バングラデシュ縫製業は政変を経て通常操業、焦点は関税ゼロ維持
2025年1月21日
2024年8月のバングラデシュの政変直後に実施されたジェトロの年次調査で、現地に進出する日系企業が政治・社会の不安定さをリスクと見ていることが明らかになった。ただし、基幹産業の縫製業を中心に工場の操業や物品輸送は平常通りに戻っており、調査では日系製造業の事業見通しが前年よりも上向いたことも示された。現在は、国連の定める後発開発途上国(LDC)ステータスからの卒業まで2年を切り、輸出国であるバングラデシュがLDC卒業後に関税率ゼロを維持できるかどうかが、現地進出日系企業にとっての大きな懸念となっている。
政治・社会情勢不安は95%に
「2024年度海外進出日系企業実態調査(アジア・オセアニア編)、以下、日系企業調査(注1)」によると、バングラデシュに関する回答で顕著に変化が表れたのは、投資環境上のリスクの項目だ。2023年調査では66.3%だった「不安定な政治・社会情勢」の回答が94.8%に急上昇した(表参照)。調査期間直前の2024年8月初旬、15年間続いたシェイク・ハシナ首相が騒乱後に退陣し、暫定政権が誕生する政変が起こったことが響いたとみられる。基幹産業である縫製業では、政変前後に工場の操業停止や物流の混乱が一時的に発生した。ただし、11月までには関連日系企業の事業も正常に戻っており、執筆時点では直接的な影響は感じられない(2024年11月18~21日ヒアリング)。
表:投資環境上のメリット・リスク(上位5項目、複数回答) (単位:%)
メリット
項目 | 回答率 |
---|---|
市場規模/成長性 | 70.4 |
人件費の安さ | 64.2 |
ワーカー等の雇いやすさ | 35.8 |
安定した政治・社会情勢 | 21.0 |
土地/事務所スペースが豊富、地価/賃料の安さ | 18.5 |
項目 | 回答率 |
---|---|
人件費の安さ | 61.3 |
市場規模/成長性 | 61.3 |
ワーカー等の雇いやすさ | 29.3 |
言語・コミュニケーション上の障害の少なさ | 20.0 |
税制面でのインセンティブ | 14.7 |
従業員の質の高さ(一般ワーカー) | 14.7 |
リスク
項目 | 回答率 |
---|---|
法制度の未整備・不透明な運用 | 77.1 |
税制・税務手続きの煩雑さ | 74.7 |
行政手続きの煩雑さ(許認可等) | 74.7 |
現地政府の不透明な政策運営 | 69.9 |
不安定な政治・社会情勢 | 66.3 |
項目 | 回答率 |
---|---|
不安定な政治・社会情勢 | 94.8 |
現地政府の不透明な政策運営 | 75.3 |
電力インフラの未整備 | 71.4 |
法制度の未整備・不透明な運用 | 64.9 |
行政手続きの煩雑さ(許認可等) | 64.9 |
出所:海外進出日系企業実態調査(アジア・オセアニア編)
レディース衣料を中心に製造する小島衣料の現地法人、小島リリック・ガーメンツでは、政変直前の騒乱時に工場の操業を5日間停止した。小島高典会長によると、当時は停止期間がいつまで続くのかが見通せないことを不安に感じたという。航空便が減便し、貨物の輸出が遅れる状況が1カ月以上続いたが、その後は直接の影響は出ていない。ただ、工場のあるダッカ近郊のガジプールには縫製業が集積しており、他社へのデモが増え、投石によりガラスが割られる被害があった。対策として、10月までに工場に柵を設置せざるを得なかった。

小島会長は、労働力の豊富さがバングラデシュの強みと話す。他国であれば、工場労働者は公共交通機関や二輪車、自社バスで通勤することが前提となるが、バングラデシュの従業員はほぼ全員が5~10分の徒歩圏内から通っている(2024年11月20日ヒアリング)。
バングラデシュ地場の縫製工場から買い付けを行う丸紅ダッカ支店では、輸出取扱高の中心は衣料品の対日輸出だ。同社の秋冬物は政変前に出荷済みで大きな影響はなかったものの、欧米へのクリスマス向け出荷で物流の混乱による影響を受けた企業も多いという。黒木浩一支店長代理によると、11月までに輸出が平常に戻り、その2カ月前には一時見送っていた日本からの出張を解禁した。
同社は、バングラデシュ縫製業の価格競争力はしばらく維持されると見ている。工場労働者の賃金(注2)は上昇傾向にあるものの、競合するベトナムやインドネシアに比べれば低く抑えられている。国内には紡績から縫製まで一貫で行う「バーティカルセットアップ」の大企業が多く、少品種で発注量の多い欧米企業向けに強みを持つ(注3)。数はそれほど多くないものの、多品種で少量の発注が多い日本向けの事業に取り組みたいバングラデシュ縫製事業者は、日本の品質要求から学びたいという場合が多いとみられる(2024年11月19日ヒアリング)。
バングラデシュで買い付ける日本企業は全数検品を求める場合が多く、これに対して当初は「恐怖があった」と話す地場縫製企業の幹部もいる(2024年11月21日ヒアリング)。ただし、実際に全数検品を経験した後では、検品を通れば全品輸出できるという利点があることを理解したという。日本企業と取引のある地場企業の中には、日本側がバングラデシュ企業に対し日本企業向け取引のメリットを「もっと説明すべき」と語る経営者もいた(2024年11月20日ヒアリング)。
関税率の維持は絶対条件
日系、地場に限らず、バングラデシュの縫製関連業界に共通している懸念は、政変の影響よりも2026年11月に控えたLDC卒業後の関税の行方だ(2024年4月調査レポート「バングラデシュのLDC卒業に係る現状と政策」参照)。LDCが享受する特別特恵措置で、欧州や日本への輸出関税は現在ゼロ(米国は労働者の安全性・人権懸念から、2013年からバングラデシュへの特恵措置を停止中)だが、LDC卒業後は2国・地域間交渉で妥結しなければ、この税率は維持できない。
日本は政変前に開始していたバングラデシュとの経済連携協定(EPA)の交渉を2024年11月に再開した(2024年11月18日付ビジネス短信参照)。小島リリック・ガーメンツの小島会長は、LDC卒業後にEPAで関税ゼロが維持されなければ「出荷を減らさざるを得ない」と語る。帝人フロンティア・ダッカ駐在員事務所の山本隆允所長も、EPAの内容が「バングラデシュからの出荷の将来性を決める」と述べている(2024年11月18日ヒアリング)。特にベトナムなど、縫製業の強豪国からの日本への衣類輸入に際しEPAにより関税が免除されている現状では、バングラデシュも関税ゼロの維持が必須条件との意見一色だ。地場の関連企業や協会幹部からも、同様の発言しか聞こえてこない。日本とのEPA交渉では、縫製業の主要輸出先である先進国との自由貿易協定(FTA)の先鞭をつける結果が待たれている。
製造業は黒字割合・景況感・事業拡大見通しがすべて改善
ジェトロの日系企業調査によると、バングラデシュで操業する日系製造業は、2024年の「黒字割合」「景況感」と向こう1~2年の「事業拡大見通し」がすべて前年から改善すると見込んだ。
全回答企業では、2024年の営業利益見込みは「黒字」が41.9%、「横ばい」が29.0%、「赤字が」29.0%だった(図1参照)。前年の調査から、黒字見込みが3ポイント低下した。これに対し、製造業だけを見ると、黒字見込みは2023年が50.0%、2024年が51.6%と割合は上昇した。
製造業で営業利益見込みが「改善」する理由に関する回答で最多だったのは、「輸出体制の強化(製品・サービス・人員の拡充など)」と「生産効率、販売効率、稼働率などの改善」(同率50.0%、複数回答、以下同)で、輸出と生産の体制が改善したことが主因とみられる。一方、「悪化」理由は、「人件費の上昇」「原材料・部品調達コストの上昇」が同率(50.0%)で首位。前年も同じ2項目が首位と2位だった。

出所:海外進出日系企業実態調査(アジア・オセアニア編)
営業利益見込みの「改善」から「悪化」を引いた景況感のDI値は、製造業で6.6となり、前年のマイナス3.1から改善した。2025年の見通しDIでは、51.6と大幅に上昇している。
今後1~2年の事業展開の方向性について「拡大」と回答した割合は、2024年の製造業で51.6%となり、前年の43.8%を上回り、半数を超えた(図2参照)。「現状維持」「縮小」ともに割合が低下し、拡大傾向が鮮明となった。拡大と回答した製造業の回答理由は、「輸出の増加」が最大の66.7%に達した。

出所:海外進出日系企業実態調査(アジア・オセアニア編)
日系企業調査において、非製造業も含め輸出が売上高に占める割合が75%超と回答した企業がほぼ半分(100%が33.3%、75%以上100%未満が14.0%)となっているバングラデシュでは、輸出の増減は事業の見通しに大きく関わる。バングラデシュからの輸出先に関する回答では日本が最大の64.7%で、2位のASEANの8.6%を大きく引き離した。このことからも、バングラデシュと日本のEPA交渉への期待の高さがうかがわれる。
- 注1:
- 日系企業調査は2024年8月20日~9月18日にバングラデシュの日系企業175社を対象に実施。有効回答数79社(45.1%)。うち製造業が32社、非製造業が47社。
- 注2:
- 執筆時点のバングラデシュ縫製業の最低賃金は2023年12月22日付ビジネス短信参照。
- 注3:
- バングラデシュ輸出振興庁(EPB)によると、2023/2024年度の輸出額全体に占める衣料品(HSコード61、61の合計)の輸出先別割合は、EU向けが39.9%、米国向けが14.9%に対し、日本向けは2.4%。

- 執筆者紹介
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ジェトロ調査部アジア大洋州課
今野 至(こんの いたる) - 出版社、アジア経済情報配信会社などを経て、2023年9月から現職。