地域課題対応型企業が台頭するBC州のクリーンテック産業集積(カナダ)
2026年9月14日
カナダ西岸に位置するブリティッシュ・コロンビア(BC)州は、カナダ国内でも環境・クリーンテック(ECT)産業の集積地として広く認識されている。従来は水素・燃料電池を中心に発展してきたエコシステムだが、その領域はさらなる広がりを見せつつある。本稿では、同産業の発展の経緯とともに、5月に開催されたカナダ最大級のテックカンファレンス「ウェブサミット・バンクーバー(WSV)2026」で筆者が見たBC州の同産業のトレンドや今後の展望を紹介する。
環境意識の高さが、発展を下支え
BC州は、カナダ国内でもECT産業の集積が進む場所の1つだ。BC州によれば同州に所在するクリーンテック企業の数はカナダ全体の20%以上を占め、特に水素・燃料電池分野ではカナダ全体の50%以上の企業が事業活動をしている。同州立大学であるサイモンフレーザー大学(SFU)は独自の水素技術の研究拠点「クリーン・ハイドロジン・ハブ」を持つ。カナダ事業開発銀行のレポート(2026年5月公開)によると、2025年のベンチャーキャピタル(VC)によるエネルギー・クリーンテック分野への投資額はカナダの3大都市(注1)の中でバンクーバーがトップだった。投資額はカナダ全体の39%を占め、シード企業向けクライメット(気候)テックVCのアクティブ・インパクト・インベストメントやクリサリックス・ベンチャーキャピタル、パンゲア・ベンチャーズなど、有力なVCを複数構える同都市に投資を呼び込む環境が整っていることがうかがえる。
BC州がECT産業に強みを持つ理由の1つに、州全体で広く培われてきた高い環境意識がある。州内の電源構成の98%以上は再生可能エネルギーに由来するほか、州政府は2050年のネットゼロ達成に向けた独自の環境行動計画「クリーンBCロードマップ」を立ち上げている。2030年までに連邦政府の排出削減目標を上回る50%以上の排出削減を目指す同ロードマップでは、ゼロエミッション車(ZEV)の義務化や建築物への排出基準の導入を実施し、同産業の需要を下支えしている。
環境・クリーンテックへの関心は、WSV2026でも顕在化
5月11~14日に開催されたWSV2026でも、ECTは注目を集める分野の1つだった。会場内にはクライメットテックに特化したクライメット・イノベーション・ゾーンが設けられ、1年間で最も同分野の発展に貢献したスタートアップ(SU)企業や団体、投資家などを表彰する「カナディアン・クリーンテック・アワード」が開催されたほか、専門家などが登壇するパネルディスカッションが開かれた。アーリーステージのSU企業を対象としたピッチイベントには、1,100以上の企業が参加した。イベントでは、ブリティッシュ・コロンビア大学(UBC)発で、セメント製造工程における排出量削減技術の開発に取り組むクラ(CURA)が優勝し、BC州発のECT企業としての存在感を示した。
BC州独自の環境問題が新たなトレンドに
BC州所在のSU企業のみを集めたBCパビリオンでは、クリーンテックに特化した企業12社が出展した。BC州が強みを持つ水素・燃料電池分野の企業も複数出展していたが、筆者が同パビリオンから見たトレンドは主に2つだ。

(1)森林環境問題への取り組み
1つは、BC州独自の森林環境問題の解決に取り組む企業の存在だ。BC州は、森林が州土面積の58%を占め、古くから林業がさかんだ。一方、同産業は年間400万トンを超える残渣(ざんさ、収穫後の残りかす)を排出し、焼却による処理が温室効果ガス(GHG)の増加を招くとして問題となっている。これに対処するため、タカチャー(Takachar)は、農業や森林残渣から有機肥料やバイオ燃料を生成する産業機械を開発する。同社は、IoT技術の活用により操作性に優れ、事業者間で運搬可能な設備を提供し、遠隔地でも利用可能な点が特徴だ。
また、広大な森林を有するBC州では、地球温暖化による気候変動の影響で、近年森林火災が多発している。WSVでも「異常気象に対応可能な送電網」と題したパネルディスカッションが開催され、森林火災をはじめとする異常気象に備え、人工知能(AI)を活用した災害の発生予測や自動制御技術の活用の重要性が議論された。また、エンバイログリッドネットワーク(EnviroGrid Network)は、AIセンサや自動ドローン、リアルタイムデータの活用で初期段階での山火事検知技術を開発する技術を紹介していた。

(2)鉱物・金属関連企業への注目
もう1つは、鉱物・金属関連企業への関心の高まりだ。いずれもBC州発の企業で、既存データを活用した採掘時の鉱山技術者の意思決定支援ツールを開発するシリス(Syris)や使用済みの電子機器から金属やレアアースを回収するための低温プラズマ技術を開発するサンダーボルトテクノロジーズ(Thunderbolt Technologies)が同パビリオンに出展した。また、WSVのオープニングナイトには有機電気化学プロセスを利用した、クローズドループ(注2)での金属抽出技術を開発するピーエイチセブンテクノロジーズ(pH7 Technologies)が登壇した。
世界的な地政学リスクの高まりを背景に、安定したエネルギーの供給元として、豊富な鉱物資源を有するBC州に注目が集まる一方、鉱物の採掘は環境への負荷が高い。採掘時の省エネルギー化や環境浄化技術、金属のリサイクル技術の開発へのニーズも高まっている。
歴史的に鉱業がさかんなBC州には、UBCを中心にこれら問題の解決に資する技術・知識が蓄積する。UBCは採鉱学教育に特化したキービル採鉱研究所を有するほか、産業界との積極的な連携で、課題の解決に取り組む。例として、鉱物の探査や採掘の研究に特化したUBCの鉱床研究ユニットでは、企業と連携した研究活動のほか、フィールドワークや講義を通した社員研修、有償での分析結果を提供する。さらに、ブラッドシャウ鉱物・採鉱研究所は、産学連携の橋渡し役として、UBCの研究者と企業のマッチングや協業連携、共同での技術開発を促すほか、学内での分野横断型の研究を推進し、鉱業が抱える課題の解決を目指す。特に、鉱床周辺の環境浄化・保護技術や採掘時の脱炭素化に関する研究が強みで、最近ではスピンアウト企業も輩出している。
BC州に整備された独自の支援体制も充実
ECT分野で新たなトレンドが確認される一方、こうした企業の台頭を可能にしているのが、BC州に形成された多層的な支援環境だ。
州機関などによる資金面での主な支援は、表のとおり。イノベートBCによる補助金は研究開発からパイロット運用まで幅広い段階のプロジェクトを対象としているほか、BC州政府は連邦政府による税額控除とは別に、独自の研究・技術開発費用に対する税額控除も用意する。また、BC州に拠点を置き、クライメットテックSUへの支援や資金提供をする非営利組織のノースXは、「女性起業家」「森林火災」「産業の脱炭素化」などをテーマとするプロジェクトを対象に助成金の公募を年に複数回実施している。現地アクセラレーターへのヒアリングでは、「返済不要の補助金が多く用意されているのは、BC州の強みの1つ」と話す。
| 名称 | 金額規模 | 内容 | 対象 |
|---|---|---|---|
| BCファストパイロット(Fast Pilot) | 20万カナダドル(Cドル)を上限に支給。2025年には、11社のクリーンテック企業に合計150万Cドルを支給。 | 中小企業の製品・サービスの商用化に向けた助成金の拠出。技術のパイロットまたは小規模な実証段階での運用を支援する。クリーンテック分野のパイロットプロジェクトは優先分野に指定。 | プロトタイプ開発済かつ従業員規模500人未満の中小企業で、BC州に拠点を置き、カナダに法人が所在すること。2025年の募集では、技術成熟度(TRL)7以上のプロジェクト。 |
| イノベートBC イグナイト(Innovate BC Ignite) | 30万Cドルを上限に支給。本補助と、企業など他の資金源からの資金調達を1:2の比率で確保する必要。 | 自然科学、応用化学・工学分野の研究開発プロジェクトの商用化を支援。複数のクリーンテック関連企業に対してこれまで助成金を支給。 | BC州に拠点を置く、産業界と学術界が共同で実施する、TRL3以上のプロジェクト。 |
| 科学研究・試験開発税額優遇(Scientific research and experimental development tax credit) | 研究開発費用の10%、600万Cドルを上限とした税額控除。これに加え、連邦政府から最大35%の税額控除が受けられる。 | 科学知識の向上や技術の発展、実験や分析によって科学・技術の統合的な調査を支援。基礎・応用研究に加え、製品の開発や改良、量産化を可能にする技術の開発やそれを支える分析・データ収集・デザインなども含まれる。 | BC州に所在する科学研究・試験開発を行う企業(ベンチャーキャピタルを除く) |
| クリーン産業ファンド(Clean Industry Fund) | 各プロジェクト1,000万Cドルを上限に支給。2026年の予算額は、3,500万Cドル。 | 温室効果削減(GHG)の技術開発に関連する3つのストリームに対して、助成金を支給。(1)商用化された技術を利用し、該当の産業施設の温室効果ガス(GHG)の削減するプロジェクト、(2)排出削減技術の試験・実証技術を支援するプロジェクト、(3)(1)・(2)の予備調査を実施するプロジェクト。 | BC州のOBPS(Output-Based Pricing System)制度の下で運用される施設、または当該施設とパートナーシップを組む企業。 |
| イノベーション・クリーン・エネルギー・ファンド(Innovation Clean Energy Fund) |
イノベーション・パートナーシップ(OCIP):5万~300万Cドルを支給。 クリーン・エネルギー・イノベーション(TCCEI): 50万~150万Cドルを支給。 共にプロジェクト費用に占める本助成金の割合は75%以下とする。 |
イノベーション・パートナーシップ(OCIP)と、クリーンエネルギーイノベーション(TCCEI)の2つのコースで構成され、クリーンエネルギー関連プロジェクト全般を支援。OCIPは商用化前の技術開発やクリーンエネルギーエコシステムの形成に資する協業プロジェクトを支援。TCCEIは、当該分野初の商用化に向けた技術の開発や重点領域(電化の低コスト化・効率化なエネルギ―管理・スマートグリッド)のプロジェクトを支援。 | BC州で実施し、OCIPはTRL4~7、TCCEIはTRL3~9のプロジェクト。 |
出所:各種機関ウェブサイト・資料からジェトロ作成
著名なアクセラレーターの存在も、州の支援体制をより強固なものとしている。クライメットテックでカナダ最大級のアクセラレーター「フォアサイト・カナダ」はこれまでに1,700社以上を支援し、20億カナダ・ドル(約2,320億円、1カナダ・ドル=116円)以上の資金調達を実現。100以上の産業パートナーと、4万人以上のメンバーを誇り、同分野ではカナダ最大級のネットワークを強みとする。豊富なリソースを活用し、企業の規模やフェーズに関わらず相談可能な支援窓口をもち、シードからレイターステージまで、段階別のアクセラレーションプログラムを運営する。事業のアイデア化から製品のパイロット運用、企業のガバナンス強化に至るまで、企業の技術成熟度(TRL)に合わせた支援を展開する。
UBCのサンダー・ビジネススクールを拠点とするアクセラレーター「クリエイティブ・ディストラクション・ラボ(CDL)・バンクーバー」は、鉱業・クライメットテックのそれぞれに特化したプログラムを運営する。SU企業の創業者、VC、学術界の研究者などが担当する充実したメンターシップ制度が特徴で、資金調達や事業拡大などビジネスから技術開発まで幅広い分野のメンタリングを行う。これまでに、40以上の企業を支援済みだ。このほか、SUエコシステムのプレイヤーを対象としたネットワークイベントも定期的に開催し、エコシステム内の横断的なつながりの強化に取り組む。
米国の環境政策の動向は懸念も、成長材料となる可能性も
充実した支援基盤の下で成長するBC州のECT分野だが、気がかりなのは米国の環境政策動向だ。2025年は、VCによる同分野への投資額の60%がカナダ国内からで、2019年以来の高水準だった。第2次トランプ政権下で脱炭素政策が後退し、米国企業による投資機運が下がったことが主因とみられる。CDLバンクーバーのマルチェロ・グロシニアベンチャーマネージャーは、「同分野のBC州所在企業も、協業連携先として、米国のほかに欧州企業も見据えるケースが増えている」と話す。強力な資金源である米国企業との関係の希薄化で、流入する資金の減少が懸念される一方、BC州でクライメットテック企業の支援に携わり、BC州でのクライメットテック最大イベント「クライメットグローバル(Climate Global)」を共催する「バンクーバー・インパクト(Vancouver Impact Ltd.)」の工藤博樹代表は「(脱炭素政策の後退で)最近では米国に事業展開していたECT企業が、カナダでのビジネスにシフトする動きもある。具体例は、カーボンキャプチャー(CarbonCapture)とチオゼン(Thiozen)だ。二酸化炭素直接空気回収技術(DAC)のSUであるカーボンキャプチャーは2025年、トランプ政権のエネルギー省(DOE)による助成金取り消しを受け、米国で計画していた商業パイロットをカナダに変更した。マサチューセッツ工科大学のスピンアウト、水素関連SUのチオゼンはカナダでプロジェクトを開始している」と話す。また、クライメットグローバル社が共催したイベントのパネルディスカッションでアジェイ・バワ最高執行責任者(COO)は、「カナダ進出の決め手となったのは州政府から獲得した助成金だった。同社は米国かカナダかの二者択一ではなく、両国で直接進出を進めている」と語る。外交上の関係悪化を背景に、カナダ国内では資金調達における米国依存の高さを不安視する声もある。こうした懸念から、同分野における国内資本の育成を企図した政策や他地域との連携強化を模索する動きも見られる。米国の政策転換は課題と捉えられる反面、資金調達における米国依存からの脱却やカナダ国内への有望なSU企業の集積を促す機会となる可能性もある。
これまで見てきたとおり、BC州の同分野は、州の充実した支援体制を基盤に、企業や投資資金の集積で存在感を高めてきた。その裾野は着実に拡大している。関心は、水素・電気自動車(EV)などの世界的に注目される脱炭素技術にとどまらず、地域固有の環境問題や資源開発に伴う課題解決に取り組む企業へ広がりを見せている。米国の政策転換も転機となる中、発展を続けるBC州のECT分野のエコシステムの今後に注目が集まる。
- 執筆者紹介
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ジェトロ調査部米州課
小谷田 浩希(こやた ひろき) - 2022年、ジェトロ入構。企画部国内事務所運営課を経て、2025年から現職。





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