変化するアジア・大洋州の消費市場松屋、ASEAN初出店となるベトナム進出
人材育成やASEAN展開の拠点としても期待
2025年4月18日
ベトナムでは安定した経済成長が続いており、2024年の1人当たりGDPは4,700ドル相当と推定されている(2025年1月9日付ビジネス短信参照)。人口は2023年に1億人を突破。所得と人口の伸びにより消費市場としてもベトナムに注目が集まっている(注)。
2024年11月、牛丼チェーンを展開する松屋フーズホールディングスは、ホーチミン市1区中心部の複合施設Mプラザ・サイゴン1階にベトナム1号店を、12月に同市の1区に隣接するビンタイン区に2号店となる路面店をオープンした。同社は2024年1月に子会社のMatsuya Foods Vietnam Company Limited(松屋フーズベトナム)を設立し、直営で展開している。同社にとって中国、台湾、香港、モンゴルに続く海外5地域目の出店となる。出展の経緯から今後の展望まで、松屋フーズベトナムの荒川賢ゼネラルディレクターに聞いた(取材日:2024年12月13日)。

- 質問:
- ASEAN初出店がベトナムとなった経緯は。
- 答え:
- ASEANでは当初、タイへの進出を予定していたが、2014年に勃発した軍事クーデターの影響により出店を断念。2017年に行った進出に向けた調査で、ベトナムか台湾への進出を検討し、そのときは台湾を選択した。2020年にベトナム進出に向けた2度目の調査を実施し、コロナ禍を経て出店に至った。海外店舗の多くは直営で展開しており、ベトナムでもパートナー企業はおらず、100%単独資本による直営店形式の進出だ。
- 質問:
- 1号店はホーチミン市1区中心部の複合施設、2号店は同市ビンタイン区に出店となった経緯は。
- 答え:
- 1号店は市内中心部のオフィス街にある複合施設に店舗を構えており、ベトナム人のオフィスワーカーをメインターゲットとしている。2号店は国内で最も高い複合型ビル「ランドマーク81」などが立地するビンホームズ・セントラル・パークから車で10分圏内にあり、ベトナム人の中間所得層の来店やデリバリー需要が見込めると考えた。日系の飲食店は少ない場所だが、そのような場所でどれくらい勝負できるかが試金石となる。2階の広いスペースもあり、ベトナム人の家族連れの来店を見込んでいる。また、ベトナム国内での急速なキャッシュレス決済の普及を踏まえ、両店舗ともにキャッシュレス決済に対応したタッチパネル式券売機を導入している。
- 質問:
- 提供メニューや食材において工夫していることは。
- 答え:
- 牛めしなど定番メニューについてはローカライズをせず、日本の味で勝負していく。調味料についてはセルフコーナーを設置しており、定番の紅生姜(しょうが)や焼肉のタレに加え、ライムや唐辛子など、ベトナムならではの選択肢も用意している。ラインアップについては、日本では牛めし、定食、カレーの3本柱としているが、ベトナムでは現在、カレーに代えてラーメンを充実させている。ベトナム人に人気のあるメニューを増やすことで、グループ客に当店を選んでもらえるよう心掛けている。食材については、お米はメコンデルタ産のジャポニカ米、牛めしのタレに使用するワインはダラット産を使用するなど、ベトナム国内での調達を心掛けている。店舗には食材の産地をベトナム語で紹介したポスターを掲示している。
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調味料セルフコーナーの様子
(ジェトロ撮影)
食材の産地を紹介するポスター
(ジェトロ撮影) - 質問:
- オープン後の客層やこれまでの反響について。
- 答え:
- 客層はオープン後3週間の時点で、8割がベトナム人、2割が外国人(日本人を含む)の印象。ベトナム人客の9割はグループで来ており、グループ席の次に、カウンター席の順で席が埋まっていく。カウンター席利用者の多くは現状、日本人だが、ベトナム人の客層も今後、若者中心のグループから、子供連れ、そして1人客へと広がっていくと予想しており、カウンター席の需要も増えていくと考える。日本の味付けに慣れていない層からは「塩味が強い」との声も聞かれた。一方、アンケートでは8割以上の顧客が「おいしい」と回答しており、全体としては好意的に受け止められている。
- 質問:
- 店舗スタッフの採用方法は。
- 答え:
- アルバイト採用時には、ベトナム在住の当社勤務経験者に対して、ベトナムで最も使用されているSNS「Zalo」などを通して声をかけ、最終的に日本の当社店舗で勤務経験がある計11人を採用した。採用した11人のうちホーチミン市出身者は2人のみであり、それ以外の9人の中には、再び当社で働くため前職を辞め、ベトナム北部や中部からホーチミン市に引っ越してきた人もいる。また、日本での留学から帰国し、そのまま勤務することになった人もいる。そのほか、普段は日本で勤務するベトナム人のエリアマネージャーや店長経験者にも応援に来てもらっている。
- 質問:
- ベトナムの大学と連携した人材育成について。
- 答え:
- 当社では将来の幹部候補生の育成を目的に、ホーチミン市師範大学、国立ダナン外国語大学、タンロン大学(ハノイ市)とインターンシップ協定を締結している。各校の日本語学科に所属し、N3レベルの日本語能力を修得している生徒を、日本の店舗でインターン生として受け入れている。学生は日本の当社店舗での勤務(給与あり)を通して日本語力を向上させるほか、接客スキルやビジネスマナーの習得を目指す。日本語が上達すれば、大学から単位が与えられる仕組みになっている。当社と大学間で直接契約を結んでおり、送り出し機関を介さないため、手数料など学生の負担が発生しない。当社で学生の管理や日本での住居手配など、バックアップ体制を整え、毎年各校4人ずつ受け入れていく計画だ。2024年には、国立ダナン外国語大学から第1期生の受け入れを既に開始している。送り出した生徒がその後、当社に就職し、活躍するまでに5年、10年とかかるが、先行投資と捉え本プロジェクトを進めている。
- 質問:
- 成長を続けるベトナム市場の変化にどのように対応していくか。
- 答え:
- 現在、ベトナムは食べ放題の形態が人気で、「満腹になること=満足」の価値観であるといえる。中国もかつては同様の価値観であったが(荒川氏は2010年から5年間、上海に駐在)、経済発展が進み所得が向上するとともに、食べ放題、総合レストラン、そして専門店へと顧客ニーズがシフトしていった。ベトナムも経済発展が進み、同じ道を歩むと予想される。当社としても多様なメニューを扱い、ブランドの認知を広げ、徐々に専門店化を進めて市場に合わせていければと考えている。
- 質問:
- 今後の展望について。
- 答え:
- ベトナムでは2025年中に4店舗、2027年までに10店舗の出店を計画している。当面はホーチミン市周辺での展開を予定している。ホーチミン市周辺以外では、ドンナイ省やビンズオン省など周辺省を検討しており、将来的にはベトナム全土で100~1,000店舗を目指す。また、今後はベトナムを食材調達の拠点として、ASEAN諸国への展開も考えている。日本人消費者の割合は人口減少により減っているため、海外の比率を高めていく考えだ。併せて、ベトナムを世界の店舗で働くスタッフの育成拠点とすることも目指す。
- 注:
- ベトナム国内のレストラン情報を掲載するウェブサイト「Foody.vn」によると、2025年1月現在、ベトナム国内の日本食レストラン数は2,594店(うちホーチミン市は約1,217店)と、2015年の約680店から10年間で約4倍に増加している。

- 執筆者紹介
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ジェトロ・ホーチミン事務所
安部 暢人(あべ まさと) - 2021年、ジェトロ入構。農林水産食品部戦略企画課、農林水産食品部商流構築課を経て、2024年9月から現職。