海外発イノベーションを積極活用(タイ)
SCGの脱炭素化
2025年6月17日
タイの化学大手サイアム・セメント・グループ(SCG)は、セメント・建材、化学製品、包装材の製造・販売などを手掛け、関連会社200社、総従業員数5万人を誇るASEAN最大級のコングロマリット企業だ。2024年の売上高は約5,112億バーツ(約2兆2,493億円、1バーツ=約4.4円)、収益は63億バーツに達する。同社は2050年までに温室効果ガス(GHG)排出量をネットゼロにする目標を掲げ、持続可能性への取り組みを推進している。SCGでイノベーション・マネジメント・ディレクター(イノベーション・技術担当)を務めるモンティチャ・カムムアン氏に、同社の脱炭素化の取り組みを聞いた(インタビュー日:4月21日)。

- 質問:
- SCGのセメント部門の概要と脱炭素化に関する取り組みは。
- 答え:
- SCGのセメント部門は、GHG排出量の少ない低炭素セメント生産を強化し、2024年には販売額全体の80%を占めた。持続可能性への取り組みは、GHG削減やサプライチェーンの強靭(きょうじん)化、環境保護に向けた事業戦略の中核だ。タイ政府は国連気候変動枠組み条約締約国会議(COP)で、2050年までのカーボンニュートラル、2065年までのネットゼロを目標として掲げている。SCGとしても、2050年までのネットゼロにコミットしており、以下の3つの取り組みを実施している。
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- グリーン製品の活用: 補助的なセメント材料を活用し、セメント製品に含まれるクリンカー(石灰石などを焼成したセメントの主成分、硬化に必要)の割合を削減。二酸化炭素(CO2)排出量の削減、主に製造で石灰石の消費削減に取り組む。
- グリーン・プロセスの推進: 化石燃料の使用を削減するため、代替燃料や再生可能エネルギーの利用を促進し、最新技術の導入と製造プロセスの効率化を組み合わせる。代表的な例として、タイ中部サラブリ県の工場では、廃熱回収(WHR)システムを導入している。
- 炭素回収・利用・貯蔵(CCUS)技術への投資:2050年までにCO2の総排出量を50%削減すべく、研究投資を進めるとともに、残存CO2排出の削減に向けた自然気候解決策(NCS)にも注力している。
オープンイノベーションの7割は海外由来
- 質問:
- 脱炭素化に向けたスタートアップや協業連携の取り組みは。
- 答え:
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SCG独自で有望スタートアップ発掘に取り組むほか、タイ国内でジェトロが企画運営する「ゼスト・タイランド(Zest Thailand)」(2025年3月18日付ビジネス短信参照)や、世界最大のセメント業界団体のグローバル・セメント・コンクリート協会(GCCA)が主催するInnovandi
(イノバンディ)に参加しながら、他機関と連携している。タイ国内では、国立科学技術開発庁(NSTDA)や国家イノベーション庁(NIA)の支援を得て、チュラロンコン大学などの大学と共同で、先端セメント製造などにも取り組んでいる。
- また、コーポレート・ベンチャーキャピタル(CVC)を通じた取り組みも積極的に行っている。2018年に設立したディープテック向けファンドを通じて、これまでスタートアップ15社、VC6社に1億ドル以上を投資している。デジタル技術に特化したCVC「アドベンチャー(AddVentures)」でも、投資すべき先端技術を探している。アドベンチャーは組織形態上、各事業部門にはひもづかず、SCGの最高経営責任者(CEO)直下で動いているため、独立した裁量を有しており、スタートアップ業界ならではのスピード感や、ビジネス慣習に沿うよう、柔軟な体制を組んでいる。
- なお、セメント業界では、新技術を有するスタートアップは欧州・北米発が多い。SCGのセメント部門では、社外から取り込むオープンイノベーションの約7割が国外に由来している。タイ国内由来の技術が発展しにくい背景としては、特にディープテック分野でスタートアップの技術を商業化するのに5~6年を要するケースも少なくない。欧米に比べて商業化までの期間を支える環境が十分ではないタイでは、地場スタートアップが育成されにくく、技術導入を国内で完結しにくい事情もある。
高い安全・信頼性が求められる分野で日本との連携重視
- 質問:
- 実用化に結びついたケースや、日系企業との協業事例は。
- 答え:
- 例えば、米国スタートアップのロンド・エネルギー政策との協業がある。耐火レンガに蓄えた熱を最大1,500度の高温熱エネルギーに変換し、工場内でエネルギー供給を実現している。2025年までに世界最大規模となる年間90ギガワット時(GWh)のエネルギー生産を目指す。年間1,200万トンのCO2が削減できる予定で、ガソリン・ディーゼルなど内燃機関車400万台超の排出量に相当する。
- 日本企業とは長年、多くの協業を重ねている。積水化学工業とは2009年に合弁会社を設立し、タイ国内で当社製のセメントを活用しながら、モデルハウスの建築を行っている。私も当時から関与していたが、積水ハウスが1~2日で1戸建築する技術には驚いた。建材部門では、建材・産業素材などを手掛けるノリタケとも合弁で、石こうを原料とする成形プラスター(石こうと水などを混ぜ合わせ、内装材やギブスなどに使用される)の製造・販売に取り組んでいる。セメント業界向けには、ショーボンドホールディングス、三井グループと協力し、構造物の耐久性向上に特化した合弁事業を設立している。
- 質問:
- 日本のパートナーに対する期待は。
- 答え:
- 他国籍の企業と比べて、日本企業は製品・技術への信頼性が高い。安全性を検証するまでに慎重で、検証に時間を要するが、完成した場合の信頼・安全への評価が優れている。タイ人と日本人の労働文化は他国と比べて、近いものがあると感じており、協業しやすいパートナーと捉えている。SCGのセメント部門としては、以下のような脱炭素化・エネルギー効率化に資する素材や技術を求めており、これら領域で日本企業との連携に期待している。
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- CCUS関連技術
- 代替素材(クリンカー、従来のセメントを置き換える目的)
- 新規事業〔セメントまたは建築事業、炭素排出(削減)に関するもの〕
- また、セメント部門では、3月28日にミャンマー中部を震源として発生し、タイにも影響を及ぼした地震(2025年4月3日付ビジネス短信参照)を受け、日本企業の優れた耐震技術に期待している。また、タイ政府機関はソフト面で警戒システムや避難のノウハウを必要としている。民間でも当社を含めて、震災による経済損失を軽減させるような技術防災・減災に資する技術を求めている。SCGのセメント部門としては、地震対策は一過性のものではなく、中長期的な課題、ビジネスチャンスになると捉えている。
- 質問:
- 欧米では、一部でサステナビリティー推進に懐疑的な動きも出ている中、持続可能性に向けた長期的な取り組み方針は。
- 答え:
- タイは政府、産業界ともに、長期的なネットゼロにコミットしており、このロードマップは変更されないだろう。他方、ネットゼロの取り組みは、企業業績とバランスを取る必要がある。サステナビリティーの進展について米国企業とも議論したが、トランプ政権の政策の影響によって進展速度は少し遅れる懸念はある一方、サステナビリティー自体が歩みを止めることはないという見解で一致した。次世代を見据えた環境問題は無視できるものではない。今後もSCGセメント部門として注力していく方針は変わらない。

- 執筆者紹介
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ジェトロ・バンコク事務所 広域調査員
藪 恭兵(やぶ きょうへい) - 2013年、ジェトロ入構。経済産業省通商政策局経済連携課(日本のEPA/FTA交渉に従事)、戦略国際問題研究所(CSIS)日本部客員研究員、調査部国際経済課(経済安全保障)などを経て、2024年10月から現職。主な著書:『グローバルサプライチェーン再考:経済安保、ビジネスと人権、脱炭素が迫る変革』(編著、文眞堂)、『FTAの基礎と実践:賢く活用するための手引き』(共著、白水社)、『NAFTAからUSMCAへ-USMCAガイドブック』(共著、ジェトロ)。

- 執筆者紹介
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ジェトロ・バンコク事務所
松浦 英佑(まつうら えいすけ) - 2023年6月から現職。スタートアップ担当。

- 執筆者紹介
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ジェトロ・バンコク事務所 サステナブルビジネスデスク・ディレクター
近添 優子(ちかぞえ ゆうこ) - 2024年7月から現職。