フランス主流の美容用品にも商機
地場企業、エジプト市場を語る(4)
2023年3月1日
今後の成長が見込まれるエジプト。地場企業へのヒアリングを基に、分野別に日本企業にとっての当地ビジネス機会を探る。シリーズ第4回の本稿では、美容分野を取り上げる。
エジプトは、国民の9割をイスラム教徒が占める。しかし、都市部の若年層を中心に、衣服を覆うアバヤを着用せず洋服で外出する女性が多く見られる。また、頭髪を覆うヒジャブ(スカーフ)を着用しなくても信仰を守れるという考え方も広まってきた。その結果、日常的にヒジャブを着用せず、自由な服装を楽しむ女性も増えている。
そんな美意識の変化があるエジプト女性にとって、美容やパーソナルケア、メーキャップは大きな関心事だ。エジプトの美容市場について、輸入美容製品を扱う2社へのヒアリングを基に、分析する。
売れ筋に季節性、アイメーク商品に強い需要
ドクター・サメール・ファーマシー (Dr. Samer Pharmacy)は、2019年の設立。サメール・アブダッラー氏が、エジプト東部・紅海沿いのリゾート地、シャルム・エル・シェイクで創業した薬局だ。主に富裕層や中間層向けに、国内外の医薬品、美容製品、化粧品などを扱っている。
サメール氏によると、エジプトの顧客行動には季節性がある。エジプトは砂漠性気候で、気温の年較差が大きいのが特徴だ。気温が高く日射量の多い夏には、日焼け止めとヘアオイルの購入が増える。これら商品が大きく売り上げを伸ばすのは、6月からだ。6月から8月にかけて、世代を問わずにビーチで週末を過ごす人々が増えるのが理由という。冬は、夏と比較して、ボディー用保湿剤やフェーシャルマスクの売り上げが伸びる。
メーキャップ製品では、アイメークに関連商品の需要が最も高い。エジプトの女性は、外出時にメーキャップするのが一般的。その中でも、特に力を入れるのがアイメークなのだ。エジプトを含むアラブ女性は、彫りが深く、大きな目と長いまつげ、濃い眉毛が特徴だ。それをさらに強調するメークが好まれるというわけだ。
ヘアケア分野にも市場あり
先述のとおり、エジプトでは頭髪を隠すヒジャブを着用しない女性も多くなった。そのため、ヘアケアの商品やサービスにもニーズが生まれている。ハマダ・アンド・オサマ (Hamada & Osama)は、カイロ近郊で3つのサロンを運営。ヘアケア製品の輸入・販売事業も手掛ける。
同社の共同経営者オサマ・アブエル・エネイン氏によると、日常的に最も利用されているサービスは縮毛矯正だ。エジプト女性の髪は一般的に、乾燥していて太い。コンディショナーやトリートメントの需要が高いことになる。
また、白髪染めも売れ筋だ。白髪染めを一度始めた顧客は、継続的にヘアカラーを続ける。すなわち、需要が生まれ続けることになる。ただし、継続的に白髪染めをする顧客の多くは、以前に染めていた色とは違う色でのヘアカラーを求めることも多い。そのため、施術が難しくなることもあるという。
フランス大手に圧倒的なブランド力
今回ヒアリングした両氏が言及したのは、当地美容市場でフランス大手メーカーのブランド力が圧倒的なことだ。
サメール氏は、フランスのスキンケア製品について、効果・効能とビジネスのバランスが取れていると指摘。それだけに、アベンヌ、ビオデルマ、ガルニエ、ロレアル、ラ・ロッシュ・ポゼなどに非常に人気があり、需要も高いという。これらのブランドは一般的な小売店などの商業チャンネルだけでなく、皮膚科医などの処方医薬品としても輸入されている。サメール氏は、フランス・ブランド品によって、業界の関心が広告・宣伝・マーケティングなどの商業的な側面から、より医薬的な効能へ移ったと評価する。
ヘアケアについても、フランスメーカーのブランド力は強い。ロレアルが消費者市場でブランドを確立しているため、多くの顧客が当該商品を求めるという。最も人気があるのは、同社が手掛けるブランドの1つケラスターゼだ。オサマ氏は、実際の効能を必ずしも理解していなくても、知名度のために商品選択する顧客層がいるほどだという。ブランドが社会に浸透していることを示す例だ。ロレアルと競合していた他国メーカーの製品が、品質は素晴らしいにもかかわらずシェアを減らしたケースもあるという。マーケティングに、ロレアルほどのリソースを投入できなかったのが、敗因だろう。
そうしたフランス人気は、エジプト中央動員統計局(CAPMAS)のデータでも、裏付けられる。2022年1月~12月は、化粧品(HSコード3304)の全輸入額のうち、フランスからの輸入が全体の3割以上を占めた(表参照)。そのほか、上位には欧州の国が並ぶ。ブランド力があり、かつ自由貿易協定(FTA)で関税率が低く抑えられる欧州製品がエジプト市場を席巻している現状が読み取れる。
順位 | 国名 |
輸入額 (単位:1,000ドル) |
構成比 (%) |
---|---|---|---|
1 | フランス | 13,069 | 32.3 |
2 | ドイツ | 8,228 | 20.3 |
3 | イタリア | 3,864 | 9.5 |
4 | ポーランド | 2,394 | 5.9 |
5 | アラブ首長国連邦 | 2,098 | 5.2 |
6 | スペイン | 2,062 | 5.1 |
7 | 中国 | 1,958 | 4.8 |
8 | スイス | 1,653 | 4.1 |
9 | 米国 | 1,319 | 3.3 |
10 | スウェーデン | 1,078 | 2.7 |
35 | 日本 | 10 | 0.0 |
合計 | 40,482 | 100.0 |
出所:エジプト中央中東動員統計局(CAPMAS)
品質・価格バランス、新販売チャネル開拓がカギ
これまで見た通り当地では、圧倒的なブランド力・マーケティング力を誇るフランス大手が市場を席巻している。その中で、他国ブランドに活路はあるのだろうか。
戦略としてまず考えられるのは、品質・価格のバランスを取った勝負だ。オサマ氏は、製品を選定する際に、品質を第1、価格を第2の基準としているという。例えばヘアカラー製品では、フランス・ブランド品よりもドイツ・ヘンケルのブランド「Indola」の製品の方が、色構造がエジプト人の髪質に適合。顧客の満足度が高いという。ヘンケルがヘアサロンに向けてプロモーションに力を入れたこともあり、消費者はこのブランドを認知し、受け入れ始めたそうだ。
新たな販売チャネルの利用も、検討の余地がある。サメール氏によると、韓国の化粧品は、特にインフォーマル市場(露天商や行商人など、小規模零細事業者)で高い人気を得ている。当該市場は、フェイスブックグループ(フェイスブック上で作成される、特定のテーマに関心があるユーザー向けのページ)に代表されるデジタル世界を活用して広報。化粧品を、一般消費者に競争力のある価格で販売することにつなげているという。
新販売チャネルは、こうしたインフォーマル市場だけではない。ナイジェリア発のJumia、サウジアラビア発のNoon、Amazon EgyptなどのECサイトも選択肢になりうる。こうしたサイトで商品購入する消費者も多く、既存小売店舗との競争が激化している。
サメール氏は、最も効果的なマーケティングは幾つかの中堅・大手メーカーが実施している紹介制プログラムという。このプログラムは、既存顧客(多くは女子学生)を活用するものだ。友人にスキンケアやヘアケア製品を紹介し買ってもらうことで、紹介した既存顧客は収入を得ることができる。つまり、消費者がメーカーの販売員代わりを務める制度とも言える。オサマ氏も自身の業界について、口コミがマーケティングの肝だと指摘する。
いずれにせよ、販売チャネルが伸びるかどうかは、メーカーが最終消費者に向けてマーケティングしているかにかかっているという。すなわち、デジタルやオフラインで消費者と実際に関わる取り組みなどが重要ということになる。
消費傾向の変化にも注意
サメール氏によると、当地美容市場では、国産品と輸入品に対する認識が変化してきた。過去20~30年の間、消費者は輸入品の方が国産品よりも高品質で安全と認識してきた。1990年代には、輸入品を手ごろな価格で購入するために、ポートサイド(エジプト有数の輸入港)まで足を運ぶ消費者も多かったという。しかし近年、消費者は高級輸入化粧品の購入を控える傾向にある。その理由としては、(1)通貨エジプト・ポンドの下落や、(2)高い関税(化粧品の場合、60%)、(3)急激なインフレが考えられる。また、(4)国内で多くの若い起業家がオーガニックのスキンケアやヘアケア製品のラインを立ち上げていることも影響しているだろう。その中からは、ネフェルタリ (Nefertari)のように成功する国内メーカーも出てきた。
一方で、美容市場が広がる兆しも見られる。エジプトの1人当たりGDPは2025年に5,000ドルを超えると言われる。中間層の拡大が見込めそうだ。また、首都カイロ郊外で開発が進むニューカイロをはじめ、各地で富裕層向けの街づくりが進められている。こうした地区には、外資系の高級スパなど、美容への関心が高い富裕層をターゲットとした施設も多く設けられている。
地場企業、エジプト市場を語る
- 執筆者紹介
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ジェトロ・カイロ事務所
塩川 裕子(しおかわ ゆうこ) - 2016年、ジェトロ入構。展示事業部、ジェトロ富山、企画部(中東担当)を経て2022年7月から現職。