スタートアップを生んで育てる。最前線の取り組み(欧州編) 産学官で人、金、技術が循環
ドイツのスタートアップシーン(2)

2023年12月18日

ドイツ国内の主要なエコシステムの持続的発展・強化に不可欠な役割を果たしているのが、各地域の工科大学や研究機関だ。社会実装の可能性を有する研究や技術の集積拠点の大学や研究機関は、国内の主要エコシステムの求心力として機能し、企業や行政、投資家や支援機関とも密接に連携する。大学発の起業や研究開発型スタートアップを資金面でサポートする制度の充実や、企業が主導する豊富な産学連携プロジェクトの存在も、産学官での人材や資金、技術、知識の活発な循環を促している。

スタートアップの半数が大学や研究機関と連携

ドイツのスタートアップシーンで、大学を中心とする学術・研究機関の存在感の大きさ、学術・研究機関と産業界、行政との密接な関係性は、最も際立った特徴の1つだ。ドイツ連邦スタートアップ協会とPwCによる年次調査レポート「ドイツ・スタートアップ・モニター(DSM:Deutscher Startup Monitor)(ドイツ語)外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます」の2023年版(以下、DSM)によると、調査対象のスタートアップ1,825社のうち約5割(49.2%)が大学もしくは研究機関から何らかの支援を受けていると回答、また、そのうちの9割以上が受けた支援の結果を肯定的に評価する(注1)。

この結果について、DSMは「サイエンスと起業家プラクティスとの相互交流は、革新的な起業家精神を促進する最も適切な手段の1つだ。多くの地域がこの点で正しい道を歩んでいることを示している」と分析している。

また、スタートアップによる国内エコシステムへの評価では、さまざまな評価項目のうち、「大学との近接性」については75.6%と、回答企業の約4分の3が肯定的に評価し、全項目で最も高い結果となっている(図参照)。

図:ドイツのスタートアップによる国内エコシステムの評価
肯定的な評価を行った企業の割合。大学との近接性 75.6% 、域内の他の起業家とのネットワーク 70.5%、 経済政策面のイニシアティブ 57.6%、 質の高いスタッフの獲得しやすさ 50.1%、 外部人材の誘因力 48.1%、 起業家向けの(更なる)教育 46.1%、 低価格のオフィス物件の入手しさすさ 42.1%、既存企業との協業機会 40.5%、 資本・投資へのアクセス 33.0%、 エコシステムの総合評価 57.7% 。

出所:Deutscher Startup Monitor 2023(ドイツスタートアップ協会、2023年9月)

地方分散型のエコシステム、各地域で起業拠点となる大学

DSMがカバーするドイツ国内スタートアップの地域分布を見ると、ベルリンとミュンヘンは、スタートアップの拠点数ベースの構成比で、それぞれ20.8%、7.2%を占め、国内のエコシステムの最も重要なホットスポットとされている。州別では、デュッセルドルフを州都とするノルトライン・ウェストファーレン州(18.7%)、ミュンヘンを州都とするバイエルン州(13.4%)、 シュトゥットガルトを州都とするバーデン・ビュルテンベルク州(12.3%)などが大きな構成比を占める。また、同構成比は、州別の人口や経済構造に類似し、それぞれの地域での産業集積や研究開発の特徴に応じ、地方分散型の幅広いエコシステムが形成されている特徴があるという。

地方に分散するエコシステムで、各地域に所在する大学は起業支援拠点としての存在感を着実に高めている。2023年2月、ドイツ科学助成財団連盟(Stifterverband für die Deutsche Wissenschaft)がドイツの大学での起業支援の整備状況などをランク付けした報告書「起業レーダー2022(ドイツ語)外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます」によると、調査に参加した国内236校のうち、8割以上に相当する196校が起業支援を行っていることが明らかとなっている。調査に参加した大学からの起業件数は2021年に2,779件に達し、前回調査の2019年(2,176件)から大幅に増加したことが報告されている。(2023年3月1日付ビジネス短信参照、注2)。

同報告書のランキングによると、大規模大学(学生1万5,000人超)では、上位順にミュンヘン専門大学(バイエルン州)、ザールラント大学(ザールラント州)、ポツダム大学(ブランデンブルク州)、ミュンヘン工科大学(バイエルン州)、カールスルーエ工科大学(バーデン・ビュルテンベルク州)などが名を連ねる。中規模大学(5,000人以上1万5,000人以下)の上位5件は、アウクスブルグ専門大学(バイエルン州)、シュトゥットガルトメディア大学(バーデン・ビュルテンベルク州)、アーレン大学(バーデン・ビュルテンベルク州)、ヴィアドリナ欧州大学(ブランデンブルク州)、バイロイト大学(バイエルン州)となった。

上位にランクする大学の多くは、大学内に起業を支援する専門機関を設け、起業に関わるトレーニングやネットワーキングを推進する。例えば、大規模大学で1位にランクしたミュンヘン専門大学は、起業支援機関として「シュトラシェック起業センター(SCE)」を併設。同センターを通じ、2022年中には3,398人の学生が起業に関わる講義を受講したことや、同年内に35のスタートアップ企業を創設したこと、74の国内・国際機関(ビジネス、政治、社会関係)と協力プログラムを実施したことなどが報告されている。(注3)

このほか、ミュンヘンを中心とするバイエルン州からは、大規模大学の第4位にミュンヘン工科大学、中規模大学の1位にアウクスブルグ専門大学がランクインしている。

ミュンヘン工科大学では、2002 年に大学併設の起業支援機関「Unternehmer TUM」(ウンターネーマートゥム)を設立。欧州最大の起業センターとして掲げ、セミナーやコーチング、既存産業との提携機会の提供、ベンチャーファンドからの資金獲得の支援などを行う。2021年にはミュンヘン市と共同でインキュベーション施設「Munich Urban Colab」を設立。BMWやSAPなど世界を代表する企業をパートナーに、スマートシティー、モビリティー、モノのインターネット(IoT) 、エネルギー・環境技術、ヘルスケア・医療などの分野で、技術立脚型スタートアップの起業支援に取り組んでいる(注4)。

アウグスブルク専門大学も、起業支援組織として「HSA_フンケンベルク(HAS_Funkenwerk)」を有し、同大学からの起業、スケールアップ、国際展開などを支援している(注5)。そのほか、バイエルン州には、ドイツ国内に76拠点を有する欧州最大の応用研究機関フラウンホーファー研究機構の本部があり、ライフサイエンスや安全・セキュリティー、エネルギー・資源効率化、情報通信、モビリティーなど、さまざまな分野で国内中小企業の技術革新に資する先進的かつ実践的な研究が行われている。

一方、国内最大のエコシステムを誇るベルリンでは、州内 4 つの有力大学(ベルリン工科大学、ベルリン自由大学、フンボルト大学、シャリテ・ベルリン医科大学)の起業支援センターが共同で「Science and Startups外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます」という組織体を立ち上げ、合計で13万人以上の学生を対象としたマッチングイベントやワークショップの開催、起業の助成金やファンドの紹介、インキュベーション施設の提供、投資家とのネットワーク形成などに取り組む。併わせて、それぞれの大学が有する既存の仕組みや施策を補完するテーマ別のプログラムを共同開発する。また、企業の研究開発拠点が多く集積するベルリンでは、産学連携による先進的な研究開発プロジェクトも盛んだ。一例として、メルセデス・ベンツグループはベルリン工科大学内に、自動車情報技術イノベーションセンター (DCAITI)外部サイトへ、新しいウィンドウで開きますを設置し、電子化・ IT 化に対応するシステムの開発、ソフトウエア開発プロセスの改善を図るプロジェクトを推進する。

技術・知識集約型の起業促す助成金制度

大学や研究機関が生み出す革新的なアイデアを具現化し、社会実装するための助成金やファンドなどの資金サポートも拡大している。その中で、連邦経済・気候保護省(BMWK)が管轄し、大学や研究機関の起業環境の改善と、それによる技術・知識ベースの起業件数を増加させることを目的とする助成金プログラムが「EXIST」だ。1998年のプログラム設立以降、多くスタートアップの創業を支援し、大学発のユニコーンを誕生させるなどの成果を上げている。

EXISTによる助成は、起業家を育成する大学自体への助成金プログラム「EXIST-Potential」に加え、大学や研究機関に所属する個人やチームを支援する2種のスタートアップ向けプログラムで構成される。地域のスタートアップエコシステムを形成する組織間のネットワークで地域大学がコーディネーターとして機能することを意図しており、いずれのプログラムも、助成金の申請は大学もしくは研究機関を通じて行われる必要がある。EXITのスタートアップ向けの助成金プログラムの概要は次のとおり。

(1)EXIST Business Start-up Grant(EXISTビジネススタートアップ助成金)(注6)

同プログラムで、支援対象のスタートアップチームは、大学や研究機関の支援を受けながら事業計画を策定し、起業準備を行う12カ月間、助成金を受けることができる。助成金の対象者は学生、研究者、5年以内の卒業生や中退者、または学生主体のチームなど。対象プロジェクトの要件として、(a)革新的な技術に基づくスタートアッププロジェクトであること、または(b)科学的知見に基づく革新的な知識ベースのサービスであり、独自のセールスポイントによって経済的に成功する可能性があることなどが規定されている。また助成金の申請は、大学または研究機関を通じて行う必要がある。

助成金の内容

対象期間:
12カ月間
助成対象:
  1. 個人支出(生活費):月額1,000ユーロ(学生)、同2,500ユーロ(大学学位取得者)、同3,000ユーロ(博士号取得者)、子供1人当たり同150ユーロを追加、
  2. 材料費・設備費:総額1万ユーロ(個人の場合)/3万ユーロ(チームの場合)
  3. コーチング費:総額5,000ユーロ

(2)EXIST Transfer of Research Grant(EXIST研究移転助成金)(注7)

同プログラムでは、研究成果の実用化を目指すベンチャー企業や研究所の所属チームに製品開発資金を提供する。助成金の対象者は大学や研究機関の研究チーム(最大3人の研究者と技術アシスタント)と管理能力を有する者1人。

助成金の内容

対象期間:
原則18カ月以内。革新性が高く、開発提案に特に時間がかかることが確認され、専門家審査委員会の明確な同意がある場合は、最長36カ月まで認められる。
助成対象:
  1. フェーズ1:最大4人分の人件費と材料費・設備費、市場調査、契約締結、コーチングなどの費用を対象に、最大25万ユーロが助成される。研究に対する公的資金援助を既に受けている場合でも、最大90%まで助成が受けられる。
  2. フェーズ2:一定の応募資格を満たす対象者に対し、最大18万ユーロの助成金が支給される。ただし、プロジェクトにかかる費用の最大75%を上限とする。受給の前提条件として、対象者は1:3の比率で自己資本(上限6万ユーロ)を準備する。第2フェーズの期間は原則18カ月以内とする。

注1:

大学から支援を受けている企業に対し、その支援に対する評価を聞いた結果のうち、「大変良い」(44.9%)、「良い」(29.5%)、「まあ良い」(16.2%)を選択した企業の割合の合計。

注2:
調査は2012年から約2年ごとに実施。ドイツの公立・私立・教会立の大学について、大学での起業支援の整備状況や実績について、起業への導き・具現化、起業向け教育、サポート、起業支援ネットワークなど7つのカテゴリーで評価。最新調査は原則として2022年5~7月に実施。
注3:
シュトラシェック起業センター(SCE)ウェブサイト参照外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます(本文中の記載内容は2023年11月27日閲覧時点情報に基づく)
注4:
Unternehmer TUMウェブサイト参照外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます(本文中の記載内容は2023年11月27日閲覧時点情報に基づく)
注5:
HAS funkenwerkウェブサイト参照(ドイツ語)外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます(本文中の記載内容は2023年11月27日閲覧時点情報に基づく)
注6:
EXIST Business Start-up Grant(ビジネススタートアップ助成金)ウェブサイト参照(ドイツ語)外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます(本文中の記載内容は2023年11月27日閲覧時点情報に基づく)
注7:
EXIST Transfer of Research(EXIST研究移転助成金)ウェブサイト参照外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます(本文中の記載内容は2023年11月27日閲覧時点情報に基づく)
執筆者紹介
ジェトロ調査部国際経済課長
伊藤 博敏(いとう ひろとし)
1998年、ジェトロ入構。ジェトロ・ニューデリー事務所、ジェトロ・バンコク事務所、企画部海外地域戦略主幹・東南アジアなどを経て現職。主な著書:『FTAの基礎と実践:賢く活用するための手引き』(編著、白水社)、『タイ・プラスワンの企業戦略』(共著、勁草書房)、『アジア主要国のビジネス環境比較』『アジア新興国のビジネス環境比較』(編著、ジェトロ)、『インドVS中国:二大新興国の実力比較』(共著、日本経済新聞出版社)、『インド成長ビジネス地図』(共著、日本経済新聞出版社)、『インド税務ガイド:間接税のすべてがわかる』(単著、ジェトロ)など。