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インドの都市問題解決に挑戦するモビリティースタートアップ
日印政府、日系企業の取り組み事例にも注目

2020年9月25日

人口13億人を抱えるインドでは、各都市でさまざまな問題が発生している。中でも、交通渋滞やそれに伴う大気汚染は大きな社会問題だ。交通渋滞の原因としては、都市人口の急激な増加に伴う道路ネットワークや公共交通機関の未整備、道路品質が劣悪なことなどがある。また、駐車場が整備されておらず、路上駐車も横行し、さらなる渋滞の悪化を招いている。

本編では、都市部で特に問題視される渋滞をはじめとする交通課題に対するインドと日本両国政府の取り組みや、スタートアップ企業のビジネス動向、日系企業の取り組み事例を紹介する。

深刻化するインドの交通問題

インドは世界でも交通渋滞が深刻な国として知られている。オランダのカーナビゲーション・電子地図サービス企業のトムトムは2020年2月3日、世界の都市の渋滞レベルを示す「トムトムトラフィックインデックス外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます」を発表し、2019年の渋滞の度合で南部カルナータカ州の州都ベンガルールが世界1位に選ばれた(2020年2月12日付ビジネス短信参照)。IT産業が盛んなベンガルールでは近年、外資企業の進出が加速的に進み、人口も年々増加基調だ。渋滞レベルをみると、金曜日の午後7~8時の時間帯に渋滞が最もひどくなっている。年間を通じて夕方の帰宅ラッシュは朝より深刻となり、平均で115%の混雑率だ。トムトムの分析は、こうした渋滞の影響でベンガルールの人々は年間243時間、約10日分の時間を無駄にし、経済活動にもマイナスの影響が大きいことを指摘した。インドのその他の主要都市でも、ムンバイが4位、プネが5位、ニューデリーが8位と、トップ10にインドの4都市がランクインしており、インド全体の交通渋滞の深刻さが十分にうかがえる(表1参照)。

表1:世界都市別渋滞ランキング
順位 都市名 混雑レベル
1 ベンガルール インド 71%
2 マニラ フィリピン 71%
3 ボゴタ コロンビア 68%
4 ムンバイ インド 65%
5 プネ インド 59%
6 モスクワ ロシア 59%
7 リマ ペルー 57%
8 ニューデリー インド 56%
9 イスタンブール トルコ 55%
10 ジャカルタ インドネシア 53%

注:太字はインドの都市。
出所:「トムトムトラフィックインデックス」

交通渋滞と切り離せない課題として、大気汚染問題が挙げられる。大気汚染情報提供大手のIQAirによると、ウッタル・プラデシュ州の工業都市ガジアバードが2019年の世界のpm2.5汚染状況ランキングで1位となった。国別ではインドは5位だが、都市別ではガジアバードの1位を筆頭に、トップ10に6都市がランクインした。足元の状況は、新型コロナウイルス感染拡大防止を目的とした全土封鎖(ロックダウン)により、市中の交通量が激減し、国内の大気汚染は改善された。大気汚染関連のオープンデータを公表するSMART AIRのレポートによると、インド主要6都市(デリー、コルカタ、ムンバイ、チェンナイ、ハイデラバード、ベンガルール)では、ロックダウン開始後にpm2.5が減少した(図参照)。しかし、アフター・コロナで以前のような交通量が回復すれば、大気汚染問題が再び発生する可能性が高く、根本的な課題が解決されたとは言い難い。

図:インド主要都市におけるpm2.5平均濃度推移
インド主要都市におけるpm2.5平均濃度の推移について、 ロックダウン前(3月1日~3月24日)におけるデリーの数値は59μg/m3、コルカタ65μg/m3、ムンバイ49μg/m3、チェンナイ22μg/m3、ハイデラバード34μg/m3、ベンガルール31μg/m3となった。 ロックダウン後(3月25日~5月17日)におけるデリーの数値は38μg/m3、コルカタ30μg/m3、ムンバイ28μg/m3、チェンナイ16μg/m3、ハイデラバード32μg/m3、ベンガルール29μg/m3となった。

出所:Smart Airのレポートを基にJETRO作成

交通インフラの向上へ政府の組織再編、日本政府も多額の資金供与

こうした状況の中、ベンガルールを有するカルナータカ州政府は2019年11月、深刻化する交通問題の解決の糸口を探すため、ベンガルール交通管理委員会(BMMA)を州の都市開発省傘下に設置すると発表した。BMMAは複数の行政組織にまたがっていたベンガルールの交通行政を一元化する。ベンガルールの人口は1,000万人を超え、自動車保有台数は800万台に達する。しかし、総合的な交通計画を立案する組織はもともとなく、多くの行政組織が関与していることが非効率を生み、特に公共交通整備などの面で遅れが出ていた。BMMAにより、組織化された取り組みや、人工知能(AI)信号機をはじめとする機器導入なども行われており、政府による交通インフラ整備が徐々に進展している。さらに、カルナータカ州政府は2020年度予算にも、渋滞緩和や交通安全の向上に向け、総額2億ルピー(約2億8,000万円、1ルピー=約1.4円)の補助金を計上した。インドが得意とするデータ活用とともに、自動車へのGPS搭載を促進し、交通状況をモニタリングする計画もある。

インドの交通インフラ問題解決に対する日本政府の動きも忘れてはならない。国際協力機構(JICA)は3月30日、インド政府との間で9事業、総額3,744億4,000万円を限度とする円借款貸し付け契約を締結した。事業の内訳をみると、課題とされるモビリティー整備に関する事業が半数を占めている。JICAは従来、インド政府との間でこの問題を解決すべく、多数の円借款貸し付け契約を締結している。以前から顕在化する交通渋滞の緩和のみでなく、交通渋滞を一因とする公害防止に対しても、JICAは資金面から寄与してきた(表2参照)。

これらの事業には、日本発の独自技術も活用されている。ムンバイ~アーメダバード間の高速鉄道建設事業では、日本の新幹線方式が採用され、現在も建設工事が進行中だ(2018年6月15日付地域・分析レポート参照)。無償資金協力事業として、ベンガルールの交通渋滞緩和のために2017年に実施された「ベンガルール都市圏ITS機器供与計画」では、約1年半にわたる市場調査で、日本の交通情報システムと信号システム技術の導入が課題解決に有用なことが立証された。今後さらに、日本発の高度な独自技術がインドへも伝達され、問題解決の一助となることが期待される。

表2:インド向け円借款貸し付け契約締結実績
時期 案件名 借款金額
(百万円)
2017/9/15 ムンバイ・アーメダバード間高速鉄道研修施設建設事業 10,453
2017/9/15 貨物専用鉄道建設事業(電気機関車調達) 108,456
2018/3/29 ムンバイメトロ3号線建設事業(第2期) 100,000
2018/3/29 チェンナイ都市圏高度道路交通システム整備事業 8,082
2018/3/29 北東州道路網連結性改善事業(フェーズ2) 38,666
2018/9/28 ムンバイ・アーメダバード間高速鉄道建設事業(第1期) 89,547
2018/9/28 コルカタ東西地下鉄建設事業(第3期) 25,903
2018/10/29 ムンバイ・アーメダバード間高速鉄道建設事業(第2期) 150,000
2018/10/29 デリー高速輸送システム建設事業(フェーズ3)(第3期) 53,675
2018/10/29 北東州道路網連結性改善事業(フェーズ3)(第1期) 25,483
2018/12/21 チェンナイ地下鉄建設事業(フェーズ2)(第1期) 75,519
2019/1/18 チェンナイ周辺環状道路建設事業(フェーズ1) 40,074
2020/3/27 貨物専用鉄道建設事業(フェーズ1)(第4期) 130,000
2020/3/27 ムンバイメトロ3号線建設事業(第3期) 39,928
2020/3/27 アーメダバード・メトロ事業(第2期) 13,967
2020/3/27 ムンバイ湾横断道路建設事業(第2期) 66,909
2020/3/27 北東州道路網連結性改善事業(フェーズ4) 14,926

注:2017年9月~現在までの実績を記載。また記載分は交通関係の契約のみ。
出所:国際協力機構(JICA)プレスリリースを基にJETRO作成

勃興するモビリティー系スタートアップ、そのサービスがスマートシティー化を後押し

インドには交通渋滞以外にも交通課題は多々あり、それらの解決に貢献するのがスタートアップだ。インドのライドシェアサービスでは、米国Uber外部サイトへ、新しいウィンドウで開きますと地場大手Ola外部サイトへ、新しいウィンドウで開きますが激しい争いを繰り広げているが、最寄りの駅やバス停から自宅、勤務先への移動といった、いわゆるラストワンマイルのためのシェアモビリティーを提供する地場スタートアップも誕生している。

2017年に設立されたYulu外部サイトへ、新しいウィンドウで開きますは、アプリ内で簡単に電気自転車(EV)と自転車を借りることができるプラットフォームサービスを展開している。創業者の1人は、日本の滞在経験もあるシリアルアントレプレナーのRKミスラ氏で、シェア自転車サービス業界のパイオニア的存在だ。同社は駅や市内に多くの自転車ステーションを配置しており、利用者は簡単に乗り捨てが可能で、人々のラストワンマイルの移動を助ける。

2014年設立のBounce外部サイトへ、新しいウィンドウで開きますは、インド全土の15都市でスクーターの貸し出しサービス行い、移動の円滑化に貢献することで注目を集めている。2019年には10カ月で500万回の利用を記録しており、同社は現在2億ドルの企業価値があると言われている。

近年、EVの普及が徐々に進行する中、地場スタートアップもEVを活用したモビリティーサービスを展開し、深刻な大気汚染問題の改善に挑戦している。2018年に設立されたEuler Motors外部サイトへ、新しいウィンドウで開きますは、荷物運搬用の三輪EVを開発し、Eコマースや物流企業に対し輸送サービスを提供するMaaS(Mobility as a Service)企業として注目を集めている。

公共交通の利便性を向上させるスタートアップとして注目されるのが、2014年設立のChalo外部サイトへ、新しいウィンドウで開きますだ。メトロの整備が進んでいない都市が多いインドで、バスは最も一般的な公共交通機関として利用されているが、運行時間の信頼性や清潔さなどの面で問題がある。この状況を解決するため、同社は現在インド23都市で、デジタル技術を活用したバスの運行管理や情報提供に関する無料のアプリケーションを提供し、実際に12都市でバスの運営も手掛けている。

路上駐車による交通渋滞の緩和や、利用者の駐車スペース探しによる時間ロスを減らすため、駐車場管理や場所の情報をデジタル技術によってアップデートするスタートアップも注目される。2015年に設立されたGet My Parking外部サイトへ、新しいウィンドウで開きますは駐車場向けのソリューションを提供しており、駐車スペース提供者には、チケットシステムやオンライン決済の駐車場管理プラットフォームの提供、利用者には駐車場探索サービスを展開している。

自動車の安全性向上も大きな課題だ。交通事故は渋滞を引き起こすのみならず、生命や財産を失う大規模損失につながる可能性もある。2015年に米国サンディエゴで設立され、現在ベンガルールにも拠点を持つNetradyne外部サイトへ、新しいウィンドウで開きますは、ドライバーおよびドライバーを管理する企業に対してタイムリーな分析情報を提供するため、AIを活用したソリューションを開発している。カメラやセンサーを複数使い、前方と後方、側面の自動車の運転環境を追跡するデバイスを開発し、デバイスから取得した画像データを基に、ドライバーのパフォーマンスを分析するプラットフォームを提供している。データ分析だけでなく、前方に位置する車両との車間距離をカメラが捉え、接近しすぎた場合にはデバイスから警音が鳴るなど、リアルタイムでの注意喚起もできる仕組みだ。

これらのスタートアップのビジネスモデルは、モディ首相が2014年6月に掲げた、インドに100のスマートシティーを建設する計画「スマートシティー・ミッション」(2019年8月30日付地域・分析レポート参照)の実現を交通インフラの側面から支えている。インド特有の強みであるデジタル技術を持つスタートアップ企業がモビリティーに関連する各分野で、従来のインド市場を変革し新たな価値を創造するだけでなく、政府が推進する都市整備基盤の構築にも寄与している。

日系企業にもビジネスチャンスの活路、進出事例をひもとく

地場スタートアップが新たなビジネスモデルで交通問題の解決に挑む中、日系企業もそこに商機を見いだし、進出する事例がみられる。

2010年に設立されたTerra Mortors外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます(東京都渋谷区)は電動自動車・バイクの開発、製造、販売などのEV事業を展開している。設立後わずか2年で日本における電動二輪シェアトップを獲得し、アジア地域を中心に海外展開にも積極的だ。同社は2015年、環境に優しい交通インフラの構築を目指すべく、インドに現地法人を設立して電動三輪タクシー(リキシャ)の製造販売を開始し、現在はインド国内250の販売店で同社の製品を販売している。また、単なるリキシャ販売でなく、DX(注)を活用した事業展開に取り組む点も特徴的だ。同社は2019年度の「アジアDX等新規事業創造推進支援事業費補助金(日印経済産業協力事業)」に採択され、今後はモノのインターネット(IoT)技術を活用の上、デジタルサイネージをリキシャに搭載し、インド国内で広告プラットフォームの創造を目指す。このビジネスモデルはまさにMaaSの展開事例ともいえよう。

大手企業の事例としては、インドで乗用車トップシェアのマルチ・スズキの例が挙げられる。同社は2019年7月、アクセラレーションプログラム「Mobility and Automobile Innovation Lab(MAIL)」を発表し、地場有力スタートアップとの協業による新領域での開発を打ち出した(2019年7月10日付地域・分析レポート参照)。同年10月には第1期として協業対象5社を選定、現在は第2期の4社まで選定され、合計9社が参加している。(表3参照)。

表3:MAIL対象企業
企業名 設立 事業領域 フェーズ
SenseGiz外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます 2013年 産業用IoT 第1期
Xane外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます 2017年 自動車向けIoT 第1期
Docketrun外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます 2018年 AI 第1期
Eyedentify外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます 2016年 AI 第1期
Enmovil外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます 2015年 物流分析ソリューション 第1期
Dave.AI外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます 2016年 AR/VR 第2期
Rezo.AI外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます 2017年 AI 第2期
FABRIK外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます 2017年 エンジニアリングソリューション 第2期
Electreefi外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます 2017年 EV向けERPソリューション 第2期

出所:各社HPおよびマルチスズキ公表資料を基にジェトロ作成

また、マルチ・スズキは、2020年8月にはモビリティー関連スタートアップの育成を目的とし、インド経営大学ベンガルール校傘下のインキュベーション施設「NSRCEL」との提携を発表している。 このように、日系企業もスタートアップから大手まで、多角的な切り口でインド市場を攻め、自社のビジネス拡大のみならず、同地特有の社会課題の解決に奮闘している。これらを今後のインド進出におけるケーススタディーの一例とし、多くの日系企業がインドの都市問題解決を目指すことが期待される。


注:
DXとは、デジタルトランスフォーメーション、デジタル技術を活用した企業の変革を指す。
執筆者紹介
ジェトロ企画部企画課
遠藤 壮一郎(えんどう そういちろう)
2014年、ジェトロ入構。機械・環境産業部、日本食品海外プロモーションセンター(JFOODO)、ジェトロ・ベンガルール事務所などの勤務を経て、2020年6月から現職。
執筆者紹介
ジェトロ海外調査部アジア大洋州課
谷口 晃希(たにぐち こうき)
2015年4月、山陰合同銀行入社。2019年10月からジェトロに出向。お客様サポート部海外展開支援課を経て、2020年4月から現職。

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