外国に向かうミャンマー人若年層
2025年5月21日
ミャンマー人若年層の外国に向かう動きが今、加速している。
ミャンマーでは産業が未発達だ。若者が雇用を外国に求める傾向が根強いのは、従来から変わらない。しかし、2020年以降の経済停滞、就学・就労環境の悪化、徴兵の実施などが続く。その結果として、若年層は希望を見失ない、「ミャンマーにとどまれない」気持ちがますます募る。こうして、外国での就学・就労への期待が、従来にも増して高まった。
一方、日本では、ミャンマー人材の活用への期待が高い。背景には、少子高齢化などを背景に、人手不足を解消する上で外国人労働者への依存が一般的に高まっていることがある。しかし、それだけではない。(1)ミャンマー語と文法が似ているため、日本語学力の高い人材が増えていること、(2)ミャンマー人は、日本に近い文化環境で育っていること(年長者や周囲の人を気遣うなど)、(3)歴史的にも親日的なことなどで、とりわけミャンマー人材に期待が高まっている。
こうしてみると、日本とミャンマーには、人材活用でウィンウィンな関係が、容易に成り立つように見える。しかし、人材の「定着」という課題が存在する。人材業界の有識者からは、解決するために最良の方法は「お金にかえられない『コミュニティー』作りという指摘が挙がった。
世界銀行のレポートや、ミャンマー人材に関する専門家の報告を踏まえ、海外を目指すミャンマー人材や就労環境の現状について報告する。
ミャンマーにとどまれない理由(1):経済が良くない
ミャンマーは2011年以降、「アジア最後のフロンティア」として高成長を続けてきた。しかし、その後、経済は停滞している。依然として、上昇の兆しは見えていない。
引き金になったのは、2020年の新型コロナウイルス(以下、新型コロナ)の感染拡大と、2021年2月1日に発生した政変だ。同年2月11日には米国が、4月19日にはEUが、ミャンマーに対して経済制裁を開始。外国直接投資、外国政府からの援助、外国人観光により得ていた外貨獲得の道を閉ざしてしまう結果になった。例えば外国直接投資は、2017年4月~2020年9月の42カ月で約165億ドルの認可があった。しかし、2020年10月~2024年3月は、約67億ドル。同じ42カ月間で、約6割減減少したことになる。
また、外貨流入の減少により、現地通貨チャットの暴落、輸入価格高騰によるインフレの高進が進む。市民生活は厳しい(注1)。
さらに2025年は、電気料金が政変前の約2倍を超えた。停電も頻発。都市部のヤンゴンでも1日16時間、計画停電を余儀なくされる。発電機を動かすための燃料も、価格高騰や調達難に陥っている。
ミャンマー経済が新型コロナの流行前の水準に回復するには、かなりの時間がかかる。「ミャンマー経済モニター」(2023年6月世界銀行発行)(1.7MB)によると、年3%の成長を維持したとしても約7年(2030年まで)を要するという。しかし、2024年の経済成長率は約1%にとどまった(2024年6月世界銀行)。2025年時点で、ミャンマーは東南アジアで唯一、新型コロナ以前の経済水準に達していない国になっている。
ミャンマーにとどまれない理由(2):学べない、働けない
ミャンマーの若年層は、新型コロナと政変により、教育の機会を十分に得られていない。
前述の「ミャンマー経済モニター」によると、2017年度から2022年度にかけての5年間で、ミャンマーの生産年齢人口(15~64歳)は約900万人増加した。しかし、新型コロナの感染拡大により2020年3月、大学を閉鎖。また2021年の政変以降は国軍に反発する教員による「市民不服従運動(CDM)」(注2)もあり、大学が機能不全に陥った。多くの若者が、高等教育を受けられなくなった。また、この時期は、内資外資を問わず、企業の採用も低迷した。このことから、教育および職業教育のいずれも受けていない人材(NEET)が、約600万人増加したという。
その後、2022年3月、全国共通大学入学資格試験を2年ぶりに実施。同年5月12日からは、ミャンマーの文系・理系の大学を全面的に再開した。しかし、例年90万人近くいた大学受験者は、2023年には16万人にまで減少。世界銀行の調査(2024年4月実施)によると、同時期に、ミャンマーで求人活動をした企業の半数以上が、欠員を埋めることが困難だった。理由は、応募者の不足に加え、人材の技能不足など様々だ。いずれにせよ、雇用状況は改善していないという。
こうした状況を踏まえると、母国ミャンマーでの就労に希望を失った若年層が多数発生したのも、容易に想像できる。
ミャンマーにとどまれない理由(3):兵役義務
経済や就学就労環境の悪化に追い打ちをかけたのが、徴兵制の導入だ。ミャンマー国家統治評議会(SAC)は2024年2月10日、国家兵役法の施行を発表した。
当該法は徴兵制を規定する。法自体は2010年に制定済みながら、発動していなかった。しかし、政変を契機に、それまで非暴力で反国軍・民主化運動を進めていた勢力が武装。古くから国軍と対峙(たいじ)していた少数民族武装勢力と共闘し、国軍を劣勢に追いやった。それが、徴兵導入につながったかたちだ。
法律上、徴兵対象は、満18~35歳の男性と満18~27歳の女性だ。医療従事者、エンジニア、技術者などは、男性45歳まで、女性35歳まで延びる。就軍期間は2年間。現在も続く非常事態宣言下では、最長5年間になっている。また、留学や就労のために国外に居住する国民も対象だ。出国するに当たり帰国後、就軍を宣誓しなければならない。
現行制度下、政府は徴兵を年間6万人予定している。2024年4月の連休(ミャンマー正月)明け以降、徴兵を本格的に開始するという(月当たり5,000人規模)。なお当面は、女性を対象から除外するとした。
徴兵制発表の後、ある日系企業では、社員の約4%が即日退職か長期休暇に入ったとした。これら社員は徴兵を避けるため、実家の親元に帰るか、海外就業を模索する可能性が高い。
当地報道によると、同年11月26日には、徴兵制で招集した第7期の新兵訓練を開始した。2025年以降は、より厳格に徴兵する見通しだ。また、当面のところ対象から外れていた女性についても、徴兵対象リスト作成が現場レベルで進んでいる、という報道もある。
ミャンマー人の活用に、官民一体の取り組みを
ジェトロは2024年11月29日、横浜でミャンマー人材活躍促進セミナーを開催した(2024年12月11日付ビジネス短信参照)。このセミナーで、丸山市郎前駐ミャンマー大使が、政変以降のミャンマー情勢を解説した。
また、J-SATの西垣充氏が「今ミャンマー人材が注目される理由」を説明した。なおJ-SATは、1998年から、ヤンゴンを起点として日系企業に人材を紹介・派遣する企業だ。独自の日本語教育をもとに、日本語が話せるミャンマー技能実習生・特定技能生を育成してきた。同氏が指摘したポイントは、次のとおり。
- 日本政府がめざす経済成長を達成するには、2040年までに外国人労働者688万人が必要になる(国際協力機構推計)。一方、人材供給の見通しは591万人にとどまる。97万人不足する見込みだ。
- 2023年7月と12月の日本語能力試験(JLPT)で、ミャンマー人の応募者数は20万2,737人。中国(31万9,583人)に次ぎ2番目に多い。東南アジアで最大の日本語学習国になったことになる。
- 日本には、ミャンマー人に日本国内で活躍してもらう期待がある。しかし、これは日本側の一方的な期待にすぎない可能性がある。
現在、タイには約680万人のミャンマー人が就労。うち約185万人が労働許可を得ている。タイの人口(6,609万人:2022年時点)の1割超がミャンマー人で、その多くが労働者層を構成していることがわかる。
ミャンマーは現在、東南アジア最大のJLPT試験応募者数を誇る。しかし、韓国語能力試験(TOPIK)の応募者数はJLPTを追い越す勢いだ。人手不足は世界的な課題で、日本よりも低い出生率が韓国ではさらに深刻だ。
ミャンマーの若者が海外就労を目指すにあたり、日本が第2、第3の選択肢になることは避けたい。そのため、官民一体で一層努力することが求められる。
安心して働けるコミュニティー作りも重要
2022年4月の商業便の再開以降、ミャンマー人材の採用を目的にヤンゴンを訪問する日本企業関係者が増えている。これまでに雇用したミャンマー人材に対する満足度は高い。また、さらなる活用に期待を語る声も多い。
同時に、ミャンマー人材を日本企業に紹介する人材派遣関係者からは、送り出し体制への不安定さを懸念する意見もある。2024年5月にミャンマー労働省は、海外就労に必要なデマンドレター(求人票)に関して、突然、男性の新規受付を停止した。約束した期日までに人材を紹介できないリスクがある場合、ミャンマー人を採用対象から外さざるを得ないという声もある。
一方で、送り出し側にしてみると、別の課題もあるようだ。すなわち、外国人採用が、目下の人手不足を埋めるための一時的な措置に過ぎないのか、それとも長期的な視点に立った人材戦略なのかがよく見えてこないことだ。ミャンマーの場合、多くの海外就労者がその準備(学習や渡航)に充てるために借金を負うことが多い。さらに、就業後は国の家族のもとに送金するのが一般的で、家計を支えるための重要手段になっている。一時しのぎの採用に過ぎない場合、選択肢にはなりにくいはずだ。
この点、J-SATの西垣氏は、外国人労働者の定着に不可欠な取り組みとして、(1)雇用者と被雇用者の間でミスマッチなく採用すること、(2)人材育成(人材を「人財」に変える)、(3)コミュニティーの構築(安心で居心地が良く、人材を守れる環境)を挙げた。賃金を容易に上げることが困難な状況下では、特に重要だろう。
- 注1:
- 現地通貨チャットは、2021年の政変前と比べて約4分の1に下落した。世界銀行によると、輸入価格高騰により、2025年のインフレ率は30%に上る。
- 注2:
- CDMとは、市民が法律や命令に対して、非暴力的手段で抵抗する行為。
- 執筆者
- ジェトロ調査部アジア大洋州課