直接投資の三分類で読み解く中国事業の今
2026年7月29日
日本企業の中国事業の主流は2020年代に入り拡大から現状維持に変化したが、近年さらに変化している。目を引くのは現地で得た利益の使われ方だ。直接投資というとクロスボーダーの投資を連想するが、日本の直接投資統計は3種類の資金の合計で、そこには現地法人が留保した利益が含まれている。日本企業の中国での事業は、「株式資本」つまり新規投資による拡大から、「収益の再投資」つまり現法の留保利益による事業の維持を経て、配当つまり日本の親会社への還元の比率が高まる傾向にある。
日中間で乖離した日本の対中投資額
かつて対中投資の金額を巡り、日本の中国経済研究者などの間で議論があった。反日デモ(2012年)の後、資金の出し手である日本側の統計(財務省・日本銀行)では対中直接投資が大きく減少する一方、受け手の中国側(商務部)統計では減少が軽微だったからだ(図1参照)。翌年、中国側統計でも投資が大幅減となり、この違いは忘れられていった。しかし、その後の日本の対中投資フローを見ると、中国側統計では低迷が続く一方、日本側統計では一時期、過去最高水準にまで回復していた。
注:日本側統計(1)はIMF国際収支マニュアル第5版、(2)は同第6版に基づいており、作成方法に若干の違いがある。
出所:日本銀行時系列統計データ検索サイト、中国商務部「中国商務年鑑」、CEICを基にジェトロ作成
この乖離は、直接投資の中身が2つの国の統計で異なるために起こったと考えられる。日本の統計(財務省・日本銀行)では、直接投資は「株式資本」「収益の再投資」「負債性資本」から成る。投資フローの場合、この内訳が分かるのは世界全体への投資総額に限られるが、残高の場合は投資先国・地域別の内訳が分かる。
これに対し、中国の統計(商務部)は「株式資本」についてはおおむねカバーしていると考えられるが、「収益の再投資」については違いがある。日本側は留保利益の全てを「収益の再投資」に計上するが、中国商務部統計はそうではない。投資原資が収益である直接投資は計上されるが、留保利益の全てを含むことにはならない。
つまり、日本側統計における反日デモ直後の投資の落ち込みと回復は、実際は投資というより、留保された利益の減少と回復によるものだったと考えられる。一方、中国側統計で2013年に投資の減少幅が小さかったのは、デモ発生時点までに企業が投資を決めていた対中投資案件(株式資本)が、棚上げされることなく実行されたためと考えられる。
ちなみに、図1で2022年以降、日本と中国のデータの乖離が小さくなっているということは、現法における毎年の利益の留保が小さくなってきていることをうかがわせる。その原因が利益の減少にあるのか配当の増加にあるのかは後述する。
3つの資金の性格
「株式資本」とは事業開始のため本国から行う初期投資だ。これに対し、「収益の再投資」と「負債性資本」は、あえて言うなら後続投資だ。うち、「収益の再投資」は企業が現地で経験を積みながら利益を事業に投じるものだが、有り体にいえば、何かあったときの備えとして利益を使途未定のまま現地に留める行為だ。「負債性資本」は、主に現法で起こる短期的な資金の過不足に対処するいわば調整弁だ。
「株式資本」には「現地に埋め込まれた資金」という別名がある。「株式資本」は通常、本国から現地に送られると、その多くが事業開始のため固定資産などに形を変える。そのため、資金を回収しようとすると、その資産の流動化が必要になる。つまり「株式資本」はいったん投資されると回収がしにくい。このため、「株式資本」の投資は慎重ながら大胆なものになる。言い換えると、個社で見れば実行かゼロかの間で金額は大きく振れ、集計値としても大きな変動を示す。
「収益の再投資」は直接投資というより、どれだけの利益を配当後に現地に残すかの決定と言った方が実態に近い。「収益の再投資」は日々現地で生み出される利益で大勢が決まるので、その動きは実行かゼロかといった「株式資本」のような振れにはならない。
「負債性資本」は親子企業間の貸借で、その中心は親会社から海外子会社への融資だ。この投資の主な目的は現法の資金ショートの回避にある。融資なので返済が確実に発生する。このため「負債性資本」残高を年次統計で見ると、決して多くはない。
実質的に増えていない直接投資残高
日本の対外直接投資残高は、総額に関しては一貫して「株式資本」が増加を牽引してきたが、対中国についてはそうではない。2014年から2020年までを見ると、対中直接投資残高は2016年を除き増えてはいたものの、それは中国現法の利益の留保である「収益の再投資」によるもので、「株式資本」は中国にほとんど投資されなかった(図2-1参照)。こうした状況は反日デモ(2012年9月)の後に始まったもので、当時は現地にある資金を最大限事業に利用することで、日本から投資することに伴うリスクを回避していたと考えられる。また、円/人民元レートの推移と直接投資残高の動きを比べてみると、2020年以降は折れ線がほぼ重なるように推移している。左右の目盛りは単位こそ異なるが、スケールはいずれも0~25である。この折れ線が重なる点について付言すれば、2020年までは直接投資残高が人民元建てで増加していたが、2020年以降は人民元建てでほとんど変化しないため、円/人民元レートの変化とほぼ同じ動きになったことを示唆している。前年比で見ても(図2―2参照)、直接投資残高の変化が2020年以降は円/人民元レートの変化で説明できてしまうという主張は変わらない。
出所:日本銀行時系列統計データ検索サイトを基にジェトロ作成
出所:日本銀行時系列統計データ検索サイトを基にジェトロ作成
「収益の再投資」の実際
「収益の再投資」残高とは現地法人の留保利益の残高だ。貸借対照表でいえば資本の部の利益剰余金だ。留保利益や剰余金というのは、いわゆる内部留保と呼ばれるもので、企業が現預金をため込むかのように聞こえる。しかし、この理解は正しくない。
以下は簿記の基礎知識になるが、利益剰余金が貸借対照表の貸方(右側)に組み入れられた当初、その借方(左側)は流動資産だ。この時点を捉えれば、利益剰余金を積むというのは現預金をためることだといえる。しかし、その現預金が設備投資その他に使われた場合、どうなるかといえば、借方において流動資産が固定資産に置き換わるだけで、貸方の利益剰余金は変化しない。ためた現預金を設備に投資していっても、利益剰余金である「収益の再投資」残高は一向に減少しないものなのだ。つまり、利益剰余金とは、なにもそれだけの現預金が会社にあることを示すものではない。利益剰余金とは各期の留保利益の組み入れ額を企業設立時から通算した値であるため、普通、それが減少するのは決算が赤字になったとき程度に限られる。
取り崩された留保利益
概念的には、直接投資統計の「収益の再投資」は「海外事業活動基本調査」の当期内部留保に相当する。「収益の再投資」残高の増加ペースは2021年、2022年に加速したあと鈍化し、経済産業省「海外事業活動基本調査」の当期内部留保もピークアウトし、マイナスになっている(図3参照)。
「収益の再投資」残高は2022年以降は微増、2025年は減少した。ここで「海外事業活動基本調査」を見ると、図3のとおり2022~2024年の中国現法の当期純利益は、歴史的に見ればまだ高い水準にあるが、ここ10年では最低となった。2023年の配当額は当期純利益とほぼ同水準だが、2024年の配当額は当期純利益を超えている。先ほど「(利益剰余金が)減少するのは決算が赤字になったとき程度に限られる」と述べたが、2024年の減少はそうではない。同年の決算は黒字だ。配当が利益を超えているので、留保利益残高を取り崩して配当した部分があることになる(注) 。
出所:経済産業省「海外事業活動基本調査」を基にジェトロ作成
本来は安定的流入を示すはずの「収益の再投資」の減少をどう見るか
日本の対中直接投資残高は、統計開始以来ほぼ一貫して増加してきたが、直接投資のイメージと異なり、日本からの投資がほとんどない時期もあった。その間の直接投資とは、現法の利益の留保に過ぎなかった。別の言い方をすると、中国現法における再投資は、本国からの投資が途絶えた時期でも続けられた。
日本の統計上、投資残高は円建て表示なので、人民元の価値が対円で上昇すれば、残高もその分増えて見えることになる。2020年以降、人民元は対円で上昇傾向にあり、「株式資本」残高については増加傾向にある。
しかし、「収益の再投資」残高は2023年、2024年とほとんど増えず、2025年は減少となった。「収益の再投資」の原資である中国現法の毎年の利益は、海外事業活動基本調査によればまだ高く、足元では中国で稼げているといえるが、それにもかかわらず日本企業は中国事業への再投資より回収を優先している。つまり縮小である。
利益がまだ出ているのに再投資しない理由としては、(1)中国事業の方針が拡大から現状維持に移り、資金需要が大きくなく、現法が資金余剰になっている、(2)利益は今がピークで、今後の悪化が予見できる、(3)資金を収益獲得の期待が高いほかの市場で生かしたい、といったことが考えられる。その背景として、中国現地法人は地場企業の著しいレベルアップや激しい競争(内巻)に直面しているほか、地政学リスクへの関心の高まりや、人民元が歴史的高値圏に突入し配当が円換算で多くなる状況にあることが指摘できる。
参考文献
- 箱﨑大「日本の対中直接投資の変動要因の解明-直接投資の3つの資金という視点」『中国研究月報』2024年8月、Vol.78(8)
- 箱﨑大「日本の対中投資はなぜ『収益の再投資』に牽引されたのか―直接投資の財務構造に基づく要因分析―」『中国経済経営研究』2024年10月、Vol.8(2)
- 注:
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なお、図3の配当金などとは、「当期純利益」と「当期留保利益」の差を計算したもので、海外事業活動事業基本調査にある「日本側出資者向け支払い」の「うち配当金」は用いなかった。調査票記入の手引によれば、当期内部留保額が不明の場合、「当期内部留保額=当期純損益-配当金」として計算する旨が記載されている。したがって、配当金=当期内部留保額―当期純利益となる。「うち配当金」を用いなかった理由は、各項目の回答企業数の違いの大きさだ。それぞれの回答企業数を見ると、例えば最新の第55回調査の場合、「当期純利益」は4,228社、「当期内部留保」3,460社で当期純利益回答企業の82%に相当するが、「うち配当金」は1,334社で同32%にとどまる。このため、回答企業数が「当期純利益」に比較的近い「当期内部留保」を用いた計算値を配当金のデータとして採用した。
- 執筆者紹介
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ジェトロ調査部主任調査研究員
箱﨑 大(はこざき だい) - シンクタンク研究員、香港駐在エコノミストを経てジェトロへ。北京事務所次長、調査部中国北アジア課長、アジア経済研究所主任調査研究員を経て2023年より現職(経済安全保障ユニットリーダー)。論文に「日本の対中投資はなぜ『収益の再投資』に牽引されたのか-直接投資の財務構造に基づく要因分析-」中国経済経営研究8(2)、編著に『グローバルサプライチェーン再考』文眞堂、など。博士(学術)。





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