特集:妥結した日EU・EPAの活用に向けて協定の着目点とメリット

2018年2月14日

2017年12月8日に妥結した日EU経済連携協定(EPA)については、その関税撤廃率の高さは「日EU・EPAとビジネス機会(総論編)」でも紹介したとおりだ。では高い関税撤廃率以外にはどのような特徴があるのだろうか。本稿では、日本企業の欧州ビジネスに影響が大きいと考えられる点を中心に、外務省のファクトシートおよび欧州委員会が最終合意後に公表した2017年12月現在の協定テキスト案から読み取れる日EU・EPAの着目点を紹介する。なお現在公表されているテキスト案はリーガルチェック前のものであり、正式な協定文は署名後に公表される見通しだ。従い、本特集で参照した政府公表済みの内容はすべて最終合意済みのものであるが、細かい規定の文言などについては最終的には修正される可能性がある。また文中で登場する「締約者」とは、EU側はEUを、日本側は日本を指す。

日EU・EPAの主な成果と特徴

日EU・EPAは、高い関税撤廃率に限らず、非関税障壁の撤廃や、投資・サービス分野でもネガティブ・リスト方式での自由化リストが採用されるなど、過去に日本が締結してきたFTA/EPAと比較しても非常に質の高い協定となっている。同EPAにおける物品市場アクセス分野以外の主な成果と、特徴的な章をいくつか紹介する。

表:日EU・EPA協定の全体像
日EU・EPAにおける章 内容
第1章 総則 本協定の目的、用語の定義、WTO協定との関係
第2章 物品貿易 個別品目の関税撤廃、削減、その他物品貿易に関するルール
第3章 原産地規則 関税撤廃・削減が適用されるための原産品の要件、手続き
第4章 税関・貿易円滑化 税関手続の透明性確保、簡素化など
第5章 貿易救済 輸入急増の場合などにおける緊急措置(セーフガード、ADなど)
第6章 衛生植物検疫(SPS)措置 SPS措置に係る手続の透明性向上
第7章 貿易の技術的障害(TBT) 強制規格などを導入する際の手続きの透明性向上
第8章 サービス貿易・投資自由化・電子商取引 サービス貿易・投資に関する内国民待遇、電子商取引のルール(備考)
第9章 資本移動・支払・移転 資本の移動などに関し、原則自由な移動を確保
第10章 政府調達 WTO政府調達協定をベースとした、協定で定める調達の手続き透明性など
第11章 反トラスト及び企業結合 反競争的行為に対する適切な措置、協力など
第12章 補助金 補助金に関する通報や協議、一部の補助金の禁止など
第13章 国有企業 国有企業などの物品・サービスの購入についてのルール
第14章 知的財産 知的財産権の保護、地理的表示(GI)保護
第15章 コーポレート・ガバナンス 株主の権利や取締役会の役割などに係る基本的原則
第16章 貿易と持続可能な開発 貿易と持続可能な開発に関わる環境や労働分野にかかる協力など
第17章 透明性 協定の対象となる事項に関する法令などの速やかな公表など
第18章 規制協力 各締約国・地域内規制の透明性向上、規制にかかる協力
第19章 農業協力 農産品・食品の輸出入の促進、協力
第20章 中小企業 中小企業に関しする情報提供などの協力
第21章 紛争解決 協定の解釈などに関する日EU間の紛争を解決する際の手続
第22章 制度的規則 本協定運用のための合同委員会設置などの体制
第23章 最終規定 効力発生、改正などに係る手続き、協定の言語など
備考:
投資保護と紛争解決の扱いについては引き続き協議。
出所:
外務省資料を基に作成。

(1) 原産地規則

原産地規則の合意内容については、原産地規則の概要で詳しく解説する。主な成果としては、原産地規則においては、原産品の累積と生産行為の累積の両方が利用可能な、いわゆる完全累積制度が採用された点や、品目別原産地規則で定める原産地規則の付加価値基準について、個別の事業者がより有利な計算方式を選択できる仕組みになっている点などが挙げられる。

さらに、自動車および自動車部品については、後述のとおり日本とEUが共通に自由貿易協定(FTA)を結ぶ第三国を含む累積を利用可能にするための規定などが設けられている。

(2)投資・サービス分野

投資およびサービスの両分野において、原則すべてのセクターを自由化の対象とし、自由化を留保する措置や分野を列挙するネガティブ・リスト方式が採用され、透明性がより高まった。また自然人の入国および一時的な滞在について、世界貿易機関(WTO)の「サービスの貿易に関する一般協定」(GATS)でEUが約束していない自然人(投資家、独立の自由職業家、短期の商用訪問者、同行する配偶者および子)についてもEPAで新たに約束することが規定されたことは、EUに進出する日系企業などが直接影響を受ける良いニュースだ。

(3)鉄道分野の市場アクセス改善

これまで政府調達分野において、鉄道調達はEU、日本共にWTO政府調達協定(GPA)上開放していなかったが、日EU・EPAにより、同分野の市場アクセスが相互に改善することとなった。

日本側は、運送事業における運転上の安全に関連する調達を政府調達の対象外とすることができるGPA上の安全注釈を撤廃することでEUに対する市場アクセスを改善。他方、EU側はGPA上で日本企業を国際入札の調達先から除外できると定める一部の鉄道設備および鉄道車両関連産品の調達について、一定の条件を満たす場合に日本に対して新たに解放した。具体的な対象品目については、政府調達章の附属書Sub-section II(EU)「4.鉄道関連産品およびサービスの調達」に記載されている。

(4) 電子商取引

2016年2月に署名された環太平洋パートナーシップ(TPP)協定(注)において、電子商取引章では、関税不賦課の恒久化やデジタル・プロダクトの無差別待遇を含む、電子商取引に関する包括的かつ高いレベルの規定が合意された。TPP協定では、主な規律として、A.情報の電子的手段による国境を越える移転、B.コンピューター関連設備の設置要求禁止、C.ソース・コード開示要求などが規定されている。

これを踏まえて日EU・EPAにおける電子商取引章の合意内容を見ると、日EU間における電子的な送信に対する関税賦課の禁止、ソース・コード開示要求禁止については規定が設けられた一方、TPP協定で規定された、A.情報の電子的手段による国境を超える移転やB.コンピューター関連設備を自国の領域内に設置する要求を禁止する規定については盛り込まれなかった。ただし、日EU間での自由なデータの流通に関しては、協定の発効後3年以内に、自由なデータ流通に関する条項を含める必要性を再評価することが規定されており、電子商取引分野での今後のビジネス環境改善が期待される。なお自由なデータの流通に関連する動向として、個人情報(データ)の日EU間での移転を自由に行うための十分性認定のニュースも待たれるところだ(2017年12月19日通商弘報参照)。

(5)中小企業に関する協力

その他日EU・EPAで特徴的な規定として、中小企業の双方市場への参入を促進するための環境整備について規定した中小企業章などがある。

農産品、自動車産業など個別分野に係る規定

(6)農産品にかかる規定

農産品のEU市場へのアクセス改善やEPAによる輸出促進が期待される分野については、総論で説明したところだ。

日EU・EPAでは農産品について、市場アクセスに限らず、さまざまな側面での合意がなされた。農業協力章では、両締約者間のさらなる経済発展に向け、農産品・食品の貿易を促進するための特別委員会の設置など、日EU政府間の農業分野での協力に関する枠組みについて規定が設けられた。また、衛生植物検疫(SPS)措置章の附属書として、両締約者の食品添加物の指定手続きについて、透明性および予見可能性の観点から、関連ガイドラインの公表など、指定手続きの明確化に関する規定が設けられた。総論編で紹介している、日本産品のEU市場におけるブランド化や保護が期待される地理的表示(GI)については、知的財産章の中で規定が設けられている。

EUへの農水産品輸出については、例えば肉類、卵などの動物性原料を含む食品に対してはEU HACCP認定施設で加工をした製品以外の輸出が原則禁止されているなど、非関税障壁のハードルが非常に高い。日EU・EPAの規制協力章では、協定の対象となる日EUそれぞれの規制について,措置案の事前公表,意見提出の機会提供、事前・事後の評価、規制に関する良い慣行についての情報交換、規制協力活動、計画中または既存の措置に関する情報交換、および日EU間協力などを推進するための特別委員会の設立などが規定されているが、農産品および食品は、日本からEUへの市場アクセス改善のために規制協力が強く期待される分野の一つだ。

(7)自動車および自動車部品に関する規定

  1. 物品貿易章における自動車および自動車部品に関する附属書
    物品貿易章の附属書として、自動車に関する附属書が規定された。同附属書は主に自動車分野での規制協力を通じた今後の市場アクセス改善を目的としており、両締約者が,自動車および同部品に関し高い水準の安全環境保護、エネルギー効率などを促進し、規制当局間協力および非関税措置の悪影響の撤廃・防止を通じて貿易と市場アクセスを促進するとともに、国際基準調和と国連規則に基づく型式認定の相互承認を強化することなどを規定している。
  2. 原産地規則章における自動車および自動車部品に関する附属書
    原産地規則章では、自動車および特定の自動車部品に関して、附属書IIの注釈(appendix)1として、いくつかの規定が設けられており、主なものを以下で紹介する。
  • 乗用車および自動車部品にかかる品目別原産地規則(PSR)の経過的閾値(いきち)(原産地規則章附属書II注釈Section2
    乗用車および特定の自動車部品(ガソリンエンジン、ディーゼルエンジン、原動機付きシャシおよび車体、自動車の部分品)については、協定発効後の一定期間において、付加価値基準の閾値(いきち)が緩和される措置が取られている。
  • 特定の部品に関連する生産工程を通じた自動車の品目別原産地規則(原産地規則章附属書II注釈Section 3、4)
    Section 3で特定する品目については、附属書II(品目別原産地規則)に記載されるルール、もしくはSection 3 第2条に記載される生産工程のいずれかを満たしていれば、原産性があるとみなされる。例えば、バンパー(8708.10)については、EU側は関税の即時撤廃もしくは4年目撤廃を約束しているが、その特恵税率の適用を受けるための原産地規則について、PSR上は4桁変更の加工工程基準もしくは域内原産割合55%などの付加価値基準が原産性を満たす条件として規定されている。Section3ではさらに、バンパー(8708.10のうち部分品は除く)について、「使用される非原産のポリマーおよび鋼板製品が、すべて鋳型成形もしくはスタンピング成形されていること」という条件が規定されており、PSRもしくはSection 3いずれかに記載の条件を満たすことで、原産性が認められ特恵税率の適用が受けられる。なおSection 3の運用については、協定の発効後7年目以降に、一方の締約者から要請があった場合にはレビューを行うことが定められている(原産地規則章附属書II注釈Section 4)。
  • 第三国を含む累積(原産地規則章附属書II注釈Section 5
    日本国内およびEU域内それぞれでの乗用車(87.03)の製造に用いられる、第三国を原産とするガソリンエンジン(84.07)、ワイヤハーネス(85.44)、自動車の部分品(87.08)を対象として、日本およびEUが共通にFTAを締結している第三国を、本協定における原産地に含めることができる旨が規定されている。ただし、同規定の適用は、輸出する日本もしくはEUと当該第三国との間で同規定適用のためのPSRなどのルールについて一定の合意がなされ、その旨が輸入するEUもしくは日本に対して通知されている場合に限られている。

    日本およびEUが共通にFTAを締結している第三国としては、メキシコ、チリ、スイス、シンガポール(EU側未発効)、ベトナム(EU側未発効)が挙げられる。メキシコについては現在EUとの間で2000年7月に発効した現行のFTAを刷新するための再交渉が進められており、今年の早期にも交渉が妥結する可能性がある。刷新されたEUメキシコFTAで、他協定との関係についての取り決めがなされれば、本規定を適用し第三国累積の利用が可能となる可能性が高まることから交渉の動向が注目されるところだ。また、アジア地域では、EUはシンガポールとベトナムのほかに、フィリピンとは2015年12月、インドネシアについては2016年7月に交渉を開始している。また、交渉が中断しているマレーシアやタイとの交渉再開がまたれているほか、一度休止した東南アジア諸国連合(ASEAN)との地域対地域のFTA交渉に将来戻ってくることが期待される(EUのFTA交渉状況については「世界と日本のFTA一覧PDFファイル(1.9MB) 」参照)。

    日EU・EPAで第三国を含む累積に関する規定が盛り込まれたことにより、将来的に日本とEUが共通にFTAを締結する国が増えれば、EU向けに輸出する製品のうち、それらの国で調達された部材や行われた加工を、日EU・EPAにおける日本原産に含められるようになる可能性がある。アジア地域などを含むグローバルなサプライチェーンを持つ自動車産業関連企業にとっては、日EU・EPA適用の将来的な拡大につながる可能性として、注目すべきポイントだ。


    注:
    「包括的及び先進的な環太平洋パートナーシップ(CPTPP)協定(通称TPP11)」として現在署名に向けた準備中
執筆者紹介
ジェトロ海外調査部欧州ロシアCIS課
根津 奈緒美(ねづ なおみ)
2007年、ジェトロ入構。2007年4月~2012年6月、産業技術部(当時)地域産業連携課、先端技術交流課などで製造業、バイオ産業分野の地域間交流事業や展示会出展を支援。2012年6月~2013年5月、アジア経済研究所研究人材課。2013年5月~2015年7月、経済産業省通商政策局経済連携課にて関税担当としてFTA交渉に従事。2015年7月より海外調査部欧州ロシアCIS課にてEUなど地域を担当。