EV生産・利用促進策に本腰(タイ)
自動車市場で中国勢に存在感(3)

2022年2月25日

タイ政府は、タイの電気自動車(EV)および基幹部品生産の世界的な拠点化を目指し、その生産・利用促進に向けた投資奨励措置などを明らかにしている。また、消費者がEVを購入しやすくなるよう、EVに対する諸税の引き下げや、バッテリー電気自動車(BEV)購入を促す価格補助措置の導入なども見込まれている。これらを追い風に、中国系自動車メーカーのさらなるプレゼンスの高まりと、その動向が注視される。

長城汽車、低価格でシェア拡大重視

内燃機関自動車では、ASEANを中心とした東アジア生産ネットワークや強靭(きょうじん)なサプライチェーンを持たない中国系自動車メーカーにとって、EV投資は世界的な脱炭素社会の実現という新潮流に乗った戦略的対応とも映る。この点、野村総合研究所タイランド・シニアマネージャーの山本肇氏は「日産のEV『リーフ』のタイでの価格が190万バーツ(約646万円、1バーツ=約3.4円)である一方、長城汽車のEVは100万バーツを切る低価格であることから、同社は採算よりも市場シェアの確保を重視しているように見受けられる」との見方を示している(注1)。車のデザインに関しても、「申し分なく、高級車並みの内装」であり、また「フル充電で500キロ走るとの宣伝もされている」としている。

また、長城汽車のタイ自動車市場への参入に関し、山本氏は「ピックアップは、いすゞとトヨタが市場シェアの7割、フォードが2割を占有していることもあり、長城汽車にとってピックアップでの参入は困難。一方、乗用車で、長城汽車は、まずは小型のEVからの市場参入拡大を図りたいと考えているものと思う。この点、タイ政府は今後、中長期的に、同国の自動車市場の半分をBEVに、残り半分はBEVを除いた電気自動車であるxEV〔ハイブリッド車(HEV)、プラグインハイブリッド車(PHEV)など〕にしていく方針と思われる。現在、HEVの部品はほとんど日本から輸入されているが、今後のタイ自動車市場において、どのような速さでEV化が進むのか先行きが今一つ見通せない。かといって、日系自動車メーカーのハイブリッドについての現地化もまだ進んでいない。従って、日系部品メーカーは、HEVの部品の現地生産に踏み切れず、更にBEVについても先行きが不透明であるために、将来的な投資の方向性について悩んでいるものが多い」としている。

タイ政府のEV市場育成策も輪郭が具体化

タイ政府は、二酸化炭素(CO2)排出量ゼロを目指す世界的な潮流の中、EVの生産・利用促進に向けた方針を明らかにしてきている。タイ投資委員会(BOI)は、2018年末までが申請期間となっていたHEVを含むEVなどへの投資恩典に続く第2弾として、2020年11月4日、国内でEV生産を促進するための大規模な投資奨励措置を発表。HEVは恩典の対象外となったが、PHEVとBEVの生産(投資額50億バーツ以上)には、それぞれ5年、8年間の法人税免税の恩典が付与される(注2)。

2021年1月13日には、BOIはEVにかかる新たな税制優遇措置を発表。同発表によると、HEVやPHEVのみの製造は恩典対象にならず、BEVの製造も併せて行う必要がある(2021年2月16日付ビジネス短信参照)。同年3月24日には、エネルギー省が工業省とともに、EV利用促進策を講じる準備として、国家電気自動車政策委員会(NEVPC:議長はスパタナポン・パンミーチャウ副首相兼エネルギー相)を開催。タイをEVおよび基幹部品生産の世界的な拠点とするための方策などについて話し合いが行われた。新たな目標として、2025年までに累計105万1,000台(自動車・ピックアップトラック40万台、バイク62万台、バス・トラック3万1,000台)のEV生産を目指す、としている(注3)。

また、同年5月12日にも、スパタナポン副首相兼エネルギー相を議長とする同委員会が開催され、2030年までのタイ国内における、EV生産の目標台数を、年間143万4,000台(自動車・ピックアップトラック72万5,000台、バイク67万5,000台、 バス・トラック3万4,000台)とした。加えて、2030年までに国内生産自動車全体の中で有害物質を全く排出しないないゼロエミッション車(ZEV)のシェア30%を目標としている。(注4)

一方、アーコム・トゥームピッタヤーパイシット財務相は2021年12月14日、タイ政府が税制優遇措置と補助金を出すことで、在タイ自動車メーカーにEV販売価格の引き下げと3年以内の当地EV生産を求める計画である旨を明らかにした。同相によると、この要求は、タイを東南アジア地域の自動車産業のハブとして維持するための政府の努力に沿ったもの、としている。具体的には、EV価格引き下げのため、2022年にタイ政府は、EVに対する物品税引き下げと輸入関税の引き上げ、また(100%電動の)BEV購入を希求する消費者支援のため同年に価格補助措置の導入を計画している、としていた(注5)。そして、同国政府は本年2月15日、新たなEV振興策の大枠を閣議決定。タイ国内に拠点を有する自動車メーカ等が国内でのEV生産を条件として、EVの輸入関税や物品税の引き下げ、また、EVの販売補助金交付を柱とした内容となっている(注6)。タイにおけるEV購入に対する消費者の関心の高まりが中長期的に見込まれる中、中国系自動車メーカーのさらなるプレゼンスの高まりが予見されるとともに、その動向が注視される。


注1:
2021年11月30日および2022年1月27日、筆者ヒアリングによる。
注2:
投資額が50億バーツ未満の場合には、PHV、BEVともに法人所得税免除期間を3年間に短縮。ただし、2022年までにBEV生産の開始、関連部品の追加生産、3年以内の生産台数最低1万台などの条件を満たすと免除期間が延長される。
注3:
2021年3月24日タイ政府発表(タイ語)外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます参照。
注4:
エネルギー省、エネルギー政策企画事務局(EPPO)「電気自動車促進ガイドライン」(タイ語)外部サイトへ、新しいウィンドウで開きますおよび2021年5月13日付MGR Online(タイ語)外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます参照。
注5:
2021年12月16日付バンコクポスト外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます参照。
注6:
2022年2月15日付タイ政府発表(タイ語)外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます参照。

参考資料

  • 「Thailand International Motor Expo 2021 Guide/Time to ENJOY」(2021年12月1日~12日)
  • 「特集 迫り来るEVシフト-生産拠点化なるか タイのEV政策」(下村健一、「ArayZ」 2021年5月号Vol.113、GDM(Thailand)、2021年)
  • 「中国企業のタイ進出と在タイ日系企業への影響」(熊谷章太郎、「RIM環太平洋ビジネス情報 Vol.20, No.76」、日本総合研究所、2020年2月19日)
執筆者紹介
ジェトロ・バンコク事務所 バンコク研究センター(BRC)所長
川田 敦相(かわだ あつすけ)
1988年、ジェトロ入構。海外調査部アジア大洋州課、ジェトロ・シンガポール事務所、ジェトロ・バンコク事務所、ジェトロ・ハノイ事務所などに勤務、海外調査部長、上席主任調査研究員を経て、現職。主要著書として「シンガポールの挑戦」(ジェトロ、1997年)、「メコン広域経済圏」(勁草書房、2011年)、「ASEANの新輸出大国ベトナム」(共著)(文眞堂、2018年)など。