注)に必要な政策、ガイドラインを作成し、TOD実施のための調整メカニズムを構築・運営するための協力が進行中だ。駅前開発のパイロットプロジェクトの対象地として、6号線のウットラ・センター駅と5号線のガブトリ駅がすでに選定されており、今後はこのような駅前都市開発の領域にも、日本企業のビジネスチャンスが期待される。

図:建設予定・計画中のダッカメトロの路線図
主に南北方向に延びる路線として1号線と6号線、主に東西方向に延びるルートとして、2号線、4号線、5号線がある。すべて完成すれば、ダッカ市内各所がメトロ(MRT)で接続される形となる。

出所:ダッカ都市交通会社(DMTCL)

2016年7月に、本編で紹介した、ダッカメトロ1号線・5号線の事業化調査に関わっていた、日本人7人を含む22人が飲食店で殺害される、という痛ましいテロ事件があった。現在、ダッカメトロの車両基地周辺の施設に7人の慰霊碑が設置されている。こうした尊い犠牲の存在を決して忘れることなく、今後もプロジェクトの進行とダッカの町の発展を見守っていきたい。


注:
MRT沿線の公共交通指向型開発のための政策策定支援プロジェクト外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます」参照。
執筆者紹介
ジェトロ・ダッカ事務所
薄木 裕也(うすき ゆうや)
2020年、ジェトロ入構。市場開拓・展示事業部海外市場開拓課を経て、2022年から現職。