【コラム】バイデン政権における製造業支援策を占う(米国)

2021年3月24日

バイデン米国政権による国内産業の強化・支援策の輪郭が見えてきた。米中間の覇権争いが続く中、バイデン氏はトランプ前大統領同様、半導体産業をはじめとする国内製造業の強化・支援に乗り出す。経済安全保障(Economic Security)の重要性が高まる中、政府がより積極的な役割を演じることに加えて、2022年の中間選挙に向けたレガシー作りの狙いも透けて見える。バイデン政権の今後の製造業強化・支援策を占う。

目指すはサプライチェーンの国内回帰と国内産業基盤強化のハイブリッド

バイデン政権は3月11日、新型コロナウイルスの流行によって打撃を受けた国内経済の立て直しを進めるべく、1兆9,000億ドル規模の経済対策法案「2021年米国救済計画法(H.R.1319)外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます 」に署名した(2021年3月16日付ビジネス短信参照)。経済政策上の最優先事項だった同法案が無事成立したことで、政権はいよいよ他の経済政策分野に本格的に取り組む態勢が整った。その中には、製造業をはじめとする国内産業の競争力底上げへの取り組みが含まれる。この取り組みは、バイデン氏が大統領選挙期間中から言及していたものだ。

バイデン氏は選挙キャンペーン中、米国経済の修復と刷新を図るべく「より良く再建する(Build Back Better)」をスローガンとして掲げた。また、その具体策として「現代的なインフラストラクチャーの整備」や「クリーンエネルギーの拡大」とともに、「サプライチェーンの国内回帰と国内産業基盤の強化」を重視する姿勢を明らかにしてきた。バイデン氏が打ち出した内容は、製造業の国内回帰を目指したオバマ政権と、製造業の再興を掲げたトランプ政権の政策を、いわばハイブリッド化した政策といえる。

サプライチェーンの国内回帰と国内産業基盤の強化を進める上で1つ目の施策となるのが、バイ・アメリカン政策の強化だ。バイデン氏は大統領就任直後の1月25日、その政策強化に向けた大統領令外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます に早速署名した(2021年1月27日付ビジネス短信参照)。同大統領令によって、公共調達における米国内産比率を高めるとともに、これまで各省庁に認めていた例外措置の適用を厳格化する。その後、政権はトランプ前政権が退任間近の1月19日に発表したバイ・アメリカン政策の強化に関する最終規則外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます についても見直さずに、そのまま適用する決定を下した(2021年2月26日付ビジネス短信参照)。

その後、バイデン氏は2月24日、米国のサプライチェーンの強化に向けた大統領令外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます に署名した(2021年2月26日付ビジネス短信参照)。これは、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のパンデミックやその他の生物学的脅威、サイバー攻撃、地政学的・経済的競争などによって生産能力が低下し、重要な製品やサービスの供給が減少する恐れがあることに対応したものだ。今後100日以内に、半導体製造や先端パッケージング、電気自動車用バッテリーを含む大容量バッテリー、希土類(レアアース)を含む重要鉱物、医薬品や医薬品有効成分について、所管省庁が現状のサプライチェーンの評価を行う。その他、防衛や公衆衛生、生物学的危機管理、情報通信技術(ICT)、エネルギー、運輸、農産物・食料生産の各産業についても、1年以内に同様に報告書の提出を求める。評価に際しては、対象となる重要部材や、サプライチェーンに影響を与える環境や経済、人権などに関連するリスクのほか、重要な製造設備の場所や必要な国内製造能力、重要部材の代替品の入手可能性、既存のサプライチェーンを支える輸送システムの役割などを含めた、不測の事態の際のサプライチェーンの強靭(きょうじん)性についても考慮される。

前述した製造業支援策のハイブリッド化やバイ・アメリカン政策の扱いを見ると、製造業支援を通じた国内産業基盤の強化を進める上で、バイデン政権は過去の政権の取り組みを振り返りつつ、良いものを柔軟に取り込む用意があるようだ。その判断の基礎には、バイデン氏自身の上院議員としての30年以上の経験に加えて、のっぴきならない中国に対する脅威の増大があると考えられる。よく知られるように、ここ数年、ワシントンの政府、議会関係者の間では、中国との安全保障面での覇権争いに加えて、それを支える先端技術や産業基盤の維持・発展をめぐる覇権争い、いわゆる「経済安全保障」の重要性への理解が急速に広がった。民主、共和両党間の断絶が国内社会に深刻な影を投じる中にあっても、対中政策では例外的に、与野党間で共通の問題意識が醸成されている。こうした中、発案元を問わず、国内産業基盤の強化により効果を発揮する政策を選択することは、政権にとって極めて合理的な判断といえよう。

バイデン政権の製造業強化・支援策のもう1つの特徴は、COVID-19への対応だ。COVID-19のパンデミックは、各国政府が医療製品などの必要物資を調達する、あるいは、自国企業のサプライチェーンの脆弱(ぜいじゃく)性を再認識する機会になった。米国もその例外ではなかった。しかも、米国企業の調達先あるいは供給元として中国の存在は大きい。こうして、COVID-19の感染拡大は、政権がサプライチェーンの国内回帰の必要性をより一層強く認識する要因となっている。実際、米国のサプライチェーンの強化に向けた大統領令の背景には、COVID-19の流行初期における医療従事者向け個人用防護具の不足や、半導体チップなどの供給不足による産業界への打撃がある。足元でも、自動車用半導体チップ不足に関しては大きな影響が出ている。

このほか、バイデン政権はオバマ政権時代に導入した製造業支援策「製造業におけるイノベーションのための国内ネットワーク(NNMI)」などについても、積極的に活用していく姿勢を示している。

2022年の中間選挙も視野

バイデン政権が製造業支援を重視するもう1つの狙いは、2022年の中間選挙に向けたレガシー作りだ。2020年の大統領選挙で、大差をつけて政権の座を共和党から奪還した。しかし、同日に実施された連邦議会選挙では予想以上に苦戦した。上下院ともに勝利こそ収めたものの、下院では選挙前に比べて差し引き12議席を失った(注1)。

バイデン政権は、エネルギー、教育、移民などの分野を優先的に扱う姿勢を示している。このことについて、共和党側は、バイデン氏の政策プランが中間層の有権者にマイナスの影響を与えると訴える戦略を志向するもようだ。経済政策でも、トランプ政権の取り組みと比較し、バイデン政権の対応が遅れていると強調している。全国共和党議会選挙対策委員会(NRCC)は2月11日、次回選挙で獲得を目指す連邦下院の47選挙区を発表外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます するなど、既に臨戦態勢を整えつつある。

共和党側の戦略に立ち向かう上で、現政権としては中間層の雇用者数や失業率を早期に回復させたいところだ。バイデン陣営は早くから最低500万人の新規雇用創出を掲げてきた。中でも、サービス産業などに比べて平均賃金水準が高い製造業の雇用創出を促進することは、有効な政策の柱になる。確かに、半導体産業をはじめとする先端製造業分野は、新技術を扱う都合上、即戦力人材が不足しており、技能のミスマッチさえ改善されれば雇用吸収余力はいまだ高い(注2)。

政権は製造業支援に向けた政府支出の拡大にも前向きで、補助金を積極的に活用して新技術の開発支援を強化する意向も明らかにしている。例えば、エネルギー省が所管する融資プログラム外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます について積極的に利用を進めているが、これはトランプ政権下では実績がなかったプログラムを再開させたものだ。また、後述する半導体向けの支援策も、拡張する姿勢を明らかにしている。政府支出の拡大は、成果の有無次第で有権者の評価が分かれる「もろ刃の剣」と言える。ただし、中間選挙が実施される2022秋の時点では、雇用拡大のプラス効果の方を訴求しやすい。

もっとも、こうした政権の取り組みを進める上では、予算権限を有する連邦議会の支持が必要になる。この点については、肝心の予算教書を担う行政管理予算局(OMB)の局長として指名されたニーラ・タンデン氏の議会承認プロセスが滞り、予算教書の発表時期が大きく遅れる見込みだ。ただでさえ、7月末には恒例になりつつある債務上限の引き上げをめぐる与野党間のせめぎ合いが見込まれる。予算教書の発表の遅れがそのまま予算審議日程に制約を与える結果、10月以降の新年度予算編成に支障が出ないか懸念される。

米政府の製造業支援策に新しい潮流

最後に、米国の製造業支援策の新たな潮流を紹介したい。従来、他の先進諸国に比べて、米国政府は産業政策、なかんずく、製造業を対象とした政策に必ずしも積極的とは言えなかった。とりわけ、小さい政府を掲げてきた共和党政権下でその傾向が顕著で、研究開発支援や規制緩和、税制改革、他国との通商政策以外には、目立った政策が採用されることは少なかった。

しかし、トランプ政権はこのトレンドを大きく変えた。トランプ氏は米中間の覇権争いを背景に、「経済安全保障はすなわち国家安全保障」との考え方の下、防衛産業基盤とそのためのサプライチェーンの確保に政府が介入する必要性を訴えた。この考え方は与野党を問わず、連邦議会関係者の支持を得ることにも成功し、政府は輸出管理規制や外国投資規制の強化とともに、半導体産業などの先端産業の競争力を維持するため、さまざまな法制度の検討や整備が進んだ。冒頭で紹介したバイデン大統領による大統領令の中身から明らかなように、この流れは政権交代後も引き継がれている。例えば、国防総省は3月9日、カリフォルニア州サンタクララ市に本社を構える半導体製造受託大手のグローバルファウンドリーズに対する800万ドルの支援を発表外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます した。政権が目指す産業基盤支援の先行事例として米国内でも注目されている。

バイデン政権の下で同様の関与が続けば、米国政府による新たな先端産業支援の形態として、今後恒常的に続いていくことが予想される。米国の政策全般を長年見続けている在ワシントンの政策アナリストも「安全保障に関係する産業のサプライチェーンに対する強化・支援は中国との覇権争いが続く限り、今後も続くだろう」と展望する。


注1:
次回2022年の選挙では、上院の改選34議席のうち民主党は14議席を占めるにすぎない。これに加えて、共和党の現職上院議員5人が3月10日時点で既に立候補を見送る意向を明らかにしたため、民主党は優位な立場にある。一方、中間選挙では歴史的に野党が巻き返しに成功することが多く、下院については前回選挙の勢いそのまま、共和党が議席数を伸ばす可能性を指摘するメディアや専門家は少なくない。
注2:
全国製造業者連盟(NAM)外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます の調査(2018年)によると、適正な技術力を持つ人材の不足によって埋まらない雇用は、2018年時点の48.8万ポストから10年後の2028年に240万ポストに増加すると予想されている。前回調査(2015年)では、10年後の埋まらないポストを200万としていた。
執筆者紹介
ジェトロ海外調査部海外調査企画課長
秋山 士郎(あきやま しろう)
1995年、ジェトロ入構。ジェトロ・アビジャン事務所長、日欧産業協力センター・ブリュッセル事務所代表、ジェトロ対日投資部対日投資課(調査・政策提言担当)、海外調査部欧州課、国際経済課、ニューヨーク事務所次長(調査担当)、米州課長などを経て2019年2月より現職。