米韓FTA見直し:米国産牛肉の輸入が回復
大筋合意の評価と韓国の対米自動車貿易・牛肉輸入の推移(3)

2018年4月18日

近年、韓国の牛肉生産、牛の飼育頭数は頭打ちだ。牛肉需要は増加しているものの、米国などからの輸入も増加、自給率は低下している。米韓FTA発効を契機に特に、零細農家の退出が相次いでいる。

米韓FTAでは特に牛肉の生産減が予想されていた

第3回は米韓FTA発効を前後して対米牛肉輸入や韓国の養牛業がどのように推移したかを概観する。

米韓FTAによる関税引き下げ・撤廃で当初から打撃が予想された代表的な産業が農業だ。その中でも特に影響が懸念されたのが畜産業、とりわけ、養牛業だ。米韓FTAでは、韓国の牛肉関税率(40%)を毎年、均等に引き下げ、発効15年目の2026年に撤廃することになっている。ちなみに、2018年の関税率は21.3%だ。なお、一定量を超えた輸入に40%の関税を課す緊急輸入制限措置(セーフガード)が設定されているが、発動要件が厳しいため、現実に発動される事態は想定しにくい。

2011年8月に政府系シンクタンク10機関が共同で発表した「韓米FTA経済的効果再分析」によると、米韓FTA発効に伴う関税撤廃効果などにより、発効後15年間の年平均で、農業分野の輸入が4億2,400万ドル増加、農業生産額が8,150億ウォン減少すると推計された。農業生産額減少の6割(4,866億ウォン)を畜産業が占め、さらに、その4割(2,002億ウォン)を牛肉が占めた。ちなみに、畜産業では牛肉に次いで、豚肉(1,625億ウォン)、鶏肉(770億ウォン)の生産減が見込まれ、畜産業以外ではミカン(639億ウォン)、リンゴ(617億ウォン)、ブドウ(507億ウォン)、ナシ(403億ウォン)の順で生産減が見込まれた。

米韓FTA見直し交渉にあたっては、韓国政府は農産品を交渉の対象にしないとの立場を示してきた。実際、交渉を担当する産業通商資源部は、見直し交渉の合意結果を説明する2018年3月26日付けプレスリリースの中で、「農畜産物市場の追加開放(中略)など、われわれのコアとなるセンシティブ分野(レッドライン)では、われわれの立場を貫徹した」とし、農業分野で米国に対して譲歩しなかったことを交渉成果として強調している。

それでは、最も影響を受けると見込まれた韓国の養牛業は、米韓FTA発効に前後してどのように推移してきたのだろうか。

2016年以降、米国からの牛肉輸入が増加

韓国の牛肉輸入は2005年以降、増加基調にある(表1)。牛肉輸入の9割は米国産、オーストラリア産で、それ以外の国からの輸入は限定的だ。米国からの輸入は「LAカルビ」人気で急増した後、米国のBSE(牛海綿状脳症)発生により輸入が禁止される事態になった。その後、輸入は解禁されたものの、「米国産牛肉は危険」との認識が消費者に残ったこともあり、輸入量は過去最多の2003年の水準にまで回復していない。

表1:韓国の国別牛肉輸入の推移(単位:1,000トン、%)
米国(a) オーストラリア その他 合計(b) 米国産シェア
(c=a/b)
2000 146.3 78.0 39.4 263.8 55.5
2001 118.3 65.7 24.1 208.0 56.9
2002 227.8 94.0 36.5 358.2 63.6
2003 248.7 78.0 37.3 364.0 68.3
2004 27.8 99.1 49.1 175.9 15.8
2005 0.8 139.8 55.8 196.4 0.4
2006 0.0 180.4 55.9 236.3 0.0
2007 14.1 179.9 50.5 244.6 5.8
2008 32.4 151.9 48.0 232.4 14.0
2009 61.5 144.3 39.0 244.8 25.1
2010 92.6 155.4 43.5 291.5 31.8
2011 128.4 170.1 45.5 344.0 37.3
2012 105.8 155.8 37.2 298.8 35.4
2013 101.4 165.6 33.6 300.6 33.7
2014 111.6 172.7 30.6 315.0 35.4
2015 115.4 189.3 26.6 331.3 34.8
2016 168.6 198.4 36.2 403.2 41.8
2017 189.9 189.5 34.7 414.1 45.9
注:
対象はMTI022110(MTIは韓国独自の品目分類)
出所:
韓国貿易協会データベース

米国産牛肉の輸入禁止の穴埋めをしたのがオーストラリア産牛肉だ。オーストラリアからの牛肉輸入は米国産に代わって2000年代半ばに急増、その後も、安定的に推移している。2014年12月に発効した韓豪FTAでも韓国の牛肉輸入関税は韓米FTA同様に15年間均等撤廃であるが、韓米FTAの発効が早かったため、輸入関税率は米国産牛肉の方が先行して下がっていく。それでも、2015年までは「米国産牛肉シェアの上昇、オーストラリア産牛肉シェアの低下」といった現象は認められず、両国産牛肉の関税差が輸入に影響したか判然としなかった。

その後、2016年に米国産牛肉輸入が急増し、2017年には2003年以来初めて、米国産牛肉輸入がオーストラリア産を上回った。この理由について、政府系シンクタンクの韓国農村経済研究院(KREI)は「韓・米FTA発効6年、農畜産物交易の変化と課題」(2018年3月)の中で「米国の牛肉輸出拡大のための積極的な広報活動、米国国内の飼育頭数増加に伴う輸出量確保、競争国のオーストラリアの牛肉輸出環境悪化(干ばつによる飼育頭数減少)」と述べている。さらに、米国産牛肉のBSE懸念が後退し、韓国の消費者の米国産牛肉に対する抵抗感がなくなってきたことも背景になっているようだ。

国内牛肉生産は頭打ちに

牛肉輸入が増加する中で、韓国の牛肉生産はどのように推移しているであろうか。

韓国の牛肉需要は所得水準上昇、食の洋風化などを受け、増加基調が続いている。内訳をみると、国内需要は、輸入牛肉は増加基調が続いているのに対して、国産牛肉は2014年までは増加基調が続いたものの、それ以降は頭打ち、ないしは減少に転じている。その結果、牛肉の自給率は近年、低下している。つまり、国内需要の増加分以上に輸入が増加しているわけだ。国産牛肉の需要減が2015年以降の減少であることから、米国、オーストラリアとのFTA発効に基づく牛肉関税引き下げにより、国産牛肉需要の一部が輸入牛肉に代替されたものと考えられる。

ところで、KREIが実施した「消費者調査」(調査時期:2018年1月上旬、調査方法:インターネット調査、回答者数:639人)の結果によると、輸入牛肉の消費を増やす意向のある消費者(回答数:148人)にその理由を尋ねたところ、「国産牛肉より価格が安い」との回答が最も多かった。同院では「輸入牛肉選択時には価格が最も大きな要因として作用している」と結論付けている。ついで、米国産牛肉購入時の他の肉類の消費意向を尋ねた結果、「オーストラリア産牛肉の消費を減らす」が全体の37.6%と最も多く、次いで、「韓牛の消費を減らす」(27.7%)、「他の肉類消費を減らさない」(24.5%)、「豚肉の消費を減らす」(7.0%)、「鶏肉の消費を減らす」(3.2%)の順となった(回答者数412人)。ここから、米国産牛肉はオーストラリア産牛肉と最も競合するものの、国産牛肉との競合もある程度避けられないことがうかがえる。

図1:牛肉消費量と自給率の推移
国産牛肉の消費量は2014年まで増加傾向にありましたが、2015年以降は頭打ちです。2017年の消費量は23万9,000トンでした。 輸入牛肉の消費量は増加傾向にあり、2017年に34万4,000トンになりました。 総消費量に占める国産牛肉消費量の割合である自給率は、2015年までは50%弱の水準で推移してきましたが、2016年に低下しました。2017年は41.0%でした。
注:
自給率=国産牛肉消費量/総消費量
出所:
農林畜産食品部、韓国農村経済研究院より算出

零細農家の退出が相次ぐ

国産牛肉消費量が頭打ちになったということは、韓国の牛の飼育頭数が頭打ちになったことを意味する。実際、韓国の韓牛(注)・肉牛の飼育頭数は、かつては増加傾向にあったものの、米韓FTA発効の頃から300万頭前後で推移している(図2)。

図2:韓牛・肉牛の農家数・飼育頭数
韓牛・肉牛の農家数は2005年の19万2,000世帯から2011年に16万3,000世帯に減少していましたが、米韓FTA発効以降、減少速度が速まり、2017年には9万8,000世帯になりました。 韓牛・肉牛の飼育頭数は2005年181万9,000頭から2011年に295万頭に増加しましたが、米韓FTA発効以降は横ばいで、2017年299万7,000頭になりました。
注:
各年第4四半期
出所:
統計庁「家畜動向調査」

さらに、従来から減少傾向にあった韓牛・肉牛を飼育する農家の数は、米韓FTA発効の頃から減少の速度を速めた。これは、零細農家の退出が相次いだことを反映したものだ。その理由として、例えば、農民新聞(2014年7月23日、電子版)は、「畜産強国と相次いでFTAが進められ、韓牛業界の将来が暗いと見た小規模農家が大挙して飼育をやめたため」と報じていた。

韓国政府は、米韓FTAを含むすべてFTAについて、影響を受けた農家などを支援する「自由貿易協定締結に伴う農漁業人などの支援に関する特別法」を制定している。その中には、一定条件の下で、(1)FTAの影響で農産品価格が下落した場合に所得を補填(補填)する仕組みと、(2)FTAの影響で廃業した場合に農家の純収入(所得から自家労務費を控除)を支援する仕組みが盛り込まれている。実際に、この枠組みで国内養牛業への支援が行われた年もある。また、飼料生産インフラ拡充や種畜施設近代化など行う「畜産発展基金の拡充」、畜舎の近代化支援といった競争力強化策を実施している。韓国政府は、競争力に劣る零細養牛農家の退出を促す一方、競争力のある養牛農家を支援・育成する考えのもようだ。


注:
「韓牛」は韓国で飼育されている牛の種類で、日本の和牛に相当するもの。
執筆者紹介
ジェトロ海外調査部 主査
百本 和弘(もももと かずひろ)
2003年、民間企業勤務を経てジェトロ入構。2007年7月~2011年3月、ジェトロ・ソウル事務所次長。現在ジェトロ海外調査部主査として韓国経済・通商政策・企業動向などをウォッチ。