特集:世界の貿易自由化の新潮流 日EU・EPA交渉に見る標準化ルール

2017年10月16日

TPP協定が置かれている状況は、高度なFTAを通じた貿易ルール形成の難しさを示しているといえる。そうした中、2017年7月、日本とEUは日EU経済連携協定(日EU・EPA)の政治レベルでの大枠合意を宣言した。同月のG20サミットの前に首脳間で宣言したことで、両者が自由な貿易の推進役となるというメッセージを世界に発した。政治的な意味合いだけでなく、日EU・EPAには、FTAの中でも先進的な非関税分野のルールが含まれる。代表的な事例として貿易の技術的障壁(TBT)分野を検証する。

先進的なTBTルールに特徴

2017年7月の大枠合意に向けた詰めの交渉では、EU側の自動車関税撤廃までの期間や、日本側のチーズの輸入枠など物品の市場アクセス拡大に注目が集まった。しかし、先進国・地域間のFTAである日EU・EPAでは市場アクセス分野だけでなく、非関税分野で、今後の世界の貿易ルール形成と発展に寄与する成果が期待される。

交渉は2017年9月現在、最終合意に至っておらず結果を予断することはできないが、EU側が公表している日EU・EPAテキスト案(注)から指摘できる点が少なからずある。例えば、その一つである「貿易の技術的障害(TBT)」章テキスト案は、章全体を通してブラケット(両者の対立から、合意に至っていない箇所)がなく、相当程度、交渉が完了していると推察され、検討に値する。

TBT分野は、各国・地域の規制・規格のうち衛生植物検疫措置を除き、工業品だけでなく農産品を含む全ての産品を対象とするルールである。具体的には(1)「強制規格」(順守が義務付けられている規格)、(2)「任意規格」(国際標準化機関や国家標準化機関が策定した標準化に関する文書で、順守が義務付けられていない規格)、および(3)これら規格への適合を証明する「適合性評価手続き」(第三者機関による認証など)をカバーする。TBT分野のルールはWTO協定の一つであるTBT協定がつかさどり、国際標準化に関する基本ルールとして定着しているが、近年はFTAでもTBTに関するルールを規定する場合が多い。2015年から2017年上半期に発効したFTAの各協定文では22件中20件にTBTに関する章が含まれる。

FTAのTBT章では、(1)WTO・TBT協定の内容の再確認またはFTAの一部としての組み込み、(2)国際規格への調和の促進、(3)各国強制規格の同等性の尊重(可能な限り相手国の当該規格を自国の規格と同等に扱うこと)、(4)規格の透明性の確保、(5)適合性評価の相互受け入れ、などが中心的な内容である。日EU・EPAもこれらの点を網羅している上、他にない先進的な内容も含まれる。

国際規格に関する詳細なテキスト案

中でも、特筆すべきは「国際規格」に関する規定(日EU・EPAテキスト案の6条)である。以下では、四つの点で、テキスト案の国際規格に関する規定の特徴を紹介する。

1. 国際規格の定義

従来から、EUのFTAのTBT章では(2)「国際規格」の重視が大きな特徴であり、近年締結した協定でも具体的な標準化機関名を挙げて「国際規格」の定義を明確化する試みがみられる。例えばEU・ベトナムFTAでは国際標準化機構(ISO)や国際電気標準会議(IEC)など欧州の影響力の強い機関の名を具体的に挙げて、それらの国際規格を双方の強制規格の基礎とするとしている。EU・カナダFTAの自動車関連の規定でも、国連欧州経済委員会(UNECE)の基準の導入を拡大することが奨励されている。

WTO・TBT協定では、国際規格とはどの機関が発行した規格を指すか定義されていない。伝統的に欧州の影響力の強いISO、IECだけを特別扱いすることに、一部の国から抵抗感が根強いことが背景にあるとみられる。特に、米国では米国試験材料協会(ASTMインターナショナル)、米国機械学会(ASME)、米国電気電子学会(IEEE)などの有力な国内規格団体が策定する規格も国際規格であるとの認識がある。

日EU・EPAのTBT章案6条1項では、以下の8機関が発行した規格は、「関連する国際規格(relevant international standards)」であると認める。

日EU・EPAのテキスト案に示された国際標準化機関
  • 国際標準化機構(ISO)
  • 国際電気標準会議(IEC)
  • 国際電気通信連合(ITU)
  • コーデックス(食品規格)委員会
  • 国際民間航空機関(ICAO)
  • 国連欧州経済委員会(UNECE)の自動車基準調和世界フォーラム(WP.29)
  • 化学品の分類および表示に関する世界調和システム専門家小委員会(UN/SCEGHS)
  • 医薬品規制調和国際会議(ICH)
注:
TBT章テキスト案6条1項。「など(such as)」とあり、限定列挙ではない。
資料:
欧州委員会ホームページから作成

これらの機関で積極的な役割を果たしてきた日EU間だからこそ合意できたという側面はあるが、国際規格に関してこれほどまでに具体的に列挙して定義した例はない。各種規格の国際的調和を進める上では、本規定のように調和に向かうべき国際規格の定義が明確化されることは望ましい傾向である。

2. 国際規格間の重複

次に、同条2項では、「可能な限り広範に規格の調和を進めるという観点から、両当事者は各域内の国家標準化機関または地域標準化機関に対して、次の点を奨励しなければならない:
(中略)
(c)国際標準化機関間の活動の重複・オーバーラップを回避すること。」(仮訳、以下同)との規定が含まれる。

国際規格間の重複は、国際標準化分野の今日的な課題の一つである。本来、例えば、IECは電気関連の規格、ITUでは通信規格というように標準化機関間では所管分野のすみ分けが機能していることが望ましい。しかし規格の対象は製品から、サービス、さらに社会システムへと拡張し続け、今日では、例えばスマートシティー、IoT(モノのインターネット)のような大きなテーマでは、複数の標準化機関で規格化が並行して進められることが珍しくない。規格を作る標準化機関の側では、規格の重複現象を認識しつつも、国際規格そのものは任意規格であり、それを採用するか否かは「市場が判断すること」であり、「重複よりも、必要な規格が存在しないことのほうが問題」として、新分野での規格開発にそれぞれ力を入れる。結果的に、成長産業を中心に類似の国際規格が増幅する事態となっている。

他方、WTOでは、国際規格の重複化を深刻にとらえている。WTO・TBT協定の中心的な目的の一つは、各国規格の国際規格への収斂を進め、規格間の国際的調和を図ることにある。しかし、同じ対象について国際規格そのものが複数存在するとすれば、この目的は達せられないことになるからである。その文脈では、日EU・EPAに、国際規格の重複化回避への取り組みが国家間の共通課題として位置付けられたことは画期的であるといえよう。

3. 国際規格に準拠しない場合の根拠

第三に、同条3項(ii)では、「当事者は関連する国際規格、ガイドライン、勧告またはその関連部分を、強制規格または適合性評価手続きの基礎として用いない場合、相手方当事者の要請に応じて、当該規格またはその関連部分を基礎として用いることが効果的でなくまたは適当でないかを説明し、その評価の基礎となる科学的または技術的根拠を示さなければならない」(抜粋)などと規定する。この規定は、「関連する国際規格が存在する、またはその仕上がりが目前であるときは、当該国際規格またはその関連部分を強制規格の基礎として用いる」とするWTO・TBT協定第2.4条を発展させた「TBTプラス規定」である。TBT協定同条項には、当該国際規格を強制規格の基礎として採用しない場合の当事国の説明責任までは明記されていない。

第2の点(国際規格間の重複)で指摘した要因も影響して、国際規格の数自体が今日膨れ上がっている。例えばISOを見ても、国際規格の数はWTO発足直後の1996年の10,745件から2016年の21,478件へと1万件以上増加している。国際規格が増加した結果、国際規格であっても、規格そのものの「性能面」において十分でない規格も少なからず散見される(ISO専門委員会議長へのヒアリングに基づく)。その結果、分野的には関連する国際規格があっても、ある国の強制規格を当該国際規格に準拠させることが適切でないと判断される局面が増えていくと考えられる。本規定はこの観点から生じうる国家間の見解の対立を見越した実践的な内容であるといえる。

4. 国際規格策定における協力

最後に同条4項では、日EU両者が、両当事者の標準化機関同士が国際規格策定、とりわけ新領域の製品や、新技術において協力を進めるよう奨励することと規定された。この規定は、2017年3月のIT見本市CeBIT2017の機に、第4次産業革命に関して日独協力の枠組みを定めて経済相間で署名された「ハノーバー宣言」における標準化協力に通じる内容である。標準化は今日、各国の産業的な強みを有利に発揮するための競争の場となっていると指摘される。努力規定であるため同規定が効果を発揮できるかはともかく、政府間で、規制・規格の調和という共通の目的を確認し合い、過度な規格化競争を防ぐというメッセージを発した政策的な意味合いは評価されるべきであろう。

その他、日EU・EPAのTBT章案では、3条でWTO・TBT協定の主要な条文(第2~9条および付属書一・三)を網羅的にEPAの一部として取り込んでいる。この点、2016年2月に署名されたTPP協定ではTBT協定の一部の条項を選択的に除外して取り込んでおり、「TBT協定マイナス」とも指摘される(「2017年版ジェトロ世界貿易投資報告総論編第2章第3節(3)」79~81ページ参照)のと比較して、日EU・EPAのTBT章案はTBT協定に一層整合的な内容であると評価できる。

世界の貿易ルール形成の規範になる合意を

TBT章以外にも、EU側が公表した日EU・EPAテキスト案には、先進的なFTAルールを含む内容が確認できる。例えば、「補助金」に関する章のテキスト案第7条では、禁止される補助金の類型をWTOルールよりも拡張している。WTOの補助金協定では輸出補助金および国産品優先使用補助金の二つの類型を禁止補助金と規定するが、同テキスト案では、1)金額、期間の制限なく企業の債務を保証する補助金、2)経営破たんした企業に対する補助金で、受領(じゅりょう)企業による企業再建計画の提出なしに付与される補助金、のいずれかで貿易投資に著しい悪影響を及ぼすものを禁止した。この内容は、EU韓国FTAに含まれる禁止補助金の規定とほぼ同一の内容である。

補助金は特定の2国間のみに影響するものではないため、FTAでは補助金に関する規定は少ない。本来、補助金に関する国際ルールはWTOにおいて多国間で形成されることが望ましい。しかしWTOでのルール化が容易には進まない中、禁止補助金の規定をFTAに設けることで、将来的には多国間へと普及を目指す意図があると考えられる。実際、WTOのルール交渉の場でも、禁止補助金の対象を1)、2)のような企業への補助金にも拡大するべきという議論があり、FTAの先進的な規定がWTO交渉にも影響を与えている一例といえる。

なお、大枠合意以降も、早期の最終合意を目指して引き続き日・EUは交渉を継続している。争点となっているとみられる代表的な分野には、投資紛争解決が挙げられる。

日本は、これまで日本が締結したFTA・EPAや投資協定に規定する投資家国家紛争解決(ISDS)制度(当該紛争に限る臨時の仲裁による投資紛争解決)の導入を主張してきた。これに対しEUは、二審制による常設の投資仲裁裁判廷の設置(常任の仲裁人を選任)を主張している。背景としては、EU内で従来のISDS制度について、正当性、判断の予見可能性などの観点で市民・議会から強い反対があったことが挙げられる。欧州委員会は検討の結果、EUとしては二審制による常設投資仲裁廷の設置をFTA・投資協定において求めていくことを決定した。既に、EUカナダ(署名済み)、EUベトナムFTA(交渉妥結)では同制度が規定されている。

投資紛争解決や、本稿では取り上げていないものの原産地規則などの論点も含め、これまで世界の貿易ルール形成をリードしてきた日本とEU間で合意に達すれば、他のFTAにも波及していく可能性がある。今後の規範となるルール作りを念頭に、十分な議論が尽くされるべきであろう。


注:
欧州委員会ウェブサイト外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます (2017年9月22日時点)。公表されているテキスト案は網羅的ではない。
執筆者紹介
ジェトロ海外調査部国際経済課 課長代理
安田 啓(やすだ あきら)
2002年、ジェトロ入構。経済情報部、ジェトロ千葉、海外調査部、公益財団法人世界平和研究所出向を経て現職。共著『WTOハンドブック』、編著『FTAガイドブック2014』(ジェトロ)、共著『メガFTA時代の新通商戦略』(文眞堂)など。