インドネシアの機密情報管理の状況と漏えい対策
日系企業でも取り組み進む

2025年5月19日

インドネシアの人口は2023年時点で約2億7,900万人(インドネシア政府統計)に達し、世界では第4位、ASEANでは最大の人口を誇る。GDP成長率も、2022年から2年連続で5%を超えるなど、消費市場の拡大が魅力とされる。また、外務省が毎年発表している「海外進出日系企業拠点数調査」によると、2023年10月1日時点でインドネシアに進出している日系企業の拠点数は、前年から3.8%増加し、2,182拠点となっている。このようにインドネシアは、日系企業の関心がますます高まる一方、進出を目指す企業にとっての障壁の1つに、コンプライアンス意識の低さが挙げられる。インドネシア・ジャカルタの現地日系企業とTMI総合法律事務所の齋藤英輔パートナー外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます(弁護士)を2024年11月25~26日に訪問し、営業秘密管理体制の課題や構築のための取り組みについて聞いた。

悪意のない流出のリスクに苦悩する日系企業

企業には、それぞれ事業や経営に関する独自のノウハウなど自社の優位性を確保するために秘密とする情報がある。日本では、企業の持つ秘密情報の中でも「不正競争防止法」によって保護されるものを「営業秘密」と呼ぶ。具体的には、「秘密管理性」「有用性」「非公知性」の3つの要件を満たすと、同法上の「営業秘密」として扱われる。

海外ビジネスを展開するにあたっても、自社の営業秘密を保護することが重要だ。しかし、海外拠点などでは、異なる商習慣などから、情報漏えいのリスクが高まる。ひとたび情報の流出や漏えいが発生すれば、自社の優位性を失うほか社会的信用が低下するなど、企業に深刻な被害をもたらす可能性がある。インドネシアでも、法律2000年第30号によって、営業秘密は日本とおおむね同じ内容で定義されている。 しかし、インドネシアの実情として、実務では気にされることがほとんどない。特にインドネシア企業では、このような法律に対応した社内規則が存在しないことや、そもそも従業員が法律を知らないことも珍しくないという。また、必ずしも悪意をもって情報を流出させているケースばかりではなく、親切心で「知っているから教えてあげる」ことで、漏えいにつながる場合もあるという。こうしたインドネシアの事情がある一方で、現地日系企業は、日本の本社からは一定水準のコンプライアンス整備を求められており、インドネシアの商習慣などにも鑑みて関連規定をローカライズしなければならない。現地駐在員は板挟みになっているという。

インドネシアにおける営業秘密管理について、齋藤弁護士や現地日系企業から挙げられた課題は主に2点ある。1つ目は、転職者による情報漏えいだ。他のASEAN諸国と同様、インドネシアにおいても転職(ジョブホッピング)が盛んに行われる。同業他社への転職時に自社の機密情報が持ち出されるリスクがあるほか、自社の新規採用者が前職の機密情報を持ち込んでしまう可能性もあり、注意が必要である。2つ目は、SNSの業務利用による漏えいリスクの高まりだ。インドネシアでは、業務で日常的にSNSが利用される。特にWhatsAppが多く利用され、社内の簡単な連絡のみならず、機密性の高いファイルのやりとりが行われることもある。一方で、プライベートとビジネスでデバイスやアカウントの使い分けをする例は少なく、セキュリティー面に懸念がある。ある日系企業の担当者は、「インドネシア現地職員のコンプライアンスに関する意識は低い。情報を漏えいさせることが禁止されているということを理解していないことも多い。業務上の指示をする場合には、背景説明や理由づけを行うよりも、罰則規定を理解してもらうことが有効だと思う。『何をすると、どうなってしまうのか』をしっかりと伝えることで、機密情報の流出防止にも効果がある」と述べた。

営業秘密漏えい対策に取り組む企業も

こうした課題を前にして、社員の営業秘密に対する意識づけの強化のために、外部講師による社内セミナーや研修を導入している現地日系企業もある。「営業秘密とは何か」「機密情報との違いは何なのか」などの基礎レクチャーから、具体的な例示による説明まで丁寧にフォローすることで、現地スタッフの正しい知識習得を促し、営業秘密に対する感度を高めることを目指す。さらに、社内での営業秘密管理の教育体制の構築を目指す企業もある。現地駐在員の数は限られており、人的資源も予算も限られる中、駐在員が営業秘密のみに注力することは現実的ではない。そこで、現地採用者で営業秘密管理を担当できる人材を育成・配置し、社内でも持続的に営業秘密に対する教育を行えるように試みているという。また、関連するマニュアル・社内規定の策定や、日本本社の規定を現地法律の状況や商習慣、労務環境と照らし合わせてローカライズする取り組みもうかがえた。

このような取り組みにより、自社の経営や技術に関する情報を保護し、リスクを最小限にすることは、インドネシアのみならず、各国・地域でビジネスを展開するにあたって極めて重要である。ジェトロでは、日本企業の中国、タイ、ベトナム、インドネシアの現地の営業秘密管理体制の強化、導入の促進を目的とし、現地の専門家による各種コンサルテーションや社員向けの研修を担う「海外における営業秘密漏えい対策支援事業」を実施している。本事業のインドネシアの専門家を務める齋藤弁護士は、営業秘密という概念が分かりにくいため、従業員に理解してもらう難しさがある、と話す。セミナー後の受講者アンケートで理解度を図る設問を設けるなど、意識づけのための工夫も凝らしている。企業にとってコストを割きにくい営業秘密管理体制の構築だが、社内体制を構築し継続的な教育を行うことや、ポリシーを改善していくことで、将来的には、企業にとって深刻な被害をもたらす事案の発生を未然に防ぐことにつながるだろう。営業秘密や機密情報の管理を単なる「コスト」と捉えず、むしろイノベーション創出のための「投資」「チャンス」と捉え、経営層にもその重要性を認識させたうえで、地道に、精力的に取り組んでいくことが必要だ。


TMI総合法律事務所による現地社員向け研修の様子(ジェトロ撮影)
執筆者紹介
ジェトロ知的資産部知的財産課
井上 真琴(いのうえ まこと)
2024年、ジェトロ入構。知的財産課でASEANおよびオセアニア地域を担当。
執筆者紹介
ジェトロ長崎
上原 広夢(うえはら ひろむ)
2022年、ジェトロ入構。知的財産課を経て2025年2月から現職。