コロナ禍が特に深刻な3州、規制緩和と再強化に揺れる
やまない感染拡大、その裏側にあるインドのポテンシャル(前編)

2020年7月7日

2020年7月1日時点で、新型コロナウイルス感染者が累計で58万人超に及ぶインド。感染者数累計では世界4位に当たる。

中央政府は、まだ大流行下とは言い難い状況にあった3月25日(当時の感染者数:434人)、全土封鎖(ロックダウン)を講じ感染抑制に努めた(2020年3月26日付ビジネス短信参照)。しかし、感染は依然として拡大基調にある。一方、ロックダウンによる経済成長の停滞ぶりは深刻だ。この状況を踏まえ、中央政府もコロナ禍との共存を覚悟し、徐々に経済活動の再開を認めつつある。感染拡大状況には地域差も見られ、各州政府は独自の規制を敷いている。

最新の状況を生の声で伝えるため、ジェトロは6月12日、「【現地発緊急ウェビナー】新型コロナウイルスを巡るインドの現状と企業の対応」を開催した。本稿ではインド5事務所駐在員による講演を基に、感染拡大を踏まえた中央政府の動き、主要エリアの感染状況・経済再開などの概況、そして今後予測されるニュービジネスなどについて、2回に分けて報告する。前編では、国内で感染者数が多い首都ニューデリー、西部ムンバイ、南部チェンナイの状況を探る。

「自立したインド」―ポスト・コロナ時代を見据え、中央政府が描くビジョンとは

インド全土の感染拡大はピークアウトが見えない。この状況の中、モディ政権は6月1日、3月25日から2カ月以上続いたロックダウンの段階的解除に踏み切った(2020年6月3日付ビジネス短信参照)。これまで7~8%台で推移していた失業率は、4月に23%台まで急上昇。インドの2020年度成長率について各国際機関が発表する予測値も軒並み低下していた。ロックダウンによる経済活動の停滞をこれ以上助長するわけにはいかないことから、苦渋の決断であったと考えられる。

モディ首相は5月12日、国民に向けて演説。これからの世界でインドが生き残るためには、「自立したインド」を実現しなければならないとのビジョンを示した(2020年5月14日付ビジネス短信参照)。モディ政権がかねて掲げていた製造業振興政策「メーク・イン・インディア」をさらに加速させること、グローバルサプライチェーンの中でインドが大きな役割を果たすことに向け、決意を新たにした。こうした首相のビジョン実現を期しさまざまな動きが出てきている。6月3日には、投資誘致に向けた省庁横断的次官級委員会が発足した。また、在日インド大使館では、6月以降ほぼ毎週、産業別・地域別のウェビナーを日本企業向けに実施している。

このように、インドはコロナと戦いつつも、次のビジョンを描き行動している。将来のインドにおけるビジネスチャンスを逃さないためにも、中央政府のビジョンを引き続き注視することが重要だろう。

デリー首都圏(NCR)―複数州からなる大都市圏で生じた混乱

首都デリーとその近郊には、デリー首都圏(National Capital Region)と呼ばれる大都市圏が形成されている。NCRには、邦人が多く住むハリヤナ州グルグラムのほか、ウッタル・プラデシュ州ノイダ、ラジャスタン州アルワールなどの都市が含まれる。特にデリー・グルグラム間は、日頃から人・モノの往来が多く一体的な経済圏だ。しかし、4つの州の集合体であることから、ロックダウン時は州間の行き来の規制が大きな問題となった。連邦制をとるインドでは、州政府が独自の規制を敷くことも可能だ。デリー準州とハリヤナ州は、州境の開放と封鎖について通達を二転、三転させた。このため、州境に交通渋滞を発生した。また、隣接州へ通勤者が州境を越えられず、労働者が確保できないという事態まで発生した。この移動制限は、サプライチェーンなど物流面でも大きな影響をもたらした。

ロックダウンの解除により、こうした問題は解消傾向にある。同時に、感染拡大と医療体制整備といった課題に直面している。特に、デリー準州は約1,700万人(2011年国勢調査時点)の人口に対し、7月1日時点で感染者数が8万7,000人を超えた。感染者数が最大の西部マハーラーシュトラ州、南部タミル・ナドゥ州に次いで、第3位だ。人口では、インド全土に占める同州の割合は1.38%に過ぎない。しかし、累計感染者数では15%弱に上るのだ。この地域で感染が集中していることが読み取れる。

加えて、医療体制も懸念事項だ。州立病院では、衛生上確保すべき器具や設備が整っておらず、スタッフも十分でない。このため、患者を円滑に受け入れできず、医療体制そのものの課題が浮き彫りとなっている。その結果、私立病院に患者が流れている。一部報道によると、私立病院の病床は6月半ば時点で既に7割以上が埋まっているという。アルビンド・ケジュリワル州首相は、州外患者の受け入れを拒否する姿勢を示し、同州の感染者の優先的な治療に当たるよう努めるとした。医療体制の改善が求められている。

感染状況からすると、インドの中でも深刻化が懸念される地域だ。しかしケジュリワル州首相は、再ロックダウン(注)を実施しない方針を表明した。首都であり経済と政治の中枢でもあるデリーをこれ以上封鎖することはできないという判断だろう。今後どれだけ拡大を抑え込めるのか、首都の威信をかけ手腕が問われる。


注:
南部タミル・ナドゥ州や西ベンガル州では、再ロックダウンが実施された。
執筆者紹介
ジェトロ・ニューデリー事務所
磯崎 静香(いそざき しずか)
2014年、ジェトロ入構。企画部企画課(2014~2016年)、ジェトロ・チェンナイ事務所海外実習(2016~2017年)、ビジネス展開支援部ビジネス展開支援課(2017年~2019年)を経て、2019年11月から現職。

マハーラーシュトラ州(ムンバイ地域)―進む感染拡大と逆説的なビジネスチャンス

商都ムンバイを擁するマハーラーシュトラ(MH)州は、州別感染者数で3割強を占める。国内で感染拡大が最も深刻な州だ。7月1日時点で、累計感染者が17万4,761人、死者7,855人が確認されている。同州の感染拡大は、特にムンバイやプネがその多くを占めてきた。しかし、最近では両市より小規模の都市でも感染が増加し始めた。

圧倒的な人口密集度がムンバイでの感染拡大の理由とする意見が多く聞かれる。ムンバイは狭い半島に位置する。居住面積が限られ、家賃も非常に高い。また人口の半数近くが、実態把握が困難なスラム地域に居住しているとも言われる。他の地域より狭い住居により多くの人間が住む状況だ。これが加速的な感染拡大を呼んでいる。州政府は、中央政府に先んじて事実上のロックダウン導入を表明するなど、迅速かつ慎重な対応をしてきた。しかし、感染はいまだ終息に至らない。

しかし、このような状況だからこそ生まれるビジネスチャンスもある。ムンバイに本拠を置くインド最大の財閥リライアンス・インダストリーズの通信部門、ジオ・プラットフォームズは、ロックダウン期間中にもかかわらず、Facebookや米国の投資会社、中東の政府系投資機関などから巨額の投資を受け入れた(2020年6月15日付ビジネス短信参照)。インドのポスト・コロナを見据えたビジネスとして、通信分野の役割が非常に大きいことを世界が評価する様子がうかがえる。

また当地金融機関では、「非接触型」のATMが一気に導入された。これらATMでは、アプリやQRコードなどを用いることで、実機に触れることなく預金の出し入れが可能だ。ムンバイに本社を置くHDFC銀行は、ロックダウンの期間中、口座開設手続きを大幅に簡略化したアプリを通じ、約25万件の口座が開設されたと発表した。ロックダウンにより、eコマースや電子決済、非対面での金銭授受が、欠くことのできない存在となったことが見て取れる。

逆説的ではあるが、感染拡大が進むからこそ新たに生まれるニーズも存在する。他州以上に深刻な感染拡大という社会課題を逆手にとるということだ。ムンバイでは、金融・通信・小売りをかけあわせたビジネスチャンスが創出され、結果として人々が「非接触」で生活可能なインフラ整備が進む。

執筆者紹介
ジェトロ・ムンバイ事務所
比佐 建二郎(ひさ けんじろう)
住宅メーカー勤務を経て、大学院で国際関係論を専攻。修了後、2017年10月より現職。

タミル・ナドゥ州(チェンナイ地域)―感染拡大に応じ、ロックダウン緩和から再び厳格化へ

自動車産業を中心に多くの製造業が集積する南部タミル・ナドゥ(TN)州で、感染の拡大が続いている。TN州の累計感染者数は7月1日時点で国内2位の9万167人。連日、4,000人近くの新規感染者数が確認されている。州都チェンナイでは特に感染者が多い。その累計感染者数は6万533人と、州全体の約6割を占める。

このような状況の中、州政府は、6月19日から30日までの間、チェンナイとその近郊の県にまたがる地域でこれまでより厳しいロックダウン措置の実施を発表した(2020年6月18日付ビジネス短信参照)。ロックダウンを段階的に緩和し続ける中央政府とは対照的だ。

この結果、チェンナイ市内に所在する工場の従業員とチェンナイから他地域の工場へ通勤する従業員は原則、一度PCR検査を受けた上で、工場敷地内または近隣の場所に宿泊することとされた。また、オートリクシャー、タクシーおよび自家用車の利用が認められなくなった(空港や鉄道駅からの移動、緊急の医療目的利用を除く)。このほか、食料品を扱う商店やガソリンスタンドの営業時間を午前6時から午後2時までに限定し、生活必需品は住居から2キロ以内に位置する店舗で購入することが義務付けられた。このように、経済活動や人の移動に、大幅な制限が課されている。チェンナイ近郊に拠点を有する企業は、ロックダウンなどによる売り上げの減少、資金繰りに加え、感染拡大下での従業員の安全確保、州をまたいで通勤する従業員の州間移動、労働力の確保、労務対応などに追われることになった。州独自のトータルロックダウンは、7月31日までの延長が決定済みだ。同州に立地する企業の経済活動再開には、相当の時間を要すことが想定される。

一方、州政府はポスト・コロナを見据え、投資促進に向けた特別タスクフォースを設置。インドへの生産拠点移転の可能性がある国などから新規投資を呼び込むのが、その狙いだ。5月27日には、投資に関する覚書(MoU)を外国企業17社と締結したことを発表。その合計額は約1,513億ルピー(約2,118億円、1ルピー=約1.4円)に及ぶという。多くは、以前から当地で報道されていた案件ではある。それにしても、感染が広がる中でも依然として、投資関心企業が現に存在することが示されたことになる。投資拠点としてのポテンシャルが、十分にうかがえる。

執筆者紹介
ジェトロ・チェンナイ事務所
坂根 良平(さかね りょうへい)
2010年、財務省入省。近畿財務局、財務省、証券取引等監視委員会事務局、金融庁を経て、2017年6月からジェトロ・チェンナイ事務所勤務。

やまない感染拡大、その裏側にあるインドのポテンシャル

  1. コロナ禍が特に深刻な3州、規制緩和と再強化に揺れる
  2. 終息後を見据えた新規企業誘致や高度人材活用などへの期待も