変化するアジア・大洋州の消費市場文化多様性が魅力、アジア市場も視野に(オーストラリア)

2025年7月10日

先進国でありながら、安定した経済成長を続け、移民の流入により人口が拡大し続けるオーストラリア。所得水準も高く、日本の商品・サービスの販売先として注目されている。本稿では、オーストラリアの消費市場としての魅力を概観し、現地で消費市場の開拓に取り組む事例を取り上げる。家具・文房具の販売に取り組むコクヨと、ヘルスケア事業の拡大に向けて現地健康食品会社ブラックモアズを買収したキリンを紹介し、各分野での市場の魅力や今後の展望などを探る。

安定した経済成長と人口増加が強み

オーストラリアといえば一般的に、石炭やガスなどの資源や自然などの観光のイメージが強い。それだけでなく、同国は有望な消費市場として、あらためて日系企業から注目を浴びている一面もある。新型コロナウイルス禍前の2019年まで、28年連続で実質GDP成長率がプラスを記録し続け、コロナ禍以降も他の先進国と比較して目覚ましい経済回復を遂げた。IMFによると、1人当たりGDPは2024年に6万5,247ドルに達し、日本の2倍に相当する。最低賃金は2025年7月に時給24.95オーストラリア・ドル(約2,345円、豪ドル、1豪ドル=約94円)に上がり、フルタイム労働者の平均年間給与は6万7,101ドル(2023年、OECD)と世界的に見ても高い。また、先進国でありながら、人口が増加し続けている数少ない国で、特に移民の流入によるところが大きい。実際に2018年までは、3年ごとに約100万人のペースで増加、2021年から2024年の3年間にいたっては約150万人増加し、2024年には2,730万人に達した(図1参照)。連邦政府の予測(2023年11月時点、中位推計)では、今後も人口増加は続き、2071年に現在の約1.5倍の約4,000万人となる見込みだ。

図1:オーストラリアの人口増加推移
3年ごとに約100人万のペースで増加し、2021年に25,771,357人となった。その後の3年間は約150万人増加し、2024年は27,309,396人となった。

注:毎年第4四半期(10~12月)のデータを集計。2024年は第3四半期(7~9月)のデータを使用。
出所:オーストラリア統計局(2025年3月時点)

人口の内訳をみると、海外生まれのオーストラリア人の割合は年々増加しており、2024年時点で858万人、全人口の31.5%を占める。最も多い出身国は英国だが、近年は都市部を中心にインド系や中国系などのアジア系が増加し、民族の多様化がさらに進行している(図2参照)。また、年齢の中央値は人口全体で38歳と、日本(48.6歳)を10歳下回る若い国だ。特にアジア系の移民の年齢中央値は20代から40代で、英国やニュージーランドといった欧米系よりも若い(表参照)。オーストラリアの消費市場は、人口が増加の一途をたどり、市場規模が引き続き拡大することが期待されると同時に、民族や年代の多様性が垣間見えるユニークな市場ともいえる。以下では、日本企業がどのような点に注目して消費市場の開拓に取り組んでいるのか、事例を探る。

図2:移民の出身国別上位10位と推移(2014~2024年)(単位:1,000人)
移民の出身国で最も多いのは英国だが、近年都市部を中心にインド系や中国系などのアジア系が増加し、民族の多様化がさらに進行している。

出所:オーストラリア統計局

表:移民別の年齢の中央値(2024年時点)
出身国 年齢中央値
英国 60歳
インド 36歳
中国 40歳
ニュージーランド 46歳
フィリピン 40歳
ベトナム 47歳
南アフリカ共和国 46歳
ネパール 29歳
マレーシア 43歳
スリランカ 41歳
海外生まれの者 43歳
全人口 38歳

出所:オーストラリア統計局

事例1:ライフスタイルショップの立ち上げ目指すコクヨ

オフィス家具や文具事業を手掛けるコクヨは、オーストラリアでライフスタイルショップの展開を目指している。同社は2024年10月にグローバルライフスタイルブランド「ハウ・ウィ・リブ(HOW WE LIVE)」を立ち上げ、デザイン性の高い家具や文具を海外市場に訴求していくと発表した(2024年10月30日付コクヨニュースリリース参照外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)。また、同ブランド初となるポップアップショップを11月~12月にシドニーのサリー・ヒルズで開店した。中心部から南東2キロにあるサリー・ヒルズはアートや文化の発信地とされ、クリエーティブ分野の職業に就く人も多い。出店したパラマウント・ハウスはレンガ造りの歴史ある建物で、ホテル、カフェ、オフィススペースから成る複合施設だ。同社の中村望シドニー支店長によると、ポップアップショップではルームフレグランスや小皿などの雑貨や文房具がよく売れたという。中村氏は「デザイン性や機能性のある商品に関心を持つ消費者や、新たなトレンドに敏感な消費者にアプローチできた」と、手応えを感じている。また、クリスマスシーズンに合わせてラッピングサービスを提供したところ、国内では珍しいサービスとして好評だった。

ポップアップショップの様子(コクヨ提供)

現在は現地のライフスタイルに合った家具、文具の販売店の展開準備をしているところだ。特にオーストラリアには照明器具、家具、カーテンなど、商品カテゴリーごとの専門店はあるものの、店内にさまざまなシーンを作ってライフスタイルを提案する店がないため、チャンスを感じている。サリー・ヒルズで出店し、「物珍しい、話題になるような空間を作り上げ、消費者への認知度を高めて売り込みたい」と意気込む。また、設計事務所と協業し、事務所の空間提案に自社商品を採用してもらうことを目指す。これらの取り組みを進めるため、現地で家具業界に長く携わる人材を採用したほか、デザイナー向けイベント「Saturday Indesign」(注1)への参加などを通じて、販売ネットワークの開拓に注力する。

これらに取り組む上で物流面の課題が挙げられる。商品の期日どおりの配送が難しいほか、配送コストも高いと中村氏は指摘する。人件費の高さで配送が高コスト化するほか、家具の組み立て職人が不足し、倉庫から完成品を配送している。他方で、オーストラリアの消費市場の魅力として、中村氏は、多民族国家ゆえに多様な文化や考え方が柔軟に受け入れられる点を挙げる。このため、ライフスタイルも今後、着実に進化していくとみる。経済が安定し、市場も成熟していることや、商品の輸入・販売で規制面の障壁が低い点も、同国への進出の決め手となった。

事例2:健康増進目指しオーストラリアからアジアへ、キリンの取り組み

オーストラリアからアジア市場への販路拡大を目指して、地場企業と連携する事例もある。キリンはヘルスサイエンス事業を拡大すべく、2023年にオーストラリア最大手の健康食品会社ブラックモアズを買収した。ブラックモアズは1990年代ごろからアジアでの市場開拓に取り組み、先駆者として市場をリードしてきた。現在は11カ国・地域でビタミン・栄養サプリメントなどを販売している。ブラックモアズの山崎徹副社長兼最高戦略責任者(CSO)によると、キリンとして、ヘルスサイエンス事業の海外向けBtoC販売を目指す中で、同社のアジア・オセアニア地域でのブランド力や販売網、また、規制対応面での強さ(アジア諸国でオーストラリア当局の健康食品規制が参照されている点など)が魅力で、買収に至ったという。

オーストラリアのサプリメント市場は、国内でのインフレによる物価高という逆風の中でも、1桁台半ばで成長を続けている。これは、オーストラリアでは自然療法の文化が発達しており、食事で取りきれない栄養をサプリで摂取する考え方が根付いているからだろうと山崎氏はみる。栄養分が細分化されており、商品のSKU(注2)も多く、消費者の商品に対する知識も豊富だ。なお、同社のサプリメントの中でも国を問わず売れ筋なのは、免疫向上に効く商品だ。オーストラリアではこれに加え、関節をサポートする商品が人気を集めている。年齢を重ねても健康に歩き続けたいというニーズが強く、プロテインを日常的に摂取する習慣が根付いているようだ。国内は自然が豊かで、歩く環境もよく整備されており、休日には多くの人が国立公園や森林でブッシュウオークをしたり、海岸沿いでウオーキングを楽しんだりする様子が見られる。


ドラッグストアにはブラックモアズのサプリが数多く並ぶ(ジェトロ撮影)

今後の事業展開について、オーストラリアで得られた利益をアジアでの事業拡大に再投資したいと山崎氏は意気込む。中国で、現在は越境ECでの販売にとどまっているが、国内流通に求められる青帽子ロゴ(保健食品の認証)を取得し、一般チャネルへの販売拡大を目指す。また、東南アジアではまだリーチできていない販売チャネルの開拓や、現地で需要が拡大している個包装容器の開発に注力する方針だという。なお、アジア事業の第1号として、2025年3月にキリンとブラックモアズは両社初の共同開発商品の、プラズマ乳酸菌を配合したサプリメントを台湾のECサイトで販売開始したことを発表した(2025年3月5日付キリンニュースリリース参照外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)。

現地企業の知見や現地人材のネットワークがカギ

ここまで、オーストラリアの市場開拓に取り組む企業の事例を紹介してきた。コクヨは現地に支店を設立し、キリンは地場企業を買収するなど、ビジネス拡大の手法は異なる。しかし、いずれも現地企業の知見や現地人材のネットワークを活用して、販路を広げている点で共通しており、こうした取り組みは消費市場を攻める上で欠かせない。良好なマクロ経済環境のため安定した利益が望めることに加え、多民族国家ゆえにさまざまな文化にオープンで、新しいライフスタイルへの進化が期待されることや、健康への意識が高いこと、アジアなどの第三国市場に強みを持つ企業が存在することなどが、オーストラリアのビジネスの魅力として、あらためて注目されている。


注1:
インデザイン・メディアが主催し、シドニーまたはメルボルンで毎年開催されているデザイン業界の人脈作りやアイデア交換のためのイベント。
注2:
SKUはStock Keeping Unitの略で、受発注や在庫管理を行う際の最小単位。
執筆者紹介
ジェトロ調査部アジア大洋州課 リサーチ・マネージャー
山口 あづ希(やまぐち あづき)
2015年、ジェトロ入構。農林水産・食品部農林水産・食品課(2015~2018年)、ジェトロ・ビエンチャン事務所(2018~2019年)を経て現職
執筆者紹介
ジェトロ・シドニー事務所
青島 春枝(あおしま はるえ)
2022年6月からジェトロ・シドニー事務所勤務(経済産業省より出向) 。