中国企業の進出、先端分野で広がる(韓国)
地場企業保有技術の獲得や市場確保が狙い

2022年5月10日

韓国の対中直接投資が伸び悩んでいるのとは対照的に、中国の対韓直接投資は2010年代以降、増加傾向だ。その実態はどのようなものだろうか。韓国側の直接投資統計やメディア報道などを基に探っていく。

中国の対韓直接投資には、3つの局面

2000年以降の中国の対韓直接投資(申告ベース)は図、表1のように推移してきた。年ごとの変動はあるものの、傾向としては増加している。韓国の対内直接投資額全体に占める中国からの割合も、上昇傾向にある。2000年代はその割合は2%程度の年が多かったのに対し、2010年代後半以降は多い年で10%を超えている。その結果、従来は米国と日本、EUの3極が対韓直接投資の主体だったが、近年はこれに中国(韓国政府の発表資料では、中国に香港、シンガポールなどを加えた「中華圏」と表記)を加えた4極になっている。

なお、韓国政府による対内直接投資の発表は、申告ベースの統計が中心だ。そのため、本稿でも申告ベースで分析した。ここで、申告しても実行されない直接投資が少なくない点には留意が必要だ。ちなみに、中国の対韓直接投資の場合、申告額に対する実行額の比率は2022年第1四半期(1~3月)までの累計で37.0%にとどまっている。韓国の対内直接投資全体では、この比率は63.6%だ。こうしてみると、中国の対韓直接投資は申告しても実行されない割合が相対的に高いと言える。

なお、対韓直接投資の手続きの順序を考えると、申告ベースの統計が実行ベースに先行すると想定できる。しかし、理由は不明ながら、前者指標の先行性は確認できなかった(注)。むしろ、申告ベースと実行ベースの両統計は、同時に増減する傾向が強い。

図:中国の対韓直接投資と中国/世界シェアの推移(申告ベース)
中国の対韓直接投資は2000年7,600万ドルから、2010年4億1,400万ドル、2021年18億8,800万ドルに増加した。主要業種別内訳は表1のとおり。韓国の対内直接投資額全体に占める中国からの直接投資額の割合は2000年0.5%から、2010年3.2%、2021年6.4%に上昇した。

注1:「中国/世界シェア」は、韓国の対内直接投資額全体に占める中国からの直接投資額の割合を示す。
注2:原データ(大分類)を基に再構成。「宿泊・不動産」は「宿泊・飲食店」と「不動産」の合計。
出所:産業通商資源部データベース

表1:中国の主要業種別対韓直接投資額(申告ベース)(単位:100万ドル)
製造業 宿泊・不動産 金融・保険 その他 合計
2000 8 6 0 62 76
2001 14 3 0 53 70
2002 217 7 0 24 248
2003 5 3 0 41 49
2004 1,129 2 0 34 1,165
2005 29 2 0 37 68
2006 11 1 0 26 38
2007 33 2 0 349 384
2008 4 3 0 329 336
2009 17 110 0 32 160
2010 310 13 0 90 414
2011 132 392 0 127 651
2012 167 411 75 73 727
2013 45 308 0 128 481
2014 133 940 4 112 1,189
2015 234 190 1,200 353 1,977
2016 816 243 281 709 2,049
2017 226 61 4 518 809
2018 867 942 587 347 2,743
2019 575 64 0 336 975
2020 1,373 133 1 484 1,991
2021 842 8 150 889 1,888

注:原データ(大分類)を基に再構成。「宿泊・不動産」は「宿泊・飲食店」と「不動産」の合計。
出所:産業通商資源部データベース

中国の対韓直接投資の推移をみると、(1)対韓直接投資が低調だった2000~2010年、(2)不動産投資が急増した2011~2014年、(3)多様な分野で韓国企業のM&A(合併・買収)が進んだ2015年以降、の3つの局面に分類できる。それぞれの局面については、次のとおり。

  • 2000~2010年
    総じて中国の対韓直接投資は低調だった。2004年が突出しているのは、大型投資案件があったためだ。
    特に、上海汽車による双竜自動車(韓国の中堅自動車メーカー)の買収が大きかった。経営不振が続いていた双竜自動車の発行株式の48.9%を上海汽車が取得した。韓国では、双竜自動車の保有するSUV(スポーツ用多目的車)技術獲得狙いの買収とも言われた。もっとも、双竜自動車の業績はその後も振るわなかった。また、激しい労働組合運動もあったことから、結局、上海汽車は経営から手を引いた。この件は、中国企業に対韓直接投資の難しさを痛感させた。同時に、韓国にとっては中国資本流入への警戒感を高める結果をもたらした。その後の中国の対韓直接投資低迷の一因になったと言える。
  • 2011~2014年
    この時期は不動産投資が急増し、それが、中国の対韓直接投資全体を牽引した。中国の不動産投資は当初、韓国南西部の済州島に集中した。これは中国の個人観光客がビザなしで済州島に渡航できるようになり、中国人観光客が急増したことがきっかけだった。済州島には、中国資本による中国人観光客向け宿泊施設や観光施設の建設などが相次いだ。しかし、終末高高度防衛ミサイル(THAAD)配備問題により、済州島を訪問する中国人の数が減少に転じた。そのため、済州島への投資ブームは数年間で終了した。その後の中国資本の不動産投資は、ソウル首都圏が中心になっている。
    さらに、不動産投資に隠れがちとはいえ、韓流関連の投資も活発化した(ゲーム、ファッション、食品、化粧品、エンターテインメントなど)。それらの多くは、韓国商品を確保し、中国市場に投入するところに狙いがあった。例えば、ゲームでは、テンセント(騰訊)が2012年にカカオ、2014年にCJゲームズ(当時)や4:33に出資した。このほかにも韓国企業への投資例が多く見られた。例えば、ファッションでは、女性服のランシー(朗姿)が2014年にアガバン&カンパニー(韓国で乳幼児服トップメーカー)に出資した。
  • 2015年以降
    当初、金融・保険、次いで製造業の直接投資が増加した。また、グリーンフィールド投資よりも、既存の韓国企業に出資したり買収したりする動きが中心になった。
    細かくみると、2015年に金融・保険が急増し、中国の対韓直接投資はそれまでの最高額を記録した。金融・保険の投資を牽引したのは、安邦保険集団(当時)による東洋生命(韓国の中堅生命保険会社)の買収だった。同集団は、2016年にアリアンツ生命韓国法人も買収している。
    その後は、特に製造業への直接投資が増えた。2011~2014年の製造業の直接投資は中国市場に投入するための韓流製品確保を主な目的としていたのに対し、2010年代後半以降は、韓国企業の技術獲得や韓国市場確保が主な目的で、業種は電気・電子、化学などが多くなった。近年の中国企業の対韓進出事例を、次項で紹介する。

近年、液晶パネル、車載電池、EVなどに進出事例

韓国政府は現在、韓国に直接投資した企業名を一切公表していない。そこで、韓国の各種メディア報道を基に、具体的な投資事例を探してみた(表2参照)。

製造業では液晶パネル、車載電池、電気自動車(EV)といった先端分野が中心になっている。中国企業側の目的は主に、韓国企業が保有する技術の獲得や、韓国市場の確保といえよう。

製造業では、液晶パネル関連で2020年に幾つかの事例がみられる。共通しているのは、中国企業が韓国企業の特定の事業や工場を買収している点だ。韓国企業はかつて、世界の液晶パネル市場で高いシェアを誇った。しかし、中国企業の追い上げによって競争力を失い、液晶事業から撤退に追い込まれた。表2の事例は、こうした動きの一環だ。ちなみに韓国のディスプレー企業は、液晶パネル事業に代わって有機ELパネル事業の強化に注力している。ただし、この分野でも中国企業が追い上げ始め、韓国の産業界は危機感を強めている。例えば、韓国の代表的な経済紙「毎日経済新聞」(2022年4月15日、電子版)は「中国が昨年、年ベースで初めてディスプレー産業の売上高で韓国を上回った」「韓国の業界が最も憂慮しているのは、中国が液晶だけでなく有機ELでも急激に追撃している点」と指摘した。その上で、中国政府の手厚い自国産業支援政策に対抗できるように、韓国政府も支援策を拡充すべきと論じた。

車載電池関連では、韓国に販売拠点を設ける事例や、車載電池材料の生産拠点を韓国に設ける動きがみられた。これらは主に、韓国の自動車企業に対する販売機会確保を狙ったものと考えられる。また、2022年1月に、「コバルト製造大手の浙江華友鈷業が、LG化学と合弁で韓国に正極材工場を設立することを検討」といった報道もみられた(検討段階のため、表2には記載しなかった)。これも同じ流れで解釈できる。なお、北京当昇材料科技の事例(2021年11月)では、韓国市場とともに、米国市場の確保も念頭に置いているようだ。

EVでは、吉利汽車が2019年3月にSKD(セミノックダウン)工場を建設する協約を締結した。その後、この案件は進展していないもようだ。とはいえ、韓国市場でのEV販売に及び腰に転じたわけではない。同社が属する企業グループ(浙江吉利控股集団)としては、前向きな動きもある。同集団の子会社に当たる浙江吉利新能源商用車集団は2019年11月、ITエンジニアリング(韓国のEVベンチャー)、ポスコインターナショナル(総合商社)と、中小型電気トラックを韓国市場向けに共同開発する戦略的業務協約を締結したと報じられた(直接投資事例でないため、表2には記載しなかった)。なお、EVではないものの、2021年8月に浙江吉利控股集団とルノーは、中国・韓国市場の開拓に向けた覚書を交わしたと発表した。韓国市場向けには、吉利と傘下のボルボが共同開発するブランドのプラットフォーム(車台)を活用し、韓国市場の特性に合ったハイブリッド乗用車を投入する考えだ(その後、2022年1月に、ルノーコリアの釜山工場で生産することで合意した)。さらに2022年2月、吉利汽車とミョンシン(韓国の自動車部品メーカー)が韓国で電気トラックを生産・販売することで合意したと報じられた。

吉利汽車以外でも、韓国市場でEVを販売する中国自動車メーカーが出てきている。「毎日経済新聞」(2022年2月8日、電子版)は、「韓国で低廉な価格を武器にした中国の電気バスメーカーの攻勢が強まっている。(中略)2021年の電気バス市場で中国製電気バスのシェアが37.6%を占めた」と報じた。このように、中国メーカーは既に一部市場で一定のシェアを確保しているようだ。EV分野では、中国企業が世界最大規模の自国市場での販売経験を基に技術的にも先行している。それを活用して韓国市場に食い込もうとしているわけだ。

製造業ではそのほかに、バイオや食品、機械で中国企業が韓国企業に出資した事例がみられる。いずれも韓国企業の保有技術を獲得し、それを基に中国市場に商品投入する狙いのようだ。

他方、非製造業では、華為技術(ファーウェイ)、アリババクラウドといったIT関連での進出事例が報じられた。いずれも、韓国市場獲得を狙った動きだ。

表2:中国企業の韓国進出主要事例(2019年1月~2022年3月)
年・月 中国企業名 総投資額 概要
2019年
3月
吉利汽車 携帯電話用カメラモジュールなどを生産するナノスと、全羅北道セマングムで電気自動車合弁SKD(セミノックダウン)工場を設立する協約を締結。
5月 華為技術
(ファーウェイ)
ソウル市に第5世代移動通信システム(5G)開発センターを開設。
6月 龍図遊戯 44億ウォン
(約4億4,000万円、1ウォン=約0.1円)
戦略的提携の強化を目的に、孫会社の韓国法人を通じてゲーム開発のアクトファイブに出資。出資比率は8.91%に。
8月 中国広核集団 1億ドル 忠清南道瑞山市に、液化天然ガス(LNG)火力発電所を建設する。韓国法人を通じて、そのための投資協定を忠清南道および瑞山市と締結。
9月 江蘇亜威機床 3億8,500万元
(約75億1,000万円、1元=約19.5円)
レーザー加工機メーカーのLISの発行済み株式21.84%を取得し、筆頭株主に。LISと共同で中国レーザー加工機市場を開拓する狙い。その後、2020年1月に両社は江蘇省に合弁会社を設立。
10月 銀聯商務 中国銀聯傘下の同社は、BCカードのカード決済サービス子会社スマートロの株式20%取得する契約を締結。
2020年
1月
美宝集団 韓国支社を設立。韓国企業との協力関係強化、韓国の保健医療技術導入を目指す。
2月 斯陽国際 580億ウォン 雅克科技の子会社の同社は、LG化学の液晶パネル用カラー感光材料事業を買収する契約を締結。
6月 寧波杉杉 11億ドル LG化学の液晶パネル向け偏光板事業を買収。LG化学にとっては液晶事業撤退の一環。
9月 広東先導稀材 サムスンコーニングアドバンストガラス(サムスンディスプレーの子会社)の亀尾工場(慶尚北道)を買収。亀尾工場では液晶ディスプレー用透明電極材料などを生産してきた。
2021年
4月
容百科技 6,000億ウォン 忠清北道の「外国人投資地域」で、車載電池正極材工場建設に着工。2025年までに3段階に分け、年産6万5,000トン規模の正極材工場を建設する計画。
6月 愛美客 1,554億ウォン ヒューオンスバイオファーマ(バイオ事業運営)の株式25.4%を取得する契約を締結。中国のボトックス注射市場参入を前に、ヒューオンスバイオファーマとの協力関係を強化する狙い。
10月 アリババクラウド 2022年上半期に韓国にデータセンターを設立する計画を発表。韓国の顧客のクラウドインフラサービス需要の取り込みを狙う。
11月 寧徳時代新能源科技(CATL) ソウル市に韓国支社を設立。現代自動車にLFP(リン酸鉄リチウムイオン)電池を供給する拠点にするのが狙い。
11月 北京当昇材料科技 SKと合弁で、2023年までに年産2万トン規模の正極材工場を建設。合弁会社の出資比率は北京当昇材料科技49%、SK51%の予定。韓国合弁会社を通じ、米国市場も開拓予定。
2022年
1月
シティック・キャピタル 430億ウォン 中国中信集団傘下の同社(本社:香港)は、植物性食品専業のオルガニカに出資。同社にとって初の韓国企業への出資。オルガニカのビーガン食品、代替肉の商品性を評価。出資を受けたオルガニカは中国など世界市場への進出を進める考え。

注1:「年・月」報道日を基準としている。「概要」は原則的に報道時の内容に基づく。
注2:「-」は不明を示す。
注3:香港経由の事例、計画どおり進展していない案件も含む。
出所:韓国の各メディア報道を基に作成

経済安全保障視点から法制強化の必要性を訴える声も

最近、世界的に経済安全保障について議論されるようになっている。その一環として、対内直接投資に対する審査についても関心が高まってきた。この点をめぐって、韓国では中国資本の流入に対して、どのように考えられているのだろうか。

韓国メディアをみる限り、関連報道は少ないようだ。そうだとすると、それは、大きな争点になるような中国企業の対韓直接投資事例が最近なかったことが要因かもしれない。現在でも、中国企業の対韓進出の代表的な失敗例として、20年近くも前の上海汽車による双竜自動車買収がしばしば取り上げられる程だ。

このような中、政府系シンクタンクの対外経済政策研究院(KIEP)は2022年2月、「主要先進国の外国人投資経済安保審査政策動向と示唆点」を発表した。韓国で対内直接投資を制限する必要が生じた場合、その法的根拠は現時点で、外国人投資促進法と同施行令に限られる。これについて、KIEPの報告書は、「(韓国の)現行法には制度的な空白が存在し、経済安保審査のための法的根拠が脆弱(ぜいじゃく)」「世界各国が自国の経済安保のために対内直接投資に対する規制を強化している。韓国も自国の技術と産業を保護するために対策を整える必要がある」と結論付けた。

この記述は特に、中国からの直接投資を念頭に入れたものと考えられる。事実、中国についてだけ、次のように具体的な記述がある。

  • 「最近、韓国に対する中国の投資が増加傾向にあり、経済安保の次元から『警覚心』(「気を引き締めて注意する気持ち」を意味する)を持つ必要がある」「2019年の中国の青山鋼鉄集団の対韓投資は国内鉄鋼市場のかく乱など、警覚心を招いた」
  • 「中国は第三国経由のM&Aを積極的に推進している。現行法では、第三国を経由して入ってくる投資を規制する方法がなく、対策が急がれる」

ここで言及のあった青山鋼鉄の件は、韓国メディアの報道によると、概ね次のとおりだ。青山鋼鉄は2019年5月、釜山市に合弁でステンレス冷延鋼板工場を建設する投資意向書を同市に提出した。これについて、鉄鋼業界や労働組合が強く反発した。(1)工場建設により韓国のステンレス冷延鋼板市場の供給過剰に拍車が掛かる恐れがあること、(2)中国が輸出するにあたって、韓国が迂回(うかい)拠点になっているというイメージを米国に与えかねないこと、などがその理由だった。この工場建設計画は結局、実行されなかったようだ。

さらに、KIEPの報告書で言及された以外に、次のような事例もあった。2021年3月、マグナチップ半導体〔韓国の中堅システム大規模集積回路(LSI)メーカー〕は、中国系ファンドの智路資本(ワイズロードキャピタル)からの買収提案を受け入れると発表した。しかし、この買収計画について、米国の対米外国投資委員会(CFIUS)が「マグナチップ半導体売却で発生の可能性のある米国の国家安全保障上の危険性を確認した」と結論付け、買収に反対を表明した。これを受け、買収計画は2021年12月に白紙化された。

韓国企業は、半導体メモリーや車載電池で国際的な競争力を有する。それだけに、今後とも経済安全保障に関連した事例が出てくる可能性もあろう。


注:
申告ベース指標の先行性を検証するため、四半期別の統計を活用して、2000年第1四半期から2022年第1四半期について両者の時差相関係数を算出した。ちなみにこの係数は、1に近いほど正の相関関係が強く、0に近いほど無相関となる。
その結果、0期ラグ(同期)0.56、1期(3カ月)ラグ0.13、2期(6カ月)ラグ0.10、3期(9カ月)ラグ0.06となった。0期ラグが突出して高く、同時性が認められた。
執筆者紹介
ジェトロ海外調査部 主査
百本 和弘(もももと かずひろ)
2003年、民間企業勤務を経てジェトロ入構。2007年7月~2011年3月、ジェトロ・ソウル事務所次長。現在ジェトロ海外調査部主査として韓国経済・通商政策・企業動向などをウォッチ。