信頼できる実装拠点へ環境整備
シンガポール、AI実装先進国へ(2)
2026年10月6日
オープンAIなど世界最先端の大手人工知能(AI)開発会社から食品、ヘルスケア企業まで、シンガポールにAIの研究・開発拠点を設置する動きが相次いでいる。さらに、国内ではAIに関わる産官学関係者が集い、共創するコミュニティーが拡大している。AI実装先進国を目指すシンガポールの取り組みを追う後編では、安心してAIを開発、検証、実装するための環境整備に焦点を当てる。
AI開発拠点の集積進む
AI開発拠点は、ICT企業をはじめ幅広い業種に広がっている。米国グーグル傘下のAI開発会社、グーグル・ディープマインド(Google DeepMind)は2025年11月、シンガポールにAI研究ラボを開設した。AI推進の国家イニシアチブ「AIシンガポール(AISG)」と連携し、東南アジアの言語データを収集して地域特化型の大規模言語モデルの開発につなげるオープンデータプラットフォーム「プロジェクト・アクアリウム」を構築している。
米国のオープンAIも2026年5月、デジタル開発・情報省と、シンガポールにAIの応用ラボを設置することについて覚書を締結した。食品分野では、スイスのチョコレート製造会社バリーカレボーが同年2月、シンガポールに「カレボー・グローバル・イノベーション・センター(GIC)」を開設した。GICにはAIエンジニアや食品科学者、調理師など約30人が常駐し、AIを活用した新商品の開発などに取り組む。
| 分野 | 企業・拠点名 | 設置年 | 概要 |
|---|---|---|---|
| 情報通信技術(ICT) |
グーグル・ディープマインド (Google DeepMind、本社:英国) |
2025 | 同社初の東南アジアAI研究ラボ |
|
マイクロソフト (Microsoft、本社:米国) |
2025 | 同社初の東南アジアAI研究ラボ | |
|
アマゾン・ウェブ・サービス (AWS、本社:米国) |
2025 | 同社初のアジア大洋州地域クラウド・AIイノベーション拠点 | |
| 製造業 | エヌビディア(NVIDIA、本社:米国) | 2026 | シンガポール・テレコム(Singtel)と共同のAI応用開発センター |
| 製造業分野AI CoE(Sectoral AI Centre of Excellence for Manufacturing、AIMfg) | 2024 | 科学技術研究庁(Aスター)と貿易産業省が設置した製造業向けAIソリューション開発センター | |
| 建設 | 建設分野AI・CoE(Built Environment AI Centre of Excellence) | 2026 | 国家開発省とシンガポール工科デザイン大学 (SUTD)が設置した建設分野に特化したAIソリューション開発センター |
| 金融 | ユービーエス (UBS、本社:スイス) | 2024 | 同社初で、最大のAIトランスフォメーション(AX)拠点 |
| ビジネスサービス | ケーピーエムジー (KPMG、本社:オランダ) | 2026 | AIの信頼性評価、監査 |
| プライスウォーターハウスクーパース(PwC、本社:英国) | 2025 | 官民のAIソリューション開発拠点 | |
| 食品 | ジャプファ(Japfa、本社:シンガポール) | 2025 | 持続可能な食糧生産のためのAI・量子コンピューティング研究センター |
| ハイネケン(Heineken、本社:オランダ) | 2025 | ハイネケン初のグローバル生成AIラボ | |
| バリーカレボー(Barry Callebaut、本社:スイス) | 2026 | チョコレート・カカオに特化した初のAI開発ラボ | |
| ヘルスケア | IHHヘルスケア(IHH Healthcare、本社:マレーシア) | 2026 | 地場テクノロジー会社NCSと共同でAIソリューション開発拠点設置の覚書署名 |
| デジタルプラットフォーム | グラブ(Grab、本社:シンガポール) | 2025 | Grab初のAIソリューション・ラボ |
出所:各社、経済開発庁(EDB)報道発表
こうした開発拠点のうち、AIのセンター・オブ・エクセレンス(CoE)(注1)は2026年7月時点で70カ所を超える(表参照)。デジタル産業育成を担う政府機関デジタル・インダストリー・シンガポール(DISG)(注2)が中心となって、2023年12月に発表された国家AI戦略(NAIS2.0)に基づき、国内外の企業による開発拠点の設置を支援してきた。企業単位の拠点に加え、業界共通の課題をAIで解決するための拠点も設けられている。2024年9月には製造業分野に特化した「製造業分野AI CoE(AIMfg)
」が、2026年2月には建設・都市環境分野を対象とする「建設・都市環境分野AI・CoE(BE AI CoE)」が、それぞれ設置された。
信頼できるAI実装拠点に向け、ガイドライン整備
国内外の企業によるAI開発拠点の設置が進む中、政府は安心してAIを開発、検証、実装できる環境の整備に力を入れている。ジョセフィン・テオ・デジタル開発・情報相は2026年6月17日、AI技術が急速に進歩していることを踏まえ、「規制を定めるよりも、(AIを使用する上での)基本原則を示す方が有用な場合もある」と述べた。
個人情報保護委員会(PDPC)は2019年1月、世界に先駆けて「モデルAIガバナンス枠組み(MGF)」を公表した。2020年にMGFを改訂した後、情報通信メディア開発庁(IMDA)とAIベリファイ団体(注3)は2024年5月、生成AIの普及を受けて「生成AIのためのモデルAIガバナンス枠組み(MGF-GenAI)」を発表した。さらに、IMDAは2026年1月、自律的にタスクを遂行するエージェント型AIを対象とした「エージェント型AIのためのモデルAIガバナンス枠組み」を導入した。AI技術の発展に合わせ、ガバナンス枠組みも更新している。
分野別のガイドラインも設定されている。保健省とヘルスサイエンス庁(HSA)は2026年3月10日、「ヘルスケアにおけるAIガイドライン(AIHGle 2.0)
」を公表し、AI開発会社、医療施設や医療従事者それぞれの責任を明確化した。タン・キアットハウ上級国務相(デジタル開発・情報、保健担当)は同年8月24日、自律的にタスクを遂行できるAIエージェントの普及によって、その安全措置も強固にする必要があると指摘。その上で「安全性の担保は、イノベーションを阻害するものではない。普及と拡大を可能にする基盤となる」と強調した。
「小道」から「村」へ、AI共創コミュニティーを拡大
また、政府はAI関係者が集う共創コミュニティーの形成も進めている。デジタル開発・情報省は2025年1月、AIの共創拠点「ロロンAI(Lorong AI)」を都心部に開設した。ロロンとはマレー語で「小道」を意味し、AIを学びたい一般市民から専門技術者、政府関係者までが気軽に集まれる場として設けられた。AI習熟度に応じた活用に関するワークショップやネットワーキングのほか、AIソリューションを求める企業や政府機関によるイベントなどが開催されている。2026年3月からは、スタートアップ向け総合支援施設「ローンチパッド@ワン・ノース」に拠点を移している。
AI関係者が集う「小道」は、さらに「村(マレー語でカンポン)」へと広がる。産業施設の開発・運営を担う政府機関のJTCは、ローンチパッドに隣接する施設を改修し、職住一体型のAI共創拠点「カンポンAI」の開発を進めている(2026年3月11日付ビジネス短信参照)。オフィスやイベントスペース、居住施設などを整備し、2028年に完成する予定だ。ガン・キムヨン副首相兼貿易産業相は2026年3月2日、「カンポンAIは共創を加速し、AIの中核拠点になる」と強調した。
民間企業のAI導入、約3割
AI開発のための環境整備が進むが、中小企業を中心とした地場企業のAI活用はこれからだ。人材省が2026年1月19日~3月31日に実施した調査(注4)によると、シンガポールの民間企業でAIを導入した企業は28.5%にとどまった。従業員501人以上の大企業での導入率は76.4%に上るが、25人未満の企業では23.9%にとどまる。政府はAI専門の共創拠点やガイドラインの整備などを通じて、AIの先端企業だけでなく、地場企業のAI導入を後押しする環境整備を進めている。

総合支援施設「ローンチパッド@ワン・ノース」(ジェトロ撮影)
- 注1:
-
組織横断的な取り組みを実施するため、優秀な人材やノウハウ、技術などを1つに集約した中核となる研究拠点。
- 注2:
-
デジタル・インダストリー・シンガポール(DISG)
は政府のデジタル産業育成機関として2019年に設立。経済開発庁(EDB)、企業庁(Enterprise Singapore)、情報通信メディア開発庁(IMDA)の共同事務所。 - 注3:
-
2023年6月に責任あるAIを検証するツール開発・普及のため設立された官民国際団体。詳細は2023年6月15日付ビジネス短信を参照。
- 注4:
-
企業のAI導入に関する調査の詳細は、人材省のウェブサイト
を参照。
シンガポール、AI実装先進国へ
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- 執筆者紹介
-
ジェトロ・シンガポール事務所 調査担当
本田 智津絵(ほんだ ちづえ) - 総合流通グループ、通信社を経て、2007年にジェトロ・シンガポール事務所入構。共同著書に『マレーシア語辞典』(2007年)、『シンガポールを知るための65章』(2013年)、『シンガポール謎解き散歩』(2014年)がある。





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