M&Aで成長事業の取り込み狙うサムスン
韓国企業の事業再編(1)

2025年8月27日

韓国企業は従来、拡大志向が強く、事業多角化に積極的な傾向が強かった。しかし、事業を拡大してみたものの、期待どおりの収益を上げられない事例も少なくない。

このような中で近年、中国企業などとの競争激化や米国の関税政策など、外部環境が厳しさを増しつつある。そのため、多くの韓国企業が事業再編に取り組んでいる。特に、特定の事業に経営資源を集中して投じる一方で、必要性の低い事業を整理する「事業ポートフォリオの見直し」を進めている。また、韓国の大手企業の場合、事業ポートフォリオの見直しを、個別企業単位よりも企業グループ単位で進める傾向がある。

韓国の公正取引委員会は、総資産額を基準にした企業グループランキングを毎年発表している。直近のランキングのうち、上位10企業グループは表1のとおり。本稿ではこのうち、事業領域が自動車関連に比較的集中している現代自動車グループを除く上位5企業グループ〔(1)サムスン、(2) SK、(3) LG、(4)ロッテ、(5)ポスコ〕について、各企業グループの事業ポートフォリオ見直しの動きを3回に分けて紹介する。

1回目の本稿では、企業グループ1位の(1)を紹介する(2回目の「事業入れ替えに積極的なSK、守り固めるLG」では(2)と(3)、3回目の「二次電池材料などに注力するロッテとポスコ」では(4)と(5)に触れる)。

表1:韓国の企業グループランキング(上位10企業グループ)(単位:10億ウォン、社、%)(△はマイナス値)
順位 企業グループ名 総資産 系列企業数 負債比率 総資本回転率 売上高純利益率
1 サムスン 589,114 63 41.1 62.5 11.0
2 SK 362,962 198 85.2 56.7 9.0
3 現代自動車 306,617 74 57.2 95.3 8.2
4 LG 186,065 63 115.7 75.4 △ 0.6
5 ロッテ 143,316 92 104.9 47.5 △ 4.1
6 ポスコ 137,816 49 40.2 66.3 3.0
7 ハンファ 125,741 119 145.5 51.4 2.1
8 HD現代 88,720 32 107.4 86.6 3.6
9 農協 80,059 56 117.1 117.3 △ 0.5
10 GS 79,317 98 87.7 103.2 2.3
上位10グループ平均 209,973 84 69.2 69.4 6.1

注1:負債比率=負債/自己資本×100、総資本回転率=売上高/総資本×100、売上高純利益率=純利益/売上高×100。いずれも金融・保険会社を除く。原資料を基に算出(加重平均値)。
注2:貸借対照表関連指標と系列企業数は2025年5月1日現在、損益計算書関連指標は2024年。
注3:1ウォン=約0.11円。
出所:公正取引委員会「2025年度 公示対象企業集団92社指定」(2025年5月1日)を基に作成

トップマネジメントの空白解消したサムスングループ

サムスングループの収益源は、サムスン電子の半導体・スマートフォン事業に大きく依存している。換言すると、これらに並び得る将来の収益の柱が見えにくい。同グループの将来を考える際、このことが大きな課題になる。

この指摘は以前からあった。例えば、グループの2代目トップの李健煕(イ・ゴンヒ)サムスン電子会長(当時)は2010年、「今後10年以内にサムスンを代表する製品は大部分がなくなる」として、社員に強い危機感を訴えた。主力事業が中国勢などのキャッチアップを受ける恐れがあるため、新規事業育成を急がなければ生き残れないと意思表示したものだった。

このような危機感は、近年のサムスン電子の業績をみると、決して的外れではない。売上高こそ右肩上がりだが、営業利益は2018年にピークを付けた後、減少傾向に陥っている(図参照)。

半導体では、広帯域幅メモリー(HBM)事業の出遅れが響いている。韓国メディアによると、サムスン電子は世界のDRAM市場で過去に約30年間、トップシェアを維持してきた。しかし、2025年第1四半期(1~3月)にSKハイニックスに抜かれ、2位に後退した。

スマートフォン事業も盤石ではない。世界市場でかつてトップだったシェアが徐々に低下。アップルに抜かれ、中国企業の激しい追い上げに直面している。

図:サムスン電子の売上高と営業利益の推移
売上高は次のとおり。2000年44兆ウォン、2001年46兆ウォン、2002年59兆ウォン、2003年65兆ウォン、2004年82兆ウォン、2005年81兆ウォン、2006年85兆ウォン、2007年99兆ウォン、2008年121兆ウォン、2009年136兆ウォン、2010年155兆ウォン、2011年165兆ウォン、2012年201兆ウォン、2013年229兆ウォン、2014年206兆ウォン、2015年201兆ウォン、2016年202兆ウォン、2017年240兆ウォン、2018年244兆ウォン、2019年230兆ウォン、2020年237兆ウォン、2021年280兆ウォン、2022年302兆ウォン、2023年259兆ウォン、2024年280兆ウォン。営業利益は次のとおり。2000年9兆ウォン、2001年4兆ウォン、2002年9兆ウォン、2003年6兆ウォン、2004年12兆ウォン、2005年8兆ウォン、2006年9兆ウォン、2007年 9兆ウォン、2008年6兆ウォン、2009年11兆ウォン、2010年17兆ウォン、2011年16兆ウォン、2012年29兆ウォン、2013年37兆ウォン、2014年25兆ウォン、2015年26兆ウォン、2016年29兆ウォン、2017年54兆ウォン、2018年59兆ウォン、2019年28兆ウォン、2020年36兆ウォン、2021年52兆ウォン、2022年43兆ウォン、2023年7兆ウォン、2024年33兆ウォン。

出所:サムスン電子「事業報告書」

サムスングループではこの間、新規事業ビジョンを提示するなど、手を打ってきた。まず2010年に、「5大新事業」として(1)発光ダイオード(LED)、(2)太陽電池、(3)バイオ医薬品、(4)医療機器、(5)二次電池の各事業を育成する計画を発表した。2018年には、「ポスト半導体事業」として、人工知能(AI)、第5世代移動通信システム(5G)、バイオ医薬品、電装部品を「4大未来成長分野」として育成する計画を発表している。

しかし、今までのところ、十分な成果を上げているとはいい難い。その大きな原因の1つが、トップマネジメントの不在だ。その間、重要な意思決定が十分にできなかったと言われている。2014年5月に李前会長が病に倒れ、意識不明の状態が続いた(2020年10月に死去)。事実上、後を継いだ息子の李在鎔(イ・ジェヨン)サムスン電子副会長(当時、現在は会長)も、2017年2月、当時の朴槿恵(パク・クネ)大統領に対する贈賄事件などの件で逮捕され、一時期、収監を余儀なくされた。2022年8月になって、当時の尹錫悦(ユン・ソンニョル)大統領から恩赦を受け、ビジネス界に復帰した。しかし、これで問題がなくなったわけではなかった。これとは別件の裁判が進められていたからだ。これは、経営権継承を巡って資本市場法違反などの罪に問われたものだったが、2025年7月に大法院(最高裁判所)で無罪判決が下され、李会長の無罪が確定した。これをもって、ようやく「司法リスク」が完全解消した。

M&Aが再び活発に

サムスングループのポートフォリオ見直しは、主にM&A(合併・買収)の手法をとっている。

サムスングループはもともと、ノンコア(非中核)事業を売却する一方で、企業買収でコア事業強化に取り組む考えだった。後者の代表例が、サムスン電子によるハーマンインターナショナル(米国の電装企業)買収だ(2016年11月に合意を発表)。その買収額80億ドルで、当時の韓国企業の海外企業買収額として、最大規模だった(2017年3月に買収手続き完了)。買収の狙いについて、サムスン電子はプレスリリース(2016年11月14日)で「新成長分野の電装事業を本格化し、オーディオ事業を強化するため」「今回の買収を通じ、年率9%で成長しているコネクテッドカー用電装市場で世界のリーディングカンパニーに跳躍できる基盤を築いた」と述べている。しかしそれ以降しばらく、前述の事情もあり、同グループのM&Aは低調だった。

サムスングループのM&Aが再び活発化したのは、李会長がビジネス界に復帰した後の2023年秋からだ(表2参照)。特に、金額が大きかったのがサムスン電子によるドイツのフレクトグループの買収(2025年5月発表)だ。経済誌「毎経エコノミー」(2025年5月21日・27日号)は「サムスン電子による兆ウォン単位(注)の企業買収は、2017年のハーマンインターナショナル以来8年ぶり」と紹介した。

表2:サムスン電子による最近のM&A概要
発表年 月日 被買収企業 所在国名 買収額 概要
2023年 11月28日 ルーン 米国 子会社のハーマンインターナショナルが、ルーン(音楽ファン向けの音楽管理・検索・ストリーミングプラットフォーム)を買収。
世界の家庭用オーディオ市場でのリーダーシップを強化する狙い。
2024年 5月8日 ソニオ フランス 子会社のサムスンメディスンが、ソニオ(AIを開発するスタートアップ)を買収すると発表。
買収の狙いは次の2点。(1)欧州の優秀なAI開発人材を確保する、(2)自社の医療用AIソリューションに、ソニオのAI診断補助機能・レポーティング技術力を加え、AI機能を強化する。
7月18日 オックスフォード・セマンティック・テクノロジーズ 英国 オックスフォード・セマンティック・テクノロジーズ(ナレッジグラフ技術を有するスタートアップ)を買収する契約を同社と締結。
買収により、パーソナル・ナレッジグラフのコア技術を確保。この技術をスマートフォンの個人情報流出防止などに活用する予定。さらに、テレビ、家電などの多様な商品に適用可能。
12月31日 レインボー・ロボティックス 韓国 868億ウォン レインボー・ロボティックス(ロボット専門企業)に追加出資し、持ち株比率を14.7%から35.0%に引き上げ、子会社化。同社の最大株主になった。
AIやソフトウエア技術に、レインボー・ロボティックのロボット技術を結び付けるのが狙い。知能型先端ヒューマノイドの開発を加速化することを計画。
2025年 5月7日 マシオ(オーディオ事業) 米国 3億5,000万ドル 子会社のハーマンインターナショナルが、マシオのオーディオ事業部を買収する契約をマシオと締結。
成長する世界の家庭用オーディオ市場で、トップシェアの地位を固める。
5月14日 フレクトグループ ドイツ 15億ユーロ フレクトグループ(欧州最大の空調機器企業)の全株式を英国系私募ファンドのトリトンから取得する契約を同ファンドと締結。
生成AI・ロボット・自動運転・クロスリアリティー(XR)などの普及により、データセンターの需要が拡大すると予想。データセンターの冷却設備などのエアコン技術を取り込むべく、世界的な空調機器メーカーの買収を決定。
7月8日 ゼルス 米国 ゼルス(デジタルヘルスケア企業)を買収する契約を同社と締結。
今後、ゼルスのプラットフォームを活用し、コネクテッドケアサービスを展開する予定。具体的には、ウエアラブル機器に蓄積した使用者の生体データを専門医療サービスにつなげる。

注:買収額欄の「-」は、非開示であることを示す。
出所:サムスン電子プレスリリースを基に作成

ただし、近年に進めた一連のM&Aでは、事業ポートフォリオ見直しが不十分との見方もある。

前述の「毎経エコノミー」(2025年5月21日・27日号)は、「サムスン電子のコア技術の競争力はメモリー半導体、システム半導体、ファウンドリー、スマートフォン製造に集中している。空調やオーディオ事業の強化は戦略的『補完財』の性格が濃く、中心的な事業との関連性が低い」との見方を紹介した。さらに、同誌は「(今までのサムスン電子の技術競争力をもたらしたのは)内製化をベースにした技術哲学だ」「(同社は)M&Aで技術を蓄積した経験が乏しい」とし、同社の高い技術力はM&Aによってもたらされたものではないとの見方を示した。その上で「このような制約要因にもかかわらず、M&Aを通じたコア競争力の高度化は避けられない課題だ」と論評し、ロボットや次世代半導体などコア事業部分でも今後のM&Aに注目するとした。

サムスン電子以外では、サムスンSDI(コア事業:二次電池、有機EL素材)が2024年9月、偏光フィルム部門(韓国事業と中国現地法人の全株式)を1兆1,210億ウォン(約1,233億円、1ウォン=約0.11円)で中国の無錫恒新光電材料に譲渡すると発表した。偏光フィルムをノンコア事業と位置づけ、売却で得た資金でコア事業強化を図るわけだ。

サムスンSDIのコア事業強化の例としては、北米の二次電池事業への投資が挙げられる。具体的には2023年10月、米国の二次電池工場の設備拡張を目的に、米国現地法人に5,908億ウォンを追加出資した。2024年1月にはカナダのニッケル鉱山企業に出資した。さらに最近では2025年3月、米国とハンガリー、韓国国内で、二次電池工場拡張を目的に有償増資すると発表している。

バイオ医薬品事業の改編にも注目

サムスングループはバイオ医薬品に力を入れており、M&Aと並んで、その組織改編も注目に値する。

グループ内で主にバイオ医薬品事業を営むのが、サムスンバイオロジクスだ。同社は2025年5月22日、医薬品開発製造受託(CDMO)事業と新薬・複製薬開発事業に、会社を分割すると発表した。

同社が従来これら2事業を同一企業内で担ってきた理由は、(1) CDMO事業で稼いだ収益を研究開発期間の長い新薬開発に充当でき、(2)開発したバイオ医薬品を一括生産できるためだった。しかし、CDMOの顧客にとっては、利益相反の懸念が生じかねない(例えば、新薬・複製薬開発事業への技術流出)。こうした顧客の懸念の払拭し受託を拡大するためには、企業分割が不可避と判断したわけだ。

この決定について「中央日報」(2025年5月22日、電子版)は、「『トップダウン』式の意思決定体系が明確なサムスングループの特性上、(バイオ事業部門の次元ではなく)李在鎔会長の決断とみるべき」とするサムスン電子役員経験者の話を紹介している。


注:
ちなみに、買収額を2025年8月18日現在の為替レートで韓国通貨ウォンに換算すると、ハーマンインターナショナルの買収額は、約11兆800億ウォン(80億ドル、1ドル=約1,385ウォン)。また、フレクトグループの買収額は、約2兆4,285億ウォン(15億ユーロ、1ユーロ=約1,619ウォン)になる。買収額はいずれも兆ウォン単位だった。
執筆者紹介
ジェトロ調査部中国北アジア課
百本 和弘(もももと かずひろ)
ジェトロ・ソウル事務所次長、海外調査部主査などを経て、2023年3月末に定年退職、4月から非常勤嘱託員として、韓国経済・通商政策・企業動向などをウォッチ。