ウクライナ情勢下のポーランド、ハンガリーの経済
現地所長が解説(前編)

2023年3月28日

ジェトロは2023年2月15日、ウェビナー「現地所長が語る!ウクライナ情勢下の中・東欧経済-転換期を迎えるビジネス環境-」を開催し、中・東欧の5事務所長が最新動向を報告した。前編の本稿では、ウクライナ復興支援のハブとなりつつあるポーランドと、自国優先の独自路線を歩むハンガリーという、対照的な2カ国の最新経済概況やビジネス環境を紹介する(後編は「ウクライナ情勢下のチェコ、ルーマニア、西バルカンの経済」)。

ポーランド:ウクライナ情勢が最重要課題

まず、ジェトロ・ワルシャワ事務所長の石賀康之は、ポーランドはEU内でも率先して対ロシア制裁を実施し、早々にロシア産エネルギーからの独立を表明、ウクライナ復興のハブになると考えられていると述べた。EUとの関係では、「法の支配」などを巡る対立があり、2022年6月にポーランドの復興計画が承認されたが復興基金の執行は一時停止されている(注)など、今後も要注目だとした。内政については、2023年秋の総選挙に向け、2019年の選挙後に増えた小政党候補者の取り込みや連立に向けた駆け引きが活発化する見込みだと解説した。

ポーランド経済について、2022年の実質GDP成長率の速報値は4.9%で、内需拡大などにより、経済は堅調に推移する見込みとした。市場・投資先としての魅力については、(1)中・東欧最大の人口、(2)EU経済を牽引するドイツに隣接する地理的優位性、(3)自動車部品などの製造拠点の集積、(4)安価で質の良い労働力や豊富なIT人材などを挙げた。ジェトロの「海外進出日系企業実態調査(欧州編)」で、ポーランドは「将来有望な販売先」として2019~2022年に1位だと述べた。ポーランド中央統計局は2022年の消費者物価指数(CPI)上昇率を14.4%と予測。需要拡大と生産コスト上昇による物価高は続いているが、石炭と石油の価格が低下しエネルギーと燃料の高騰は収束してきているとした。


(ウェビナー画面)ジェトロ・ワルシャワ事務所所長・石賀康之(ジェトロ撮影)

ウクライナ情勢を巡り、ポーランドはロシアによるウクライナ侵攻から約2週間でウクライナ避難民に対する支援法を施行、150万人(2023年1月時点)の避難民がポーランド国民識別番号(PESEL番号)を取得し、社会保障を受けられるようになった。2023年1月には、長期滞在の避難民に一定の費用負担を求める改正法が施行。避難民の6割が失業中で、そのスキル・能力とポーランド企業による需要が不一致との課題がマンパワーグループの2022年9~11月の調査で浮き彫りになったとした。また、避難民支援、ニーズ調査、ウクライナ復興支援のためのプロジェクト応札に必要なポーランド政府の企業登録制度に関する相談や、戦後を見据えたビジネスなど、日系企業の相談が増えていると説明した。石賀所長は、情報通信技術(ICT)の専門技術者や企業による、近隣諸国(ベラルーシ、アルメニア、ジョージア、モルドバ、ロシア、ウクライナ)からポーランドへの移転をポーランド投資貿易庁(PAIH)が支援するプロジェクト「ポーランド・ビジネスハーバー」にも言及し、ウクライナ進出日系企業が同支援を利用してポーランドに拠点を移す動きがあるとした。

エネルギー問題に関して、ポーランドは、電源構成の8割が石炭だが、2049年までに石炭生産を廃止すると決定(2022年9月6日付地域・分析レポート参照)。国内資源をベースにした技術の多様化や発電設備容量の拡大が必須となる中、新型水素燃料電池システムに関する共同開発や、洋上風力発電所の設備・装置の受注など、ポーランドで商機を捉えようとする日系企業の動きを紹介した。

ビジネス環境については、ポーランド進出日系企業は358社(2021年10月時点)で、自動車部品関連では南西部に集積しているとした。PAIHの支援による2022年の対内直接投資額は過去最高の37億ユーロ超となった。同年7月にダイキン工業が欧州最大のヒートポンプの新工場を設立したこともあり(2022年7月19日付ビジネス短信参照)、日本は3位の投資国になったと紹介。また、ポーランドはスタートアップハブとしても注目を集め、人工知能(AI)やヘルステック、Eコマース、フィンテックなどでの起業が活況で、100万ユーロ以上の資金調達をしたスタートアップの数(約200社)は中・東欧で首位だとした。

ハンガリー:従来のロシアとの距離を維持

次に登壇したブダペスト事務所長の末廣徹はまず、ロシアやウクライナ情勢に対して独自の姿勢を示すハンガリーについて、どのような理由からこのような姿勢を取っているのかを説明した。

ハンガリーの考え方は単純に「親ロシア、反EU」と理解されがちだが、「自国第一主義」だという。政治分野では、オルバーン・ビクトル首相が2010年から4期連続で首相を務めており、「家族主義、愛国、キリスト教主義」などをキーワードに国を運営。外交分野では、自国の「主権」に強くこだわると、特徴を説明した。そのため、EUがハンガリーに求める「法の支配」の確立を巡る問題ではEUと意見が対立。2021年5月に提出したハンガリーの復興計画は、2022年11月末にようやく審査が完了するという事態になった。末廣所長は、今後のEUからの予算配分に関しては、ハンガリーがいかにEUの示す条件を達成していくかがカギになると分析した。


(ウェビナー画面)ジェトロ・ブダペスト事務所所長・末廣徹(ジェトロ撮影)

企業活動に強い影響がある直近の経済状況としては、物価高騰があるとした。CPI上昇率は2022年に前年比14.5%、2023年に15.0%と予測されている。ほかにも賃金上昇や労働市場の逼迫などを挙げた。この状況に対しては、雇用創出、物価の抑制、エネルギー確保を経済運営の基本とする現政権は、2022年1月に一部の食料品の強制的な価格引き下げ、2023年1月に全企業を対象とした低利融資プログラムを導入(2023年2月1日付ビジネス短信参照)といった対策を講じている。

経済分野の特徴は製造業重視にあるという。中でも裾野が広い自動車産業を大切にしており、EUの電気自動車(EV)へのシフトは企業誘致の好機と捉えていると説明。ハンガリーへは主に韓国や中国の車載用蓄電池関連の企業進出が相次いでいる。これはドイツのBMWがハンガリー東部へ進出したことが大きな契機となったという。末廣所長は、ハンガリーが目指しているのは、西欧のEVメーカーと東欧に所在する蓄電池メーカーの橋渡しとして両者がハンガリーで出会ってもらえるようになることだとした。対内直接投資の増加の恩恵で、1人当たり名目GDPは2023年に2万ドル台に乗るとの予測も紹介した。実質GDP成長率も2022年は前年比4.8%、2023年は1.5%と成長が続きそうだという。

続いて、日系企業のハンガリー進出も積極的に展開されていることを説明した。背景には、韓国系の蓄電池メーカーなどからの進出要請を受けたということがある。操業開始に至った主な進出案件として、東レ(2018年操業開始、セパレーターフィルム)、東洋インキ(2022年操業開始、正極用導電材)を挙げた。

最後に、ロシアやウクライナ情勢に対するハンガリーのスタンスを解説した。現政権はロシアによる侵略は非難し、ウクライナの主権と領土の一体性を支持という姿勢を堅持しているという。ロシアによるウクライナ侵攻開始以降、日系企業からジェトロに寄せられている質問は、ハンガリーを親ロシアの国と理解して、ハンガリーでビジネスを行うことに対する「レピュテーションリスク」があるのではないかという内容だと要約した。これに対しては、ハンガリーはロシア寄りというわけではなく、従来のロシアとの関係を維持している状況と回答していると述べた。

今回のセミナーは、オンデマンドで2023年4月22日まで配信している。視聴料は4,000円(消費税込み)で、ジェトロ・メンバーズは1口について先着1人まで無料で視聴できる。オンデマンド配信の申し込み方法や手続きの詳細はジェトロウェブサイトを参照。


注:
加盟国によるEU予算の不適切な使用を防止し、EUの財務上の利益を守る目的で採択されたメカニズムの条件設定規則が2021年1月1日から適用されている。同規則は「法の支配」を順守しない加盟国に対するEU予算執行の一時停止が可能なことを定める。欧州委は、ハンガリーとポーランドは「法の支配」に対する違反が認められるとして、同規則に基づいて復興基金を含むEU予算執行の一時停止の措置を取っている。

現地所長が解説

  1. ウクライナ情勢下のポーランド、ハンガリーの経済
  2. ウクライナ情勢下のチェコ、ルーマニア、西バルカンの経済
執筆者紹介
ジェトロ海外調査部欧州ロシアCIS課
森 友梨(もり ゆり)
在エストニア日本国大使館(専門調査員)などを経て、2020年1月にジェトロ入構。イノベーション・知的財産部イノベーション促進課を経て、2022年6月から現職。
執筆者紹介
ジェトロ海外調査部欧州ロシアCIS課
二片 すず(ふたかた すず)
2020年5月から海外調査部欧州ロシアCIS課勤務。