関税譲許表と原産地規則を交渉中
アフリカ大陸自由貿易圏の展望(前編)

2023年5月11日

アフリカ大陸自由貿易圏(AfCFTA)は、2019年に発効。2021年には、運用開始が宣言された。この枠組みは、在アフリカ日系企業の関心も呼んでいる。しかし、関税譲許表や原産地規則の一部が合意されておらず、実際は本格的な運用に至っていない。現時点では、8カ国での試験運用プログラムで取引を開始した段階だ。

ただし、アフリカ域内にはAfCFTAのほかにも、関税同盟や自由貿易協定(FTA)を備えた複数の地域経済共同体(RECs)がある。これらは、既に活用が可能な場合もある。

前編の本稿では、AfCFTA設立の経緯と現状について取り上げる。後編では、有識者へのインタビューを基に、AfCFTAの今後の見通しや課題などについて解説する。

世界最大級のFTA、長期開発促進を見据え

AfCFTAは、アフリカ域内での物品関税撤廃、サービス貿易や投資の自由化、競争政策、知的財産など、広範囲にわたる分野を盛り込んだ自由貿易協定(FTA)だ。アフリカ連合(AU)の主導で進められている。域内の人口約13億人、GDPの総計は約3兆4,000億ドルに上る世界最大級の枠組みだ。なお、2021年の域内貿易は約710億ドル。そのシェアは、域外貿易をあわせた全体の約14%にとどまる。それだけに、域内貿易の活性化、さらにはそれを通じた工業化の進展が、AfCFTAに期待されている。

AUは、アフリカの長期開発ビジョンとして「アジェンダ2063」を提唱していた。その優先的な取り組みの1つにうたわれたのが、AfCFTA創設だった。AfCFTA設立協定の発効の条件だった22カ国の国内批准手続きは、2019年4月に完了。5月に発効した。さらに、2021年1月に運用開始が宣言された。

試験プログラム始動で運用開始

AfCFTA設立の合意文書に既に署名したのは、AU加盟55カ国・地域のうち、エリトリアを除く54カ国・地域に及ぶ。さらに、そのうち46カ国・地域で、国内議会による批准承認済みだ(表1参照)。

しかし、肝心の関税譲許表が合意に至っていない。譲許表は関税撤廃を実施するために必要になる。換言すると、譲許表なしでは関税を撤廃・低減できない。2023年2月時点で、36カ国が関税譲許表を提出し交渉中になっている(表1参照)。実際に関税が撤廃されるには、まだ時間がかかる見通しだ。

AfCFTAの本格的な運用に先立ち、2022年7月に「ガイデッド・トレード・イニシアチブ(Guided Trade Initiative)」と呼ばれる試験プログラムを実施することで合意され、既に始動している(2022年10月7日付ビジネス短信参照)。セラミックタイル、バッテリー、サイザル繊維、コーヒー、茶、加工肉製品など特定品目について、AfCFTAのルールにのっとり、試験的に取引することができる。この取り組みには、AfCFTA事務局のあるガーナを含め8カ国が参画している(表1参照)。

表1:AfCFTAの批准・署名状況(2023年2月20日時点)
段階 国・地域数 国・地域名
試験プログラム参加国 8 カメルーン、エジプト、ガーナ、ケニア、モーリシャス、ルワンダ、タンザニア、チュニジア
関税譲許表提出国・地域 36 ガーナ、ケニア、ルワンダ、ニジェール、チャド、コンゴ共和国、ギニア、マリ、モーリタニア、ウガンダ、コートジボワール、セネガル、トーゴ、エジプト、ガンビア、シエラレオネ、ブルキナファソ、ガボン、赤道ギニア、モーリシャス、中央アフリカ共和国、チュニジア、カメルーン、ナイジェリア、ザンビア、アルジェリア、ブルンジ、セーシェル、タンザニア、カーボベルデ、コンゴ民主共和国、ギニアビサウ、リベリア、ベナン、マダガスカル、南スーダン
参加(署名、批准済み) 46 ガーナ、ケニア、ルワンダ、ニジェール、チャド、コンゴ共和国、ジブチ、ギニア、エスワティニ、マリ、モーリタニア、ナミビア、南アフリカ共和国(南ア)、ウガンダ、コートジボワール、セネガル、トーゴ、エジプト、エチオピア、ガンビア、シエラレオネ、西サハラ、ジンバブエ、ブルキナファソ、サントメプリンシペ、ガボン、赤道ギニア、モーリシャス、中央アフリカ共和国、アンゴラ、レソト、チュニジア、カメルーン、ナイジェリア、マラウイ、ザンビア、アルジェリア、ブルンジ、セーシェル、タンザニア、カーボベルデ、コンゴ民主共和国、モロッコ、ギニアビサウ、ボツワナ、コモロ
参加(署名済み、批准手続き待ち) 1 ソマリア
参加手続き中(署名済み) 7 リビア、スーダン、南スーダン、ベナン、リベリア、マダガスカル、モザンビーク
未署名 1 エリトリア

出所:AUとAfCFTA事務局のウェブサイトを基にジェトロ作成

自動車と繊維製品では、原産地規則も未決着

AfCFTAの原産地規則がまだ一部決着していないことも課題の一つだ。当該規則は、特恵関税を適用する上で、域内産品として適切かどうかを判定する基準だ。これが確立していとないと、事実上、特恵関税は有名無実になってしまう。

AfCFTA事務局ウェブサイトに公表されている「原産地規則マニュアル(ドラフト版)」によると、「製造品が全てAfCFTA加盟国内で生産されている場合」または「AfCFTA加盟国内で非原産材料が大幅に加工されている場合」は、AfCFTA内の原産品として見なされるという。

後者で原産地と認められる要件は、品目ごとに(1)特定の加工工程、(2)関税分類の変更、(3)付加価値基準、のいずれかが定められている。(2)の場合は4桁レベルの変更、(3)は工場渡し価格に対する非原産材料の割合が60%を超えないこと、を求めているケースが多い。しかし、自動車や繊維製品など一部の品目について、いまだに合意未達成。現在も交渉中だ。

なお、先に言及した試験プログラムでは、該当品目にAfCFTAの原産地証明書が発行される。特定品目の原産地規則について交渉を進めるのと同時並行で、プログラムが進むことになる。

弱者救済に備え、調整基金立ち上げ

世界経済フォーラム(WEF)は、AfCFTAが進展することにより、アフリカ大陸全体で自動車産業の市場規模が、2027年に421億ドルまで拡大するという見通しを示した。2021年時点では304億ドルなので、6年間で約40%増と急拡大することになる(2023年4月11日付ビジネス短信参照)。

このように、本格的に実現した場合の経済効果に期待がかかる。その一方で、自由化による負の影響を受ける産業・企業への対応も課題だ。そのため、競争力弱者への救済措置を導入し、実施に備える動きもある。例えば、AfCFTA事務局とアフリカ輸出入銀行(Afreximbank)は3月、AfCFTA調整基金を立ち上げた。

既存の地域経済共同体の活用も一案

AfCFTAは、アフリカ全体をカバーする壮大なFTAだ。一方で、既にAUが公認する地域レベルで、関税同盟または自由貿易地域を備えた地域経済共同体(RECs)が8つ形成されている(表2参照)。また南部アフリカ関税同盟(SACU)といった枠組みも、別途、存在する(ボツワナ、レソト、ナミビア、南ア、エスワティニで構成)。

前述のとおり、AfCFTAによる関税撤廃のフレームワークが本格的に動き出していくには、まだ時間がかかる。地域経済共同体も一部は同様で、依然として交渉中のものがある。しかし、南部アフリカ開発共同体(SADC)などでは、枠組みの中で既に無税取引が進められている。また、SADC、東南部アフリカ市場共同体(COMESA)、東アフリカ共同体(EAC)の間では、広域自由貿易圏(TFTA)に取り組む動きもある(2023年2月7日付ビジネス短信参照)。TFTAは2023年1月時点で11カ国が批准している。14カ国の批准によって発効することになっており、あと3カ国の批准で発効の見込みだ。このような既存の地域共同体の拡大にも注目が集まっている。AfCFTAが本格的に運用開始されるまでは、既存の地域経済共同体(RECs)の活用も積極的に検討すべきだろう。

表2:アフリカでの地域経済共同体
名称(略称) 国数 加盟国 内容
南部アフリカ開発共同体(SADC)外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます 16 タンザニア、ザンビア、ボツワナ、モザンビーク、アンゴラ、ジンバブエ、マラウイ、レソト、エスワティニ、コンゴ民主共和国、モーリシャス、ナミビア、南ア、マダガスカル、セーシェル、コモロ 自由貿易協定(FTA)
〔関税同盟、地域通貨などについて交渉中。〕
東アフリカ共同体 (EAC)外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます 7 ケニア、タンザニア、ウガンダ、ルワンダ、ブルンジ、南スーダン、コンゴ民主共和国 関税同盟
〔人・資本の自由な移動、共通通貨について交渉中。〕
東南部アフリカ市場共同体(COMESA)外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます 21 エジプト、リビア、スーダン、エリトリア、ジブチ、エチオピア、ケニア、ウガンダ、ルワンダ、ブルンジ、コンゴ民主共和国、セーシェル、コモロ、マダガスカル、モーリシャス、マラウイ、ザンビア、ジンバブエ、エスワティニ、チュニジア、ソマリア 関税同盟
西アフリカ諸国経済共同体(ECOWAS)外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます 15 ベナン、ブルキナファソ、カーボベルデ、ガンビア、ガーナ、ギニア、ギニアビサウ、リベリア、マリ、ニジェール、ナイジェリア、セネガル、シエラレオネ、トーゴ、コートジボワール 関税同盟
〔共通通貨などについて交渉中。〕
アラブ・マグレブ連合 (AMU)(アラビア語)外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます 5 アルジェリア、リビア、モーリタニア、モロッコ、チュニジア FTA
中部アフリカ諸国経済共同体(ECCAS)外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます 11 アンゴラ、ガボン、カメルーン、コンゴ民主共和国、コンゴ共和国、サントメプリンシペ、赤道ギニア、チャド、中央アフリカ共和国、ブルンジ、ルワンダ FTA
政府間開発機構 (IGAD)外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます 8 ジブチ、エリトリア、エチオピア、ケニア、ソマリア、南スーダン、スーダン、ウガンダ 〔経済協力、紛争解決、FTAについて交渉中。〕
サヘル・サハラ諸国国家共同体(CEN-SAD)外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます 25 ブルキナファソ、チャド、マリ、ニジェール、リビア、スーダン、中央アフリカ共和国、エリトリア、ナイジェリア、ジブチ、ガンビア、セネガル、エジプト、モロッコ、ソマリア、チュニジア、ベナン、トーゴ、コートジボワール、ガーナ、シエラレオネ、コモロ、ギニア、ギニアビサウ、モーリタニア 〔FTAに向け、交渉中。〕

注:表内の8共同体とは別途に、南部アフリカ関税同盟(SACU)も存在する(ボツワナ、レソト、ナミビア、南ア、エスワティニで構成)。
出所:各共同体・関税同盟、AUウェブサイトを基にジェトロ作成

日系企業もAfCFTAの将来利用に関心

では、日系企業はこうした既存の地域経済共同体をどの程度活用しているのか。ジェトロが2022年9月に実施した「2022年度 海外進出日系企業実態調査(アフリカ編)」によると、「アフリカ域内外の既存(発効済み)FTA・EPA・関税同盟の利用」についての質問で、回答した225社のうち、「利用している」とした企業の割合は13.3%(30社)にとどまった。現状では、利用企業が限定的と言わざるを得ない。しかし、21.8%(49社)と2割を超える企業が「今後の利用を検討している」と回答。今後、一層活用していく意向が読み取れる。

「利用している」と回答した企業に具体的な協定を聞いたところ、アフリカ域内の協定では、SADCのほか、SACUなどが挙がった(図1参照)。なお、最多だったのは、欧州自由貿易連合(EFTA)とSACUとのFTAで、36.7%が利用していた。前年度調査比で22.4ポイント増と、大きく伸びたことも注目される。このほか、EU・SADC間の協定を活用して域外輸出する例も多い。

図1:利用しているFTA・EPA・関税同盟(複数回答)
日系企業に既に活用されているアフリカ域内の協定は、欧州自由貿易連合(EFTA)と南部アフリカ関税同盟(SACU)が前年比22.4%増の36.7%と最多であった。続いて、南部アフリカ開発共同体(SADC)や、SACUを活用している日系企業が多かった。

出所:ジェトロ2022年度 海外進出日系企業実態調査(アフリカ編)

一方で、「今後、利用を検討しているFTA・EPA・関税同盟」を質問したところ(複数回答可)、AfCFTAが前年比4.7ポイント増の60.5%。他を引き離して最多の回答だった(図2参照)。在アフリカ日系企業でAfCFTAへの期待が高いことが分かる。その他の回答では、西アフリカ経済共同体(ECOWAS)が32.6%、ECAが30.2%と続いた。

総じて、(1)日系企業は既に南部アフリカの枠組みを利用している割合が比較的高い、(2)今後の利用について、AfCFTAへの期待が高い、(3)西アフリカや東アフリカの枠組みにも関心が示されている、ことなどがうかがえた。

図2:利用を検討しているFTA・EPA・関税同盟(複数回答)
日系企業が今後利用を検討しているFTA・EPA・関税同盟は、AfCFTAが昨年比4.7%増の60.5%でトップとなった。続いて、西アフリカ経済共同体(ECOWA)が32.6%、東アフリカ共同体・関税同盟(ECA)が30.2%となった。

出所:ジェトロ2022年度 海外進出日系企業実態調査(アフリカ編)

既存のRECsは現在、主に地理的に近い国々に限られる。このため、アフリカ全域での関税撤廃を目指すAfCFTAのメリットは大きい。例えば、南アに製造拠点を持つ日本企業の場合、AfCFTAによって関税が撤廃されると、経済規模が大きいナイジェリアやエジプト、アルジェリアなどへの無税輸出が視野に入ってくる。既存のSADC域内だけと比較して、大きな商機になるわけだ。

これまでアフリカビジネスは、GDPの小さい55カ国・地域の分断された市場と見なされてきた。少なくとも、それが日本企業の見立てだった。しかし、AfCFTAの本格的な運用が始まると、大陸全体を市場として見ることができるようになる。

アフリカ大陸自由貿易圏の展望

  1. 関税譲許表と原産地規則を交渉中
  2. 残存課題は決着できるのか
執筆者紹介
ジェトロ調査部中東アフリカ課
井澤 壌士(いざわ じょうじ)
2010年、ジェトロ入構。農林水産・食品部農林水産企画課、ジェトロ北海道、ジェトロ・カイロ事務所を経て、現職。中東・アフリカ地域の調査・情報提供を担当。