紛争解決制度、労働分野で積極利用(米国)
USMCA発効から3年(後編)

2023年8月8日

米国・メキシコ・カナダ協定(USMCA)が2020年7月1日に発効してから3年が経過した。その前身の北米自由貿易協定(NAFTA)からの主要な変更点として、自動車分野の原産地規則(ROO)の厳格化と並んで、加盟国間の紛争解決制度の実効性向上が挙げられる。NAFTA時代には協定自体の紛争解決制度はほぼ使われず、3カ国はもっぱらWTOの紛争解決制度を利用していた。しかし、USMCA発効以降、加盟国は協定内の紛争解決制度を積極的に利用している。これまでを振り返り、その傾向を読み解く。

NAFTAの反省を生かして実効性ある制度へ

自由貿易協定(FTA)では、その協定に特化した紛争解決制度が盛り込まれることが一般的で、NAFTAも第20章で加盟国間の紛争解決制度を規定していた。しかし、協定文が実効性のあるかたちで策定されておらず、制度的にはほぼ形骸化していたと言える。現に、NAFTA発効中に紛争解決パネル(注1)での審理が完了した案件は3件のみである。加盟国はその代わりに、WTOの紛争解決制度を好んで利用していた。主な理由としては、NAFTA第20章で、パネルの設置に関して、議長やパネリストを選定する詳細なルールが規定されていなかったことが挙げられる。すなわち、被提訴国にとって、都合の悪い紛争があれば、パネル設置を拒む余地が残されていたということだ。こうした反省から、USMCAで紛争解決を定める第31章では、実効性のある制度に修正すべく、主に次の3点を新たに定めた。

  1. USMCAではNAFTA同様、加盟国は紛争解決でWTOなど他の国際的な調停枠組みを利用することも可能だが、いったんUSMCAの紛争解決スキームの利用を選択した場合は、その他のスキームは使えないことを明記した(第31.3条)。
  2. 議長やパネリストを選定する際の詳細なルールを規定した(第31.6条~31.10条)。
  3. USMCAでは、域内の事業所単位で労働基本権の侵害が疑われた場合の迅速な対応メカニズム「事業所特定の迅速な労働問題対応メカニズム(RRM)」を設けた。もし侵害が認められた場合は、事業所単位でUSMCAに基づく特恵措置の停止といった制裁を科すことができる。これは他の貿易協定には見られないもので、米国が修正議定書(注2)に盛り込むよう強くこだわった点となる(第31-A条、B条)。

USMCAの紛争解決制度は積極利用

紛争解決の大きな流れとしては、まずは加盟国間の協議による解決を模索し、最長で75日以内に解決できなければ、パネルを設置できる。NAFTA時代にはこのパネルの設置に関する規定が曖昧だったため、被提訴国にパネル設置を拒む余地が残されていた。USMCAでは、被提訴国がパネル設置手続きに応じない場合でも、一定期間が経過すれば、強制的に議長やパネリストが選定されるよう条項を整備したことで、そうした抜け穴をふさいだ。

パネルでは、設置から最長で210日以内に、いずれの紛争当事国の主張が協定整合的かを判断した最終報告書を各紛争当事国に提出する。被提訴国が勝訴となれば、その時点で訴訟は終了となるが、敗訴となった場合は、両当事国は最終報告書受領から45日以内に解決策の合意に努めることとされている。提訴国は合意まで、被提訴国に対して受けた損害と同等の範囲で協定上与えている利益を停止することができる。一方で、被提訴国は、(1)提訴国の対抗措置が実際の損害を過度に超えている、または(2)協定不整合とされた措置を既に撤廃していると主張する場合は、パネルの再開を要請できる。パネルは再開後、いずれか一方の主張だけを取り扱う場合は90日以内に、両方の主張を扱う場合は120日以内に判断することになっている。パネルが(1)の主張を認めた場合、パネルは損害の適正な規模を示し、提訴国は対抗措置をその規模に収める必要がある。一方、パネルが(2)の主張を認めなかった場合、提訴国は適正な規模の対抗措置を取ることができる。よって、紛争が最後までもつれ込んだ場合は、協議開始から最長で450日(約15カ月)かかることになる。

NAFTA時代に加盟国が好んで利用していたWTOの紛争解決制度も、2審制ではあるが、本来のルールどおりであれば、同じく15カ月ほどで全ての手続きが完了することになっている。しかし、2010年代以降は特に第2審に当たる上級委員会での審理が長期化する傾向が目立っていた。それを1つの不満要素として、米国が上級委員の欠員補充を阻止してきたことが影響し、WTOの紛争解決制度は2019年12月以降、実質的な機能停止に陥っている(2019年12月12日付ビジネス短信参照)。こうした背景もあり、加盟国はNAFTAから刷新された紛争解決制度をUSMCAが発効してからの3年間で積極的に利用していると言える。USMCA発効以降、紛争解決手続きが発動されたのは表1のとおり5件となっている。そのうち2件はパネル設置前の協議が進行中で、残り3件はパネルの最終報告書が提出されている。最終報告書が提出された案件のうち、カナダが米国の太陽光発電製品へのセーフガード措置を提訴した案件は、両国間で和解合意に至っており、紛争解決のモデルケースと言えるだろう。一方、米国がカナダの乳製品輸入の関税割当制度を提訴した案件では、米国がカナダの対応に満足せず、2回目のパネル設置にもつれこんでいる。メキシコとカナダが米国による自動車原産地規則(ROO)の解釈を協定不整合だと提訴した案件では、パネルは提訴国の主張が正しいと認めたが、7月現在、米国が措置を是正している様子はみられず、今後の動きが気になるところだ(「USMCA発効から3年(前編)自動車原産地規則が与えた影響(米国)」参照)。

表1:USMCAにおける紛争解決案件
No 提訴国 被提訴国 紛争内容 ステータス
1 米国 カナダ カナダの乳製品輸入の関税割当制度の運用
  • 2022年1月、パネルが米国の主張を認める最終報告書を公開。
  • 2022年5月、カナダがパネル裁定を受けて新たな運用方針を発表。
  • 2022年5月、米国はカナダの新方針に不服として協議申し入れ。
  • 2022年12月、米国は同年5月の申し入れ内容を拡大する協議を申し入れ。
  • 2023年1月、米国が2回目のパネル設置を要請。
2 カナダ 米国 米国のカナダ製太陽光発電製品への緊急輸入制限(セーフガード)措置
  • 2022年2月、パネルがカナダの主張を認める最終報告書を公開。
  • 2022年7月、米国がカナダに対するセーフガード措置を停止する覚書を両国が締結。
3 米国
カナダ
メキシコ メキシコのエネルギー政策
  • 2022年7月、米国とカナダがそれぞれメキシコに対して2国間協議を要請。
  • 2022年12月、メキシコは米カナダ両国に対して問題解決のワーキングプランを提出。
4 メキシコ
カナダ
米国 自動車原産地規則の解釈
  • 2022年1月、メキシコとカナダがパネル設置要請。
  • 2023年1月、パネルがメキシコとカナダの主張を認める最終報告書を公開。
5 米国 メキシコ メキシコの農業向けバイオ技術に関する規制
  • 2023年6月、米国がメキシコに協議申し入れ。

出所:各国政府公表情報を基にジェトロ作成

また、NAFTAからUSMCAへの改定に際して、実効性のある制度に修正すべく新たに設定した3項目のうち、3点目として、労働分野ではRRMの制度を設けた。RRMでは、通常の紛争解決手続きよりも短期間での審理完了を想定し、事業所単位で労働問題を解決するための仕組みで、紛争解決パネルの設置よりもさらに案件数が多い。表2のとおり、これまでに11件が発動されており(注3)、全ての案件が米国からメキシコに対する発動だ。協定発効後しばらくは自動車分野のみが対象だったが、直近の2件は衣服メーカーや鉱山開発大手と対象が広がっている(注4)。RRMの手続きは、USMCA加盟国政府が独自に発動できるが、労働組合などの第三者機関が加盟国政府に提訴することも可能だ。これまでの案件のほとんどが、メキシコの労働組合(米国やカナダの労組・市民団体が加わる案件もあり)が米国政府に提訴を行い、米国政府が労働権侵害を疑う十分な証拠があると判断して、メキシコ政府に事実確認を要請するという流れで、手続きが開始されている。

表2:RRMに基づく紛争解決案件
No 提訴国 被提訴国 紛争内容 ステータス
1 米国 メキシコ ゼネラルモーターズ(GM)のメキシコ工場での労働権侵害の疑い
  • 2021年5月、米国がメキシコに事実確認を要請。
  • 2021年9月、パネル設置前に問題が解決。
2 米国 メキシコ 自動車部品メーカー、トリドネックスのメキシコ工場での労働権侵害の疑い
  • 2021年6月、米国がメキシコに事実確認を要請。
  • 2021年8月、パネル設置前に問題が解決。
3 米国 メキシコ 自動車部品メーカー、パナソニック・オートモーティブ・システムズのメキシコ工場での労働権侵害の疑い
  • 2022年5月、米国がメキシコに事実確認を要請。
  • 2022年7月、パネル設置前に問題が解決。
4 米国 メキシコ 自動車部品メーカー、テクシド・イエロのメキシコ工場での労働権侵害の疑い
  • 2022年6月、米国がメキシコに事実確認を要請。
  • 2022年8月、パネル設置前に問題が解決。
5 米国 メキシコ 自動車部品メーカー、マニュファクトゥラスVUのメキシコ工場での労働権侵害の疑い
  • 2022年7月、米国がメキシコに事実確認を要請。
  • 2022年9月、パネル設置前に問題が解決。
  • 2023年1月、米国が再び労働権侵害の疑いがあったとしてメキシコに事実確認要請。
  • 2023年3月、米メキシコ両国で改善策で合意。
6 米国 メキシコ 自動車部品メーカー、ユニーク・ファブリケーティングのメキシコ工場での労働権侵害の疑い
  • 2023年3月、米国がメキシコに事実確認を要請。
  • 2023年4月、パネル設置前に問題が解決。
7 米国 メキシコ タイヤメーカー、グッドイヤーのメキシコ工場での労働権侵害の疑い
  • 2023年5月、米国がメキシコに事実確認を要請。
  • 2023年7月、米メキシコ両国で改善策で合意。
8 米国 メキシコ 自動車部品メーカー、ドラクストンのメキシコ工場での労働権侵害の疑い
  • 2023年5月、米国がメキシコに事実確認を要請。
  • 2023年7月、米メキシコ両国で改善策で合意。
9 米国 メキシコ 衣服メーカー、インダストリアス・デル・インテリオールのメキシコ工場での労働権侵害の疑い
  • 2023年6月、米国がメキシコに事実確認を要請。
10 米国 メキシコ 鉱山開発大手、グルーポ・メヒコのメキシコ内鉱山での労働権侵害の疑い
  • 2023年6月、米国がメキシコに事実確認を要請。
  • 2023年7月、メキシコが本件はUSMCA対象外と主張。

出所:各国政府公表情報を基にジェトロ作成

ここから見えるのは、「労働者のための通商政策」を掲げる米国バイデン政権と、労働問題を解決したいメキシコ(および米国、カナダ)の労組の思惑が一致して、メキシコ政府に圧力をかけるという構図だ。バイデン政権はたびたび連邦議会から通商政策に消極的だと批判されているが、それに反論する材料としてRRMを積極的に利用し、通商政策を米国の労働者に裨益(ひえき)させるためのツールとして利用していることを発信している側面もあると考えられる。紛争解決に向けたパターンとしては、事実確認要請を受けたメキシコ政府が積極的に協力に応じ、紛争解決パネルが設置される前に案件が解決されることがほとんどとなっている。USMCA加盟の3カ国は、域内からの強制労働排除を重視していることから、労働問題の迅速な解決についてのコンセンサスが形成されていると言える。一方で、米国によるRRM発動の件数が最近、急ピッチで増加していることを受けて、メキシコ政府は2023年7月に行われた米国政府との会談で、RRMは最終手段として利用されるべきで、労働権侵害が疑われた事業所と提訴国との間に商業的な関係が存在すべきとの問題意識を提示したとされる(通商専門誌「インサイドUSトレード」7月7日)。これまで発動されたRMMの案件には、米国内に拠点がない企業の事業所も含まれている。これに対して、米国政府は、メキシコの問題意識は米国によるRRMの運用を否定的に捉えたものではなく、むしろRRMは有用で効果的に利用されるべきとの提言と捉えている。両国の捉え方に若干の食い違いが見られる。それを反映するように、米国がメキシコに事実確認を求めた鉱山開発大手グルーポ・メヒコの案件では、メキシコは本件にかかる労働権侵害はUSMCA発効前に起こったものであり、問題の鉱山からの対米輸出も確認されておらずUSMCAの対象外であると、RRMでは初めて米国の主張に反論している(2023年8月2日付ビジネス短信参照)。

労働分野中心に今後も積極利用の見込み

これまで見てきたとおり、USMCAの紛争解決制度はNAFTAからの改定を経て、実効性が相当上がったと評価できるだろう。特にRRMについては、加盟3カ国間で域内からの強制労働排除に向けたコンセンサスがあることや、米国内では連邦議会や労働組合からも支持があってバイデン政権が好んで利用していること、メキシコ内の労組が自らの要求を通すために米国政府に積極的に提訴していることなどから、今後も積極的に利用される可能性が高い。RRMを利用するメキシコ内の労組には、雇用者に過激な要求を行う新興労組が含まれることもあるが、それでも訴えを基に米国通商代表部(USTR)が事前調査を行った結果、雇用者による法令違反の疑いが認められれば、RRMは発動されることになる。現時点ではRRMの手続き開始前に、そうした過激な要求を行う労組かどうかをふるいにかける仕組みはないと言える。また、これまでの案件では、3カ国の労組が共同してある加盟国の政府に提訴するというパターンが多い。カナダ政府も3月に、メキシコとカナダの労組から、メキシコの事業所での労働権侵害の疑いについて共同提訴を受けている(注5)。制度的には、どの加盟国にもRRM発動の権利はあるため(注6)、メキシコ政府が同国と米国の労組から共同提訴を受けて、米国政府に事実確認の要請を行うという案件も今後出てくるかもしれない。

このRRMは、加盟国が相手国政府の法令や政策、それらの運用を争点として訴える通常の紛争解決とは異なり、ある事業所での労務管理が紛争の中核となるため、ターゲットとなった企業が直接、国同士の紛争に巻き込まれる点で極めて特徴的だ。よって、北米3カ国の事業所内で労組が組成されている場合は、まずはRRMで提訴されないよう、所在国の法令や、USMCA第23条規定の労働関連のルール、ILOによる「労働における基本的原則及び権利に関するILO宣言」などの順守をあらためて徹底する必要がある。仮に提訴された場合には、パネル設置前の問題解決について、関係する加盟国政府に協力する姿勢が求められる。


注1:
国際通商法の専門的見識を有するパネリスト(委員)で構成され、案件ごとに招集される裁判所のような存在。
注2:
2018年11月の協定署名後、2019年12月に労働などの分野で内容を一部修正した修正議定書に署名し、2020年7月に発効した。
注3:
5件目は同じ工場での2回目の事実確認要請がなされている。
注4:
対象となる優先業種は、製造業(航空宇宙、自動車・同部品、化粧品、製パン業、鉄鋼・アルミ、ガラス、陶器、プラスチック、鍛造、セメント)、サービス業、鉱業が示される(第31-A条)。また、USMCA施行に向けた米国内法では、自動車組み立て、自動車部品、航空宇宙、パン・焼き菓子、電子機器、コールセンター、鉱業、鉄鋼・アルミニウムが示される(合衆国法典19章4643条)。
注5:
ただし、7月25日付カナダ政府の発表外部サイトへ、新しいウィンドウで開きますによると、この件については、カナダ政府が独自に、提訴した労組や問題となった事業所と連携して対処しており、メキシコ政府への働きかけなく解決している。
注6:
ただし、米国カナダ間にはRRMは設けられていない。

USMCA発効から3年

  1. 自動車原産地規則が与えた影響(米国)
  2. 紛争解決制度、労働分野で積極利用(米国)
執筆者紹介
ジェトロ ニューヨーク事務所 調査担当ディレクター
磯部 真一(いそべ しんいち)
2007年、ジェトロ入構。海外調査部北米課で米国の通商政策、環境・エネルギー産業などの調査を担当。2013~2015年まで米戦略国際問題研究所(CSIS)日本部客員研究員。その後、ジェトロ企画部海外地域戦略班で北米・大洋州地域の戦略立案などの業務を経て、2019年6月から現職。