残存課題は決着できるのか
アフリカ大陸自由貿易圏の展望(後編)
2023年5月15日
前編「関税譲許表と原産地規則を交渉中」では、アフリカ大陸自由貿易圏(AfCFTA)の設立経緯と現状について取り上げた。
現在、関税譲許表や原産地規則の一部が交渉中であり、まだ、実際の関税撤廃には至っていない。一方で、8カ国での試験運用プログラムが始まり、試験的な取引も開始されている段階だ。
参考1:AfCFTAの概要(主な目的)
- 主な目的
- アフリカ連合(AU)加盟の55カ国・地域(うち54カ国・地域署名済み)をアフリカ大陸の単一市場として統合するための枠組み。 自由貿易協定(FTA)として、域内関税を撤廃。商品とサービスなどの自由な取引を目指す。また、非関税障壁を緩和し、域内での貿易を促進することにより、アフリカ経済の拡大を狙う。
年月 | 内容 |
---|---|
2012年1月 | AfCFTAについて基本合意。 |
2015年6月 | AU第36回年次総会首脳級会合で、AfCFTA設立に向けた正式交渉を開始。 |
2018年3月 | AU加盟55カ国・地域中、44カ国・地域がAfCFTA設立に向け署名、大枠合意。 |
2019年5月 | 協定発効の条件だった22カ国・地域の批准が完了。AfCFTA 設立協定を締結。 |
2020年2月 | WTOの元南ア代表大使のワムケレ・メネ氏をAfCFTA事務局長に選出。 |
2020年8月 | ガーナのアクラにAfCFTA事務局開設。 |
2021年1月 | AU第13回臨時総会で運用開始を決定。 |
2022年10月 | 試験プログラム開始。 |
出所:AfCFTA事務局、tralacのウェブサイト、tralacへのインタビューを基にジェトロ作成
後編では、AfCFTAの動向に詳しい通商シンクタンクの見方を紹介する。物品貿易に加え、競争政策や投資、知的財産、デジタル貿易などの全般的な交渉状況や今後の見通しについて、南アフリカ共和国(南ア)のトララック〔tralac(注1)〕に聞いた(3月17日)。同社エクゼクティブディレクターのトルディ・ハートゼンバーグ氏にインタビューした結果を基に、解説する。
- 質問:
- AfCFTAが設立された背景は。
- 答え:
- AfCFTAには、さまざまな課題含みだ。非常にチャレンジングなプロジェクトでもある。それを動かしているのは、政治的な意思(political ambition)が大きい。
- その背景の1つが、アフリカ各国が外国の植民地化にされた歴史だ。そうなると、アフリカとして団結していきたいということになる。
- もう1つが、工業化推進の必要性だ。アフリカ諸国は、一次産品の輸出国が多い。非工業化(de-industrialization)に向かっている国もある。例えば、南アのGDPに占める製造業の割合は、現在14%だ。過去のピーク時に26%あったのが、低下してしまった。また、アンゴラなどは石油輸出に依存し、国際的な一次産品市況によって経済が大きく変動してしまうのが実情だ。
- AfCFTAは、アフリカで工業化を推進するフレームワークでもある。工業化を進めるために、ほかに選択肢はない。
- 質問:
- アフリカの貿易の現状は。
- 答え:
- アフリカの国々では工業化が進んでいない。
- また、実際のところ、域内で貿易されている品目は非常に限られている。アフリカでは、域内貿易(輸出ベース、2021年)が、貿易額全体の14.7%にすぎない。輸出のほとんどが域外向けになっている。その方が、輸送コストが安いことも背景にある。域内貿易は非関税障壁などもあるほか、輸送や手続きに時間もかかる状況だ。
- また、アフリカの繊維製品の域内貿易で特恵関税が使われているのは55%にすぎない。AfCFTAを活用できる余地は大きい。
- 質問:
- AfCFTA関税撤廃の現状は。
- 答え:
- AfCFTAの合意により、物品貿易において、関税品目(タリフラインベース)で90%以上の関税を、通常では5年以内、後発開発途上国(LDC)では10年以内に撤廃しなければならない。7%はセンシティブ品目として、比較的長い期間をかけて関税を撤廃すれば良い。さらに残りの3%の品目は、撤廃対象から除外できる。アフリカ各国が指定した除外品目には、衣料や自動車などが多い。特別経済区(special economic zones)で生産されたものも、条件によっては関税撤廃の対象になる。
- 関税譲許表と原産地規則については、まだ合意できていない。そのため、現実には(AfCFTAに基づく関税撤廃の)運用は始まっていない。原産地規則は、自動車と衣料・繊維の分野で交渉中だ。
- そのうち繊維については、(1) 2工程ルール(注2)と(2)付加価値基準、いずれを採用するのかが議論されている。2工程ルールだとクリアできない国があるため、最終的には付加価値基準が採用されるものとみている。衣料・繊維の原産地規則は、2023年6月までの合意を目指している。
- 質問:
- 関税撤廃交渉の方法と今後の見通しは。
- 答え:
- 2023年2月時点で、36カ国が関税譲許表をオファーしている。
- 他の自由貿易協定(FTA)では、物品貿易で譲許表をについて交渉を進める場合、参加国同士でリクエスト・オファー方式によって交渉するのが通例だ。しかし、AfCFTAでは違う。「90%以上の関税撤廃」「3%以下の除外品目」「関税撤廃時期」など、決められた枠組み・内容に従っているかどうかをAfCFTA事務局が審査し、承認するか判断している。各国が集まって交渉しているわけではないことには、留意が必要だ。
- なお、東アフリカ共同体(EAC)と南部アフリカ関税同盟(SACU)は、いわゆる関税同盟だ。その帰結として、この両者は共同体・同盟の単位で、加盟国一体となって譲許表をオファーする構えだ。
- SACUからは2023年3月に関税譲許表が出てきた。そこでは、SACU加盟5カ国のうち、「90%以上の関税撤廃」の期間を10年に猶予される後発開発途上国が3カ国含まれるため、関税撤廃までの期間が「10年」と主張されている。しかし、関税撤廃までの期間は通常、5年以内と定められているため、SACU域内全体を「10年」とすることに対して、反対意見が出ている。
- 質問:
- 物品貿易以外のAfCFTAの進捗は。
- 答え:
- サービス貿易はWTOの一般協定(GATS)に準じた内容になっている。ただし、アフリカにはWTOに加盟していない国もある。その場合は、その国の現状のレベル維持が基本線になる。AfCFTAのサービス貿易は金融、通信、輸送、専門サービス、旅行の5つの分野を優先分野として対象にしている。
- 2022年の国連アジア太平洋経済社会委員会(ESCAP)のレポート によると、アフリカ域内の非関税障壁は関税率に換算すると292%に相当する。このため、非関税障壁の撤廃についても、物品貿易の議定書の付属文書(Annexes)に含まれている(注3)。また、WTOをモデルに、紛争解決システムを構築することも合意されている。すなわち、企業が問題に直面した場合は、政府を通じてその国に解決を主張(claim)することができるようになる。
- 質問:
- AfCFTAにおける経済統合の見通しは。
- 答え:
- 物品貿易などが、フェーズ1。フェーズ2では、競争政策、投資、知的財産を対象にする。これらは企業の予見性を高める上で重要な内容だ。既にフェーズ2の議定書は合意されている。現在交渉しているのは、その付属文書についてだ。
- フェーズ3では、「デジタル貿易」と「女性・若年者による貿易」が対象になる。これから専門家によるタスクフォースによって、議定書の議論を始める段階だ。
- デジタル貿易については、もともとeコマースだけが対象に含まれていた。しかし、今後はクラウドサービス、ゲーム・動画などコンテンツ配信なども、国境を越えたビジネスとして大きなポテンシャルがある。議論の対象になってくるだろう。消費者を保護する上での情報の取り扱いなど、データガバナンスも重要な議題になる。
- 質問:
- 「女性・若年者による貿易」とは。
- 答え:
- 現状では、例えば女性が関与する貿易は、零細企業が食品や消費財などを扱う形態が主体になっている。こうした貿易には、阻害要因が認められるという問題意識がある。その解決を支援する取り組みだ。
- 質問:
- AfCFTAを進める上での課題、推進に向けた動きは。
- 答え:
- 当該貿易圏を機能させるためには、域内の基盤整備が不可欠だ。このため、アフリカ連合(AU)が進めているアフリカ・インフラ開発プログラム(PIDA)とAfCFTAはセットともいえる。
- PIDAが目指すのは、(1)輸送インフラや、(2)水資源、電力、情報通信技術(ICT)などに関する国境を越えた基盤を整備することだ。なお、グリーン水素の開発・運搬などの課題も、今後重要になってくる。その上でも、インフラ整備は不可欠だ。
- 質問:
- アフリカ地域でFTAを活用する上で、示唆などあれば。
- 答え:
- AFCFTAは非常にチャレンジングな取り組みだ。それだけに、本格的な運用開始には時間がかかると見込まざるを得ない。日本企業は、AFCFTAだけでなく、既に発効して機能しているRECsにも、もっと注目すべきだ。
- また、米国とケニアとで、貿易協定交渉が進みつつある。このようなアフリカと域外国との動きも同時に見ていくのが良いだろう。
参考2:AfCFTAの概要(交渉分野・関連ウェブサイト)
交渉分野
- フェーズ1(大枠合意済み):物品・サービス貿易、紛争解決メカニズム、関税・貿易の円滑化
- 物品貿易
タリフラインベースで90%以上の関税を、5年間で撤廃する〔後発開発途上国(LDC)は、10年間〕。残りの10%のうち7%は、センシティブ品目として10年間で関税削減する(LDCは、13年間)。3%の関税品目は自由化の対象から除外可能。 - サービス貿易
ビジネスサービス、通信サービス、金融サービス、輸送サービス、観光・旅行関連サービスの5つの優先分野で交渉中。 - 紛争解決メカニズム
締約国間の紛争の友好的、透明かつ迅速な解決を目的とする。紛争解決機関、裁定委員会、第2審のための上訴機関で構成。 - 関税・貿易の円滑化
締約国間で合意した規則について実施・促進する。
- 物品貿易
- フェーズ2(交渉中):知的財産権、投資、競争政策
- 知的財産権(IPR)
IPRの促進と保護を目的にする。付託事項とIPRに関する議定書については合意済み。付属文書に関して交渉中。 - 投資
投資交渉に関する議定書について合意済み。付属文書の交渉中。 - 競争政策
企業間の健全な競争を目指す。効率化とイノベーションを促進し、AfCFTA市場で価格の引き下げを狙う。現在、議定書合意済。付属文書について交渉中。
- 知的財産権(IPR)
- フェーズ3(交渉中):デジタル貿易、貿易における女性と若者
- デジタル貿易
2020年2月のAU総会で、デジタル貿易をAfCFTA協定に含めると決定。2021年5月から、議定書に関して交渉開始。委員会設立。 - 貿易における女性と若年者
2020年2月、AU総会で「貿易における女性と若年者」をAfCFTA協定に含めることを決定。議定書の交渉と作成に向けた準備作業中。
- デジタル貿易
関連ウェブサイト
出所:AfCFTA事務局、tralacのウェブサイト、tralacへのインタビューを基にジェトロ作成
- 注1:
- トララックのウェブサイトで、「tralac」とすべて小文字で表示されているのにあわせて表記。
- 注2:
-
例えば「紡ぐ」「織るまたは編む」「裁断および縫製」といった工程のうち、2つ以上を経た場合に、域内原産として認めるとする基準。
なお、この注で挙げた工程はあくまでも例示。どの工程を原産認定基準にするのか自体が交渉の対象になっている。 - 注3:
- AfCFTAでは、(1)物品貿易、サービス貿易、紛争処理、競争政策、投資、知的財産など交渉分野ごとに議定書(Protocol)を作成した上で、(2)さらに詳細な内容を付属書(Annex)に盛り込む、形式で交渉を進めている。
アフリカ大陸自由貿易圏の展望
- 関税譲許表と原産地規則を交渉中
- 残存課題は決着できるのか
- 執筆者紹介
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ジェトロ調査部中東アフリカ課
井澤 壌士(いざわ じょうじ) - 2010年、ジェトロ入構。農林水産・食品部農林水産企画課、ジェトロ北海道、ジェトロ・カイロ事務所を経て、現職。中東・アフリカ地域の調査・情報提供を担当。