特許出願からみる中国のCASE発展動向
スタートアップに存在感、今後の課題は海外展開

2022年6月9日

CASE、つまり「Connected(コネクテッド化)」「Autonomous(自動化)」「Shared/Service(シェア/サービス)」「Electric(電動化)」は、世界の自動車産業の次世代のあり方を示す重要なキーワードだ。CASEの開発には、従来の完成車メーカーだけでなく、新興の電気自動車(EV)メーカーや、これまで自動車業界とは関わりが薄かった異業種も含めて多くの中国企業が取り組んでいる。

そこで本稿では、これら中国企業の特許出願に着目し、中国におけるCASE関連の研究開発・事業開発動向の一端を捉えることを試みた。

なお、本稿における各社動向の分析・比較にあたっては、特許庁委託事業「中国における主要なCASE関連企業の特許出願動向(2022年3月)」調査報告書PDFファイル(4.57MB)(以下、「調査報告書」)のデータ(注1)を用いている。

伝統的自動車メーカーはCASE関連特許の割合が年々上昇

主な完成車メーカー(新興EVメーカーを除く)のCASE関連の特許出願(注2)件数の推移をみると、BYDをはじめ多くの企業で2015年ごろから顕著に増加している(添付資料図1(a)参照)。各企業の全特許出願におけるCASE関連出願の割合も増加しており、2020年には調査対象企業11社のうち長城汽車(75.6%)、BYD(59.4%)、吉利汽車(56.2%)、広州汽車(53.1%)の4社で5割を超えた(添付資料図1(b)参照)。「調査報告書」でまとめた各社の事業提携動向に示すように、これら伝統的完成車メーカーと、2015年前後に創業されたコネクテッド・自動運転関連のスタートアップとの連携が非常に活発に進められていることが背景の1つであろう。

2011年から2020年までの完成車メーカーのCASE関連出願(累計)(注3)の内訳としては、調査対象企業11社いずれも新エネルギー自動車(NEV)に関する出願が最も多く、次いで自動運転関連、MaaS(Mobility as a Service)(注4)関連の順となった(添付資料図2参照)。広州汽車、第一汽車、吉利汽車、長安汽車、奇瑞汽車、上海汽車では自動運転関連の割合が1割を超え、相対的に高い傾向がみられた。

CASE関連出願のうち、特にNEVについてみると、完成車メーカーでは、ハイブリッド自動車(HV)に関する国際特許分類(IPC)が付与されている出願が比較的多い(例:BYD、吉利汽車、東風汽車、奇瑞汽車、第一汽車、広州汽車、上海汽車、長安汽車など。ただし本稿では図示せず)。他方、出願件数の推移をみると、例えばBYDでは、かつてハイブリッド関連の出願が2016年をピークに盛んであったのに対し、足元では、EVおよびプラグインハイブリッド自動車(PHV)に関係する電気車両向け充電関連の出願が活発になっていることがわかる。同社における新たな技術開発の重点が移行している様子が読み取れる(添付資料図3参照)。

主なバス・トラックメーカー(注5)では、バス大手の宇通客車、トラック大手の江鈴汽車の特許出願件数が目立つ(添付資料図4(a)参照)。各社の全特許出願におけるCASE関連出願の割合をみると、宇通客車、金龍客車などバス大手に加え、福建汽車、江鈴汽車、大運汽車で増加が顕著である(図4(b))。バス・トラックメーカーのCASE関連出願は、完成車メーカー同様にNEV関連が多くを占め、次いで自動運転関連が各社とも1割程度を占める。一方、MaaS関連は相対的に少ない(図示せず)。

うち、宇通客車は、2011年から2020年までのCASE関連出願件数(累計)が1,128件と最も多い。同社のNEV関連出願の内訳から技術動向をみると、まず2010年代前半からハイブリッド関連の出願が現れた後、2017年から2018年にかけて燃料電池関連、電池等測定関連、電気車両向け充電関連などのNEV関連出願も急激に増加した(添付資料図5参照)。

研究開発でしのぎを削る新興EVメーカー

主な新興EVメーカーの多くは、2015年前後に創業している。各社のCASE関連特許の出願件数の推移をみると、創業直後から特許出願が行われていることが読み取れる。うち、2014年設立の上海蔚来汽車(NIO)の同出願件数は2015年の1件から、3年後の2018年には334件と急増し、2020年までの累計件数では864件となっている。また、2015年設立の小鵬汽車(Xpeng)は、同年の9件から毎年増加を続け2020年には387件に拡大。同年までの累計では905件となった。累計件数では、これら2社が他の新興EVメーカーを大きくリードしている。このほか、零跑汽車(Leap)、漢騰汽車(Hanteng)、理想汽車(Lixiang)、愛馳汽車(Aiways)、合衆汽車 (Hozon)と傘下の哪吒汽車 (Neta)による出願が、2016~2017年ごろから2019年にかけて増加した(添付資料図6参照)。

2011年から2020年までの新興EVメーカーのCASE関連出願件数(累計)の内訳をみると、調査対象企業11社中9社でNEV関連の出願が最も多かった。うち、テスラでは68%、上海蔚来汽車(NIO)では59%に達した。一方、小鵬汽車(Xpeng)および的盧技術(Dilu)は自動運転関連がそれぞれ35%、48%と最多だった(添付資料図7参照)。

このうち、上場企業(もしくは上場申請を行った企業)(注6)の上海蔚来汽車(NIO)、小鵬汽車(Xpeng)、理想汽車、零跑汽車(Leap)の4社について、CASE関連特許出願件数(2011~2020年累計)と2020年の売上高および研究開発(R&D)費の関係を添付資料図8に示した。研究開発費が相対的に高い上海蔚来汽車(NIO)〔10億9,900万元(約208億8,100万円、1元=約19円)〕および小鵬汽車(Xpeng)(17億2,600万元)は、特許出願件数もそれぞれ864件、906件と、他の2社〔理想汽車340件、零跑汽車(Leap)260件〕と比較すると、相対的に多い傾向がみられる(添付資料図8参照)。

NEV関連の出願の内訳にも各社の特徴が表れる。例えば、充電関連〔国際特許分類(IPC)ではB60L53〕や推進・制御関連(同B60L)が多い点は各社共通するが、新興EVメーカーの「御三家」と呼ばれる上海蔚来汽車(NIO)、小鵬汽車(Xpeng)、理想汽車の3社についてみると、上海蔚来汽車(NIO)では電池交換方式関連(同B60S5に包含)、小鵬汽車(Xpeng)では二次電池関連(同H01M10など)の割合が高くなっており、各社のNEV開発の方向性が反映されているといえる(本稿では図示せず)。また、小鵬汽車(Xpeng)および理想汽車(Lixiang)では故障検知関連(同G01R31)の割合も1割と高い。

大手通信機器メーカーやプラットフォーマーもCASEに注力

中国では、大手通信機器メーカーの華為技術(ファーウェイ)や小米科技(シャオミ)、「プラットフォーマー」と呼ばれる百度(バイドゥ)、アリババ、騰訊(テンセント)、美団などによるCASEへの取り組みも活発である。従来の完成車メーカーや新興EVメーカーとの自動運転技術分野などでの提携をはじめ、車載電池メーカーとの提携、シェアリングサービスの展開、合弁によるEV生産への参入、スタートアップへの投資などさまざまな取り組みがみられ、こうした企業はCASEにおける主要なプレイヤーの一角を担う存在となりつつある。

特許出願の推移についてみると、上述の各社におけるCASE関連出願件数は増加傾向にあり、また各社の全特許出願に占めるCASE関連出願の割合もおおむね上昇している〔添付資料図9(a)(b)参照〕。なお、各社の内訳は添付資料図10参照。

コネクテッドや自動運転関連ではスタートアップの存在感が高まる

V2X(Vehicle to Everything:自動車とあらゆるモノをつなげる無線通信技術)などコネクテッドカーに不可欠とされる技術や電子機器を提供する企業の特許出願件数の推移をみると、2015年前後を境に出願が増加している(添付資料図11参照)。故障診断など整備機器大手の元征科技(Launch)、電子機器サプライヤーの徳賽西威(Desay SV)などの伝統的企業のほか、上海博泰(Pateo)、斑馬網絡(Banma)、蘑菇車聯(Zhidaohulian)、億咖通科技(ecarx)などスタートアップの存在感が目立つ。内訳では、多くの企業で自動運転とMaaSが拮抗(きっこう)しており(本稿では図示せず)、重要特許(注7)ではナビや音声認識などが含まれている。

うち、元征科技(Launch)のMaaS関連出願件数について、分類ごとに推移をみると、2010年代前半には試験・監視関連や電子機器関連といった同社が従来、強みを有する分野に関わる出願が中心であったが、これらに加え、2016年ごろからは交通制御関連、さらに2017年ごろからは電子商取引関連やマネジメント関連の出願が増加している(添付資料図12参照)。

次に、自動運転技術関連企業によるCASE関連特許の出願件数の推移をみる(添付資料図13参照)。図13で取り上げた15社はいずれも創業10年未満のスタートアップであるが、多くは、創業直後から活発に特許を出願している。センサ、人工知能(AI)、ナビゲーションなどを扱う智加科技(Plus.ai)は2016年に創業し、3年後の2019年には出願件数が100件に達している。このほか、2014年創業でLiDAR関連のセンサなどを扱う速騰聚創(Robosense)および禾賽科技(Hesai)や、2015年創業で自動運転チップ・人工知能などを扱う地平線機器人(Horizon Robotics)は、いずれも創業から4~5年で出願件数が100件を超えている。

自動運転技術の関連企業が出願したCASE関連特許の内訳では、各社とも自動運転関連の出願が多くを占めるが(本稿では図示せず)、例えば、小型無人配送車を開発する新石器(NEOLIX)では、NEVやMaaS関連でも出願している。

重要特許としては、走行制御やLiDAR関連のものが多い。うちLiDAR関連の重要特許では、LiDAR専業である速騰聚創(Robosense)、禾賽科技(Hesai)、鐳神智能(Leishen)による出願のほか、自動運転ソリューション企業に分類した企業による出願においても、LiDARと視覚カメラ、GPSとの連携やシミュレーションに関する重要特許が含まれている。

二次電池関連企業は電極・電解質・電池構造の開発に重点

NEVに不可欠な、二次電池関連の企業の特許出願は2016年ごろから増加している(添付資料図14参照)。2011年から2020年までの出願件数(累計)では、1位の国軒高科(Gotion High-tech)が2,022件、2位の寧徳時代(CATL)が1,994件と、3位〔恵州億緯鋰能(EVE)945件〕以下を大きくリード しているが、両社の出願件数は、2018年をピークに2020年にかけては頭打ちの傾向がみられる。一方、蜂巣能源科技(SVOLT)、恵州億緯鋰能(EVE)、欣旺達(Sunwoda)などは、足元の2020年にかけて急速に出願を伸ばしている。

内訳としては、多くの企業で、リチウム二次電池電極材料(IPCでH01M4)、次いで電解質や電池構造(同H01M10、H01M50)に関する出願がNEV関連出願の多くを占めている(本稿では図示せず)。電極材料について、個別に出願内容をみると、ニッケル・マンガン・コバルト三元系およびリン酸鉄系の正極材料に関するものが多い。重要特許としても、電極に関するものから積層型セルなど電池構造に関するもの、診断に関するものなど、リチウム二次電池系の幅広い出願がみられる。

多くの企業が中国のみに特許出願する中、一部は海外展開も

これまで、中国当局への特許出願に着目し、中国におけるCASEの動向を紹介してきた。このほか、「調査報告書」では、中国国外への特許出願の基礎となる中国特許出願の割合、つまり海外パテントファミリーを有する特許出願の割合(以下、「海外パテントファミリー率」)についても調査した。その結果、「調査報告書」で取り上げたCASE関連企業の海外パテントファミリー率は、多くの企業で0~数%と低い値であった。海外パテントファミリー率が0の企業、すなわち中国国内のみに出願する企業が多い背景の1つとして、特許出願が中国政府の補助金や税優遇の条件であったことが考えられる。

他方、大手通信機器メーカーやプラットフォーマー、一部のスタートアップなどでは、高い海外パテントファミリー率を示す企業もみられた。また、こうした企業の海外パテントファミリー率は、非CASE関連出願よりもCASE関連出願でさらに高いケースが多い(添付資料表参照)。CASE関連分野で特許ポートフォリオを積極的に海外に拡大しようとする姿勢が読み取れる。今後、中国国内だけでなく、海外でも中国のCASE関連企業の存在感が高まる可能性がある。

中国のCASE関連企業は、政府によるカーボンピークアウト(中国語で「炭達峰」)とカーボンニュートラル(同「炭中和」)の「双炭」政策による追い風を受ける中で、積極的な研究開発、特許出願を展開してきた。一方、CASE関連市場の形成および成熟に伴い企業淘汰が進んでおり、また、各種特許出願に対する補助金は2021年6月までに全面的に停止された。2022年末に予定されるNEV補助金政策の終了も目前に迫る(2020年4月30日付ビジネス短信参照)。こうした中で、今後の中国のCASE関連企業の研究開発・事業動向が注目される。


注1:
「調査報告書」では、各種報道、企業発表および特許分析に基づき、CASE関連の中国企業として、完成車メーカー:14社、EV新興メーカー:12社、バス・トラックメーカー:10社、通信機器大手:4社、プラットフォーマー・ライドシェア・物流・マップ:10社、V2X(Vehicle to Everything)・IoV(Internet of Vehicles)・スマートコックピット:15社、画像・音声認識:4社、自動運転ソリューション:25社、LiDAR(light detection and ranging(光による検知と測距)):3社、自動運転用チップ:2社、電池:11社の全110社を選定。各社の企業概要および特許分析をまとめている。
注2:
CASE関連出願の選別は、国際特許分類(IPC)およびキーワードにより行った。詳細は「調査報告書」参照。なお、本稿での「特許出願」は中国における「発明専利申請」に相当する。なお、出願年が2020年の出願件数は、調査時点での未公開分が含まれないため暫定値。以下同。
注3:
出願日または優先日が2011~2020年である出願の累計。以下同。
注4:
従来の交通手段・サービスに、自動運転やAIなどのさまざまなテクノロジーを掛け合わせた次世代モビリティーサービスを指す。
注5:
BYD、北汽福田など完成車メーカー傘下企業は含まない。
注6:
上海蔚来汽車(NIO)は2018 年にニューヨーク証券取引所上場、小鵬汽車(Xpeng)は2021年に香港証券取引所上場。理想汽車(Lixiang)は2020 年にニューヨーク証券取引所上場、2021 年に香港証券取引所上場。零跑汽車(Leap)は香港証券取引所に上場申請中(2022年5月時点)。
注7:
各社の CASE 関連出願における重要度の高い出願。各企業グループの中国出願(発明特許・実用新案)について、使用データベース(Patsnap および Innojoy)で付与されている独自スコアに基づく。詳細は「調査報告書」参照。
執筆者紹介
ジェトロ・香港事務所
松本 要(まつもと かなめ)
経済産業省 特許庁で特許審査/審判、国際政策および知財・イノベーション政策を担当後、2019年9月ジェトロに出向、同月から現職。