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特集:世界の貿易自由化の新潮流 【コラム】 WTOが「貿易制限的措置」を再定義

2017年10月16日

2008年の世界金融危機以降、WTOなどの国際機関では、主要国の貿易制限的措置をモニタリングし、半年ごとに公表してきた。しかし、G20を対象にした直近の報告でWTOは、従来、貿易制限的措置の主要な要素であったアンチダンピングなどの貿易救済措置を、対象から除外して集計した。その背景を探る。


2017年9月にジュネーブで開催された、WTOパブリック・フォーラムの様子(ジェトロ撮影)

アンチダンピングなど貿易救済措置を除外

2008年の世界金融危機以降、WTOはUNCTAD、OECDと協力して、G20諸国の貿易制限的措置の動向をおおむね半年ごとに報告書にまとめてきた。報告書の目的は措置の可視化にあり、特段、措置の是正を求めるものでも、法的な効果を持つものでもない。しかし、このプロセスは各国・地域の貿易慣行の透明性向上に寄与し、貿易制限的措置発動をチェックするWTOの「監視機能」に一定の光を当てたものと評価できる。

これまで、報告書では貿易制限的措置を(1)貿易救済措置(アンチダンピング、補助金相殺関税、セーフガードの各措置)、(2)輸入制限措置(輸入ライセンス制度、関税率引き上げなど)、(3)輸出制限措置(輸出税、輸出数量規制など)、(4)その他(ローカルコンテンツ(現地調達)要求など)の4分類に整理し、その合計や月平均件数を発表してきた。

4つの分類のうち、(1)貿易救済措置の割合がもっとも大きい。対象措置のおおむね過半に達し、2016年5~10月のモニタリング期間には全措置の71.8%をアンチダンピング措置などの貿易救済措置が占めていた(「2017年版ジェトロ世界貿易投資報告総論編第2章第2節(2)」58~60ページ参照)。

ところが、G20を対象とした直近の報告書(2017年6月発表)(注1)では、貿易救済措置を貿易制限的措置の分類から除外して集計した。貿易救済措置を除外したG20諸国の措置数は2016年が59件で、前年の93件から減少している。この結果についてWTOは、モニタリングを開始した世界金融危機以降の2009~2015年の平均を下回る数だと指摘した。他方、貿易救済措置の件数(調査開始件数ベース)は、2016年が264件で、前年の211件に比べて反対に増加している。しかも、264件はモニタリング開始以降では2013年の278件に次いで高い水準に当たる。貿易救済措置の除外によって、貿易制限的措置の全体像が大きく変化したと言わざるを得ない。

この変更に関して、同報告書では冒頭で次のような説明を加えている:

  • G20報告書とは別に、WTO全加盟国ベースで集計している報告書では2012年以降、貿易救済措置を含まないベースで発表しており、今回の変更は一貫性、実務的観点からWTO加盟国ベースに集計方法を合わせたもの。
  • WTOのアンチダンピング協定および補助金協定では、輸入国に損害を与える方法でのダンピング行為や補助金を伴う輸出を相殺する目的で、アンチダンピング税または相殺関税を賦課することを加盟国に認めている。
  • 報告書では一貫して、貿易救済措置を保護貿易主義(protectionist)ともWTO違反とも位置付けてもいないし、措置を活用する政府を批判してもいない。

貿易制限的措置の累積傾向への言及もなし

報告書の変更の背景にはG20の一部の国、とりわけ米国から、貿易救済措置を貿易制限的措置に分類することに対して否定的な声が強かったことが挙げられる。米国では以前から「不公正な」貿易を是正して、平等な競争環境を求める権利を主張してきた。現政権では、アンチダンピング等WTOで制度化された措置だけでなく、国内法を根拠とする制度も動員して、米国にとって「公正な」貿易を強く求める姿勢を示している。1962年通商拡大法第232条に基づく、鉄鋼およびアルミニウムの輸入が国家安全保障に与える影響調査の開始(17年4月)や、中国による知的財産権侵害に関して1974年通商法第301条に基づく調査の開始(同8月)などが代表例である。

さらに2017年6月のG20報告書では、貿易制限的措置の定義変更に加え、貿易制限的措置の累積傾向に対する警告という、過去の報告で繰り返し指摘されてきた傾向への言及がないという点も特徴に挙げられる。累積傾向とは、毎年導入される新たな貿易制限的措置の数に対して、目的を達して撤廃・廃止される同措置の数が少ないため、結果的に、モニタリングを開始した2009年以降、実施中の措置数が積み上がっているという状況を指している。2016年11月のG20報告では、累積した実施中の措置1,263件に対し、撤廃済みは408件となっていた。2017年6月の報告では、こうした数の集計はなく、文章中にも言及がなかった。

累積措置にはアンチダンピング措置はじめ貿易救済措置が含まれてきた。アンチダンピング措置は、措置発動後合理的な期間ののち見直しを行い、措置を維持する正当な理由がない場合は直ちに措置を撤廃する仕組みとなっている。WTOアンチダンピング協定では、措置は、原則5年以内に撤廃しなければならないと規定するが、実際には5年を超えて長期間にわたり延長される措置が少なくない。米国の場合、継続中のアンチダンピング措置で長いものでは最初の決定から30年以上に及んでいる。WTOのルール交渉ではアンチダンピング措置見直し作業の強化が議論される中、米国は消極的な姿勢を示してきた。6月G20報告で累積傾向への言及がなかった背景には、こうした米国の意向が影響した可能性が高い。

さらにWTOは前述したG20報告書の冒頭で「(貿易救済措置を除いた)貿易制限措置に関しても、ほとんど全ての措置は、多国間貿易体制の中で認められた柔軟性の範囲内で採られている」とも述べている。その例として、輸入制限措置に含まれる関税の引き上げは、ほとんどの場合、各国が約束した譲許税率の範囲で行われていることを挙げている。

今回の定義変更や報告書の記述からは、加盟国主体の組織であり、事務局としての立場を表明しにくいWTOの内情が読み取れる。しかし、貿易救済措置を除いた新定義でのG20諸国の貿易制限措置の月別発動件数は、2009年以降5件~9件と、1桁後半の狭い範囲で推移していることになり、変更によって報告書の持つインパクトが薄れた点は否めない。世界金融危機後、一定の評価を得てきたWTOのモニタリング報告書の意義が、改めて今問われている。


注1:
WTO records moderate rise in G20 trade restrictions(2017.6.30)外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます
執筆者紹介
ジェトロ海外調査部国際経済課 課長代理
安田 啓(やすだ あきら)
2002年、ジェトロ入構。経済情報部、ジェトロ千葉、海外調査部、公益財団法人世界平和研究所出向を経て現職。共著『WTOハンドブック』、編著『FTAガイドブック2014』(ジェトロ)、共著『メガFTA時代の新通商戦略』(文眞堂)など。

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