電力需要増と燃料電池(世界)
燃料電池・蓄電池市場の展望(後編)
2026年9月7日
ジェトロが6月30日に開催した第16回地域エコシステムセミナー「カーボンニュートラル促進に向けた燃料電池/蓄電池の活用」では、蓄電池とともに燃料電池の活用事例が紹介された(2026年7月10日付ビジネス短信参照)。連載の前編「脱炭素を支える蓄電池(世界)」では蓄電池を取り上げたが、本稿では後編として燃料電池に焦点を当てる。人工知能(AI)の普及に伴うデータセンター(DC)の電力需要拡大や電力系統の制約を背景に、燃料電池は分散型電源(需要地の近くに配置される発電設備)として注目を集めている。
燃料電池は、燃料(主に水素)と酸化剤(主に酸素)の化学エネルギーを酸化還元反応によって電気に変換する技術だ。燃焼を伴わずエネルギー変換効率が高いことから、脱炭素化と安定的な電力供給の両立に資する次世代の発電技術として期待されている。
AI普及に伴うDC増設と燃料電池への期待
AIの普及に伴うDC向け電力需要の急増を受け、燃料電池への関心が高まっている。国際エネルギー機関(IEA)は、世界のDC電力消費量は2024年の415テラワット時(TWh)から2030年には約1,000TWhの規模へ拡大すると予測している(表1参照)。
| 地域 | 2024年(実績) | 2030年(推定) | 変化率 |
|---|---|---|---|
| 米国 | 185 | 425 | 130% |
| 中国 | 103 | 278 | 170% |
| 欧州 | 64 | 109 | 70% |
| 日本 | 19 | 34 | 80% |
| その他 | 44 | 99 | 124% |
| 合計 | 415 | 945 | 128% |
注:TWhはテラワット時(1兆ワットの電力を1時間使用したときのエネルギーを表す単位)。
出所:国際エネルギー機関(IEA)、Energy and AI (2025)、"Energy demand from AI"からジェトロ作成
北米では、AI向けハイパースケールDCの建設が急増している。ドイツの統計データ会社スタティスタ(Statista)の推計
によると、米国のDC数は2026年6月時点で約4,400カ所に上り、世界全体の4割超を占める。
日本でも約260カ所までDCの集積が進んでいる。一方、特に首都圏では、電力ネットワークの設備容量を上回る接続ニーズがあり、新規連系や送電の物理的・契約的制限(系統接続制約)が課題となっている。DC事業の運営には、24時間365日の安定運用、脱炭素化、停電耐性、将来的な拡張性、エネルギー安全保障といった要件が求められる。これらの要件を満たす解決策として、需要地で発電できる分散型電源の導入が検討されている。その有力な選択肢の一つが燃料電池だ。
短納期で導入可能な燃料電池がDC向け電源として注目
燃料電池は使用する電解質の種類や運転温度に応じて分類される。固体高分子形燃料電池(PEFC/PEMFC)は起動が早く、燃料電池自動車(FCV)や家庭用エネファームに利用されている。固体酸化物形燃料電池(SOFC)は高温で作動し、発電効率に優れ、産業用や大型発電に適している。DC向け用途ではSOFCを採用する企業が先行しており、その一例がブルームエナジーだ。
セミナーでは、米ブルームエナジーの日本法人であるブルームエナジージャパンが、同社のSOFC技術の仕組みと導入事例を紹介した。ブルームエナジーは、産業向け定置用燃料電池市場の主要企業であり、米オラクルなどDC事業者向けの導入実績を積み重ねている。需要拡大を受け、生産能力の増強も進めており、DC向け燃料電池が実用化段階から商用化段階へ移行しつつあることを示している。同社の燃料電池は、貴金属触媒ではなく、比較的低コストなセラミック材料を用いており、天然ガス、バイオガス、水素を燃料として稼働し、従来型火力発電に比べて高い発電効率を実現している。セミナーでは、オラクル向けのDC設備を90日以内で導入した事例も紹介された。DC向け電源の確保には通常数年を要するが、高い発電効率とモジュール化された設計により、短納期での導入を可能にしている。
燃料電池は、DC向け電源市場において主電源と競合するというより、系統電力や再生可能エネルギー(再エネ)を補完する分散型電源として位置付けられている。蓄電池が秒単位から数時間程度の電力調整を担うのに対し、燃料電池は燃料供給が続く限り長時間運転が可能であり、停電時のバックアップ電源や常用オンサイト電源として活用できる。特に、送電網の制約により新たな電力確保が難しい地域では、需要地で直接発電できることが利点となる。今後は、AI向けDCや半導体工場、病院、空港など、高い電力信頼性が求められる施設を中心に導入検討が進むとみられる。
水素政策と供給網整備が燃料電池の普及を左右
燃料電池は発電時に水素を利用するため、その普及は水素供給網の整備状況と密接に関係している。特に定置用燃料電池は長時間の連続運転が可能であり、水素社会の実現を支える有力な電力供給手段の一つと位置付けられている。日本では水素基本戦略や水素社会推進法、米国ではインフレ削減法(IRA)、欧州ではEU水素銀行などを通じて、安定した水素供給網の整備や市場形成が進められている(表2参照)。各国・地域とも、需要創出と供給支援を組み合わせて市場形成を進めている。一方、日本は政府が水素の供給から利用までを一体的に支援し、早期の社会実装と市場立ち上げを目指している点に特徴がある。
| 項目 | EU | 米国 | 中国 | 日本 | インド |
|---|---|---|---|---|---|
| 目標・進捗 | 2030年低排出水素需要68.5万トン/年(再エネ指令実施による需要創出見込み)、2030年電解装置40GW目標は遅延の見込み | __ | 2030年生産目標30万トン/年(IEA推計:約190万トン/年) | 2030年需要300万トン/年 | 2030年生産目標500万トン/年(達成は2030年以降の可能性) |
| 供給支援 | 欧州水素銀行(EHB)、欧州共通利益重要プロジェクト(IPCEI)、差額決済契約(CfD)、Clean Industrial Deal支援 | インフレ削減法(IRA)のクリーン水素生産税額控除(45V)、CCUS向け炭素回収税額控除(45Q)、重複適用可能な税制支援 | 41案件を優先融資・補助対象に選定 | 差額決済契約(CfD)(採択6案件、約13万トン/年) | グリーン水素移行戦略的支援制度(SIGHT)、アンモニア入札72.4万トン/年 |
| インフラ | 欧州グリッドパッケージ、欧州連結インフラ基金(CEF)、水素ネットワーク支援 | 水素ハブ・運送インフラ支援、水素ステーションへの支援 | 5都市クラスター実証(11億USD) | クラスター制度、輸入基地支援 | 水素バレー・ハブ支援 |
| 需要創出 | 再エネ指令(RED)実装、産業加速法案(IAA)、自動車パッケージ | 融資保証、税額控除、水素ハブ | 都市クラスター計画、燃料電池車(FCEV)10万台目標 | 発電向けアンモニア・水素CfD | SECI買い取り制度、産業需要創出 |
| 認証 | 非生物由来再エネ(RFNBO)・低炭素水素委任法 | クリーン水素生産基準(CHPS) | 電解装置効率基準46.7kWh/kg(2028年) | 水素社会推進法 | 再生可能アンモニア・メタノール排出基準設定 |
| 研究開発 | クリーンテック製造支援 | エネルギー効率・再エネ・FECM局 | 標準化ロードマップ・実証事業 | グリーンイノベーション基金 | 国家グリーン水素ミッションR&D |
出所:国際エネルギー機関(IEA)「Global Hydrogen Review 2026」からジェトロ作成
米市場調査会社のBCC Researchによると、世界の水素燃料電池市場は2024年の約51億ドルから2029年には約110億ドルへ拡大すると見込まれる。用途別には、水素燃料電池車(FCEV)、定置用燃料電池、家庭用燃料電池など幅広い分野に及ぶ。DC向けの電力需要拡大や分散型電源へのニーズの高まりを背景に、特に定置用市場への注目が集まっている。
こうした市場拡大を支えるため、日本はオーストラリア、中東、北米からの輸入を前提とした国際サプライチェーン形成を進めている。低炭素水素の普及にとって最大の課題はコストだ。2024年の世界の水素需要の大部分は、化石燃料由来のグレー水素が占めている。グリーン水素(再エネ由来の電気分解)は脱炭素性に優れるものの、コストが高い。一方、ブルー水素(化石燃料由来だがCCUSなどでCO2を回収)は、既存インフラを活用しやすいものの、適地が限られる。いずれも市場は立ち上げ段階にあり、2030年以降のグリーン水素の競争力向上は、再エネ電力価格と電解装置コストの低下速度に大きく左右されるだろう。
燃料電池市場は分散型・バックアップ電源用途を中心に導入機会が拡大
DC向け電源市場では、燃料電池のほかにも再エネや蓄電池、ガスタービン、ディーゼル発電機など複数の技術が競合する。IEAによると、2030年までのDC需要増加分の約半分を再エネが供給する一方、天然ガスなどの安定電源も重要な役割を担うとしている。蓄電池は短時間の出力調整に強みを持つが、長時間運転には不向きであり、ガスタービンは大規模電源として有力だが、設置までに時間を要する場合がある。
日本においても、DC需要の拡大を見据えた電力・インフラ整備が重要な政策課題となっている。安定的な電力供給の確保や、DC集積地の地理的分散の促進に向けた政策の下、受電容量の確保や送配電網・変電設備の増強、DC立地の地方分散などが進めば、国内DC市場での供給制約が緩和され、事業者による立地選択や電源調達の柔軟性が高まる可能性がある。電源の選択・評価においては、発電コストに加え、電力を確保するまでの期間も重要性が増している。早期稼働や電源確保が収益機会の獲得に直結するためだ。その中で燃料電池は、分散型電源としての柔軟性や迅速な導入可能性をもとに、DC向け電源の選択肢の一つとして導入機会の拡大が期待される。
燃料電池は今後、再エネや蓄電池と組み合わせたハイブリッド型エネルギーシステムの一翼を担うことで、安定的かつ低炭素な電力供給を支える分散型電源として存在感を高めていくだろう。
燃料電池・蓄電池市場の展望
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- 執筆者紹介
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ジェトロイノベーション部戦略企画課
天野 待知子(あまの まちこ) - 銀行、格付会社、総合商社にて与信管理や格付分析、投融資案件審査等に従事。2026年、ジェトロ入構。





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