EV市場拡大に向け、原材料価格の高騰が課題に(中国)
値上げ相次ぐ中、希少金属不使用バッテリーの開発も

2022年5月30日

電気自動車(EV)を中心に注目を集める新エネルギー車(NEV)。その世界最大市場規模を誇るのが中国だ。中国のNEV販売台数は2021年、前年比2.6倍の352万1,000台になった。その結果、自動車販売台数の全体に占める割合も、13.4%に達した。日系企業を含め、中国内外の企業がシェア獲得に向けてしのぎを削っている。

一方、中国でのEV生産、販売のさらなる拡大に向けては、原材料の需給状況にも目を向けていく必要がある。中でも、EVバッテリーに利用される高純度ニッケルはロシアが主要生産国の1つだ。そのため、ロシアのウクライナ侵攻による調達や価格面への影響を懸念する声も上がっている。

本稿では、ニッケルなど原材料価格の高騰が中国EV市場に与える影響、代替策を含めた各EVメーカーの対応策などについてまとめた。

ニッケル生産でロシアに存在感

ニッケルはレアメタル(注1)の一種だ(元素番号は28、元素記号はNi)。主にステンレス鋼、携帯電話やEVに使用されるリチウムイオン電池(LIB)などの製造に用いられる。ニッケルはリチウムやコバルトと並んで、LIBに不可欠な鉱物とされる(2018年9月28日付地域・分析レポート参照)

米国地質調査所(USGS)が2022年1月に発表した「Mineral Commodity Summaries 2022」によると、世界のニッケル埋蔵量は9,500万トン。オーストラリアとインドネシア2カ国で、総埋蔵量の約半分を占める(図1参照)。ロシアの埋蔵量は750万トンで、世界第4位だ。

図1:世界のニッケル埋蔵量(単位:1,000トン)
世界のニッケル埋蔵量は約9,500万トンで、その半分弱がオーストラリアおよびインドネシアの2カ国に埋蔵されている。ロシアでの埋蔵量は750万トンで世界第4位の埋蔵量を誇る。

出所:USGS 「Mineral Commodity Summaries 2022」

生産量をみると、2020年の世界のニッケル生産量は251万トン。国別には、インドネシアが77万1,000トンと最大。次いで、フィリピンが33万4,000トン、ロシアが28万3,000トンで第3位だ(図2参照)。

図2:世界のニッケル生産量(2020年、単位:トン)
2020年の全世界でのニッケル生産量は約251万トンで、最も多く生産されているのはインドネシアで生産量は77万1,000トン、その後にフィリピンが33万4,000トン、ロシアが28万3,000トンと続く。

出所:USGS 「Mineral Commodity Summaries 2022」

ニッケルの埋蔵量でも生産量でも、ロシアは確かに世界1位でこそない。しかし、ロシアにはノリリスクニッケルのように、ニッケル生産で世界的な大手企業がある。EVバッテリーに利用するためには、純度99.8%以上の高純度ニッケルであることが必要だ。当該製品に限ると世界シェア約2割を占めるなど、ロシア大手は大きな存在感を示している(「ウォールストリート・ジャーナル」紙2022年3月14日)。

EVの需要拡大などを受けて従来も、ニッケルの取引価格は上昇傾向にあった。ただし、比較的緩やかな値動きあった。ロンドン金属取引所(LME)でのニッケルの3カ月先物取引の終値推移をみると、2021年は1万5,000~2万ドル、2022年に入ってからは、2月中旬までは2万~2万5,000ドルの間で推移いていた(図3参照)。しかし、2月24日にロシアのウクライナ侵攻が始まると、天然ガスなどさまざまな品目について、欧米を中心とする多国が取引制限を含めた対ロシア経済制裁を科した。ニッケルも取引が制限されるのではないかとの観測が広がり、取引価格が急激に上昇し始めた。3月7日には、ニッケル1トン当たりの取引価格(終値)が4万8,078ドルまで急騰。LMEでは、翌8日から15日までニッケル取引を停止した。16日以降はニッケル取引を再開し、価格は落ち着きを見せてはている。それでも、4月25日の終値は3万2,636ドル。2022年の取引開始時(1月4日時点で2万1,137万ドル)に比べ約1.5倍の水準となっている。

図3:ロンドン金属取引所(LME)でのニッケル(1トン当たり)の3カ月先物取引価格の終値
ロンドン金属取引所(LME)でのニッケルの3か月先物取引の終値を見ると、2021年は1万5,000~2万ドル、2022年に入ってからウクライナ侵攻が起こるまでは2万~2万5,000ドルの間で緩やかな上昇傾向を見せていた。しかし、2022年2月24日に始まったウクライナ侵攻を受け、欧米を中心に取引制限を含めた経済制裁をロシアに課したことで、ニッケルの供給不安が広がり、価格が急激に上昇し始めた。3月7日にLMEでのニッケル1トン当たりの価格の終値は4万8,078ドルまで急騰したことなどを受け、3月8日から15日までニッケルの取引が停止された。3月16日以降ニッケル取引が再開され、価格は落ち着きを見せているものの、現在も3万3,000ドル前後で推移している。2022年4月25日の終値は3万2,636ドルとなっており、同年1月4日(2万1,137万ドル)と比較しても約1.5倍となっている。

出所:LME

ニッケル以外の希少金属でも、ロシアの存在感は大きい。コバルト(注2)の2020年の生産量をみるとロシアは世界2位。世界シェアの6.3%を占める(図4参照)。2020年のパラジウム(注3)の生産量もロシアが世界シェア42.9%で、第1位だ(図5参照)。これら品目も価格が上昇傾向で、調達難になっている(注4)。経済産業省産業技術環境局の資料(注5)にも、「ロシア産鉱物の流通が滞った場合、バッテリー関連鉱物の獲得競争が一層激化する見込み。特定少数国に供給を過度に依存することにより、供給が混乱した場合、クリーンエネルギー戦略の実現に影響を及ぼすおそれ」が記載された。

図4:世界のコバルト生産量(2020年、単位:トン)
LIBの正極材に使用されるコバルトの2021年の生産量においてロシアは6.3%を占め世界2位である。

出所:USGS 「Mineral Commodity Summaries 2022」

図5:世界のパラジウム生産量(2020年、単位:トン)
水素エネルギーの利用に必要な水電解装置や水素吸蔵材料に利用されるパラジウムの生産量においてロシアが世界の42.9%を占め世界1位となっている。

出所:USGS 「Mineral Commodity Summaries 2022」

原材料高騰を理由に、中国のEV 20社以上が値上げ

一般に、EVの製造コストの約3分の1はバッテリーと言われている。ニッケルなどバッテリー製造に用いられる原材料費が高騰すると、バッテリー価格に加え、最終的にはEV本体価格にも影響を与える。中国でも2022年1月以降、原材料価格の高騰を理由として、EVメーカーが価格を引き上げる動きが顕在化している。例えばBYDは1月21日、リチウム電池原材料などの高騰や新エネルギー車購入補助金の打ち切りを理由に、同年2月1日から新エネルギー車の価格を1,000~7,000元(約1万9,000~13万3,000円、1元=約19円)引き上げると発表した(「汽車之家」2022年1月24日)。

ロシアのウクライナ侵攻後の原材料価格の高騰を受け、価格引き上げの動きにも拍車がかかる。原材料費などの高騰が加速したこともあり、中国で20社以上のEVメーカーが販売価格を引き上げている(表参照)。引き上げ幅は3~5%が多い(「未来汽車日報」2022年4月15日)。各社が説明する価格引き上げの理由をみると、ほとんどの企業が原材料価格の高騰を挙げている。

表:2022年3月以降に価格を引き上げた中国地場EVメーカー
EVメーカー名 車種 発表日 値上げ
開始日
値上げ幅(元)
広汽埃安 AION S Plus、AION V Plus、AION Y 3/4 不明 4,000~10,000
AION Y、AION S Plus、AION V Plus、AION LX Plus 4/8 4/8 6,000~10,000
奇瑞汽車(Chery Automobile) 小螞蟻、QQアイスクリーム 3/16 3/17 3,000~6,000
車種の一部 4/6 4/7 2,900~5,000
零跑汽車(Leap Motor) C11シリーズ 3/18 3/19 8,100~30,000
T03シリーズ 3/25 3/26 20,000~30,000
比亜迪(BYD) 王朝シリーズ、海洋シリーズ 3/15 3/16 3,000~6,000
哪吒汽車(NETA) 哪吒V、哪吒V Pro、哪吒U Pro 3/17 3/18 2,000~5,000
几何汽車(Geometry) 几何A Pro、几何C、EX3 3/18 3/19 3,000~7,000
小鵬汽車(Xpeng) P5、P7、G3i 3/18 3/21 10,100~20,000
長城欧拉(Ora) 欧拉好猫シリーズ 3/19 3/23 6,000~7,000
威馬汽車(Weltmeister) 威馬EX5、威馬W6、威馬E.5 3/20 3/28 7,000~26,000
思皓新能源 思皓E10X 3/21 3/22 3,000
理想汽車 理想ONE 3/23 4/1 11,800
愛馳汽車(Aiways) 愛馳U5 3/30 4/6 5,000~12,000
嵐図汽車(VOYAH) 嵐図FREE純電版、純電市街版 3/31 5/1 10,000
上汽栄威(Roewe) 栄威i6MAXEVの一部、栄威Ei5 3/31 5/1 3,000~5,000
長安新能源 奔奔E-Star国民版 3/31 4/1 4,000
極氪汽車(ZEEKR) 極氪001 4/2 5/1 5,000~20,500
極狐(ARCFOX) 全車種 4/6 5/16 5,400
領克汽車(Lynk) 01PHEV、05PHEV、06PHEV、09PHEV 4/8 5/1 2,000~4,000
上海蔚来汽車(NIO) ES8、ES6、EC6、ET7、ET5(すべてSUV) 4/10 5/10 10,000
魏牌 マキアートDHT、マキアートDHT-PHEV、ラテDHT、
モカ2.0T、モカDHT-PHEV
4/12 4/15 5,000~12,000

出所:「EV視界」(2022年4月15日)など各種報道からジェトロ作成

外資系企業も、価格引き上げの動きをみせている。米国EV大手のテスラは3月だけで数回上げた(「汽車之家」2022年3月20日)。ポールスター(注6)や一汽大衆(注7)も、5,000元程度の価格引き上げを発表した(「未来汽車日報」2022年4月15日)。

資源確保と代替バッテリー開発に動く

ニッケルなど原材料価格の高騰や、安定調達に向けた不安感の高まりを受け、各EV関連企業はさまざまな取り組みを進める。その内容は主に、(1)ニッケルなど希少金属の安定調達、(2)代替バッテリーの使用の2つだ。

(1)の例が、ロシア以外のニッケル産出国へ投資だ。直近では、ニッケルの生産量・埋蔵量ともに世界トップのインドネシアに投資し、バッテリーを現地生産する動きが目立つ(注8)。

CBLは4月14日、インドネシア企業2社(注9)を交え、EV用バッテリーの統合事業に関して協力することで合意した。ちなみにCBLは、車載用電池最大手の寧徳時代新能源科技(CATL)の子会社。当該事業にはニッケルの採掘・製錬まで含まれる。投資額は59億6,800万ドルに及ぶ見込みだ(2022年4月22日付ビジネス短信参照)。また、4月18日には、韓国電池大手のLGエネルギーソリューションが90億ドルを投じ、インドネシア政府と連携して現地に電池供給網を構築すると発表した(「中央日報」2022年4月25日)。

(2)の代替バッテリーとしては、「リン酸鉄系」バッテリーの利用が増えている。リン酸鉄系バッテリーでは、ニッケルやコバルトなどの希少金属を使用しない。従来のEVバッテリーは「三元系」と呼ばれ、主にニッケル、コバルト、マンガン酸リチウムが使用されていた。「三元系」はエネルギー密度が高く、長い航続距離が実現できる。その半面、希少金属を利用するためコストが高かった。一方、「リン酸鉄系」は、「三元系」と比較してエネルギー密度が低い。航続距離は短いものの、希少金属を利用しないためコストを安く抑えられる。近年、技術の進歩によって「リン酸鉄系」のエネルギー密度の上昇が進んできた。その結果、安価でかつ航続距離も(かつてよりは)長いバッテリーが実現しつつある。

4月15日に中国政府の工業情報化部が発表した「自動車メーカーと製品に関する公告」(第355回)をみると、EVモデル合計67のうち、「三元系」を使用しているのが28モデルあった。これに対し、「リン酸鉄系」は36モデル。今では、むしろ「リン酸鉄系」を使用するモデル数が凌駕している(「電池中国網」2022年4月19日、注10)。BYDや小鵬汽車といった中国のEVメーカーだけではない。テスラのような外資系企業も「リン酸鉄系」バッテリーを使用したモデルを市場投入している。航続距離こそ比較的短いものの、安価なことから売り上げも好調という。

ほかにも、ナトリウムイオン電池が注目されている。リチウムに比べてはるかに豊富なナトリウム資源を利用するのが、特長だ。中国の電池メーカーの湖南立方新能源科技と湖南鈉方新能源科技は4月19日、ナトリウムイオン電池に関して発表会を開催した。両社が開発した立方第1世代ナトリウムイオン電池は、高エネルギー密度、高充電放電効率、高い安全性と優れた低温性能を実現いたという。現時点で既に、複数の取引先からサンプルや量産の受注済みだ。中低速のEV、電動バス、家庭用エネルギー貯蔵などへの利用が見込まれる。6月に小ロット生産を開始し、2023年に大量生産を開始することも併せて発表された(2022年5月6日付ビジネス短信参照)。

中国は世界で最も「EVシフト」が進展している国の1つだ。その当該市場の動きは、日系を含め世界中の企業から注目を集めている。一方で、原材料の適正な価格での安定調達は、当該市場の今後の拡大の行方をも左右する。中国企業によるニッケルなど希少金属の安定調達や、希少金属を使用しないバッテリー性能の向上などの取り組みに着目をしていくことで、中国のEV市場の今後の行方がより立体的に見えてくるのではないだろうか。


注1:
経済産業省の鉱業審議会の資料では、「地球上の存在量がまれであるか、技術的・経済的な理由で抽出困難な金属」のうち、工業需要が現に存在する(今後見込まれる)ため、安定供給の確保が政策的に重要ものと記載されている。現在、ニッケルを含め31種の金属が、レアメタルの対象になっている。レアアースと呼ばれる希土類とは異なる点、注意を要する。
注2:
コバルトは、LIBの正極材に使用される。
注3:
パラジウムは、水素エネルギーの利用に必要な水電解装置や、水素吸蔵材料に利用される。
注4:
米国地質調査所(USGS)が2022年1月に発表した「Mineral Commodity Summaries 2022」で、全世界のコバルト埋蔵量を764万9,000トンと推計。うちロシアは25万トンで、全体の3.3%を占める。国別には世界第6位だ。第1位はコンゴ民主共和国の350万トンで、シェア45.8%。
一方パラジウムを含む白金類は、全世界に7,000万トン埋蔵されていると推計。うちロシアは450万トンで、6.4%を占める。国別には、世界第2位だ。ちなみに第1位は南アフリカ共和国で6,300万トン、シェア90%だ。
注5:
経済産業省産業技術環境局の資料は、「第6回 産業構造審議会 産業技術環境分科会 グリーントランスフォーメーション推進小委員会/総合資源エネルギー調査会 基本政策分科会 2050年カーボンニュートラルを見据えた次世代エネルギー需給構造検討小委員会 合同会合」で提示された。
注6:
ポールスターは、独立のEVメーカー。ただし、スウェーデンのボルボ・カーズと、中国の浙江吉利控股集団(Geely Holding Group)が共同で保有する。なお、浙江吉利控股集団は、ボルボ・カーズの親会社。
注7:
一汽大衆は、ドイツのフォルクスワーゲンと中国第一汽車集団の合弁。
注8:
インドネシアは、2020年1月からニッケル鉱石の輸出を禁止。さらに2021年9月には、ニッケルを40%含有する加工品の輸出を禁止した(2022年2月2日付ビジネス短信参照)。
注9:
CBLがEV用バッテリーの統合事業で協力するインドネシア企業2社とは、インドネシア・バッテリー・コーポレーション(IBC)と、国営鉱山企業アネカ・タンバン。
なお、IBCは2021年3月に設立された。設立は、国営企業のMIND ID、アネカ・タンバン、プルタミナ、PLNの共同出資に基づく。同社は持ち株会社で、EVバッテリー産業を振興する役割を担う。その範囲は、ニッケルの鉱石採掘・製錬から、LIB製造、充電設備の整備や電池のリサイクルまで、EVバッテリーのサプライチェーン全体にわたる。
注10:
残りの3モデルについては、電池の種類が三元系ともリン酸鉄系とも特定されていない。
執筆者紹介
ジェトロ・武漢事務所
楢橋 広基(ならはし ひろき)
2017年、ジェトロ入構。海外調査部中国北アジア課、ジェトロ・ワルシャワ事務所、市場開拓・展示事業部海外市場開拓課などを経て2021年10月から現職。