1. サイトトップ
  2. 海外ビジネス情報
  3. 地域・分析レポート
  4. ジョホールとビンタン・バタム -シンガポール経済圏を行く(3)産業構造の変化に合わせた企業集積が進みはじめるジョホール州

ジョホールとビンタン・バタム -シンガポール経済圏を行く(3)産業構造の変化に合わせた企業集積が進みはじめるジョホール州

2019年3月27日

マレー半島南部に位置するマレーシアのジョホール州では近年、シンガポールと隣接する地の利を生かし、同国での事業運営コスト高騰を背景に、製造拠点を中心とした一部機能の移転先となる動きがある。ただし、政府の労働集約産業からの脱却に合わせて、機械化自動化設備の導入、高付加価値品の生産など工夫をこらした移転活動となっている。また、政府主導の「イスカンダル開発地域」と呼ばれる大型開発に伴って、これまでとは違ったイノベーション関連、クリエーティブ産業などの新分野への参入といった新しい動きも出てきた。シンガポールとの至近性による利点と課題を含むジョホール州の投資環境について概観する。

労働集約産業からの脱却が明確化

マレーシア政府は2018年10月に「インダストリー4.0」の導入に向けた国家政策である「Industry4WRD」を発表した。同政策は、産業高度化を意図した政策だ。製造業および関連サービスにおけるデジタル化、インダストリー4.0の導入を推進し、産業の高度化を図ることにより、生産性向上、高度人材の育成および雇用創出を目指す。同政策においては、電気・電子、機械・部品、化学、航空機器、医療機器が重点分野と位置付けられた。

企業も、こうしたマレーシア政府の国策に対応せざるを得なくなっている(表参照)。例えば、最低賃金が2019年から全国一律で月額1,100リンギ(約3万30円、1リンギ=約27.3円)に引き上げられると同時に、外国人労働者の採用も年々、厳しくなっている。労働力を大量に使う労働集約的な企業は、これまでの活動をそのまま続けることは難しくなってきている現状がある。

表:マレーシアの労務政策
2013年1月 最低賃金制度導入(半島部900リンギ)
2013年7月 60歳定年制導入
2016年3月 外国人労働者雇用に関わる年次雇用税を引き上げ
新規外国人労働者の流入を一時凍結
2016年7月 最低賃金引き上げ(半島部1,000リンギ)
2018年1月 雇用保険制度導入
2018年5月 ナジブ政権からマハティール政権に政権交代
2018年10月 「インダストリー4.0」の導入に向けた国家政策「Industry4WRD」を発表
2019年1月 最低賃金引き上げ(全土1,100リンギ)
2020年1月
(予定)
外国人労働者への年次雇用税体系を変えることで、流入数を圧縮方向へ

資料:政府発表など各種資料から作成

高付加価値品、政府重視産業、自動化導入を意識

ジョホール州へ進出している日系企業は141社(2018年9月現在、ジェトロ調べ)で、ここ5年で20社程度の増加と、新規進出は限定的である。労働集約企業の一部では、主に人件費、労働力の確保の問題から撤退した企業もある中、拠点を置く企業の間では、これまでの生産品目からより高付加価値な製品メニューの拡充、政府が重視する産業への多角化、自動化・機械化設備の導入傾向がみられる。

ジョホールバルに既存工場を持つコネクター大手の第一精工(本社:京都市)は、既存事業の拡大および新規事業への参入を目的に、ヌサジャヤ・テックパーク(NTP)内に新工場を1月に立ち上げた。同社は新工場では、従来の民生用のコネクターに加え、より付加価値の高い自動車部品を製造する予定だ。また、国営石油会社ペトロナスが同州プングランで進めている石油統合団地(PIPC)内の国内最大規模の石油・ガス精製施設「精製・石油化学統合開発(RAPID)」にも、伊藤忠商事をはじめ日系企業が参画している。本プロジェクトは、資本・技術を要する重化学工業プロジェクトゆえに、政府は日本企業に期待を寄せる。

事業の多角化の例として、電子部品などを受託生産するA社は、主要取引先を通じて、新たにメディカル分野に進出した。同社は新規に工場を設立し、現在は顧客からの信頼を地道に得ることで、同分野の売り上げが4割程度にまで拡大している。本事例は、市況の影響を受けやすい電子部品事業から、需要が安定しかつ政府が奨励するメディカル分野の開拓に成功した一例といえる。

政府の施策は労働集約産業からの脱却にあるが、引き続き、ジョホールを労働集約産業の拠点としたい企業も多い。ただし、最低賃金の引き上げ含めて、政府が導入する各種労務政策は同産業に逆風となっているため、機械化・自動化を導入する企業は着実に増えている。食品企業B社は作業の自動化を基本としつつ、設備管理や検品の分野など、自動化に対応できない部門にはワーカーを置く人員配置を進めている。B社に限らず、政府の自動化設備導入への優遇措置も踏まえて、一部工程で労働集約的な要素を残しつつ、機械化・自動化を新たに導入する企業が最近、増えている。

新産業進出の萌芽(ほうが)も

政府は国全体で産業の構造変化を進めるが、その最前線がジョホール州南部で開発が進む重点地域開発計画のイスカンダル・マレーシア(以下、イスカンダルと略す)だ(2018年4月18日記事参照)。具体的に、イスカンダルでは、医療、教育、クリエーティブ産業などの新産業の誘致を図るとともに、次世代型の都市スマートシティー開発、2025年までの低炭素都市計画が進められている。政府は高度人材・産業向けに個人所得税、法人税の減免措置を用意して、開発計画を進める。


イスカンダル内のヌサジャヤ・テックパークの全体像(左)、レンタル工場(右)(ジェトロ撮影)

イスカンダル地域内には食品、家電、電子部品関連企業がこれまで投資してきているが、最近は、新たな分野の企業の投資も進んでいる。例えば、Q&Aサイト「OKWAVE」を運営するオウケイウェイヴ(東京都渋谷区)は、ブロックチェーン開発を専門とする新会社のOKブロックチェーン・センターを2018年5月に設立した。ブロックチェーンはイノベーションと親和性があり、政府が推進するIndustry4.0に沿った投資だ。さらには、クリエーティブ産業として、スマートフォンゲームの企画開発を行う、でらゲー(東京都渋谷区)も同地に進出した。これまでの産業とは違った、新たな日本のプレーヤーもイスカンダルに進出し始めた。イスカンダル内にはコワーキングスペースやシェアオフィスなどの設備が整い始め、イノベーションに関わるエコシステムが形成される素地も整いつつある。

イスカンダル地域における日本企業の投資はまだ緒についたばかりだ。2006年から2018年にかけての累計投資額をみると、中国が101億米ドルと最大で、日本は上位5位以内に入るものの、投資額は13億米ドルで中国との差は大きい(図参照)。ただし、IRDAによると、中国の投資が不動産分野に極端に偏る一方、日本は製造業、非製造業と業種的にバランスが取れた投資がなされている。

図:イスカンダル地域への投資(2006-2018年累計)
中国の投資額は101.1億ドル、シンガポールの投資額は50.5億ドル、米国の投資額は18.5億ドル、日本の投資額は12.6億ドル、スペインの投資額は10.3億ドル、韓国の投資額は9.1億ドル、 オランダの投資額は7.8億ドル、オーストラリアの投資額は6.9億ドル、ドイツの投資額は6億ドル、インドの投資額は5.8億ドル。

資料:イスカンダル地域開発庁(IRDA)

人材面の課題は引き続き深刻

ジョホールに工場を持ついくつかの企業は、シンガポールにアジア太平洋地域統括拠点を置き、ジョホール州は製造機能を有する「シンガポール+1」としている。ジョホール州はシンガポールに拠点を置く企業にとって、同国との近接性から、コスト面でのメリットから進出先に選ばれる。しかし、ジョホール州では、人材の確保、人件費の上昇に苦慮する企業が多い。日系製造業担当者によると、エンジニアなど技術や経験が必要な職種はシンガポールでも需要があり、より賃金が高いシンガポールにマレーシア人技術者が流出する傾向があるため、ジョホール州での雇用確保は難しいという。また、労働集約産業からの脱却を図りつつも、一定程度のワーカーの確保は避けられない状況下で、外国人労働者の採用難と相まって、製造現場での就労を敬遠するマレーシア人の増加が、ワーカー不足に拍車を掛けている。

シンガポールと比較すれば、土地や人件費が比較的安いという点ではジョホール州にはまだメリットがあるものの、今後のコスト増は避けられず、投資環境上の課題となっている。他方、タンジュン・ペラパス港、パシル・グダン港、セナイ空港など州内の港湾・空港に加え、シンガポール港、チャンギ空港などといった、選べる輸送手段が多い点や、経済規模の大きい首都圏近郊やペナン州などのマレーシア国内の需要も取り込むことができる点などでメリットはある。隣接するシンガポールとの機能分担や両国が提供する優遇措置の効果的な活用など、両拠点の利点をそれぞれ生かすことにより、ジョホール州での事業展開の可能性が広がるだろう。

執筆者紹介
ジェトロ海外調査部アジア大洋州課課長代理
新田 浩之(にった ひろゆき)
2001年、ジェトロ入構。海外調査部北米課(2008年~2011年)、同国際経済研究課(2011年~2013年)を経て、ジェトロ・クアラルンプール事務所(2013~2017年)勤務。その後、知的財産・イノベーション部イノベーション促進課(2017~2018年)を経て2018年7月より現職。
執筆者紹介
ジェトロ海外調査部アジア大洋州課
南原 将志(なんばら しょうじ)
2014年、香川県庁入庁。2018年より現職。
執筆者紹介
ジェトロ海外調査部アジア大洋州課
安野 亮太(あんの りょうた)
2009年、明治安田生命保険相互会社入社。2018年より現職。

この情報はお役に立ちましたか?

役立った

役立たなかった

ご質問・お問い合わせ