知財判例データベース 拒絶決定不服審判の段階で改めて意見提出の機会を付与せずに審判請求を棄却した審決が違法であるとされた事例
基本情報
- 区分
- 特許
- 判断主体
- 特許法院
- 当事者
- 原告 A株式会社 vs 被告 特許庁
- 事件番号
- 2025ホ10293拒絶決定(特)
- 言い渡し日
- 2026年02月12日
- 事件の経過
- 確定
概要
出願発明は、審査段階と拒絶決定不服審判段階とでいずれも同一の先行文献により進歩性が否定されると判断されたが、両段階では、先行文献に対して進歩性の欠如の具体的な理由が相違していた。特許法院は、審判段階で提示された新たな進歩性否定の論理に対して、出願人はこれに対応する意見書を提出するか又は補正する機会が与えられなかったことから、審判請求を棄却した審決には意見提出通知に関連する強行規定違反の手続的瑕疵があり、違法であると判断した。
事実関係
原告は、「視覚効果を有する多重層コーティング」を発明の名称とする発明について2016年10月14日付で特許出願した。出願発明は、特許庁の審査段階で進歩性の欠如を理由として拒絶決定がされ、特許審判院の拒絶決定不服審判でも進歩性の欠如を理由として棄却審決がされた。原告は、審決取消訴訟を提起し、意見提出の機会を原告に付与しないまま審査段階での拒絶理由とは異なる新たな拒絶理由を根拠として拒絶決定不服審判請求を棄却したことは手続的違法にあたる旨を主張した。
出願発明は物品に視覚効果を提供する多重層色相コーティングに関するものであり、請求項1は下記の通りである。
[請求項1]
コーティングが下記を含む、視覚効果を有する多重層コーティング。
a. ゲルコート層の鮮明度を維持できる大きさ及び表面を有するチキソトロピック剤及び不飽和ポリエステルを含む高鮮明度ゲルコート層であって、ビコチャートの白色部分上で少なくとも94の鮮明度及び/又はビコチャートの黒色部分上で26未満の鮮明度を有する高鮮明度ゲルコート層、
b. 透明ゲルコート及び視覚効果顔料を含む視覚効果層、及び
c. ゲルコート及び単純顔料を含む色相層
先行発明1は、人工大理石等の樹脂成形品に模様を形成するのに適したインク組成物に係る特許公開公報である。
判決内容
特許出願に対する審査段階で拒絶決定をするには、それに先立ち出願人に拒絶理由を通知して意見提出の機会を与えなければならず、拒絶決定に対する特許審判院の審判手続においてそれとは異なる事由に基づき拒絶決定を正当であるとするためには、まずその事由に対して意見提出の機会を与えてこそ、これを審決の理由とすることができる(特許法第62条、第63条、第170条参照)。上記のような手続的権利を保障する特許法の規定は強行規定であるため、意見提出の機会を付与していない新たな拒絶理由により、拒絶決定が結果において正当であることを理由として拒絶決定不服審判請求を棄却した審決は違法である(大法院2013年9月26日言渡2013フ1054判決、大法院2019年10月31日言渡2015フ2341判決等参照)。
ただし、拒絶決定不服審判請求を棄却する審決理由がその主な趣旨において、既に意見提出の機会が付与された拒絶決定の理由と符合する場合には、拒絶決定の理由とは異なる別個の新たな理由により審決をしたとはいえないため、かかる場合まで特許出願人に対して新たに拒絶理由を通知し、それに対する意見書提出の機会を与えなければならないものではない(大法院2008年4月24日言渡2006フ329判決参照) 。
拒絶理由が出願発明の進歩性に関するものである場合には、審査段階で意見提出の機会を付与した拒絶理由と主な趣旨が符合するといえるためには、出願発明の各構成要素が公知となった根拠として提示された先行技術文献と同一であり、先行技術文献から出願発明の進歩性を判断する過程で必要な前提事実(出願当時の技術水準、技術常識、当該技術分野の基本的課題等)、判断の中心となる構成要素、判断内容(解決すべき技術的課題、解決に必要な技術手段、結合の動機・暗示等)が重要な部分において一致し、拒絶理由を解消するために出願人に期待される意見書の内容や出願人が試みる補正方向が同様であることにより、新たに提示される事由に対しても出願人に対して実質的に意見書提出及び補正の機会が付与されたといえるものでなければならない(大法院2011年9月8日言渡2009フ2371判決、特許法院2017年8月17日言渡2016ホ7695判決等参照)。
特許法院が認定した事実関係は、下記の通りである。
(1)特許庁の審査官は、2022年6月28日付意見提出通知において、補正前請求項1の発明の構成要素と先行発明1とを下記のように対比し、先行発明1の顔料が視覚効果顔料であるという明示的記載はないが、その中間層用の塗料として蛍光塗料、パール粉等を利用できるという先行発明1の記載を考慮すると、補正前請求項1の発明は通常の技術者が容易に導き出すことができるとして進歩性を否定する論理を提示した。
| 本件請求項1の発明 | 先行発明1 |
|---|---|
| 高鮮明度ゲルコート層 | ゲルコート層 |
| 視覚効果層 | 中間層 |
| 色相層 | 白層 |
(2)これに対して原告は意見書を提出し、①先行発明1の「白層」は出願発明の「基板」に対応するもので「色相層」に対応するものではなく、②先行発明1はコーティング層とは関係のないインク組成物が主な技術的思想であり、中間層は省略できる構成であることを理由として、補正前請求項1の発明は先行発明1により進歩性が否定されない旨を主張した。
(3)特許庁の審査官は、拒絶決定書において、①先行発明1の「白層」は着色又は模様を形成するためのものとして機能上同一の範疇にあり、コーティング層として用いられ、②先行発明1においてインク組成物が追加されるからといって多重コーティング自体の有機的結合関係が損なわれるものではなく、インク組成物を省略するからといって多重コーティングにより良い効果が発生するという事情もない以上、インク組成物の存在を根拠として先行発明1から補正前請求項1の発明を容易に導き出すことは困難であるとはいえないという理由により、原告の主張を受け入れず従前に通知した拒絶理由は解消されなかったとして拒絶決定した。
(4)原告は、2023年7月3日付で、補正前請求項1の発明に補正前請求項9の発明の内容を追加する等の補正をする明細書等補正書を提出し、再審査を請求した。これに対し、特許庁の審査官は、補正された請求項について判断しても、従前の意見提出通知の拒絶理由のうち進歩性の欠如の拒絶理由が依然として解消されないことを理由として拒絶決定をした。
(5)これに対して原告は、拒絶決定を不服とする審判請求をし、「本件拒絶決定は、先行発明1の開示内容のうち『ゲルコート層』、『中間層』、『白層』に基づいているが、先行発明1の本質はインク組成物に関するものであり、上層に関するものではない。先行発明1の『白層』はゲルコートではないのみならず、白層に含まれる成分に応じて完成品が繊維強化製品(FRP)又は人工大理石成形品となるため、請求項1の発明の『色相層』に該当しない」等の主張をした。
(6)特許審判院は、請求項1の発明の構成要素と先行発明1を下記のように対比した後、先行発明1の「インク組成物層」及び「中間層」は請求項1の発明の「視覚効果層」及び「色相層」と実質的に同一であり、請求項1の発明の「高鮮明度ゲルコート層」に関するビコチャートの鮮明度の限定部分は通常の技術者が容易に導き出すことができるため、請求項1の発明の進歩性が否定されると判断した。
| 本件請求項1の発明 | 先行発明1 |
|---|---|
| 高鮮明度ゲルコート層 | ゲルコート層 |
| 視覚効果層 | インク組成物層 |
| 色相層 | 中間層 |
続いて特許法院は、拒絶決定不服審判の請求を棄却する審決理由は少なくともその主な趣旨において拒絶決定の理由と符合しなければならないところ、本件における棄却審決理由はその主な趣旨において拒絶決定の理由と符合しないと判断するのが妥当であるとし、意見提出の機会を原告に付与しないまま審査段階での拒絶理由とは異なる新たな拒絶理由を根拠として拒絶決定不服審判請求を棄却したことは手続的違法にあたると判断した。その具体的な判断根拠は、下記の通りである。
イ.出願発明の進歩性を判断するにおいて、出願発明と先行発明の構成要素を対比して、これらの同一性を判断し、差異点がある場合には通常の技術者がその差異を容易に克服できるか否かを判断するのは、進歩性判断の中心となる重要な部分に該当する。この場合、判断の中心となる構成要素の対比が審査段階と審判段階とで相違するという理由のみによって直ちに拒絶理由の主な趣旨が符合しないと断定するものではないが、そのような構成要素を対比した差異によって、先行発明と出願発明との共通点及び差異点の認定と、そのような差異点を克服して出願発明を容易に発明できるかについての判断内容が異なるものとなり、これに関する出願人の対応論理と補正方向に重要な差異が生ずるのであれば、出願人に実質的に意見書提出及び補正の機会が付与されたとはいえないため、既に通知された拒絶理由とは主要な趣旨が符合しない新たな拒絶理由に該当するというべきである。
ロ.特許庁の審査官は、請求項1の発明のゲルコート層、視覚効果層及び色相層を各々先行発明1のゲルコート層、中間層及び白層に対比し、請求項1の発明が先行発明1により進歩性が否定されることを理由として意見提出通知をし、同様の理由により拒絶決定をした。しかし、特許審判院は、請求項1の発明の視覚効果層及び色相層を各々先行発明1のインク組成物層及び中間層に対比し、請求項1の発明が先行発明1によりその進歩性が否定されることを理由として原告の審判請求を棄却する審決をした。すなわち、審査段階と審決は請求項1の発明の視覚効果層、色相層の各々を先行発明1の対応構成要素と対比するにおいて、審査段階では中間層、白層に対比した一方、審決ではインク組成物層、中間層に対比した差異がある。それにより、原告は審査段階で審査官の拒絶理由に対応して意見書を提出し、請求項1の発明の「高鮮明度ゲルコート層」と先行発明1の「ゲルコート層」の構成上の差異点を強調する補正をし、請求項1の発明の「色相層」と先行発明1の「白層」は同一の構成ではない点を強調する対応をした。しかし審決は、先行発明1の「白層」が出願発明における「成形しようとする材料」に対応する構成であることを前提として、先行発明1の「中間層」を請求項1の発明の「色相層」に、先行発明1の「インク組成物層」を請求項1の発明の「視覚効果層」に対応させて進歩性が否定される旨の判断をした。これに対し原告は、審決で提示した先行発明1の「インク組成物層」と請求項1の発明の「視覚効果層」が同一であり、先行発明1の「中間層」と請求項1の発明の「色相層」が同一であることを前提とする進歩性否定の論理に対応して、意見書を提出するか又は補正する機会が与えられなかった。
さらに特許法院は、審決が提示した進歩性否定の論理が実体的に妥当であるため、審決が結果的に正当であるとする被告の主張について、意見提出通知に関連した強行規定に違反する手続的瑕疵がある審決は、拒絶決定の理由として提示した進歩性否定の論理の実体的妥当性とは無関係であって、手続の違法による審決の取消しを逃れることができないとして、受け入れなかった。
専門家からのアドバイス
拒絶決定不服審判の手続において、審査段階の拒絶決定とは異なる事由により拒絶決定が正当であると判断する場合には、先にその拒絶理由について意見提出の機会を出願人に与えなければならず、これは出願人の手続的権利を保障する特許法上の強行規定であると解されている。すなわち、審査段階において既に意見提出の機会を付与した拒絶理由と主な趣旨が符合している場合には、審判段階で改めて意見提出機会を付与しなくてもよいといえる。特に拒絶理由が進歩性の欠如の場合には、同一の先行文献に対して進歩性判断の前提となる事実、進歩性判断の中心となる構成要素及び判断内容において主な部分が審査段階と審判段階で一致することにより、審判段階で新たに提示された拒絶理由に対しても出願人に実質的に意見書提出及び補正の機会が付与されたといえるものでなければならない。
本件では、多重層コーティングに関する出願発明において、審査段階と審判段階とで先行発明に開示された対応構成が互いに相違するという指摘がなされた。これに対して特許法院は、進歩性判断の中心となる構成要素の対比が審査段階と審判段階とで相違することのみを理由として直ちに拒絶理由の主な趣旨が符合しないと断定するものではないとしながらも、本件では、そのような構成要素を対比した差異によって進歩性否定の論理が異なるものとなり、出願人は審判段階の新たな進歩性否定の論理について意見提出の機会が与えられる必要があったと判断された。
審査段階及び審判段階において出願人は複数回にわたって拒絶理由が通知されることがあるが、異なる先行文献で進歩性が否定された場合はもちろんのこと、同一の先行文献により進歩性が否定された場合であっても、改めて出願人への意見提出通知が必要となることがあることを示した事例として本件は参考になる。
ジェトロ・ソウル事務所知的財産チーム
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