食糧高騰の背後に、ロシアによるウクライナ侵攻の影(アフリカ)
今後の成長阻害要因にも

2023年2月7日

アフリカ開発銀行(AfDB)の推定によると、2022年、アフリカで消費者物価の平均インフレ率が13.8%に及び、過去10年で最高になる(2023年1月30日付ビジネス短信参照)。

これは、IMFの予測する世界の平均インフレ率8.8%を大きく上回る。また世界銀行は、(1)サブサハラ・アフリカ(SSA)地域の4分の1以上の国で、食糧インフレ率が20%を超え、(2)食糧価格の高騰は、推定1億4,000万人超に深刻な影響を及ぼすことを指摘した(2023年1月17日付ビジネス短信参照)。

2022年は、穀物、植物油脂、エネルギーなどの価格が世界的に上昇した。特にウクライナやロシアとの経済的関係が深いアフリカ各国では、その影響を強く受けた。2000年代は、穀物輸入は米国主体だった。しかし2010年以降は、安価なウクライナ産・ロシア産に傾斜し、両国からの輸出量が増加した(図1参照)。世界銀行によるとSSA地域は、穀物輸入の15.3%(そのうち小麦に限っては、約3分の1)を両国に依存している。換言すると、アフリカの人口増加に伴う穀物需要を両国が支えてきた。

本稿では、アフリカとウクライナ・ロシアの貿易関係を分析しながら、ロシアによるウクライナ侵攻がアフリカの物価に与える直接的・間接的影響を検討する。

図1:ウクライナ・ロシアからのアフリカ向け穀物輸出量の推移
2002年には650万トン程度であったが、2009年には1,000万トンを超え、2016 年には2,000万トンを超えた。

出所:Global Trade Atlas(GTA)からジェトロ作成

ウクライナは、アフリカ向けに穀物、鉄鋼、油脂などを輸出

Global Trade Atlas(GTA)によると、2021年のウクライナのアフリカ向け輸出は56億ドルとなった。2020年(約40億ドル)より増加した。主な品目(金額ベース)は、2020年と変わらない(2022年3月3日付ビジネス短信参照)。穀物(53.5%)と鉄鋼(22.4%)が中心で、ひまわり油などの油脂(5.3%)をあわせた3品目で全体の8割を超える。穀物は小麦・メスリン(66.7%)とトウモロコシ(27.8%)が中心になっている。

ウクライナの輸出先国としては、小麦・メスリンは全世界でエジプトが1位、トウモロコシも4位だった。ウクライナがアフリカ向けに輸出する主要品目の仕向け先上位5カ国は、表1のとおりだ。

表1:ウクライナのアフリカ向け主要輸出品目の仕向け先上位5カ国(2021年)

小麦・メスリン
国名 金額
エジプト 8億5,800万ドル 331万トン
モロッコ 2億3,200万ドル 85万トン
チュニジア 1億6,300万ドル 65万トン
エチオピア 1億6,100万ドル 61万トン
リビア 1億4,600万ドル 57万トン
トウモロコシ
国名 金額
エジプト 5億2,300万ドル 221万トン
リビア 1億2,200万ドル 49万トン
チュニジア 9,000万ドル 39万トン
アルジェリア 7,000万ドル 32万トン
モロッコ 2,200万ドル 10万トン
ひまわり油
国名 金額
エジプト 8,400万ドル 6万9,000トン
スーダン 5,500万ドル 4万1,000トン
リビア 4,700万ドル 2万9,000トン
ジブチ 2,400万ドル 1万8,000トン
ガーナ 1,300万ドル 8,000トン

出所:Global Trade Atlas(GTA)からジェトロ作成

ロシアからは、穀物、燃料、肥料など

ロシアからのアフリカ向け輸出は、2021年に147億ドルに上った。主な品目(金額ベース)は、穀物(24.1%)、燃料(19.8%)だ。肥料(3.5%)も上位に入った。穀物は小麦・メスリンが92.9%、燃料は石油・石油製品(原油を除く)が79.3%、肥料は窒素肥料が50.7%を占める。

ロシアの小麦・メスリンの輸出先国は、全世界でトルコに次いでエジプトが2位、ナイジェリアが4位、スーダンが6位など、20位以内にアフリカが11カ国入った。ロシアがアフリカ向けに輸出する主要品目の仕向け先上位5カ国は、表2のとおりだった。

表2:ロシアのアフリカ向け主要輸出品目の仕向け先上位5カ国(2021年)

小麦・メスリン
国名 金額
エジプト 15億5,000万ドル 566万トン
ナイジェリア 2億5,000万ドル 97万トン
スーダン 2億ドル 69万トン
カメルーン 1億4,000万ドル 48万トン
リビア 1億1,000万ドル 37万トン
石油・石油製品(原油を除く)
国名 金額
セネガル 10億ドル 187万トン
ナイジェリア 5億ドル 10万トン
および80万Kl
トーゴ 2億5,000万ドル 58万トン
モロッコ 2億1,000万ドル 53万トン
カメルーン 1億3,000万ドル 24万トン
窒素肥料
国名 金額
コートジボワール 4,500万ドル
ガーナ 3,700万ドル
モロッコ 3,700万ドル
タンザニア 2,700万ドル
モザンビーク 2,100万ドル

出所:Global Trade Atlas(GTA)からジェトロ作成

食糧の輸入依存が高いエジプトやチュニジアで、価格高騰

エジプトは、小麦の自給率が40%程度にとどまり、世界最大の小麦輸入国である。2021年には、輸入小麦の総量の52.0%をロシアに、25.4%をウクライナに依存していた。それだけに、ロシアによるウクライナ侵攻の影響は大きい。エジプト中央動員統計局(CAPMAS)によると、2022年12月時点で、パン・穀物の消費者物価指数(CPI)が前年同月比58.3%上昇、小麦が同80.3%上昇した。

チュニジアも、小麦消費量の約3分の2を輸入に依存している。2021年には、輸入小麦総量の35.2%をウクライナ、7.1%をロシアに頼っていた。チュニジア国立統計研究所(INS)によると、2022年12月には、パン・穀物のCPIが前年同月比で7.2%上昇した。チュニジアでは、基礎食品などに対して政府が補助金を支給している。そのため、小麦のインフレは財政圧迫要因にもなっている。2022年10月や12月には、総額約8,000万ドルにのぼる補助金が未払いになり、補助金を受けているパン製造業者の90%以上がストライキを起こした。一方で、IMFからの新規融資を受ける上で、政府は段階的な補助金廃止を求められている。今後も、さらなる物価の上昇が懸念されている(2022年10月26日付ビジネス短信参照)。

2021年12月と比べた2022年のエジプトとチュニジアのCPI上昇率は、図2のとおりであった。ロシアによるウクライナ侵攻以降の上昇が顕著となった。

図2:エジプト・チュニジアのCPI上昇率(2021年12月比)
2021年12月と比べた、2022年1月~12月のエジプトの全品目のCPIは徐々に上昇している。上昇率は、4月に10%に達し、10月には16%、12月には22%となった。エジプトの食品・ノンアルコール飲料のCPI上昇率は、さらに顕著で、3月には13%に達し、4月以降は20%以上を維持、11月には30%を超えて、12月は38%となった。 2021年12月と比べた、2022年1月~12月のチュニジアの全品目のCPIも、上昇している。6月に5%となり、12月には10%となった。食品・ノンアルコール飲料のCPI上昇率の方が高く、4月に5%、9月に12%、12月に15%に達した。

注:エジプトのCPI統計上、基準年が2018/2019年度とされている(その期中平均を「100」と算出)。また、チュニジアの基準年は2015年になる(同様に、その通年平均が「100」)。当図では、それぞれの国・品目について、2021年12月時点でのCPI値に対する当月値を比較し、百分率で上昇率を計上した。
出所:エジプト中央動員統計局(CAPMAS)、チュニジア国立統計研究所(INS)のデータからジェトロ作成

自給率高いエチオピア、ケニアでも、生産コスト増が響く

エチオピアは、穀物の自給率が比較的高い。主食のテフ(イネ科の雑穀)は100%自給しており、トウモロコシも、ほぼ自給できている。小麦はやや例外で、両国への依存もある。2021年には、輸入の最も多くをウクライナ(45.4%)に、3番目にロシア(13.5%)に頼っていた。もっとも、その輸入量は消費量の約20%程度にとどまる。それでも、エチオピア統計局(Statistics Service)は、2022年12月の食料インフレ率が前年同月比36.8%だったと発表した。2022年3月以降、食料インフレ率が36%を切ったことはない。7月には、実に40.4%を記録していた。

穀物の輸入依存率が高くないにもかかわらず、食料インフレ率が高い要因としては、(1)同国での人口増加に伴う需要増、(2)干ばつや北部での武力紛争に加えて、(3)穀物生産コストの高騰が考えられる。世界的なエネルギー価格の高騰は、農業機械や輸送コスト、さらには天然ガスを原料とする窒素肥料などの価格上昇にも影響する。

ケニアでも同様のことが言える。ケニア統計局(KNBS)によると、主食のトウモロコシは自給率が約90%に及ぶ。それにもかかわらず、2022年12月時点で、とうもろこし粉のインフレ率が前年同月比35.3%になっている。これも、農機の燃料や肥料など、生産コストの上昇が原因とみられる。

エチオピアとケニアの前年同月比のインフレ率推移は、図3のとおり。

図3:エチオピア・ケニアのインフレ率推移(前年同月比)
2022年1月~12月のエチオピアの全品目のインフレ率(前年同月比)は、30%前後で高止まりとなった。食品のインフレ率も、35%から40%の間を推移した。 2022年1月~12月のケニアの全品目のインフレ率(前年同月比)は、5%から10%にかけて徐々に上昇傾向にあった。食品・ノンアルコール飲料のインフレ率も、全品目と同じ動きで、10%から15%へ上昇傾向にあった。

出所:エチオピア統計局(Statistics Service)、ケニア統計局(KNBS)からジェトロ作成

燃料や食用油も連動して高騰

前述の4カ国とも、燃料価格が高騰している。エジプトでは2022年12月、ガソリンのCPIが前年同月比14.1%上昇となった。チュニジアでは、電気・ガス・燃料のCPIが14.9%上昇し、ケニアでは、ガソリン価格が36.4%増加した。エチオピアでも、2023年1月の燃料価格が2022年6月と比較して30%近く上昇している。しかし、いずれの国も石油・石油製品の輸入をロシアに直接頼っているわけではない。

さらに、2022年12月、前年同月比でエジプトでは食用油のCPIが44.0%、チュニジアでは22.3%、それぞれ上昇している。ケニアでも、2022年7月には前年6月と比べて価格が約51%上昇した。これらの国で輸入しているひまわり油は、確かにウクライナ・ロシア産品が多い。しかし、輸入食用油全体でみると、東南アジアから輸入しているパーム油が主だ。それにもかかわらず、食用油価格全体がこれほど上昇した背景には、ひまわり油の供給減が危惧されたことなどがある。その影響からパーム油の価格が連動して上昇し、食用油全体の価格が高騰する構図となった。

IMFによると、食糧とエネルギー、植物油の価格には相関関係がある。その理由としては、(1)世界の経済活動の需要要因が同一であること、(2)石油や天然ガスの価格が農業に影響を及ぼすことなどが挙げられる。石油は農機具や輸送の燃料として直接的に、天然ガスは窒素肥料の原料として間接的に、影響を与える。また、(3) 2000年代半ばにEUや米国でバイオ燃料の使用が義務化された後は、植物油との相関関係も強まったと言われる。

このように、4カ国で各品目の価格が上昇したことには、関連性があると考えられる。

肥料価格の先行きにも懸念

アフリカ各国は、既に食糧価格の高騰にあえいでいる。しかし、これが帰結ではない。今後も、肥料へのアクセス制限によって、さらなる食糧価格の高騰や貧困拡大に直面する可能性がある。

IMFによると、肥料価格が10%上昇すると、1四半期後に穀物価格が7%上昇する。さらに、その後も中長期的に影響を受けるという。国連食糧農業機関(FAO)とWTOの合同レポートでは、ロシアは世界最大の肥料輸出国とされる。2021年には、窒素肥料の輸出国として世界1位、カリウム肥料で2位、リン酸肥料で3位だったと報告された。

同レポートによると、肥料価格の上昇は、農業生産者による資材投入の減少につながり、食料問題の悪化に直結する。特にアフリカでは、小規模生産者が多い。それだけに、肥料価格上昇の影響が大きい。さらにその結果、農産品の供給が量的にも質的にも低下し、飢餓や栄養不良の拡大を招くとしている。また、アフリカで使用される肥料のうち、約50%分の量が換金作物用だ。すなわち、農家の貧困も懸念材料になる。特に窒素肥料の価格高騰が顕著で、2022年9月には2020年1月と比べて3倍以上になった。今後も、国際的な肥料供給には制約要因が生じる可能性が高いとされている。

なお、FAOの推計によると、少なくとも2022年1月~7月では、ロシアからの肥料輸出量は減少していない。窒素肥料市場の供給不足はむしろ、天然ガス(窒素肥料の主要原料)の価格高騰が原因と分析した。ただし、窒素肥料の輸出を制限しているロシアは、2022年の肥料輸出量が前年比10%減になると予測している(2022年12月7日付ビジネス短信参照)。

物価がやや落ち着いても、食糧不安が続く可能性

AfDBは、現在の金融引き締めと食糧供給の改善により、アフリカの物価高騰は徐々に落ち着くと予測している。具体的には、2023年にはインフレ率が13.5%、2024年に8.8%まで低下すると見ている。世界銀行も同様に、インフレ率の高騰は和らぐと予測している。また、両者は、2023年と2024年のアフリカ全体・SSA地域の経済成長率は、2022年よりも上昇するとした。

しかし、IMFは、国際的な穀物価格の高値が続く可能性を示唆している。また、国内価格への影響は6~12カ月後に現れると計算しており、アフリカでは今後も穀物価格の高騰が続くかもしれない。さらに、低所得国かつ貿易依存度が高い国ほど国際価格の影響を強く受けると指摘した。アフリカで、ウクライナ・ロシアからの穀物輸入に支えられてきた国では、今後も穀物価格の高騰に悩まされるだろう。また、自国で穀物を生産してきた国でも、肥料価格高騰の影響がさらに強まる可能性がある。

仮に食糧不安や貧困拡大が続く場合、アフリカでの人口増加を支えきれない上に、今後の経済成長を阻害する要因にもなりかねない。

執筆者紹介
ジェトロ海外調査部中東アフリカ課
天神 和泉(てんじん いずみ)
2015年、ジェトロ入構。ビジネス展開支援課、ジェトロ静岡、企画部海外地域戦略班(アフリカ担当)を経て、2022年7月から現職。