世界の希少疾患の治療法の確立へ、島根大学発ベンチャーPuREC

2022年6月27日

近年、多くのライフサイエンス分野の企業が希少疾患の治療法の開発に注力している。十分な治療法がないため患者からのニーズが高く、また、今後の大きな成長が見込めるという点などが背景にある。スタートアップ企業から大手企業まで、企業規模を問わず世界中で研究開発が進められている。

世界有数のヘルスケア関連市場を誇る日本においても、近年は希少疾患のスタートアップ企業が誕生している(注)。希少疾患の性格上、日本国内だけでは市場が限られることもあり、海外市場の獲得が欠かせない。

本稿では、希少疾患の治療法の確立を目指す、島根大学発バイオベンチャーのPuREC(本社:島根県出雲市)の髙橋英之社長に海外展開への取り組みについて話を聞いた(インタビュー実施日:2022年3月24日)。なお、本インタビューは、2022年3月2日にオンライン開催された「第3回京都大学ライフサイエンスショーケース@San Diego 2022(以下、ショーケース)」において、「再生医療」部門の中で優秀と認められた企業に与えられる「JETRO KYOTO Award」を同社が受賞したことを踏まえて実施した。


PuRECの本社(PuREC提供)
質問:
PuRECの概要について
答え:
独自に開発した手法によって見いだした高純度間葉系幹細胞「REC」を活用し、低ホスファターゼ症や脊柱管狭窄(きょうさく)症などの各種疾患への細胞治療法を開発している。簡単に言えば、骨や軟骨の形成に困難のある病気を持つ患者が、骨が形成できるようにするというもの。有力な治療法がない中、健常な細胞を体内に投与する方法の研究が進められているが、安全性や効果に課題がある。当社では、体内で生着して分化する能力をもつ細胞「REC」により、さまざまな疾病の根本治療を目指している。
当社の創業は、島根大学の松崎有未教授による研究が創業のきっかけである。「しまね大学ファンド」の支援を受けて、2016年に法人を設立し、島根県出雲市に本社を構えた。2022年3月時点で10人の体制であり、ファストトラックイニシアティブ、富士フイルム、持田製薬、山陰合同銀行などから資金を調達している。社長の髙橋は、米国と日本の創薬ベンチャー企業での勤務経験がある。現在は、島根大学病院にて低ホスファターゼ症患者に対する医師主導治験、北海道大学病院にて腰部脊柱管狭窄症患者を対象とした医師主導治験がそれぞれ進められている。
質問:
現在、どのように海外展開に取り組んでいるのか?
答え:
当初は、海外展開に取り組むのはまだまだ先のことだと考えていた。だが、米国の難病患者団体から「現在は薬の費用が高すぎる上に根治もしないので、ぜひ助けてほしい」と要望を受けたことで、本格的に取り組むことにした。米国では成人の患者だと年間200万ドルもかかるといわれている。このため、ビジネス機会を見つけたというよりも、病気に苦しむ患者さんたちが待っている、というのが海外展開を真剣に考える契機となった。
現在は、事業提携先の発掘や資金調達、情報収集などを目的として、「ジェネシス(Genesis)」「JPモルガン・ヘルスケア・カンファレンス(JP Morgan Healthcare Conference)」「BIOインターナショナル(BIO International)」などの海外カンファレンスに積極的に参加している。オンライン会議が普及したことで、現地に出張せずとも海外とのやり取りが円滑になったのはよかった。そのほか、ジェトロの「グローバル・アクセラレーションハブ(以下、ハブ)」や、神戸市や神戸医療産業都市推進機構などによるアクセラレーター・プログラム「KANSAI Life Science Accelerator Program」を活用し、ビジネスモデルの改善に向けた指導(メンタリング)を受けている。
質問:
「ハブ」のメンターからはどのような指導を受けたのか?
答え:
「ハブ」では、海外1拠点のメンターにつき10回までメンタリングを利用できるため、複数回かつ長期的な指導を通じて成長を実感することができる。米国・ボストンに拠点を有するケンブリッジ・イノベーション・センター(CIC)のメンターからは、事業展開の方向性や関連する米国の事業者の紹介など、多岐にわたるアドバイスをもらった。プレゼンテーション資料についても、単なる英語の修正ではなく、記載内容に踏み込んでの細かいフィードバックを何度も得られた。例えば、記載している文字や図など情報量が多すぎる、と指摘を受けた。自分では気づかなかったが、技術の詳細の説明に焦点を当ててしまっていた。

「ハブ」による指導前のプレゼンテーション資料(PuREC提供)

「ハブ」による指導後のプレゼンテーション資料(PuREC提供)
こうした指導の結果、海外企業との商談の反応が良くなり、詳細の情報を引き出せるようになった。「ショーケース」の直前にも、資料の改善に向けて指導を受けたことが受賞につながったと感じている。現在は、発表時間だけでなく、聴衆、あるいは発表用と配布用など場面に応じてプレゼンテーション資料の情報量を使い分けている。
ただ、ここまで充実した無償の支援が、スタートアップ企業に対してあまりまだ知られていないのは残念である。他のスタートアップ企業の経営者に「ハブ」について話したところ、知らない様子だったので活用を勧めた。この事業は、複数地域のメンタリングを受けられるという点も魅力的である。米国ではボストンとシリコンバレーを利用したが、異なる視点からのアドバイスを得られただけでなく、それぞれのビジネス文化の違いを体感することもできる。その他、まだ具体的な提携などの成約には至っていないが、情報交換を継続できる米国企業とのマッチング支援も大変ありがたい。
質問:
島根大学発ベンチャー企業として、今後どのようにビジネスを展開していくか。
答え:
そもそも、島根県には上場企業が3社しかなく、30年以上、事業会社からIPO(新規株式公開)が出ていない。確かに、経営や海外展開を担う人材を島根だけで発掘することは難しく、東京にも拠点を置いている。一方で、島根大学はもちろん、地元の金融機関である山陰合同銀行も海外展開を含めて応援してくれている。経済産業省などが推進するスタートアップ支援プログラム「J-Startup」に選定されたのは、島根発のスタートアップ企業が珍しいということも一因だったのではないか。
今後は、ビジネスの実証に向けた治験段階を前進させるとともに、IPOも視野に入れつつ、島根発のグローバルな企業に成長できるように、事業を進めていきたい。「REC」は整形外科領域などへの応用範囲が広い。新型コロナウイルスの治療への適用を考えたこともあった。だが、社内で協議して、安易な目先の補助金獲得のような戦略ではなく、まずは「PuRECしかできないこと」にフォーカスしていこうという方針を固めた。製薬企業などとの協業を通じた他領域への横展開、さらには世界市場の獲得を推進していく予定だ。

取材後記

大学など研究開発を出自とするスタートアップ企業の多くが、プレゼンテーション資料について「文字が多すぎる」「技術の説明に焦点が置かれすぎている」と指摘を受けている。学会などとは異なり、ビジネスとしてどのような魅力があるのか、という点をアピールすることに主眼を置く必要がある。こうした点は、自分自身ではなかなか気づきにくいものである。スタートアップ企業は、「ハブ」など第三者から指導を受ける機会を積極的に活用してほしい。


注:
ゲノム編集技術を活用し、多くが希少疾患となる遺伝子疾患の治療薬の開発に取り組むモダリスは、2020年に東京証券取引所に上場を果たしている(2020年11月4日付ビジネス短信参照)。
執筆者紹介
ジェトロ京都
大井 裕貴(おおい ひろき)
2017年、ジェトロ入構。知的財産・イノベーション部貿易制度課、イノベーション・知的財産部スタートアップ支援課、海外調査部海外調査企画課を経て現職。