EV巡る政策展開や通商動向に注目
内憂外患のEU自動車産業(2)

2025年6月16日

EUでは、内燃機関搭載車の新車販売が実質的に禁止される2035年に向け、電気自動車(EV、注1)の市場拡大が急がれてきた。しかし、欧州自動車工業会(ACEA)によると、2024年のバッテリー式電気自動車(BEV)の新車登録台数は前年比5.9%減と、初めて前年を下回った(2025年1月24日付ビジネス短信参照)。EV需要の低迷により、2035年目標の見直し論もくすぶる(「内憂外患のEU自動車産業(1)競争力低下に危機感満ちた2024年」参照)。

本稿では、EV購入者の裾野を広げる可能性がある新たな政策手段や、対中・対米関係など、自動車関連の通商動向について紹介する。

購入助成制度とソーシャルリース、それぞれの利点と課題

2024年のEUのEV新車登録台数は約221万台、うちBEVが約145万台、プラグインハイブリッド車(PHEV)が約77万台だった(注2)。BEVとPHEVの割合は2021年まではほぼ同じだったが、BEVと対照的に、PHEVは2022年以降、伸び悩んでいる(図1参照)。

図1:EUの2020~2024年のEVの新車登録台数
2020年は、BEV535,846台、PHEV510,149台、合計1,045,995台。2021年は、BEV873,483台、PHEV865,752台、合計1,739,235台。2022年は、BEV1,116,654台、PHEV881,555台、合計1,998,209台。2023年は、BEV1,536,178台、PHEV812,421台、合計2,348,599台。2024年は、BEV1,449,321台、PHEV765,330台、合計2,214,651台。

出所:欧州代替燃料観測所(EAFO)のデータを基にジェトロ作成

欧州委員会のポータルサイト「欧州代替燃料観測所(EAFO)」による消費者調査PDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)(1.22MB)(注3)では、BEVについて、回答者の多くは環境負荷が少ないことを評価しており、BEVを所有していない人の33%は5年以内に購入することを検討していると答えた。一般的に、EVのランニングコストは内燃機関搭載車と比較して低いと言われるが、購入時の初期費用、さらに、充電インフラの整備状況が依然として購入の際のネックとなっている。

価格に関し、同調査の回答者が新車または中古のBEVに払う意思がある価格の中央値は2万ユーロだが、ACEAによると、EU市場で販売されているEV約370モデルのうち、3万ユーロ以下は16モデルしかない(2025年3月時点)。近年のEV躍進の原動力となったEU加盟国による購入助成制度は、徐々に縮小・廃止され、公的助成制度を持たない加盟国は2025年4月時点で前年から2カ国増え、8カ国になった。

例えば、EU最大のBEV市場のドイツでは、2023年末にBEVなど低排出ガス車の購入助成制度が突如終了し、2024年のBEV登録台数は前年比27.4%の大幅減となった(2025年1月14日付ビジネス短信参照)。ACEAは同国を「EV市場が成熟する前に公的助成を打ち切り、市場が崩壊した例」と述べ、購入助成制度は「市場拡大の前提条件」と重要性を訴える。加えて、各国が独自の裁量で実施するため、助成額や要件はさまざまで、結果として加盟国間でEV普及状況に差が生まれていると指摘し、EUレベルで統一したアプローチが必要と主張する。

欧州委も同様の認識を持ち、2025年3月発表の「自動車部門に関する産業行動計画」(2025年3月13日付ビジネス短信参照)で、EUレベルでの購入助成制度の設計に向けた作業に着手する方針を示した。

また、行動計画では「ソーシャルリーススキーム」に関し、欧州委が加盟国に勧告を出すとした。ソーシャルリースとは、低中所得者層向けに手頃な価格(例えば、月額100~150ユーロ)でEVをリースできる仕組みだ。契約満了時に車両の買い取りが可能な場合もある。EUではフランスが2024年に初めて大規模な制度を導入した。環境団体Transport&Environment(T&E)は、ソーシャルリースは低中所得層に特化した購入支援策として有効で、EV市場拡大に資すると評価する。一方で、公費負担が当初の想定より大きくなる可能性があること(注4)や、リース事業者の選定方法など、制度の透明性の確保を課題に挙げる。その上で、EUや加盟国に対し、社会気候基金(Social Climate Fund、注5)を活用することや、所得の水準と車の必要性という2つの重要な社会基準に応じ受益者を選定するよう提言した。

充電インフラについては、EAFOによると、2024年末時点で域内の充電器は約88万基だった(図2参照)。代替燃料インフラ規則(2023年8月2日付ビジネス短信参照)に基づく整備加速が期待されるが、英国のシンクタンク、ソーシャルマーケット財団(SMF)は、同規則は出力数を基に目標を設定しているため(注6)、充電器の絶対数が増えない可能性があり、地方など整備が遅れている地域での設置加速という視点が欠けていると指摘した。また、民間事業者にとって、初期投資は大きいが、収益性が低いことも課題に挙げ、公的投資の拡大の必要性と、EUの社会気候基金の活用などを提言した。

図2:EU域内の2020~2024年のEV充電器数
2020年は、普通充電155,808基、急速充電15,815基、合計171,623基。2021年は、普通充電270,025基、急速充電29,121基、合計299,146基。2022年は、普通充電388,820基、急速充電59,025基、合計447,845基。2023年は、普通充電536,174基、急速充電96,080基、合計632,254基。2024年は、普通充電741,841基、急速充電140,171基、合計882,012基。

出所: EAFOのデータを基にジェトロ作成

「中国に門戸閉ざさず戦う」、必要なのは産業戦略

域内のEV需要が低迷する中、EUは安価な中国製BEVの流入増加を警戒し、2024年10月から相殺関税措置を実施している(2024年12月19日付地域・分析レポート参照)。

ACEAの経済・市場報告書2024年版PDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)(846KB)(2025年3月発表)によると、EUの2024年の乗用車輸出台数は455万3,344台(前年比6.6%減)、輸入台数は342万402台(5.2%減)だった。金額ベースでは、乗用車の輸出額は1,547億200万ユーロ(前年比7.3%減)に対し、輸入額は731億5,900万ユーロ(8.8%減)で、貿易収支は815億4,300万ユーロ(5.9%減)の黒字だった(表1参照)。

表1:EUの2024年の乗用車の輸出入額

(単位:100万ユーロ、%)(△はマイナス値、-は値なし)
輸出
順位 相手国 2023年 2024年 伸び率 構成比
1 米国 40,311 38,463 △ 4.6 24.9
2 英国 32,641 33,306 2.0 21.5
3 中国 19,358 14,419 △ 25.5 9.3
4 トルコ 12,848 11,879 △ 7.5 7.7
5 スイス 7,623 6,871 △ 9.9 4.4
世界全体 166,832 154,702 △ 7.3
輸入
順位 相手国 2023年 2024年 伸び率 構成比
1 中国 14,348 12,602 △ 12.2 17.2
2 日本 11,013 11,718 6.4 16.0
3 英国 12,492 10,423 △ 16.6 14.2
4 トルコ 7,902 8,995 13.8 12.3
5 韓国 10,066 7,850 △ 22.0 10.7
世界全体 80,214 73,159 △ 8.8

出所:ACEA資料を基にジェトロ作成

中国は3年連続で最大の輸入相手国となり、輸入額は前年比12.2%減だったが、輸入台数はほぼ前年並みの74万8,448台(構成比21.9%)だった。相殺関税措置の対象である同国からのBEV輸入額は前年比約25%減の83億ユーロにとどまった(図3参照)。

図3:EUの2020~2024年の中国製BEVの輸入額の推移
2020年は632,150,019ユーロ、2021年は3,499,114,399ユーロ、2022年は6,872,780,880ユーロ、2023年は11,036,747,567ユーロ、2024年は8,315,006,797ユーロ。

注:BEVの新車(CNコード87038010)と中古車(CNコード87038090)の輸入額を合計したもの。CNコードとは、EUの合同関税品目分類表(Combined Nomenclature)に基づく品目コード。
出所:ユーロスタットの統計を基にジェトロ作成

近年、中国企業の欧州進出が続く一方で、中国市場では欧州企業の苦戦が目立つ。ACEAのシグリッド・デ・ブリーズ事務局長は2025年4月30日付のメッセージ外部サイトへ、新しいウィンドウで開きますで、欧州企業は「中国から撤退できないし、すべきではない」ため、「うまくバランスを取りながら競争し、かつ協業しなければならない」と述べた。実際、EVの開発・製造、コネクテッド化から第三国での販売まで、欧州企業と中国企業の協業は広がっている(表2参照)。同事務局長は「中国企業は独自のスピード感を持って事業を展開し、強力な政府援助によるエコシステムに支えられ、グローバル市場進出を必然としている」と指摘している。EUの選択肢は「EUに挑む中国に対して、門戸を閉ざすのではなく、自らの陣地を整え、それを守るため戦うこと」と述べ、官民一体となって、競争力強化に向けた欧州委の「自動車部門に関する産業行動計画」を実行しなければならないと訴えた。

表2:最近の欧州企業と中国企業の協業例
企業名 発表時期 内容
フォルクスワーゲン 2024年2月 中国のEVメーカー小鵬汽車(Xpeng)と連携し、インテリジェント・コネクテッド・ビークル(ICV)2モデルを共同開発
メルセデス・ベンツ 2024年4月 中国IT大手の騰訊科技(テンセント)などと協力し、車載ゲームのサービスを開始
アウディ 2024年5月 中国の大手自動車グループ上海汽車集団(SAIC)と提携し、中国市場に投入するEVに特化したプラットフォームを共同開発
ステランティス 2024年8月 中国のEVメーカー零跑汽車(リープモーター)と2023年に中国以外の地域での製造・販売を担う合弁会社を設立。同社のEVをブラジルと欧州で販売
2024年12月 中国の車載電池大手の寧徳時代新能源科技(CATL)と、スペインにリン酸鉄リチウムイオン(LFP)電池工場を建設(2026年稼働予定)
ルノー 2025年2月 中国の自動車メーカー吉利汽車(ジーリー)がルノーに投資すると同時に、ジーリーのブラジル市場向けの電動車をルノーのブラジル生産拠点や販売網を利用して生産、販売する計画を発表

出所:各社の発表や報道情報を基にジェトロ作成

部品部門も、中国製品に押されている状況は同様だ。中国からEUへの部品の輸入額は、EV用に限らず、2020年から2024年にかけて倍増しており、グローバル市場だけでなく、域内市場でも欧州勢の競争力低下が懸念されている。他方、欧州部品工業会(CLEPA)とコンサルティング大手のマッキンゼーが2024年春に欧州の自動車部品業界に対して行った調査によると、回答企業約130社のうち、中国事業のビジネス全体に占める割合が将来的にかなり大きくなると考える企業は31%にとどまった。

EUと中国、解決策模索で一致、米国の追加関税の影響も注意

相殺関税措置の発動後も、EUと中国は最低輸入価格を設定する価格約束に関する交渉を続けている(2024年11月6日付ビジネス短信参照)。目立った進展がない中、米国では、ドナルド・トランプ氏が2025年1月、第47代大統領に就任し、矢継ぎ早に関税措置を発表した。米国が輸入する自動車には、4月3日から25%の追加関税が課され、5月3日から自動車部品も適用対象となった(2025年4月3日付ビジネス短信参照)。

米国は表1のとおり、EUにとって最大の乗用車の輸出相手国で、EU・米国の交渉の行方が注目される。ACEAは米国の自動車に対する追加関税および相互関税に伴う損失は800億ユーロ、CLEPAは部品部門の損失は139億ユーロに上ると予測し(2025年4月時点)、危機感を高めている。両団体や主要企業9社は4月7日、欧州委のウルズラ・フォン・デア・ライエン委員長とオンラインで面談し、報復措置ではなく、対話による迅速な課題解決を求めた。欧州委の翌8日付の発表外部サイトへ、新しいウィンドウで開きますによると、産業界からは、米国の措置による影響、特に貿易転換のリスクへの懸念が示された。また、EUが解決策として検討するEU、米国双方での関税引き下げを支持し、互恵的な方法で非関税障壁を相互に撤廃する可能性についても考えを共有したと述べた。

フォン・デア・ライエン委員長は4月8日には中国の李強首相と電話会談し(欧州委ウェブサイト参照外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)、米国の関税措置を受け、両者は自由で公正な貿易を支持する責任があると述べた。また、貿易転換を懸念し、「中国は特に世界的な過剰生産が起きている分野での対応に重要な役割を果たす」と牽制。通商動向を追跡し、随時対応可能な仕組みの構築について話し合った。

欧州委のマレシュ・シェフチョビチ委員(通商・経済安全保障担当)は同日、中国の王文涛商務部長とオンラインで会談した。中国政府の発表によると、EV価格に関する交渉開始や、自動車産業での相互投資協力を巡って、議論を開始することに合意した(2025年4月11日付ビジネス短信参照)。

相殺関税措置については、中国市場への依存度が高いドイツメーカーを中心に、反対意見も根強い(2025年3月31日付ビジネス短信参照)。また、一部の対象企業が欧州司法裁判所(ECJ)に欧州委を提訴したほか、中国の申し立てにより、WTOの紛争解決小委員会(パネル)設置が決定した。EU・中国間の直接交渉の行方に加え、WTOやECJの判断も注目される。


注1:
本稿でEVとは、バッテリー式電気自動車(BEV)とプラグインハイブリッド車(PHEV)を指す。ハイブリッド車(HEV)は含まない。
注2:
2024年のEUのEV新車登録台数は2,214,651台、うちBEVが1,449,321台、プラグインハイブリッド車(PHEV)が765,330台だった。
注3:
調査は2023年10月~2024年2月に12の加盟国で実施され、合計1万9,080人が回答した(そのうち、BEV所有者は2,046人)。
注4:
T&Eによると、フランスの事例では、5万台のリースにかかったコストは当初予定の2倍の約6億5,000万ユーロとみられ、支援額は1台当たり1万3,000ユーロとなる。
注5:
社会気候基金とは、建物や道路輸送分野などへの排出量取引制度(ETS)導入に当たり、脆弱(ぜいじゃく)な市民や零細企業の支援を目的とするEUの基金。加盟国は同基金を利用し、低排出車の導入促進に向けた措置の実施などが可能(2023年5月12日付ビジネス短信参照)。
注6:
代替燃料インフラ規則に基づき、各加盟国には毎年末時点のBEVとPHEVの登録台数に応じ、それぞれ1台当たり1.3 キロワット(kW)以上、0.8kW以上の充電設備の整備が義務付けられている。

内憂外患のEU自動車産業

シリーズの次の記事も読む

(1)競争力低下に危機感満ちた2024年

執筆者紹介
ジェトロ・ブリュッセル事務所
滝澤 祥子(たきざわ しょうこ)
2016年からジェトロ・ブリュッセル事務所勤務。