インドにグローバル・ケイパビリティー・センター(GCC)を置く魅力

2025年5月29日

インド南部のカルナータカ州政府は2024年11月、研究開発(R&D)拠点などを含むグローバル・ケイパビリティー・センター(GCC)政策を発表した(2024年11月28日付ビジネス短信参照)。インド政府によると、2025年2月時点でインドにはグローバル企業を中心に1,700社以上がGCCを設置し、約190万人を雇用している。英国のコンサルティング会社アーンスト・アンド・ヤング(EY)の報告書では、今後2030年までに、GCC数は約2,550まで伸び、その市場規模は1,100億ドルに達すると見込んでいる。本レポートでは、日本ではなじみの薄いGCCの定義や、多国籍企業のGCC事例、インドにGCCを設置する優位性などを取り上げる。

GCCの定義

GCCはグローバル・インハウス・センター(GIC)とも呼ばれ、人件費や賃料といったコストが低く、かつ優秀な人材が豊富な国に多国籍企業が設立する特定のビジネスプロセスや機能を担う拠点を指す。主にITサービス、シェアードサービス、エンジニアリング、研究開発(R&D)に分類され、売り上げを立てる販売拠点や製造拠点は含まれない。

インドは1980年代後半、英語を話すITエンジニアの人材プールの側面と、米国との時差を強みに、米国のIT・ソフトウエア開発企業のオフショア開発拠点として発展した歴史がある。IT・ソフトウエアの開発以外にも、コールセンターやバックオフィス業務を担うビジネス・プロセス・アウトソーシング(BPO)拠点としての側面も見られるようになった。その後、人事や経理などの機能をシェアードサービス化する流れが主流となり、近年ではマーケティング、サプライチェーンマネジメント、法務、リスク管理など、経営上の重要度がより高いプロセスやR&Dの機能も担っている。

インドGCCの現在

冒頭で述べたとおり、現在、グローバル企業を中心に1,700社以上がGCCをインド全土に構えている。同国のコンサルティング会社ジノブによると、うち米国企業のGCCが1,090社と、全体の6割以上を占め、欧州・中東・アフリカ(EMEA)企業が480社、アジア太平洋(APAC)企業が140社と続く。なお、APACのうち、約50社が日本企業だ。有名な多国籍企業に限らず、ユニコーン企業(注1)や、従業員数が約1,000~2,000人の中規模GCCの設立も進んでいる。図は、インドにGCCを持つ親会社の業界構成を表している。全国ソフトウエアサービス産業協会(NASSCOM)によると、2023年6月時点の内訳は、工業、ソフトウエア・インターネット、半導体の3分野が17%ずつと最も多く、次いで銀行・金融サービス・保険(BFSI)が11%と続き、その他の産業は5%前後ずつとなっている。

図:インドGCCの親会社の業界構成
工業は17%、ソフトウエア・インターネットは17%、半導体は17%、銀行・金融サービス・保険は11%、日用消費財は5%、電気・電子機器は5%、医薬品は5%、通信・ネットワークは5%、経理・広告・マーケティングなどは6%、輸送・インフラは6%、家電製品は6%。

出所:NASSCOM「Vertical wise Indian GCCs overview in H1 CY2023」を基にジェトロ作成

表1は、インド国内の地域別のGCC拠点数を表す。NASSCOMが2024年9月に公表したレポートでは、計2,975拠点に対し、全体の約3割(875拠点)を占めるベンガルールが最も多い。次いでデリー首都圏(NCR、465拠点)、ムンバイ、プネ、ハイデラバード(それぞれ350拠点前後)、チェンナイ(305拠点)と続き、過去5年間でTier1(注2)都市に限らず、Tier2、Tier3都市でも増加が見られる。インド政府が従来実施している経済特区(SEZ)、ソフトウエア技術工業団地(STP)スキームなどに加え、前述のとおり、2024年秋にGCCに特化した政策を発表したカルナータカ州のほか、タミル・ナドゥ州、テランガナ州も従来、ITセクター、GCC向けの各種インセンティブを充実させてきた。グジャラート州のGIFTシティー(金融オフショア取引の経済特区)も、外資系金融機関などには魅力的だ。今後、インド全土のGCCがさらに増加する中で、さまざまな地域に分散していく可能性が高い。

表1:インド国内の地域別のGCC数

Tier1都市
Tier1都市 2024年 2019年
ベンガルール 875 620
NCR 465 285
ムンバイ 365 215
プネ 360 210
ハイデラバード 355 230
チェンナイ 305 180
アーメダバード 35 10
コルカタ 30 20
コインバトール 25 15
Tier2都市
Tier2都市 2024年 2019年
ティルバナンタプラム 20 5
コーチン 20 5
チャンディガル 15 5
その他(Tier3都市含む) 65 20

出所:NASSCOM「India GCC Landscape report」(2024年9月)を基にジェトロ作成

多国籍企業のGCC事例

インドには数多くのGCCが存在するが、本国にある本社向けの組織であることが多いため、その規模や機能、開発内容は外から見えにくい。以下、在インド米国商工会議所(AMCHAM)などが作成したレポート「Karnataka Impact Report」を参考に、米国企業のGCCについてまとめた。顧客データの分析や、人工知能(AI)・機械学習(ML)、ブロックチェーン(注3)など、最新の技術を活用した製品・サービスの開発、社内システム改革を行っている例が多く見られる。

表2:多国籍企業のインドGCCの活動内容
GCC拠点 設置場所 業種 設立年 従業員数 活動内容
Boeing India Engineering and Technology Center(BIETC) ベンガルール、チェンナイ 航空機製造 2009年 4,500人 デジタルエンジニアリング、サプライチェーンシステム(SCS)改革、プロダクトデータマネジメント(PDM)、プロダクトライフサイクルマネジメント(PLM)機能
THE Delta Tech Hub(DTH) ベンガルール 航空 2020年 550人 顧客体験向上、サイバーセキュリティー、アプリFly DeltaやウェブサイトDelta.comなどのシステム開発
Lowe's India ベンガルール 小売り 2014年 4,300人 AIエンジニアリング(生成AIモデル導入、モデルパフォーマンス向上、評価効率化、広範な導入を促進するツールとフレームワークの開発など)
Broadbridge India ハイデラバード、ベンガルール ソフトウエア、インターネット 2007年 5,200人 ブロックチェーンベースの新製品開発。暗号資産のデータキュレート
Pure Storage ベンガルール データストレージ、ソフトウエア 2022年 5,000人 コア製品の開発、製品インキュベーション
Bazaarvoice ベンガルール ソフトウエア、SaaS、Eコマース 2019年 250人 AI、MLを活用したデジタル技術革新。インドで顧客データを分析し、開発したコンテンツ関連統合ソリューション「Bazaarvoice Vibe」を世界で販売

出所:AMCHAMなど作成「Karnataka Impact Report」(2024年10月)を基にジェトロ作成

米国企業以外では、例えば、ドイツのボッシュは、ベンガルールとコインバトールにGCCを構え、エンド・ツー・エンド(End-to-End)のエンジニアリング、技術ソリューションなどの幅広い開発を行っており、2024年時点で数万人の従業員を擁する。また、韓国のサムスン電子は、インドの3カ所にGCCを構えているが、ベンガルールの拠点は数千人の技術者が働いているそうだ。

インドGCCの優位性

グローバル企業がGCCをインドに設立する理由は、優秀で比較的安価な人材が豊富なことが挙げられるだろう。表3は、ジノブが試算したソフトウエアエンジニアの人数とコストを表す。インドのソフトウエアエンジニア人材は約330万人で、約336万人の中国と同水準だが、コストが低いのが特徴だ。前述の多国籍企業の事例のとおり、インドでは、1社もしくは1拠点で何万、何千人規模の雇用が可能だ。また、ジノブのレポートによると、インドのAI・MLエンジニアは、米国の約79万人に次ぐ約45万人で、こちらのコストも抑えられている。日常的に英語を話し、欧米型のワークスタイルを受け入れられる点も、多国籍企業にとっては利点となる。これに前述のインド中央政府や州政府のインセンティブを加えれば、GCCの設立候補地として、インドが魅力的に映るだろう。

表3:ソフトウエアエンジニアの人数とコスト
国名 人数(万人) コスト(米国100に対する割合)
米国 160 100
カナダ 60 74
英国 45.5 70
日本 24 56
ポーランド 20.4 52
中国 336 49
メキシコ 23 46
ブラジル 73.5 42
インド 330 35
アルゼンチン 20.7 30
インドネシア 26.7 20

出所:ZINNOV社「COE Hotspots of the World2024」(2024年5月)引用


注1:
企業評価額が10億ドル以上で、設立10年以内の非上場企業を指す。
注2:
人口に加え、空港、病院、教育施設などの設置状況や、物価などを総合的に判断して指定される都市区分。最も大都市の分類のTier1都市には、デリー、ムンバイ、コルカタ、ベンガルール、チェンナイ、ハイデラバード、アーメダバード、プネの8都市が指定されている。
注3:
暗号技術を用いて取引履歴を1本の鎖のようにつなげて記録することで、改ざん不可能なデータ保存を実現する技術。
執筆者紹介
ジェトロ・ベンガルール事務所
夏見 祐奈(なつみ ゆうな)
2010年、経済産業省入省。通商政策局、製造産業局などを経た後、日本とインド両国の政府間合意に基づいて設置された日印スタートアップハブの担当として、2021年7月からジェトロ・ベンガルール事務所に勤務。