テレビ局は目下、ドラマ重視
地場企業、エジプト市場を語る(3)

2023年3月1日

本シリーズでは、地場企業へのヒアリングをもとに、分野別にエジプトにおける日本企業のビジネス機会を探る。

人口1億人を超えるエジプトでは、30歳以下の人口が6割を占める。そうした若年層で、メディア映像配信サービス市場が拡大している。エジプト最大手のメディアグループに、エジプトのコンテンツ市場について聞いた。

ラマダン月向けテレビドラマで、コマーシャルを大量獲得

ユナイテッドメディアサービス(UMS)は、エジプトの大手メディア企業だ。DMC、 CBC、 ONなどの総合テレビチャンネルや、egypt todayなどのニュース局を擁する。2019年5月には、Netflixに類似する映像配信サービス「WATCH IT」を立ち上げた。年間49.99ドル支払うと、広告なしで同社オリジナル作品を含む、映画やドラマなどのコンテンツが見放題となるサービスだ。

「WATCH IT」のプロデューサー、ユセフ・フセイン氏によると、放送メディアを問わず、エジプトの視聴者が好む番組ジャンルはドラマだ。なかでも、犯罪や恋愛といったテーマが特に人気という。イスラム教徒が断食を行うラマダン月の間、エジプトではドラマシリーズを家族で見るのが習慣になっている。フセイン氏によると、テレビ業界では、ラマダンに合わせて14から18の新シリーズを1,400万ドル以上かけて制作する。これにあわせて、食品業界や通信業界が莫大(ばくだい)な広告・コマーシャルを制作・投入する。そのため、メディアにとっては1年で最大の稼ぎ時になる。ラマダン月のテレビ放送は、番組とコマーシャルの割合が半々に及ぶ。30分のドラマの場合、10分ごとにコマーシャルが挟まるという。

なお、以前は、コンテンツの制作会社と、それを放送するテレビ局の間に役割分担があった。しかし現在では、「テレビ局もドラマ制作に巨額の予算を投じ、制作ドラマを自局で放送する独占権を持つのが通例だ。これがもうかる方法と認識されている」とも述べた。

海外ドラマでは、トルコものが人気

フセイン氏によると、海外ドラマにも需要がある。その中で特に人気なのが、トルコのドラマ。2006年にエジプトで放送された「Nour」シリーズ(トルコ語:Gümüs)が、その草分けだ。ドラマチックで重層的なラブストーリーが好評を博した。英語以外のドラマが本格的に放送されるきっかけにもなったという。2013年には、ロマンスだけでなく政治やアクションも盛り込んだ「Hareem El Sultan」(トルコ語:Muhteşem Yüzyıl)が、特に女性の間で話題になった。

では、エジプトのテレビ局で、日本制作の番組はどう扱われているのだろうか。1990年代には日本製アニメ「キャプテンマージド」(邦題:キャプテン翼)、「マジンガー」(邦題:マジンガーZ)や「グレンダイザー」(邦題:UFOロボグレンダイザー)が人気を集めた。しかし、視聴者の好みが多様化する中、日本のアニメを好む層は映像配信サービスを利用するようになった。しかし、フセイン氏によると、「もはや、テレビで日本のアニメやドラマを流すテレビ局はほぼない」という。テレビ局は目下、コンテンツを自社制作するのに注力している。海外の番組については、人気の出る可能性が高いものだけ放送権を獲得する傾向にあるというのが実情だ。

映像配信サービスには、コマーシャル抜きの需要も

エジプトには、家族や友人と共にテレビを見るという習慣が残っている。一方で、NetflixやMBCをはじめとするメディア映像配信サービスも、当地で市場を拡大している。その一因は、コロナ禍を契機に自宅で過ごす時間が増えたことだ。同時に、フセイン氏は別の理由も指摘する。前述のとおり、ラマダン月にテレビ放送されるドラマシリーズには、コマーシャルが多く挟まれる。その結果、視聴時間がドラマの倍ほどもかかることになる。ラマダン月の夜は、家族や親族でゆっくり過ごすのが昔ながらの慣習ではある。とはいえ、この時期も友人と出歩きたい若者などはこれに耐えられない。ラマダン月前後は、新しいドラマシリーズをコマーシャルなしでまとめて見たい視聴者からの契約が急増するという。

テレビでは、エジプト国内で制作されたドラマの人気が高い。そのほか、米国やトルコなどのドラマが主に放送されている。一方で、映像配信サービスでは、Netflixで配信された「イカゲーム」やK-POPブームをきっかけに、韓国ドラマの視聴が増えているという。

この状況下で日本ドラマに市場参入の可能性はあるのか。フセイン氏に尋ねたところ、当地制作のドラマは俳優の演技、演出・構成とも優れ、制作費もかけられていることを指摘し、「その中で、観客の興味を引くことが最も重要な要素」との見解を示した。あわせて、若い世代の嗜好にも言及。そうした世代は、「ユニークな体験」や「最新ドラマを知っていること」を重視するという。

執筆者紹介
ジェトロ・カイロ事務所長
福山 豊和(ふくやま とよかず)
2004年、ジェトロ入構。本部では途上国産品の対日輸出、機械分野の輸出支援などを担当。ジェトロ・リヤド事務所、ジェトロ香川、大阪本部などの勤務を経て、2021年7月から現職。