終息後を見据えた新規企業誘致や高度人材活用などへの期待も
やまない感染拡大、その裏側にあるインドのポテンシャル(後編)

2020年7月7日

ジェトロがインド5事務所の駐在員を講師として6月12日に開催した「【現地発緊急ウェビナー】新型コロナウイルスを巡るインドの現状と企業の対応」を踏まえ、インドの状況を示す報告の後編。後編では、日系自動車メーカーが多数生産拠点を構え新たな日系工業団地が開発されつつある西部グジャラート州アーメダバード、イノベーション都市として世界的に注目を集める南部カルナータカ州ベンガルールの状況を概観する。

グジャラート州(アーメダバード地域)―日系企業専用工業団地への新規投資に期待も

グジャラート州は、国内で4番目に感染者が多い。感染者は7月1日時点で3万2,557人。1日当たりの感染者数は6月10日ごろから、連日500人前後が確認されている。最大都市アーメダバード市内には、外国人が求める水準の設備とサービスを有する病院が少なく、日本語で受診可能な病院もない(注)。このため、駐在員は新型コロナ罹患(りかん)時の検査や医療体制に不安を抱えながら生活している。

一方、徐々にではあるが、経済活動再開に向けた動きもみられる。中央政府のロックダウン4.0では、他州への移動制限が解禁され、経済活動再開を明確に打ち出された(2020年5月19日付ビジネス短信参照)。この発表後、同州では5月下旬にスズキ・モーター・グジャラート(SMG)、ホンダ二輪第4工場などの自動車メーカーや関連サプライヤーが一部操業を再開した。しかし、標準作業手順(SOP)に基づいた新型コロナ対策をいかに運用面で現地従業員や日本人駐在員に徹底させるか、各社とも試行錯誤中だ。

グジャラート州の感染拡大は終息せず、依然として厳しい環境下に置かれる。しかし、日系企業進出の動きが全くないわけでない。ロックダウン期間中においても、新たに日系企業専用に開発された「サナンドⅢ(コーラジ)工業団地(2020年1月8日付ビジネス短信参照)」では、日系自動車関連メーカー複数社から情報照会を受けている。グジャラート州政府は、2021年1月に開催予定の外国投資誘致サミット「バイブラント・グジャラート(2019年1月28日付ビジネス短信参照)」でさらなる新規投資獲得を目指す考えだ。またインド初のスマートシティ「GIFTシティ」(2019年5月10日付地域・分析レポート参照)では、ロックダウン下に、地場・外資系IT企業約30社の企業に対しオンラインで入居承認するなど、金融分野やIT関係企業の誘致に積極的だ。これまで自動車産業の集積地として日系企業から注目されてきたグジャラート州。今後は、ポスト・コロナの動きにも注目したい。


注:
会社などで契約した医療サービスを利用して、電話での通訳を介した医師とのコミュニケーションをとることはできる。
執筆者紹介
ジェトロ・アーメダバード事務所
丸崎 健仁(まるさき けんじ)
2010年、ジェトロ入構。ジェトロ・チェンナイ事務所で実務研修(2014年~2015年)、ビジネス展開支援部、企画部海外地域戦略班(南西アジア)を経て、2018年3月よりジェトロ・アーメダバード事務所勤務。

カルナータカ州(ベンガルール地域)―感染拡大をイノベーション、人材資源の新たな活用機会として捉える

カルナータカ州では、5月末以降、1日当たりの新規感染者が200~500人と継続的に増加している状況だ。予断を許さないとはいえ、累計感染者数は7月1日時点で1万5,242人と他の主要州に比べて少ない。6月以降は、経済活動規制が緩和されてきた。市内は以前の様相を取り戻しつつある。もっとも、州都ベンガルール市の交通渋滞は、ロックダウン前と比べて若干改善されている。

日系製造業では、トヨタ、ホンダ(二輪)などの乗用車メーカーが5月下旬から生産再開を順次進めている。しかし、国内需要低下による生産調整やSOP規制が存在することから、多くの企業が1シフト体制での操業にとどまる。一方、輸出需要に対応するために早期のフル稼働再開に期待する企業もある。このため、早期の感染状況の終息と経済回復がいずれにしても望まれているところだ。

「インドのシリコンバレー」と呼ばれるベンガルール市には、多くのIT・BPO企業が立地する。とはいえ、オフィス勤務は全従業員の3分の1が上限とされている。このため、多くの企業が在宅勤務を継続している。

同州はスタートアップ企業の集積地としても有名だ。州内の約9,000社のスタートアップ企業も同様に厳しい状況に直面している。当地報道によると、ロックダウンの影響で、約9割のスタートアップが減収、約4割が業務中断を余儀なくされた。約5割が、コロナ禍によって需要が高まるヘルスケアなど新たなビジネスへの転換を検討している(「エコノミックタイムズ」紙5月16日)。このような状況下で、ゾマト、スウィッギー(いずれも食品など宅配)、オラ(配車アプリサービス)などの地場ユニコーン企業は、5月に数百人単位の大量解雇を実施した。しかしながら、非接触を推進する上で、デジタル技術を活用するサービス需要は、今後高まる一方になるだろう。抜本的な人員削減や事業転換にスピーディーに対応するこれら企業が、本格的な経済活動再開に合わせ、再び成長軌道に乗ることも十分に期待される。

今般のコロナ禍は、インドの可能性を再確認する好機でもある。ウィズ・コロナあるいはポスト・コロナのキーワードとして注目されるのが、「デジタルトランスフォーメーション」だ。そのパートナーとして、「圧倒的なソフトウエア開発力」「日本にない発想、環境、社会課題への対応力」「英語力、交渉力、アピール力」を持つインドは魅力的だ。こういった観点での「インド高度人材活用」は、今後のビジネスを検討する上で重要な要素になっていくだろう。

執筆者紹介
ジェトロ・ベンガルール事務所長
鈴木 隆史(すずき たかし)
1994年、ジェトロ入構。ナイジェリア、ベルギー、バングラデシュでの駐在経験などを経て、2018年7月から現職。

感染拡大の裏側で着実な経済復興への動き、潜在的なポテンシャルに引き続き期待

駐在員からの報告で分かるように、国土が日本の約9倍あるインドは州ごとに感染状況が異なる。しかし共通しているのは、他の新興国に比べて国全体、また各州の感染終息はいまだ見えないということだ。これが継続することにより、さらなる経済成長の停滞や、それにより貧困層の拡大が社会課題として顕在化することが危惧される。

一方、国を挙げて経済成長を押し上げようともくろむインドは、この状況下でも着々と経済活動再開後に向けたニュービジネスの基盤づくりに着手している。元来、イノベーション発掘拠点として知られるベンガルールでは、多くのスタートアップ企業がコロナ禍で市場分析し、必要とされるニュービジネスに係るイノベーションを創出し続けている。それを後押しする投資家のバックアップ体制も保たれている。商都ムンバイでは、人口密集という同地域独自の社会課題を逆手にとり、「非接触」を実現するためのニュービジネスが創出されている。国内で最も感染状況が深刻な州内でこのような動きがみられることは、非常に明るいニュースだ。また、製造業の集積地として注目されるチェンナイやアーメダバードでは、州単位で投資誘致の動きが活発化。実態として本格的な経済活動が再開されない中でも、水面下では各州政府と外資企業が進出に向けた準備を進めている。そして、首都デリーでは、個人・企業双方への支援をスピーディーに講じるため、中央政府が大規模な経済支援策を進め、側面的な支援に当たっている。

また、地場企業のみでの経済復興を模索するのではなく、日本企業をはじめ、積極的な外資誘致に取り組む動きがあるのも注目点だ。コロナ禍で、「サプライチェーンの多元化(注)」が改めて世界共通の課題となった。インドをそのためのプラス1拠点と位置付けてもらえるよう、国家を挙げて積極的な投資誘致に取り組んでいる。

インドでの感染拡大や経済活動の停滞は、他国と比しても深刻な一面がある。このことは否めないが、「ウィズ・コロナ」を現実として、多くの企業が企業存続や同国・地域の社会課題解決に向け尽力している。そうしてみると、インドの状況が悲観的とはいえないだろう。むしろ、このような状況だからこそ、インド人の積極的で臨機応変な対応力、枠にとらわれないアイデアが新たな視点を生み、インドのみでなく世界全体の社会課題克服に帰することも期待される。

コロナ禍において、各国際機関が発表するインドの2020年度経済成長率の予測は、日を追うごとに下方修正されてきた。国際通貨基金(IMF)が6月24日に発表した「世界経済見通し改訂版外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます」では、マイナス4.5%(前年度比マイナス8.7ポイント)だ。一方、2021年度については、新型コロナ禍終息が前提とはしつつ、6.0%と高い成長率が予測されている。このように、国際機関も、インドの潜在的な成長性と経済回復を見込む。インドの目下の経済低迷のみに着目するのではなく、中長期視点での成長が予測される国のポテンシャルにも期待したい。


注:
製品・部素材などの調達元を1カ所に頼るリスクを減らすため、複数箇所から調達すること。
執筆者紹介
ジェトロ海外調査部アジア大洋州課
谷口 晃希(たにぐち こうき)
2015年4月、山陰合同銀行入社。2019年10月からジェトロに出向。お客様サポート部海外展開支援課を経て、2020年4月から現職。
執筆者紹介
ジェトロ海外調査部アジア大洋州課 リサーチ・マネージャー
古屋 礼子(ふるや れいこ)
2009年、ジェトロ入構。在外企業支援課、ジェトロ・ニューデリー事務所実務研修(2012~2013年)、海外調査部アジア大洋州課、 ジェトロ・ニューデリー事務所(2015~2019年)を経て、2019年11月から現職。

やまない感染拡大、その裏側にあるインドのポテンシャル

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