足元で中国の対韓直接投資が急増
中国企業の韓国進出が活発化(1)

2025年5月7日

韓国の対内直接投資は増加傾向が続いている。2024年の対内直接投資総額(申告ベース、以下同様)は345億6,900万ドルと、4年連続で過去最高を更新した(注)。これについて、韓国の産業通商資源部(日本の経済産業省に相当)は2025年1月7日付プレスリリースで、「米国大統領選挙など主要国の政治的変化や、地政学的対立など、不確実性が残る内外の環境の中で、過去最高の実績を達成した」「世界の投資家が、最近の韓国国内情勢にもかかわらず、韓国経済のファンダメンタルズに対して、引き続き信頼を寄せていることを示した」と高く評価した。さらに、同部は、米国やEUからの直接投資が減少した半面で、中国と日本からの直接投資が急増し、対内直接投資全体を牽引したと述べた。実際、特に中国に注目すると、2023年から2024年の中国からの対内直接投資増加額(42億600万ドル)は、対内直接投資総額の増加額(18億5,500万ドル)を大きく上回っている。韓国の各種メディアも、中国企業の韓国進出が近年、活発化していることをしばしば報道している。

以上の問題意識の下、本稿では、最近の中国企業の韓国進出動向について、産業通商資源部発表の対内直接投資統計や、韓国の各種メディア報道といった韓国発の情報を基に、2回に分けて解説する。1回目は、中国の対韓直接投資統計を点検した後に、最近の中国企業の韓国進出事例を概観する。さらに、二次電池・自動車関連の韓国進出状況について深掘りする。2回目の「韓国消費市場狙いの進出も相次ぐ」では、家電販売やECコマースなどの流通、外食分野の中国企業の韓国進出状況を整理するとともに、中国企業の韓国進出に対する韓国側の懸念について概説する。

なお、2022年前半までの状況は、2022年5月10日付地域・分析レポート「中国企業の進出、先端分野で広がる」を参照。

二次電池関連の対韓直接投資が急増

産業通商資源部によると、中国の対韓直接投資は2024年に前年比3.7倍の57億8,600万ドルと急伸した。これは、これまで最高だった2018年(27億4,300万ドル)の2倍以上に達する(図参照)。

図:中国の対韓直接投資の推移(申告ベース)
2000年7,600万ドル、2001年7,000万ドル、2002年2億4,800万ドル、2003年4,900万ドル、2004年11億6,500万ドル、2005年6,800万ドル、2006年3,800万ドル、2007年3億8,400万ドル、2008年3億3,600万ドル、2009年1億6,000万ドル、2010年4億1,400万ドル、2011年6億5,100万ドル、2012年7億2,700万ドル、2013年4億8,100万ドル、2014年11億8,900万ドル、2015年19億7,700万ドル、2016年20億4,900万ドル、2017年8億900万ドル、2018年27億4,300万ドル、2019年9億7,500万ドル、2020年19億9,100万ドル、2021年18億8,800万ドル、2022年14億8,100万ドル、2023年15億8,000万ドル、2024年57億8,600万ドル。

出所:産業通商資源部データベース(2025年4月11日アクセス)

2024年に中国の対韓直接投資が急増した原動力は何だったのだろうか。それを探るために、業種別に直接投資実績をみた(表1参照)。

2024年の中国の対韓直接投資は製造業、サービス業とも高い伸びを示した。特に寄与率に注目すると、製造業が75.1%、サービス業が23.6%で、製造業が増加分の4分の3を占め、対韓直接投資を牽引した。製造業の中でも、電気・電子の寄与率が4割弱と、特に高かった。業種をさらに細かくみると、寄与率が特に高かったのが、二次電池関連を中心とした「一次電池・蓄電池」と、半導体製造装置やロボット製造業などを含む「特殊目的用機械」だった。サービス業では、中国の対韓直接投資が特に集中した業種はみられず、幅広い業種で対韓直接投資が増加した。

表1:中国の業種別対韓直接投資(2023年~2024年、申告ベース)(単位:100万ドル、%)(△はマイナス値、-は値なし)
業種名 2023年
金額
2024年
金額 構成比 前年比 寄与率
農・畜・水産・鉱業 1 1 0.0 △ 4.8 △ 0.0
製造業 1,300 4,458 77.0 243.0 75.1
階層レベル2の項目食品 440 8 0.1 △ 98.2 △ 10.3
階層レベル2の項目繊維・織物・衣類 0 312 5.4 7.4
階層レベル2の項目製紙・木材 0 95 1.6 2.3
階層レベル2の項目化学工業 434 731 12.6 68.3 7.1
階層レベル2の項目非金属鉱物 1 3 0.0 294.5 0.0
階層レベル2の項目金属・金属加工製品 12 262 4.5 1,994.0 5.9
階層レベル2の項目機械装置・医療精密 23 819 14.2 3,527.8 18.9
階層レベル3の項目特殊目的用機械 11 740 12.8 6,513.4 17.3
階層レベル2の項目電気・電子 346 1,976 34.1 470.4 38.7
階層レベル3の項目一次電池・蓄電池 284 1,092 18.9 285.0 19.2
階層レベル2の項目輸送用機械 43 162 2.8 278.8 2.8
階層レベル2の項目その他製造業 0 90 1.6 20,228.8 2.1
サービス業 278 1,272 22.0 356.9 23.6
階層レベル2の項目卸売り・小売り(流通) 77 213 3.7 176.2 3.2
階層レベル2の項目宿泊・飲食店 11 7 0.1 △ 36.5 △ 0.1
階層レベル2の項目運輸・倉庫 66 101 1.7 52.8 0.8
階層レベル2の項目情報通信 9 295 5.1 3,042.5 6.8
階層レベル2の項目金融・保険 0 3 0.0 0.1
階層レベル2の項目不動産 9 97 1.7 934.1 2.1
階層レベル2の項目事業支援・賃貸 2 56 1.0 3,371.9 1.3
階層レベル2の項目研究開発・専門・科学技術 102 395 6.8 285.9 7.0
階層レベル2の項目余暇・スポーツ・娯楽 1 104 1.8 14,033.2 2.5
階層レベル2の項目公共・その他サービス業 1 1 0.0 38.0 0.0
電気・ガス・水道・環境浄化・建設など 2 56 1.0 3,173.9 1.3
合計 1,580 5,786 100.0 266.1 100.0

注:細品目ベースの業種は、寄与率が10%以上の業種のみ記載した。
出所:産業通商資源部データベースから作成(2025年4月11日アクセス)

産業通商資源部は原則的に、韓国に直接投資を行った企業名を公表していない。そこで、各種韓国メディアの情報などを基に、最近の中国企業の主な韓国進出事例を収集した(表2)。進出分野をみると、製造業は二次電池関連が多いほか、自動車・同部品、半導体関連、各種製造装置など、幅広い業種にわたっている。サービス業は製品の販売拠点やeコマース拠点の構築、外食チェーンの進出など、さまざまだ。

表2:中国企業の韓国進出主要事例(2023年3月~2025年3月)
年・月 中国企業名 総投資額 概要
2023年
3月
アリババグループ 1,000億ウォン以上 海外向け通販「アリエクスプレス」でコストパフォーマンスのよい商品を拡充し、ユーザーインターフェースを最適化するために、2023年に1,000億ウォン以上の投資を行うことを表明。
浙江杭可科技 3,000万ドル(浙江杭可科技分のみ) ビツロと合弁会社を設立し、SKオン向けの電池化成装置を生産する。浙江杭可科技は米国向け輸出を念頭に、中国生産を米国の自由貿易協定(FTA)締結国での生産にシフトしており、本件はその一環とみられる。
先導智能 京畿道安養市に韓国法人を設立。韓国の二次電池企業向け製造装置販売拠点とする。
格林美 最大で1兆2,100億ウォン SKオン、エコプロとの合弁で、全北特別自治道セマングムに年産5万トン規模の前駆体工場を建設する投資協定を締結。2023年内に着工し、2024年完工を目標とする。
広東利元亨智能装備 京畿道華城市に韓国支社を設立。韓国の二次電池企業に対する電池化成装置などの製造装置の販売拠点とする。
4月 浙江華友鈷業 1兆2,000億ウォン LG化学と合弁で全北特別自治道セマングムに前駆体を生産する工場を建設する基本合意書を締結。米国のインフレ削減法(IRA)への対応も狙う。
5月 浙江華友鈷業 1兆2,000億ウォン ポスコフューチャーエム、慶尚北道、同道浦項市と投資了解覚書を締結。浦項市に前駆体と高純度ニッケル生産ラインを建設する。2027年までの完工を目指す。
6月 永正鋰電 総合商社STXと合弁で水酸化リチウム製錬工場を韓国国内に建設する内容の業務協約を締結。建設地は江原特別自治道太白市になる見込み。
中偉新材料 1兆5,000億ウォン ポスコホールディングス、ポスコフューチャーエムの2社と、二次電池用ニッケル精製と前駆体生産を行う2つの合弁会社を慶尚北道浦項市に設立する契約を締結。それぞれ、2026年の量産開始を目標に、2023年第4四半期(10~12月)に工場着工予定。
7月 浙江杭可科技 3,800万ドル 忠清南道扶余郡にリチウムイオン電池充電・放電設備生産工場を建設する内容の了解覚書を忠清南道、同道扶余郡と締結。
浙江華友鈷業 ポスコホールディングス、GSエナジーとの合弁で設立したポスコHYクリーンメタルが、全羅南道麗水市に二次電池リサイクル工場を完工。同工場は年間ニッケル2,500トン、コバルト800トン、炭酸リチウム2,500トンの回収が可能。
寧波容百新能源科技 1兆ウォン以上 全北特別自治道セマングムでの8万トン級の正極材・前駆体工場の建設許可を韓国政府から取得。製品は米国や欧州市場に輸出予定。米国のインフレ削減法(IRA)成立を受けた措置。
8月 コッティコーヒー ソウル市に韓国1号店をオープン。
寧波容百新能源科技 同社の韓国子会社の載世能源が、忠清北道忠州市で正極材生産の韓国第2工場の起工式を開催。2024年下半期の完工を目指す。
アリババグループ 韓国現地法人アリエクスプレスコリアを設立し、事務所を開設。
9月 浙江南都電源動力 5,000万ドル 全羅南道光陽湾経済自由区域に電力貯蔵システム(ESS)工場を建設する投資協約を締結。
杉金光電/合肥新美材料 2億ドル/45億元 LG化学は、IT素材事業部のフィルム事業のうち、偏光板事業を杉金光電に、偏光板素材事業を合肥新美材料にそれぞれ売却すると発表。
11月 TCL科技 韓国家電市場に本格参入すべく、韓国法人を設立。コストパフォーマンスの良い製品を投入すると同時に、高い成長性が期待できるプレミアムテレビのラインアップ充実を図る計画。
比亜迪(BYD) KGモビリティー(旧・双龍自動車)昌原エンジン工場敷地に電池パック工場を建設する内容の業務協約を同社と締結。生産品はKGモビリティーのモデルに搭載。
12月 杭州中泰深冷技術 ポスコホールディングと合弁契約を締結。杭州中泰深冷技術の出資比率は24.9%。合弁会社は、半導体用の高純度貴ガス工場を全羅南道光陽市に建設。2025年末の商業生産開始を目指す。
2024年
1月
茶百道 カフェチェーンの同社は初の海外店舗をソウル市に開設。韓国ではソウル市を中心に年内に50店舗の開設を目指す。
アリババグループ〔淘宝(タオバオ)、天猫(Tモール)〕 現地法人タオバオTモールを設立。韓国製品を発掘し、中国市場で販売する狙いとみられる。
2月 寧波江豊電子材料 5,300万ドル 忠清南道牙山市に半導体用超高純度スパッタリングターゲット工場を建設する投資協約を忠清南道、同道牙山市と締結。製品はサムスン電子、SKハイニックスに供給予定。
PDDホールディングス 1億ウォン(資本金) 越境ECサイト「テム(Temu)」を運営する同社は子会社経由で韓国法人を設立。同社では「韓国の協力企業との協業を含め、現地法人の役割を遂行する計画」と発表している。
3月 北京汽車 4兆ウォン 京畿道高陽市とEV生産拠点構築のための業務協約を締結。年産20万台以上の規模を想定。米国向け生産拠点と位置づけているもよう。ただし、高陽市に経済自由区域が設置されることが前提。
アリババグループ 3年間で11億ドル 韓国国内に18万平方メートル規模の統合物流センターを構築する。それにより、海外向け通販「アリエクスプレス」の商品配送期間が大幅に短縮できる見込み。また、韓国国内の販売事業者の海外進出を支援する。さらに、消費者保護を目的に顧客サービスセンターを開設する。
喜茶(HEYTEA) ティードリンク・チェーンの同社は韓国初店舗をソウル市に開店。韓国の茶市場拡大を見込む。
4月 アリババグループ 334億ウォン 現地法人アリエクスプレスコリアを増資。韓国事業拡大による運営費用・マーケティング費用に充当する目的とみられる。
シーイン(SHEIN) 韓国専用のホームページを開設し、韓国市場に本格的に進出。
5月 アモイタングステン 1,300万ドル 全北特別自治道セマングムに酸化タングステン工場を完工。
6月 中偉新素材 75億ウォン 香港の子会社を通じ、スカイムーンズテクノロジーを買収、社名を「フィノ」に変更。新規事業として前駆体事業に参入。フィノは中偉新材料とポスコフューチャーエムとの合弁会社に出資。
7月 上汽通用五菱汽車 商用バン・タイプの電気自動車(EV)「e-TOVI」の販売を開始。
9月 無錫恒新光電材料 1兆1,200億ウォン サムスンSDIの偏光フィルム事業を取得。サムスンSDIは、中国地場企業の台頭により収益性が悪化していた同事業から撤退。
連合飛機 100億ウォン(2社合計) 無人航空機メーカーの連合飛機は、韓国のドローンメーカーのDエアとの合弁で光州市に産業用ドローン・無人航空機工場を建設する業務協約を締結。
10月 アモイタングステン 1,500万ドル 全北特別自治道セマングムに追加投資する投資意向書をセマングム開発庁に提出。2025年下半期にプロジェクト開始予定。
12月 アリババグループ 1,000億ウォン ビューティー・ファッションなどのスタイルコマースプラットフォーム「エイブリー」を運営するエイブリー・コーポレーションに出資。出資比率は約5%に。
明陽智能 1,500億ウォン 風力発電企業のユニスンとの合弁で慶尚南道泗川市に15メガワット(MW)クラスの風力タービン工場を建設、2026年の完工を目指す。
アリババインターナショナル 新世界グループとの合弁会社を設立し、新世界グループの通販「Gマーケット」と、アリババの海外向け通販「アリエクスプレス」を合弁会社の傘下に置くと発表。シナジー効果による競争力向上を狙う。
名創優品 生活雑貨を販売する「MINISO」ブランドの韓国1号店をソウル市に開設。同ブランドは2016年から2021年まで韓国で店舗展開しており、今回は韓国再進出となる。
2025年
1月
小米科技(シャオミ) 韓国法人をソウル市に設立。スマートフォン、テレビ、ロボット掃除機などの韓国市場での販売を本格化。
比亜迪(BYD) スポーツ用多目的車(SUV)タイプの電気自動車(EV)「ATTO3」の予約販売を開始。
寧徳時代新能源科技(CATL) 6億ウォン(資本金) 韓国に現地法人を設立する計画を発表。LFP電池を中心に、韓国の車載用・ESS用電池市場の開拓を進める考え。
2月 ジーカー(Zeekr) 韓国市場への本格参入のため韓国法人を設立。業界は中型SUVのEV「7X」の投入を予想している。
PDDホールディングス 京畿道金浦市で「テム(Temu)」の大規模物流センターを賃貸契約で確保。仁川国際空港・金浦国際空港・仁川港などの主要空港・港湾に近いのが最大の特徴。
3月 比亜迪(BYD) 既存の韓国現地法人BYDコリアとは別に、中古車の輸入・販売を行う現地法人BYDコリアオートを設立。
覇王茶姫(CHAGEE) 韓国での店舗展開を前に韓国公式インスタグラムを開設。

注1:本表には、新規の韓国進出事例に加え、既存の韓国拠点の投資案件なども含む。また、香港・海外を経由した事例や当初の計画どおり進展していない案件も含む。
注2:「総投資額」列の「-」は不明を示す。合弁会社の場合の金額は、特記しない限り、合弁会社全体の金額。
注3:1ウォン=0.1円。
注4:「概要」は報道時などの内容に基づく。
注5:地名は現行の地名に統一した。
出所:各種韓国メディア報道などを基に作成

まず、韓国の対内直接投資統計と韓国進出事例の両面で最も目立った二次電池関連についてみてみよう。

中国の二次電池関連企業の主な韓国進出事例は表3のとおり(表2に掲載した事例に加え、2021年にさかのぼって事例を記載した)。これによると、二次電池関連分野で中国企業の韓国進出は2023年央に集中している。これらの中国企業が2024年に対韓直接投資を申告したことで、「一次電池・蓄電池」の投資額が急増したものと考えられよう。

韓国進出事例をみると、二次電池関連の中でも、特に正極材や、正極材原料の前駆体、さらには、その川上工程のニッケル精製が多かった。中国企業の狙いは、中国からの輸出を韓国現地生産に代替し、顧客である韓国の二次電池企業との関係を強化することにあった。さらに、米国やEU向け輸出拠点として韓国に生産拠点を構築する狙いもあった。特に米国向けについては、バイデン政権(当時)の産業政策に対応したものだった。バイデン政権はインフレ削減法(IRA)に基づき、電気自動車(EV)購入者の税額控除(7,500ドル)の要件を定めた。二次電池関連の要件は主に次のとおりだ。

  • 二次電池材料に使われる重要鉱物には、米国または米国の自由貿易協定(FTA)締結国で抽出・処理された鉱物などの調達率の要件がある。また、「懸念される外国の事業体」で抽出・処理された鉱物を調達した場合には、2025年(一部は2027年)以降、税額控除はなされない。
  • 二次電池部品には、北米で製造・組み立てが行われた部品の割合の要件がある。また、「懸念される外国の事業体」で製造・組み立てが行われた部品を使用した場合には、税額控除はなされない。

ここで、中国が「懸念される外国」に含まれるため、重要鉱物や二次電池部品を中国で生産し、米国に輸出した場合、税額控除の対象外となる可能性が高い。よって、中国企業は米国とFTAを締結している韓国に目を付けたわけだ。

逆に、韓国企業が韓国国内で中国企業との合弁企業を設立する狙いは、サプライチェーンの強靭(きょうじん)化だろう。韓国企業は二次電池分野では世界市場で一定のシェアを誇っているが、二次電池の原材料は中国からの輸入に依存している。そこで、技術力のある中国企業と組んで韓国国内に生産拠点を構築することで、対中輸入を韓国国内生産に代替し、サプライチェーンの強靭化を図ろうとしたわけだ。

ところで、これら中国の二次電池関連企業の韓国進出計画のうち、実際にどの程度が実行されるのか、見通しは不透明だ。その理由は主に2つだ。1つは、世界のEV市場がその後伸び悩み、二次電池需要も事前の期待ほど拡大していないことだ。もう1つは、米国のトランプ政権がさまざまな追加関税措置を繰り出している上に、バイデン政権時に成立したインフレ削減法(IRA)の見直しを行う可能性があるためだ。表3の注6~9に記載したように、一部のプロジェクトでは、スケジュールが遅延したり、プロジェクト自体が白紙化されたりしている。

表3:最近の中国車載電池関連企業の韓国進出事例(製造業分野、2021年以降)
進出
形態
中国
企業名
発表・報道時期 総投資額 概要 備考
単独 寧波容百新能源科技 2021年4月 6,000億ウォン(第1段階~第3段階) 同社の韓国子会社の載世能源が、忠清北道忠州市で正極材生産の韓国第1工場を着工。10月の完成を目指す。同社では「韓国と中国の資本・技術を結び付け、EV用高性能正極材分野をリードする」とした。 なし
2023年7月 1兆ウォン以上 全北特別自治道セマングムでの8万トン級の正極材・前駆体工場の建設許可を韓国政府から取得。製品は米国、欧州市場に輸出予定。米国インフレ削減法(IRA)成立を受けた措置。 なし
2023年8月 同社の韓国子会社の載世能源が、忠清北道忠州市で正極材生産の韓国第2工場の起工式を開催。2024年下半期の完工を目指す。 なし
浙江杭可科技 2023年7月 3,800万ドル 忠清南道扶余郡にリチウムイオン電池充電・放電設備生産工場を建設することで、忠清南道、同道扶余郡とMOU(了解覚書)を締結。 なし
中偉新材料 2024年6月 香港の子会社を通じ、スカイムーンズテクノロジーを買収、社名を「フィノ」に変更。新規事業として前駆体事業に参入。フィノは中偉新材料とポスコフューチャーエムとの合弁会社に出資。 なし
合弁 浙江華友鈷業 2022年5月 5,000億ウォン 同社の子会社の天津巴莫科技がLG化学と合弁会社設立契約を締結。天津巴莫科技がLG化学の正極材子会社(慶尚北道亀尾市)に出資する。出資比率はLG化学51%、天津巴莫科技49%。浙江華友鈷業は、収益確保、海外事業拡大、鉱物の安定的供給先確保を狙う。合弁会社の正極材生産能力は年産6万トンで、2024年下半期の量産開始を目指す。 なし
2023年4月 1兆2,000億ウォン LG化学と合弁で全北特別自治道セマングムに前駆体を生産する工場を建設する基本合意書を締結。米国インフレ削減法(IRA)への対応も狙う。 注6
2023年5月 1兆2,000億ウォン ポスコフューチャーエム、慶尚北道、同道浦項市と投資MOU(了解覚書)を締結。浦項市に前駆体と高純度ニッケル生産ラインを建設する。2027年までの完工を目指す。 注7
2023年7月 ポスコホールディングス、GSエナジーとの合弁で設立したポスコHYクリーンメタルが、全羅南道麗水市に二次電池リサイクル工場を完工。同工場は年間ニッケル2,500トン、コバルト800トン、炭酸リチウム2,500トンの回収が可能。 なし
格林美 2023年3月 最大で1兆2,100億ウォン SKオン、エコプロとの合弁で、全北特別自治道セマングムに年産5万トン規模の前駆体工場を建設する投資協定を締結。2023年内に着工し、2024年完工を目標とする。 注8
永正鋰電 2023年6月 総合商社STXと合弁で水酸化リチウム製錬工場を韓国国内に建設する内容の業務協約を締結。建設地は江原特別自治道太白市になる見込み。 なし
中偉新材料 2023年6月 1兆5,000億ウォン ポスコホールディングス、ポスコフューチャーエムの2社と、二次電池用ニッケル精製と前駆体生産を行う2つの合弁会社を慶尚北道浦項市に設立する契約を締結。合弁会社の出資比率は、ニッケル精製は中偉新材料40%、ポスコホールディングス60%、前駆体は中偉新材料80%、ポスコフューチャーエム20%。それぞれ、2026年の量産開始を目標に、2023年第4四半期(10~12月)に工場着工予定。 注9

注1:「発表・報道時期」は韓国企業のプレスリリース年月、または韓国メディア報道年月などによる。
注2:「総投資額」列の「-」は不明を示す。合弁会社の場合の金額は、合弁会社全体の金額。
注3:1ウォン=0.1円。
注4:「概要」は発表・報道時の情報に基づく。
注5:地名は現在の地名に統一した。
注6:2025年2月の韓国メディア報道によると、本プロジェクトは進捗が遅延している。
注7:2024年9月の韓国メディア報道によると、ポスコフューチャーエムは採算確保が困難との理由で、本プロジェクトを中止した。
注8:2025年4月の韓国メディア報道によると、その後生じた変数で十分な収益性を確保できなくなったと判断され、本プロジェクトは中止された。
注9:ポスコホールディングスは2025年2月11日、ニッケル精製の合弁会社を清算することを公示した。韓国メディア報道によると、世界のEV市場が伸び悩んでいることや、ポスコ・グループ全体で非採算事業の整理を行っていることが清算の理由。なお、前駆体生産の合弁事業は予定どおり進められていると報じている。
出所:合弁企業は合弁パートナーの韓国企業のプレスリリースや韓国メディア報道に基づき、独資企業は韓国メディア報道に基づき、それぞれ作成

中国ブランド車が韓国市場に進出

自動車でも、中国企業が韓国市場で存在感を示す可能性が出てきた。

中国自動車企業の韓国進出について過去をさかのぼると、2004年に上海汽車集団が双竜自動車(現・KGモビリティーズ)を買収した案件があった(本件の投資のために、前掲の図で2004年の対内直接投資が突出している)。しかし、買収後の双竜自動車では業績不振が続き、労使対立が激化したため、上海汽車集団は双竜自動車の経営から手を引いた。その後、韓国市場で存在感を示す中国自動車企業は見当たらなかった。しかし、この状況が足元で変化しつつある。

現在のところ、中国の自動車企業が韓国市場で一定の地位を確立しているのが商用(主にバスとトラック)の電気自動車(EV)だ。その背景には、(1)EVは中国企業が技術的に先行しており、強みを発揮しやすい、(2)商用車は事業用が中心で、コストパフォーマンスが良好なら、参入障壁は高くないといった点がある。そのため、中国企業はまず、韓国の商用EV市場に参入し、その後に「本丸」というべき乗用EV市場に参入する道筋を描いている。

中国製EVが既に高いシェアを獲得しているのがEVバスだ。中国製EVバスの強みとして、相対的に安価なリン酸鉄リチウムイオン(LFP)電池を搭載することなどで、韓国車よりも安価な価格を実現していることや、韓国車に遜色のない性能と内部インテリアを装備していることなどが挙げられる。韓国自動車モビリティー産業協会によると、韓国EVバス市場での中国製EVバスの販売台数(新規登録台数ベース)とシェアは、2023年は1,522台・54.1%、2024年1~6月は424台・39.4%だった。このように、中国製EVバスは韓国EVバス市場で既に4~5割程度の高いシェアを獲得している。

他方、EVトラック市場での中国製EVトラックの販売台数とシェアは、2023年は2,741台・6.2%、2024年1~6月は637台・7.2%となっている。シェアこそ1桁にとどまっているものの、台数ベースではEVバスを上回っている。なお、同協会によると、乗用EVでも中国製が一定のシェアを有している。しかし、これはテスラなどの欧米企業が中国で生産し、韓国に輸出した乗用EVが計上されたもので、中国ブランド車ではない。

このような中、韓国の乗用EV市場への参入を図る中国企業が現れている。その代表格が比亜迪(BYD)と吉利汽車だ。

BYDは2016年に韓国法人を設立し、同年4月に済州島でEVバス20台を納品して、韓国市場での販売を開始した。EVトラックについては、2023年4月に韓国のGSグループの総合商社GSグローバルと共同開発した1トントラック「T4K」の販売を開始した。これについて、「聯合ニュース」(2023年4月6日)は「低価格戦略を取るとの予想とは異なり、BYDはT4Kの販売価格を韓国製1トントラックよりも高く設定した。『中国製は低品質』というユーザーの認識を払拭(ふっしょく)し、プレミアムブランドとして位置付ける戦略と解釈できる」と紹介している。

BYDはこのように、まず商用EVで足場を固めた後、2025年に韓国の乗用EV市場に参入した。同年1月にスポーツタイプ多目的車(SUV)「ATTO3」の予約販売を開始したほか、同年4月に中型セダン「SEAL(海豹)」の予約販売を開始した。さらに、同年末までに中型SUV「SEALION(海獅)7」の販売を開始する予定だ。

BYDの乗用EVが韓国市場でどの程度受け入れられるかについて、韓国では見方が分かれているようだ。「聯合ニュース」(2025年1月12日)は「(業界では)国産車のシェアが高く、中国製品に対する否定的な認識が強い上に、EV需要が伸び悩んでいる中で、市場に食い込むのは難しいという見方と、圧倒的な価格競争力を前面に打ち出し、意味のある成果を収めうるという見方が同時に出ている」と紹介した。ちなみに、韓国第2の自動車企業の起亜は毎年、自社の最高経営責任者(CEO)と投資家やアナリストなどが将来ビジョンなどを共有する目的で、「CEOインベスターデー」を開催している。2025年4月9日の直近の開催時、起亜は国内市場について「中国ブランド車の韓国進出で、競争が激化することが予想される」とのみ言及し、BYDなどの韓国市場参入の影響を警戒していることを示唆した。

他方、吉利汽車の韓国での事業展開は次のとおり〔ただし、前掲の表は一定期間の事例に限って紹介しているため、同社関連の記載は2025年2月の持ち株会社傘下の高級EV企業ジーカー(Zeekr)のみ〕。吉利汽車は、持ち株会社傘下にスウェーデンのボルボ・カーズをはじめ、買収した欧州自動車企業を有し、韓国市場で欧州ブランド乗用車の販売を行っている。これを除くと、吉利汽車の韓国市場での販売戦略はBYDと類似しており、まず商用EVで韓国市場に参入し、その後、乗用EVの拡販を目指すかたちとなっている。

商用EVについては、韓国GMの群山工場を買収した自動車部品企業・明信で1トンEV貨物バン「SE-A」をCKD生産し、明信の子会社のモビリティー・ネットワークスで2024年から販売している。

乗用EVについては、Zeekrが韓国市場に参入すべく、2025年2月に韓国法人を設立した。今後、ディーラーの選定などを経て、2026年の販売開始を目指すと報じられている。

さらに、以上の動きとは別に、吉利汽車は英領バージン諸島の子会社センチュリオンを経由して、2022年にルノーコリアの株式34.02%を約2億ドルで取得した。吉利汽車とルノーは世界各地で提携関係を強化しており、同件もその一環と考えられる。現在、ルノーコリアの釜山工場でボルボ・カーズ傘下のポールスターのEV車を委託生産する計画が進められているもようだ。これに関連し、「ヘラルド経済」(2025年1月4日、電子版)は「ルノーコリア釜山工場でEVを生産するのは今回が初めてだ。ルノーコリアは北米向け輸出用『フォルスター4』の生産のために、2026年初めまでに釜山工場のEV生産設備構築のための設備更新を完了する計画」と報じた。

BYDや吉利汽車以外にも、中国EV企業数社が韓国市場参入を目指している。オンライン日刊紙の「インダストリーニュース」(2025年4月2日)は「長安汽車と新興のEVメーカー・小鵬汽車も韓国進出を準備している。長安汽車は2025年内の法人発足と2026年のEV販売開始を目標にしている。(中略)小鵬汽車はディストリビューター選定のため、複数の輸入車ディーラーの代表と接触しているともようだ。(中略)小鵬汽車は初期投資費用が大きい韓国法人設立の代わりに、全国に販売・サービス網を有する既存の輸入車メガディーラーと総代理店契約を結んで韓国市場に進出するものと思われる」と報じている。


注:
産業通商資源部データベースでは、「申告ベース」「実行ベース」の2とおりで対内直接投資実績を検索できる。他方、同部は申告ベースを中心に対内直接投資実績を発表しており、同部が対内直接投資目標額を公表する際も、申告ベースの目標額のみを発表している。さらに、韓国の各種メディアも、申告ベースで対内直接投資関連のニュースを報道している。そこで、本稿でも、申告ベースの対内直接投資額を論じることとする。ところで、申告された対内直接投資案件の全てが実行されるわけではない。ちなみに、2025年3月末時点の累計申告額に対する累計実行額の比率を計算すると、次のとおりとなる。全世界からの直接投資について、同比率は61.6%だった。つまり、申告された対内直接投資のうち、実際に実行されたのは6割強だった。国別にみると、中国からの直接投資については28.9%、日本からは68.1%、米国からは40.6%で、中国からの直接投資は申告しても実行されない割合が相対的に高い傾向にあるといえる。ただし、直接投資の申告と実行の間には時差があり得る。例えば、2024年に申告した直接投資は翌年の2025年に実行され得る。前述の比率は、このような申告と実行の時差を考慮せず、単純に2025年3月までの累計額を基に計算した値である点に留意が必要。

中国企業の韓国進出が活発化

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(2)韓国消費市場狙いの進出も相次ぐ

執筆者紹介
ジェトロ調査部中国北アジア課
百本 和弘(もももと かずひろ)
ジェトロ・ソウル事務所次長、海外調査部主査などを経て、2023年3月末に定年退職、4月から非常勤嘱託員として、韓国経済・通商政策・企業動向などをウォッチ。