知財判例データベース 構成成分が数値範囲で限定された合金発明において発明の進歩性が否定された事例
基本情報
- 区分
- 特許
- 判断主体
- 大法院
- 当事者
- 原告 上告人(特許権者) vs 被告 被上告人(知識財産処長)
- 事件番号
- 2023フ10637取消決定(特)
- 言い渡し日
- 2026年08月12日
- 事件の経過
- 上告棄却
概要
溶接材料として用いられる合金の発明について、構成成分の数値範囲に先行発明と区別される特別な技術的意義がないとして、進歩性が否定された。
事実関係
【請求項1】 合金外皮にフラックスが充填されたLNGタンク製作用ステンレス鋼フラックスコアードワイヤにおいて、上記LNGタンクの母材は9%Ni鋼であり、外皮成分と上記外皮に内包されるフラックス成分を合わせたワイヤ全体の組成が、フラックスコアードワイヤ全体に対して重量%で、Ni:6.0~15.0重量%、Cr:13.0~25.0重量%、Mn:3.0~8.0重量%、Mo:1.0~4.0重量%、Si0.05~1.0重量%を含有し、C:0.5重量%以下(0重量%である場合を除く)、P+S:0.1重量%以下(0重量%である場合を除く)に制限され、SiO2,TiO2及びZrO2のうち1種以上:5.0~18.0重量%、Na2O及びK2Oのうちの1種以上:0.1~1.0重量%、残部Fe及び不可避的不純物を含有し、下記【関係式1】を満たす、LNGタンク製作用ステンレス鋼フラックスコアードワイヤ:
【関係式1】 {4(Na2O+K2O)}/{0.5(TiO2+SiO2)+0.2(ZrO2)}<0.5
審決(特許無効)
審判官は、訂正は認めたが、訂正後の請求項全項(請求項1~4)の進歩性を否定した。特に、請求項1に記載された各成分ごとの含有量及び関係式等の構成要件については、先行発明1に開示された溶接材料がいずれも数値範囲を満たしているという理由で、請求項1の発明については新規性も否定した。
特許法院判決(特許無効)
特許法院は、(特許審判院の審決とは異なり)Mnの含有量において本件請求項1の発明(3.0~8.0重量%)と先行発明1(1.0~3.0重量%)との間に差があることは認めたものの、本件請求項1の発明のMn含有量の上限(8.0%)及び下限(3.0%)に特別な技術的意義はないと判断して進歩性を否定した。これに対して原告は、本件請求項1の発明は「9%Ni鋼」を溶接するために用いられる材料である一方、先行発明1はオーステナイト系ステンレス鋼(SUS316及びSUS316L)を溶接する材料であるという違いを強調して進歩性を主張した。しかし特許法院は、(1)そのような用途の限定事項によって対象物(ステンレス鋼フラックスコアードワイヤ)の構造や性質自体が変わるわけではなく、(2)本件発明と先行発明1はいずれもLNGタンク製作時の溶接に用いられるフラックスコアードワイヤであるという点等に照らすと、先行発明1の溶接材料を9%Ni鋼のLNGタンク製作用途に適用してみることは、通常の技術者にとって格別な困難性がないと判断し、原告の主張を排斥した。
判決内容
大法院判決(特許無効)
発明の進歩性が否定されるかどうかを判断する際には、少なくとも先行技術の範囲及び内容、進歩性判断の対象となった発明と先行技術との差、並びに通常の技術者の技術水準について、証拠等の記録に現れた資料に基づいて把握した上で、通常の技術者が、特許出願当時の技術水準に照らして、進歩性判断の対象となった発明が先行技術と差があるにもかかわらず、そのような差を克服して先行技術から当該発明を容易に発明することができたか否かを検討する必要がある。合金に関する発明においては、合金成分の組成範囲及び組成条件、組織状態、合金固有の性質、用途、作用効果等を考慮して判断しなければならない(大法院2007年1月1日言渡2005フ438判決等参照)。
本件請求項1の発明と先行発明1は組成成分が実質的に同一であり、先行発明1の組成成分のうち大部分の含有量の範囲は本件請求項1の発明が限定した含有量の範囲に含まれるか重複している。また、先行発明1に記載された成分の含有量の関係も、本件請求項1の発明の関係式1で特定した条件を満たす。
ただし、本件請求項1の発明と先行発明1との間には、(1)本件請求項1の発明の溶接対象は「9%Ni鋼」であるのに対し、先行発明1は「オーステナイト系ステンレス鋼であるSUS316及びSUS316L」を溶接対象としている点、(2)本件請求項1の発明はMnの含有量の範囲を3.0~8.0重量%に限定しているのに対し、先行発明1のMn含有量の範囲は1.0~3.0重量%である点で差があるところ、これらの差は以下のような点に照らして、進歩性認定の根拠とすることはできない。
(1) 本件明細書には、本件発明のフラックスコアードワイヤが他のステンレス鋼溶接材料と区別され9%Ni鋼の溶接に特に適していると解し得る技術的原理や組織状態の特性に関する技術的根拠が提示されておらず、むしろ、構造用鋼素材の制約なしに溶接可能な溶接材料を開発する必要があるという点が解決課題として記載されている。したがって、請求項1の上記記載が、9%Ni鋼溶接に適した特定の組織状態又は固有の性質を有するフラックスコアードワイヤを意味しているとは解し難い。
(2) 本件明細書及び先行発明1には、いずれもMnが脱酸元素として機能し、Mn含有量の範囲の下限は十分な脱酸効果を確保するためのものである旨が記載されている。したがって、上記のように下限を異にした事情が、先行発明1と区別される新たな技術的意義や作用効果に関係すると解すことは困難である。
専門家からのアドバイス
本大法院判決は、合金発明の進歩性判断に関して新たな法理を提示したものではないが、韓国の進歩性判断手法を知る上で参考になると思われる。
一般的に合金発明は、その請求項において合金成分の含有量に関する数値範囲を限定する場合が多い。こうした合金発明の全成分が先行発明の合金成分として含まれている場合には、当該合金発明の各成分含有量の(特に先行発明と重複しない)数値範囲(上限又は下限)に、(先行発明には開示されていない)「特別な技術的意義」があるか否かが進歩性判断の核心的な争点となるケースが少なくない。実際に本事案では、特にMn含有量の数値範囲(3.0~8.0重量%)に特別な技術的意義があるか否かが争点となっている。この点については、本件明細書においてMnの含有量は脱酸効果を確保するためという技術的意義が認められたが、これは先行発明にも開示されている技術的意義であって、その他に当該数値範囲が有する新たな技術的意義は認められなかったため、進歩性が否定された。
加えて特許権者は、本件特許発明の用途が先行発明と異なる点も主張したが、(医薬分野における用途発明とは異なり)物の発明においては、その物自体の違いではない、その物の用途の違いは特許性の判断において原則として考慮されないため、本件での特許権者のこうした主張も受け入れられなかった。
ジェトロ・ソウル事務所知的財産チーム
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