実証経験を糧に次へ挑戦(インド)
アーメダバード市の交通渋滞緩和実証プロジェクトに学ぶ(後編)

2022年7月12日

本レポートでは、過去5年間以上にわたり、インドのアーメダバード市の交通渋滞緩和実証プロジェクトを率いてきた名古屋電機工業新事業創発本部地球規模課題対応国際科学技術協力プログラム外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます (SATREPS)プロジェクトリーダーの坪井務博士に話を伺った(2022年2月28日)。


名古屋電機工業新事業創発本部SATREPSプロジェクトリーダー 坪井務博士(本人提供)
質問:
アーメダバード市の交通問題に着眼した理由や経緯は。
答え:
当社は京都のベンチャー企業の株式会社ゼロ・サム(本社:京都府京都市)とインド事業を立ち上げ、海外でのビジネス展開を目指していたが、インド事業実現への道のりは遠かった。そもそもインドの交通については未知の領域であり、インドの交通事情を理解するため、基礎からの研究が必要だった。
科学技術振興機構(JST)と国際協力機構(JICA)が提案する「SATREPS」の実証事業が、ちょうど新興国に向けた社会課題解決テーマを公募していたため、これを事業の推進枠組みにしたいと考えた。SATREPSへの提案には、現地が抱える問題・課題をテーマに設定する必要があった。ちょうど提携先のベンチャー企業がアーメダバード市でインドビジネスを展開していたのを足掛かりに、同市を研究のフィールドとして選定し、2016年度にSATREPS案件として採択された。これがプロジェクトの始まりとなった。
質問:
アーメダバード市の交通網が抱える課題は。
答え:
アーメダバード市の公共交通整備は、インドの都市の中でも比較的進んでいるが、経済の発展と人口増加に対応するインフラ整備が追い付いていない典型的な状況であり、交通渋滞は常態化している。同市の抱える交通渋滞は、人口増加と経済発展のネガティブ・インパクトの結果であることは明確だが、交通渋滞の解決に向けて取り組むべき課題は多岐にわたる。また、インフラ整備に膨大な費用が必要であり、それ以外に取り組むべき問題の整理そのものが喫緊の課題となっている。
質問:
実証事業の肝となる部分を日本のどのような技術・手法で解決しようとしているのか。
答え:
今回の実証事業では、市内の交通状況を定常的に測定、ビッグデータを解析し、その結果を明確な形でビジュアル化する必要があり、これに必要なVMS装置(注)や交通モニターカメラの設置、およびメンテナンスは、前述のベンチャー企業が請け負った。交通観測カメラから得られる画像情報をもとに、交通の定量化解析を1年間実施した。その結果、渋滞は特に夕方に発生しており、ビジュアル化によってその発生個所も明確になった。このように、日本では当たり前の手法だが、総合的な解析に基づいて対策を行う手法は、同市にはこれまで根付いていなかった。
また交通渋滞解決のため、アーメダバード・メトロの建設(2019年3月29日付ビジネス短信参照)が日本のODAプロジェクトとして進められている。同市が既に展開しているバス専用路線(BRT)や、アーメダバード=ムンバイ間を結ぶ高速鉄道(MAHSR: Mumbai Ahmedabad High Speed Railway、2018年6月15日付地域・分析レポート参照)など、多様な交通機関の連携による「総合的な政策ビジョン」に基づいた都市交通開発の推進、システム運用が必要ではないかと考えている。
質問:
インドの大学研究機関と連携する上での気づきや学びとは。
答え:
SATREPS案件では、インドの研究機関との連携が必須条件となっており、主にインド工科大学ハイデラバード校(IIT-H)と連携している。インドの大学との連携は、インドの実態を把握する上で、示唆に富むフィードバックを受けることができた。また今後、インドでビジネスを拡大する上での人材を育てる貴重な機会になり、非常に重要であった。一方で、日本側に多くを依存する姿勢が見られ、特に事業予算に関しては、すべて日本側へ要求をすれば良いという姿勢になりがちな点では、今後インドが自力で同様のプロジェクトを進める上では、ネガティブ要因となりかねないと感じた。
質問:
インドの行政機関と連携する上での気づきや学びとは。
答え:
今回はアーメダバード市内で実証試験を実施することに重要な意味があり、地方自治体(Ahmedabad Municipal Corporation: AMC)が、行政部門はじめ公共交通機関の運営会社、現地大学などの研究機関等に大きな指導力を持っていたため、事業推進のための助力となった。また、現地での人脈構築という面では、在日インド大使館や在印日本大使館からのバックアップや助言が大きかった。
一方で、インドの行政幹部は、2~3年おきに人事異動があることはあらかじめ考慮しておく必要がある。せっかく人脈が構築され、話がスムーズに進むようになっても、人事異動のため人脈構築が振り出しに戻ってしまうことがある。行政幹部の異動は、制度のためやむを得ないが、異動によるギャップを埋める方策として、ワークショップなどを開催し、新任者や連携機関に参加してもらうことで、情報アップデートの機会を作ることは事業継続面で効果があったと考えている。

行政幹部を招いて開催したワークショップ(2020年1月、坪井博士提供)
質問:
事業の継続性における課題、経験した苦労は。
答え:
現地での人脈をいかに構築し、そして継続するかが一番の課題だ。また、予算配分の問題にも直面した。プロジェクトの開始時および開始後も、研究費の配分に関しては、十分な理解を得て、予算範囲内で管理するようインド側に対し、繰り返し粘り強く説得した。実際に予算について、インド側からクレームを受けたり、事業中止となりかねない局面も経験したりした。
質問:
収益に結び付く具体的なビジネス化に向けた今後の見通しは。
答え:
インドビジネスは、収益先行では決してうまくいかない。まず、現地の行政機関と一緒になって課題を明確化し、どのような解決策で対応していくのかを共に検討していくことからスタートする。そのため、日本側の覚悟が必要になるだろう。
また、一度に課題解決を図るのではなく、「現地の状況に見合った提案」を「段階的に」進める必要があり、日本の技術の一方的な押し売りでは決してうまくいかない。現地の課題解決に見合った提案をするためには、現地企業あるいは行政、研究機関も含めたパートナーシップ作りが一番の鍵となる。さらに、日本の各省庁は、様々な実証試験を通じた事業化支援プロジェクトなどを公募しており、同様のプロジェクトを現地諸機関と連携して進め、一つでも多くの成功事案を作り出す積み重ねが大切だと思う。成功事案を通じた日印双方の経験の共有や、人材育成の蓄積が糧となり、持続的な社会制度の構築と、それを支える周辺システムの事業化に向けて、一歩一歩進めることができるものと考えている。
当社は大企業ではないため、自前での海外事業進出は、まだハードルが高い。そのため今後は、日本政府の政府開発援助(ODA)事業などの後押しを受けた事業から手掛けることにした。ついては、2021年に新たに「ベンガルール中心地区高度交通情報および管理システム導入計画」(無償資金協力)を受注し、具体的な事業展開へのチャレンジをすることになった。本プロジェクトは、システム導入のみならず、5年間の運用・メンテナンス(O&M)が伴うものであり、まさに当社の専門分野での実力が問われるものとなるため、一層やりがいのある事業と捉えている。アーメダバード市での5年間におよぶ実証事業で得た知見も踏まえ、新たな挑戦に取り組んでいきたい。

注:
監視・防犯カメラで撮影した映像を保存、管理するソフトウエア。

アーメダバード市の交通渋滞緩和実証プロジェクトに学ぶ

  1. 社会課題解決型ビジネスの可能性(インド)
  2. 実証経験を糧に次へ挑戦(インド)
執筆者紹介
ジェトロ・アーメダバード事務所長
古川 毅彦(ふるかわ たけひこ)
1991年、ジェトロ入構。本部、ジェトロ北九州、大阪本部、ニューデリー事務所、ジャカルタ事務所、ムンバイ事務所長などを経て、2020年12月からジェトロ・アーメダバード事務所長。