スタートアップを生んで育てる。最前線の取り組み(欧州編)ドイツ・バイエルン州、州政府の支援スキームがエコシステムを下支え
2023年12月18日
バイエルン州の州都ミュンヘンは、ドイツではベルリンに次ぐスタートアップ・エコシステムとして同国のイノベーションを牽引している。スタートアップ・ブリンクの「スタートアップ・エコシステム・レポート2023」における世界のエコシステムランキングでは34位にランクイン。ベルリン(11位)とは依然として差があるものの、2022年版の同レポートより5つ順位を上げ、世界ランキング上位40都市の中で最大の躍進を遂げたかたちだ。
世界レベルのエコシステム拠点都市として存在感を増すミュンヘンであるが、同市を中心としたバイエルン州のエコシステムの特徴は、製造業を基盤とするBtoB型スタートアップの層の厚い集積にある。ミュンヘンと周辺地域に関するスタートアップ・ポータル「Munich Startup」によると、ミュンヘン都市圏のスタートアップのうち1,140社がBtoB、595社がBtoCのビジネスである(2023年12月11日現在、注1)。バイエルン州にはシーメンスやBMW、アリアンツなど世界的な大企業が本社を構えており、こうした企業との地理的な近接性がBtoB型スタートアップの集積を促す1つの要因となっている。シーメンスのネクスト47、BMWのBMW i ベンチャーズ、アリアンツのアリアンツXなど、これらの大企業はコーポレート・ベンチャー・キャピタル(CVC)としてスタートアップへ投資を行いながら本業での協業・連携関係を構築している。また、ミュンヘン工科大学や、フラウンホーファー研究機構といった世界有数の大学や研究機関が研究開発・イノベーションの拠点となっている。ミュンヘン工科大学附属のウンターネーマートゥム(UnternehmerTUM)をはじめ、技術移転やスピンオフを支援する大学併設の機関も複数存在している。
こうしたバイエルン州におけるイノベーションを下支えするのは、州政府が中心となって提供している公的な支援スキームの数々である。バイエルン州経済・開発・エネルギー省は「グリュンダーラント・バイエルン(Gründerland Bayern)」というイニシアティブを主導し、パートナー機関を通してコーチングや資金調達支援、ネットワーキングなど、さまざまなサポートを展開している。また、独自の助成金プログラムなど、資金面での支援スキームも有する。
バイエルン州経済・開発・エネルギー省、および同パートナー機関の中核を担うバイ・スタートアップ(BayStartUP)へのインタビュー(取材日:2023年10月23日)をもとに、同州のエコシステムの実態およびスタートアップ振興の取り組みを概観する。
州政府によるイニシアティブ「グリュンダーラント・バイエルン」
「グリュンダーラント・バイエルン」は、バイエルン州に所在する起業家やスタートアップ向けの支援枠組みであり、アイデア段階のビジネスから市場参入段階のビジネスまで、あらゆるステージが対象となる。経済・開発・エネルギー省が直接スタートアップとコンタクトを持つのではなく、広範なネットワークやパートナー関係を生かし、各段階で最適な支援スキームへとつなぐことが特徴である。
同イニシアティブの入り口となるのが、パートナー機関のバイエルン・イノバティーフ(Bayern Innovativ)が運営する「The Founder's Guide Bavaria」である。起業家候補のための一元化された問い合わせ窓口サービスで、電話やメール、ビデオ会議を通じて公的支援に関する個別のコンサルテーションが受けられる。州政府のみならず、連邦政府やEUからも支援サービスが展開されているなかで、起業家のニーズに応じて適切なコンタクト先に振り分ける役割を担う。
特に、「グリュンダーラント・バイエルン」の枠組みの中で展開されている資金調達の選択肢は多岐にわたるため、適切な支援スキームを見定めるにあたり「The Founder's Guide Bavaria」のアシストが役立つという。「グリュンダーラント・バイエルン」のウェブサイト上では、ビジネス・エンジェルからクラウド・ファンディング、補助金やローンまで、30の投資機関やプログラムが紹介されている。
グリュンダーラント・バイエルンの中核機関、バイ・スタートアップ
「グリュンダーラント・バイエルン」の枠組みの中で、ナレッジ・トランスファーやネットワーキング支援を中核的に担うのがバイ・スタートアップである。主な支援スキームとして、(1)コーチング・ワークショップの開催、(2)投資家ネットワークとの接続、(3)ビジネスプラン・コンペティションの開催、(4)ネットワーキングイベントの開催が挙げられる。これらの活動に対し、バイ・スタートアップは州政府(経済・開発・エネルギー省)やバイエルン州開発銀行(LfA Förderbank Bayern)、その他多数の機関から資金援助を受けている。
(1)コーチング・ワークショップの開催
ビジネスプランやマーケティング戦略の練り方、投資家を説得しうるようなピッチやプレゼンテーションなどについて、一対一のコーチングが行われる。革新的でハイポテンシャルなビジネスにフォーカスしており、少なくとも5年以内に1,000万ユーロの収益が見込めるようなアイデアを対象としているという。州内のインキュベーション施設に赴き、コーチングを行うこともしばしばである。
これに対し、ワークショップは一対多数の取り組みであり、ここでもビジネスプランやファイナンシャルプラン、マーケティング戦略などの設計方法を指導している。
(2)投資家ネットワークとの接続
400を超えるビジネス・エンジェルやファミリー・オフィス、また、アーリーステージ・セクターのベンチャーキャピタル(VC)200社以上がバイ・スタートアップのディール・フローを利用している(注2)。レイターステージへの投資はなく、最初の資金調達という段階でバイ・スタートアップにアプローチしてくるスタートアップが多いとのこと。後述のバイエルン・キャピタル(Bayern Kapital)や連邦政府の資金が入るハイテク・グリュンダーフォンズ(High-Tech Gründerfonds、本特集「ドイツのスタートアップシーン(1)公的資金が起業を後押し」参照)とも連携している。
(3)ビジネスプラン・コンペティションの開催
起業家、スタートアップが提出したビジネスプランを専門家や投資家などが審査し、受賞者には賞金(コンペティション全体で8万5,000ユーロ)が与えられる。受賞者は一握りだが、コンペティションに参加することで専門家からのフィードバックやバイ・スタートアップの投資家ネットワークへのアクセス、メディアからの注目など、様々なメリットを受けられる。
コンペティションの参加にあたり、すでに会社が立ち上がっているか否かは問わず、チームメンバーのうち少なくとも1人がバイエルン州在住/在学、もしくは本社がバイエルン州に所在することが求められる。
(4)ネットワーキングイベントの開催
投資家限定のイベントとして、ベンチャー・カンファレンス(The BayStartUP Venture Conferences)がある。講演やワークショップにより、投資関連の様々なノウハウや専門知識を学ぶことができるほか、ビジネス・コンペティションの上位チームによるショートピッチ、同日の夜に開かれるスタートアップ・デモ・ナイト(Startup Demo Nights)の事前見学も行われ、バイエルン州の注目スタートアップとの交流の場ともなる。
スタートアップ・デモ・ナイトではあらゆる産業分野のスタートアップが一堂に会し、それぞれのソリューションや製品についてプレゼンする。投資家や企業の代表など2,200人以上が毎年訪れ、スタートアップとネットワークを構築している。ミュンヘンとニュルンベルクでそれぞれ年2回開催し、ミュンヘンでは70社ほど、ニュルンベルクでは40社から50社ほどのスタートアップが毎回参加するという。
バイエルン州による資金調達支援スキーム
バイエルン州による資金面でのサポートとして、まずは助成金(Grants)が選択肢に上がる。代表的なプログラムに、(1)FLÜGGE、(2)Start?Zuschuss!、(3)BayTOUの3つがある(表参照)。(3)BayTOUはスタートアップ向けのR&D(研究開発)プログラムであり、これまでの実績などにかかわらず、会社設立前や設立直後であっても応募できる点が一般的なR&Dプログラムと異なる。
助成金の名称 | 支給金額 | 応募要件等 |
---|---|---|
FLÜGGE |
起業のための奨学金として、月2,500ユーロに加え、扶養対象の子供1人につき150ユーロ支給。 奨学金の50%を上限に、プロジェクトに必要な経費を負担。 |
プログラムに参加しているバイエルン州の大学発のスタートアップが対象。 年に1~2回の募集があり、提出されるプロジェクト提案書をもとに審査・評価される。最終候補者は対面でプレゼンテーションを行う。 |
Start?Zuschuss! |
対象経費(人件費・賃貸料・製品の市場投入費・研究開発費)の最大50%まで(最大3万6,000ユーロ)。 資金援助はデミニミス援助(De minimis aid、注)の範囲内で行われる。 |
デジタル化に資するアーリーステージのスタートアップを支援することが目的。 設立2年以内の企業が対象となる。 オンライン申請書に基づき外部審査員による審査が行われる。 |
BayTOU |
事業立ち上げのための構想段階:対象経費の35%、開発プロジェクトの実施段階:同45%を負担。 構想段階の技術的作業には最大2万6,000ユーロ、ソフトウエア開発には最大15万ユーロの資金が提供される。 |
技術志向の会社設立を目指す個人や設立6年未満の中小企業が対象。 新製品、新プロセス、技術サービスの開発を目標としており、大きな競争優位性と市場機会が期待できるものであることが条件。 プロジェクト概要をバイエルン・イノバティーフと経済・開発・エネルギー省が評価し、審査に通れば応募できる。 |
注:EU加盟国が欧州委員会に届け出る必要のない、事業体(企業)に対する少額の国家援助を指す。上限額は、各事業に対して3年間で20万ユーロ。
出所:バイエルン・イノバティーフ、グリュンダーラント・バイエルン
さらに、バイエルン州の資金は、バイエルン・キャピタルを通して広く提供される。同社はバイエルン州開発銀行の100%子会社である官製VCであり、1995年の設立以来、300以上のバイエルン発ハイテク・スタートアップに資金提供してきた。約7億ユーロを運用しており、アーリーステージからレイターステージまで幅広く投資。チケットサイズは25万ユーロから2,500万ユーロにまで及んでいる(注3)。
また、バイエルン・キャピタルは2億5,000万ユーロ規模のスケールアップ・ファンド(ScaleUp-Fonds Bayern)を組成し、レイターステージのスタートアップによるさらなる事業拡大を後押しする。スケールアップ段階への投資において米国や中国の投資家が存在感を増すなか、人材や技術が国外へ引き抜かれることを危ぶみ、国内投資家の存在感を強めていきたい狙いだ。なお、バイエルン・キャピタルが資金提供する際は、常に他の投資家との共同投資が前提となっている。
ミュンヘンを拠点としたプログラムやイベントがエコシステムの拡大に寄与
バイエルン州では、民間主導の枠組みの中で政府が支援するプログラムやイベントも複数行われている。ソーシャル・スタートアップハブ・バイエルン(Social Startup Hub Bayern)では、社会的にインパクトのあるプロジェクト(人道支援や環境保護など)について、無料のカウンセリングを実施しているほか、バイエルン州全域の資金調達プログラムへのアクセスも支援。州政府(家族・労働・社会問題省)から資金援助を受けており、バイエルン州を拠点とするか、バイエルン州でのソリューションの展開を志向する企業・起業家が対象となる。
また、毎年オクトーバーフェストの時期にミュンヘンで開催されるビッツ&プレッツェルズ(Bits & Pretzels)は、ネットワーキングのきっかけともなる大規模イベントである。州政府がスポンサーを務める本イベントには国内外から参加者が集まり、著名人がスピーチを行うほか、起業家によるプレゼンテーションやスタートアップによるエキシビションが行われる。
さらに、ミュンヘンを中心としたエコシステムを拡大、広報する枠組み「ミュンヘン・イノベーション・エコシステム(Munich Innovation Ecosystem)」がある。同名企業主導の下、ミュンヘン内外のスタートアップ、テック企業、グローバル企業、投資家、公的機関、アカデミアや研究所など、様々なプレイヤーがメンバーとして参画し、経済・開発・エネルギー省やミュンヘン市労働・経済開発局などがサポートしている。ミュンヘン・イノベーション・エコシステムはグループイベントや個人間のマッチメイキングなどを通じてネットワークを拡大するとともに、世界中のステークホルダーにエコシステムの広報を行っている。
このように、バイエルン州では州政府の主導する支援スキームがイノベーションを後押ししており、産業やアカデミアとの連携の中で世界有数のエコシステムを形成している。特にミュンヘンでは、国内外のプレイヤーが集まるイベントやプログラムの開催も多く、ドイツを代表するイノベーション拠点としてさらなる発展が見込まれる。
- 注1:
- 2009年以降に創業し、「Munich Startup」によってデータが確認されているスタートアップとスケールアップ企業(収益が増加しており、従業員数51人以上のスタートアップ企業)が対象。BtoBとBtoC両方に該当する企業や、いずれにも該当しない企業も含む。
- 注2:
- バイ・スタートアップのウェブサイトより(2023年12月6日閲覧)。
- 注3:
- バイエルン・キャピタルのウェブサイトより(2023年12月6日閲覧)。チケットサイズとは、1回に出資する額の目安を指す。
- 執筆者紹介
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ジェトロ調査部国際経済課
宮島 菫(みやじま すみれ) - 2022年、ジェトロ入構。調査部調査企画課を経て、2023年6月から現職。