飛躍するBtoBサービスと調達・物流の進化
コロナ禍で変わるインドとデジタル化(3)

2022年4月11日

新型コロナ禍の中、インドのユニコーン企業が急増している。その数は2021年だけで40社を超えた。特に、卸売りや調達を支援するBtoB向けECプラットフォームなど、企業向けのサービスを展開するスタートアップの増加が目立った(2021年10月13日付ビジネス短信参照)。これまでの連載記事(「零細小売・飲食がEC化・デジタル化、現地スタートアップが活躍」「ギグエコノミー/デジタル化と変わるワーカーの働き方」)では、BtoCに近い領域を中心に取り上げた。3回目となる今回は、卸売りや調達、物流のデジタル化について報告する。

厚みを増すBtoBオンラインプラットフォーム

インドで展開するBtoB向けECプラットフォームには、(1)地場系として、インディアマート(IndiaMART)やトレードインディア(TradeIndia)、(2)外資として、アリババやアマゾンビジネスなどがある。これら企業のシェアは、現在も大きい。また、ウダーン(Udaan、BtoB向けECプラットフォームとアプリを提供)は、インドのスタートアップとして、当時史上最短の3年でユニコーン企業になった(注1)。ほかにも、BtoC向けEC大手のフリップカートが2020年、米国系のウォルマートによるインドでの卸売事業を買収。当該市場への参入を開始した。

これらの商品の取扱分野は幅広い。そのため、「総合型」の卸売り・調達プラットフォームと言える。一方で、その後は「産業・テーマ特化型」のプラットフォームの参入と成長が続いている。以下は2021年以降にユニコーン入りしたスタートアップのうち、BtoB向けサービスを展開する例だ(表参照)。

表:2021~2022年3月にユニコーン企業入りした主なBtoBスタートアップ
企業名 事業内容
インフラマーケット(Infra.Market)外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます 建設資材等のBtoBプラットフォーム
モグリックス(Moglix)外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます 産業材等のBtoBプラットフォーム
オブビジネス(OfBusiness)外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます ノンバンク金融事業(NBFC)、原料調達支援
ゼットワーク(Zetwerk)外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます 製造業向けBtoBプラットフォーム
ブラックバック(BlackBuck)外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます トラック輸送の受発注マッチングサービス
エラスティックラン(ElasticRun)外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます 地方・零細商店向けBtoBプラットフォーム
エクスプレスビーズ(XpressBees)外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます EC業者向け物流・フルフィルメント(注)サービス

注:注文受け付けから配送までの業務全般。
出所:Inc42などからジェトロ作成

インドでは特定の業界を除き、各業界で組織化されていない領域が多い。結果として、小規模サプライヤーが散在しているのが現状だ。そのため、これらのプラットフォームはオンライン化により市場を統合し、調達を容易にすることを目指している。

また、これらの多くが利用企業向けの支援を組み合わせて提供している点も、特徴的だ。決済・金融・事業効率化ツールの提供がその一例だ。

例えばオブビジネスは、事業資材・原料(セメントや化学品、穀物など)の卸売りプラットフォームだけでなく、売り手・買い手双方に銀行融資を仲介する。NBFCと呼ばれる業態で、中小企業の資材や原料の調達を支援するビジネスモデルだ。具体的には、サプライヤー・双方にオンラインでの受発注を可能にすると同時に、前者には操業資金、後者には調達用の融資を提供している。

またゼットワークは、製造業向けに販売プラットフォームを提供。金型や特殊部品、金属加工など、カスタマイズが必要な製品の受注販売に特化している。プラットフォームを通じてマッチングするだけでなく、サプライヤー側の製造業者に事業支援サービスも供している。自社ソフトウエアによる生産やプロジェクトの管理支援や、経理業務のデジタル化支援が一例だ。

オンラインプラットフォーム拡大の背景に、ビジネス環境の変化

こうしたオンラインプラットフォーム拡大の背景には何があるのか。トレードインディア(注2)のサンディープ・チェットリ最高経営責任者(CEO)に話を聞いた(2022年2月聴取)。


トレードインディアCEOのサンディープ・チェットリ氏(本人提供)
質問:
今、インド企業のビジネスにどのような変化が起きているか。
答え:
新型コロナウイルスのパンデミックがもたらした従来型ビジネスへの制約は大きい。例えば、企業や工場、展示会を訪問することが難しくなった。インドには伝統的な流通構造が多く残っている。どの企業も在庫や販売情報などの重要なデータを自社で管理しているため、オンライン上の統合された情報の不足が課題として浮き彫りになった。
そのようなデータ不足は、ビジネスや意思決定の効率を低下させてしまう。加えて、急速に進むブランド競争の中で、既存卸売業者との関係維持が困難になっている。インドの企業、特に中小企業にとって、デジタルプレゼンスを向上させることが重要になっている。
質問:
トレードインディアのビジネスへの影響は。
答え:
当社では、プラットフォームやデジタルカタログ作成、SEO(検索エンジン最適化)などのサービスを提供することで、ビジネスを支援してきた。調達担当者はサプライヤーの情報を効率的に入手して、問い合わせや見積もり依頼ができる。登録企業数は新型コロナ発生以降、増加が続いている。2021年の登録企業数は前年比17%増、アクセス件数は前年比40.5%増に及んだ。特に2021年4月ごろのインドでの新型コロナ感染第2波の際は、医療・衛生関連製品の引き合い件数が急増、全体のアクセス数も前月比で約40%増加した。
オンラインでの調達は、一般化してきた。地方都市でも拡大している。
質問:
オンライン販売に乗り出す際のポイントは。
答え:
インドのユーザーの多くはモバイル端末を活用する。バイヤーとのやり取りはメールよりワッツアップが主流だ。当社もモバイルアプリを提供し、コンタクトや商品ページもモバイル対応を可能にしている。また、インドは「価格センシティブ」な市場だ。価格への納得感が重視される。そのため、価格以外の製品の強みを短時間で分かりやすく伝える必要があり、写真や動画、ビデオ通話の活用が重要だ。
加えて、市場でリードを生むためには、市場でリードを生むためには、SNSを使ったマーケティングや広告、SEOや検索広告が有効だ。ワッツアップ以外に、フェイスブック、ツイッター、インスタグラムなどのSNSユーザーも多い。これらを効率的に活用し、対応を工夫して自社をデジタライズしていく必要がある。

AIやIoT活用で、物流・サプライチェーンを管理

パンデミックの影響によるオペレーション変更や配達の制限に対応するソリューションとして、人工知能(AI)などデジタル技術の活用が拡大している。こうした傾向は、販売・調達だけに限られない。物流やサプライチェーン管理に当たっても同様だ。例えば、ニンジャカート(NinjaCart、ウォルマートやフリップカートが出資するアグリテック企業)は、事業者向けに青果などの調達を支援している。小規模・零細業者も、モバイル端末から注文が可能だ。同社の強みは農産物のサプライチェーン可視化・効率化にある。AIを活用して需要や価格変動を分析・予測し、農家から小売業者に短時間での配送を可能にした。加えて、ロスを減らして適切な価格の買い取りにつなげている。

また、物流や輸送手段の最適化サービスも注目を集める分野だ。インド国内の物流手段はトラックやバイクなどの陸運(鉄道を除く)が約6割だ。Logistics Skill Councilのレポート外部サイトへ、新しいウィンドウで開きますで推定されるところ、インドの物流業は2020年に約2,000億ドル規模に達する。一方で非鉄道陸運企業のうち、トラック保有台数が5台未満の小規模事業者が99%を占めるとされる。レポートでは、この細分化がサプライチェーンの非効率につながっていると指摘される。このような状況下、2021年にユニコーン企業化したブラックバックは、トラック輸送のオンライン受発注マッチングサービスを提供。細分化されたトラック業界の非効率の解消を目指している。

またデリーバリー(Delhivery、注3)は、GPSやIoT(モノのインターネット)などを通じて収集した膨大な輸送関連データをAIで分析。発送管理や配送手段・時間の最適化につなげている。同様に、ファーアイ(FarEye)は機械学習による配送ルートの最適化や可視化、コスト削減のためのSaaS(注4)ベースのサービスを提供している。DHLやウォルマートなどの大企業でも、その活用が進んでいる。前回レポート(2021年10月21日付地域・分析レポート参照)で紹介したシャドウファックス(ShadowFax、ハイパーローカルデリバリー事業を展開)などは、BtoBのラストワンマイル物流でも活用されている。

インドの国内産業は、中小企業がほとんどを占める未組織市場が大半だ。そのため、取引に当たってはその都度、個別に交渉をする必要があった。流通・物流上の課題も山積していたのが実情だ。しかし、中小を含むインド企業が、当記事で述べたようなサービスを組み合わせて活用するようになっている。それに連れて、デジタルプラットフォームへの統合が進むことで、未発達だった国内産業が可視化・効率化され、数段飛びで成長する可能性もある。日本企業がインドの卸売EC事業に参入する事例も生まれている(2022年2月15日付ビジネス短信参照)ほか、日本企業にとっても、インドでの事業展開や販路拡大に活用できるだろう。


注1:
ウダーンは2016年に創業し、2019年にユニコーン企業になった。
注2:
トレードインディアは、インドで幅広い分野の卸売りECプラットフォームを運営してきた。その実績は、20年以上に及ぶ。
注3:
デリーバリーは、2019年にユニコーン企業になった物流テック企業。
注4:
Software as a Service。必要な機能をサービスとして利用できるようにしたソフトウエア、あるいはその提供形態。
執筆者紹介
ジェトロ・ニューデリー事務所
酒井 惇史(さかい あつし)
2013年、ジェトロ入構。展示事業部、ものづくり産業部、ジェトロ京都、デジタル貿易・新産業部を経て、2020年12月から現職。