スウェーデンに見る社会課題解決
教育現場のデジタル化(1)

2025年5月26日

各分野でのデジタル化が進むなか、教育現場も例外ではない。日本では、「未来の教室」と題して2018年から政府主導のもと、「学びのSTEAM(注1)化」「学びの自律化・個別最適化」「新しい学習基盤づくり」の3つを柱とした学校現場のデジタル環境整備が進む。他方、海外では、その導入方針は国によって異なる。欧州の中でも積極的にデジタル化に取り組む北欧諸国では、教育現場のデジタル化にどのような可能性や課題を見ているのだろうか。スウェーデン、フィンランド、アイルランドについて紹介する。1回目の本稿では、2023年から、デジタル教材からアナログの教科書を重視する動きを見せるスウェーデンの教育現場のデジタル化について、見えてきた課題や可能性を現地関係者へのインタビューをもとに概説する(取材日:2025年3月24日、4月7日)。

デジタル化の推進とアナログへの回帰

スウェーデンでは、教育現場におけるデジタル化が積極的に進められてきた。2010年に施行したSwedish Education Act (2010:800)では、教育現場におけるデジタル製品の発展を受け、従来使用していた単語である教科書(tryckt läromedel)を学習ツール(lärverktyg)に置き換えることで書籍以外の機器や教材を広く読めるようにした。また、2017年には「学校システムのための国家デジタル戦略2017-2022」を策定、「学校コミュニティ全体のためのデジタル能力」「平等なアクセスと使用」「デジタル化の可能性に関する調査とフォローアップ」の3つの重点分野を設定し、デジタル化を進めた。2014年に小学校に入学した生徒の保護者は、2015年ごろから学校でのデジタル機器の利用やプログラミング教室の開催が増え、年齢が上がるにつれてデジタル機器を自宅に持ち帰って宿題を行うなど、現在ではデジタル機器や教材が勉強になくてはならない、と話す。しかし政府は、2022年12月に教育庁が提案した2023~2027年の次期戦略の不採択を決定。代わりに読書時間を増やし、スクリーン時間を減らすことを目的とした教育ツールの選定・使用について助言を作成するよう指示し、これまで進めてきたデジタル化の推進を見直すことを明らかにした(注2)。政府はこの理由として、関係構築能力や注意力、集中力、読み書きや計算能力などの基礎的なスキルは、アナログ環境におけるアナログ活動を通じて最もよく習得できることが、科学的証拠と経験から実証されているとした。特に低学年は物理的な本に重点を置くべきであり、デジタル教材は科学的根拠や教育学的付加価値をもとに選定し、より年齢が上がってから使用することでその効果を得られる、と続けた。スウェーデンでは私立、公立を問わず、国から各学校にバウチャーで生徒1人当たりの費用が支払われ、学校はそこからデジタル製品含めた教材を調達する。政府は2023年以降、紙の教科書へのアクセス確保や、学校の蔵書や図書館整備・拡充、読書リストの作成などの施策を矢継ぎ早に発表している。

デジタル化に見る課題と期待する可能性

スウェーデン教育庁の教育部門ダイレクターであるリチャード・ウォールズ氏は、政府のアナログ重視の動きはOECDが実施する学習到達度調査(PISA)の2022年の結果を一部踏まえたものだ、と話す。同調査は読解力、数学的リテラシー、科学的リテラシーの3分野で15歳の生徒に対して実施するもので、スウェーデンでは前回2018年の結果と比較して、2022年は読解力、数学的リテラシーが大きく低下、科学的リテラシーも2分野と比べると緩やかではあるが低下した。同氏によると、生徒のテスト結果とデジタル教材の利用時間は「弓なり」だったという。つまり一程度まではデジタル教材の利用時間に比例してテスト結果が上がるが、ある時間を超えると、デジタル教材の利用時間が長くなるにつれてテスト結果が下がった。同氏は、要因は不明だが非常に興味深い結果だ、と話す。また、そのほかの国際テストによると、デジタル機器の使用はデジタル能力の向上に必ずしも結びついていない結果も出ているという。

デジタル化が必ずしも生徒の学習結果にプラスに働くわけではないことが判明し、国としてアナログ重視を決めたなか、同氏にデジタル化に期待する可能性について聞いたところ、「勉強面で家庭環境に恵まれない子供の機会を補うことができる」という答えが返ってきた。家に勉強を教えてくれる人がいなくても、デジタル化により家で質問ができ、教えてもらえる環境を整備して、家庭環境による勉学の差を埋められる可能性がある。スウェーデンでは教育における包摂性と平等な機会の実現に重点を置いており、その1つとして家庭環境による教育格差の是正を目指しているが、実態としてむしろ格差が広がっている状況が背景にある。


教育庁のウォールズ氏(ジェトロ撮影)

デジタル化が実現できるスペシャルニーズ向け支援

ウォールズ氏は、デジタル化が強みを持つその他の分野として、スペシャルニーズを持つ生徒(特別な支援や補助が必要な生徒)への支援を挙げた。先に挙げた包摂性と平等な機会の実現において、同じく重視している内容だ。ストックホルムに本社を構えるILT エデュケーションは、1990年創立当初から、文字の読み書きに困難があるディスレクシアを持つ生徒をサポートする教材の開発・販売を行っている。創立当時は教材を読み上げるカセットテープを提供しており、現在はデジタル機器で使える教材を複数開発している。例えば同社製品のBegreppaでは、授業で扱う予定の題材についてキーワードなどの予備知識を、音声を含めた動画で勉強することができる。同社グローバルコマーシャルダイレクターのアレクサンドラ・ブロムバーグ氏によると、学校での授業にBegreppaを用いた予習時間を設けたり、授業中に生徒全員で特定の事柄について示しながら説明し一緒に考えたりすることも多いという。文字のみでの理解には困難があるスペシャルニーズを持つ生徒にとっては、本格的に授業で扱う前にマルチモーダル(テキストや音声、画像など複数の異なる種類の情報)で予習することにより、同題材について理解したうえで授業に参加できるため、授業への参加度合いが高まる。また、同社の電子書籍ソリューションであるPolylinoは、電子書籍の読み上げ機能を有している。いずれの製品も、スペシャルニーズを持つ生徒に加えて、母語がスウェーデン語以外の移民の生徒の勉強支援のため、複数言語で提供している。

同氏はデジタル化について、「アナログ製品と同じことしか実現できないのであれば、そのデジタル製品を使う意味はない。アナログ製品では実現できない新しいことをできるようになってはじめて、デジタルに変える意味がある」と言う。どの製品をどのように使うかは現場にいる教師が決めるため、教師の使い方によるものが大きく、ILTエデュケーションでは製品販売後の教師へのサポート(研修)にも力を入れている。同氏によると、政府のアナログ回帰の動きは、デジタル導入の是非を教育現場でよく考えて判断するよう促すものであり、紙の教科書だけでは授業についていくことが難しいディスレクシアを持つ生徒の授業参加を実現する同社教材は影響を受けないことを願っているという。


ILTエデュケーションのブロムバーグ氏(ジェトロ撮影)

教師や生徒が見るデジタル教材の利点

ユーザーである学校や生徒は、デジタル教材をどのように見ているのだろうか。6~15歳向けのカースビー・インターナショナルスクールには、両親がスウェーデン人ではなく、かつ同地在住歴が短い生徒が多く通っている。副校長でICT(情報通信技術)インストラクターでもあるミカエラ・スティ氏は、そのような生徒やスペシャルニーズを持つ生徒に対して、デジタル教材は平等な機会を提供できる必要不可欠なものだという。同校ではILTエデュケーションの教材を多数導入しているが、特に前述のBegreppaを多く活用しており、予習や復習で使用している。スペシャルニーズを持つ生徒が抵抗なくこれらデジタル教材を使えるための学校側の工夫として、障がいの有無にかかわらず低学年の時には全員が同教材を使うようにしているという。年齢が上がるにつれてほかの生徒と違う教材を使用することをためらう生徒もいるため、皆になじみのある教材とすることでその抵抗感を減らすことができる。

デジタル教材の大きな利点は、自分のペースでの視聴や巻き戻し、拡大、背景の色を見やすい色に変更するなどのカスタマイズが可能で、個別のニーズに応えられることだという。同氏がデジタル教材を選ぶ際のポイントを聞いたところ、「生徒に平等の機会を提供できる」「研究に基づき開発された製品」「安全でGDPRに準拠している」「教師にとって使いやすい」などが上がった。教師に対しては、デジタル教材導入時の留意点として、なぜその教材を導入するのか・導入によるゴールは何かを意識するように伝えているという。

より高学年である高校生は、アナログとデジタル教材の利点を教科ごとに指摘した。ストックホルム市内の私立高校と公立高校に通う生徒各1人に、政府の方針である読解力向上のためのスクリーン時間短縮について意見を聞いたところ、2人とも賛成の意を示した。デジタル機器には注意力を妨げるものが多く、教科書のほうが集中しやすいという。そのほかに、アナログで学んだ方が効率的に能力向上できると考える教科として、1人は数学、1人は数学と化学を上げ、複雑な数式を解くためには紙とペンのほうが計算しやすいためだとした。一方で、有用ととらえているデジタル教材を聞いたところ、2人が数学の練習問題と解答を提供するKunskapsmatrisen(注3)という製品を挙げた。様々なレベルの練習問題が多く収録され、また答えを導き出すステップも詳細に解説されており、すぐに答え合わせができるという。一方、小学生のときに使用していた算数のデジタル問題集は、簡単な内容が多く有用には感じなかったという。スティ氏が指摘したデジタル教材の利点である個別のニーズに応えることは、画面の見え方だけでなく、問題の難易度の調整にも当てはまる。

教育におけるアナログ重視の動きを見せるスウェーデンだが、同国が重点を置く包摂性と平等な機会の実現に向けてデジタルで解決できる課題を見いだしており、その製品開発や活用は続けられている。デジタル化が目的ではなく、手段になっていることが分かる。この姿勢は、教育現場におけるデジタル化を進める日本も参考にできそうだ。


注1:
「Science」(科学)、「Technology」(技術)、「Engineering」(工学)、「Art」(芸術)、「Mathematics」(数学)の頭文字を取ったもの。
注2:
政府は2025年4月に教育庁への指示内容を、読書時間を増やしスクリーン時間を減らすことを目的とした教育ツールの選定・使用に関する一般的な助言作成から、同ツール選定のための教師をサポートする資材の作成に変更。
注3:
コンテンツやレベルなどに応じた多数の問題(データバンク)を提供するデジタル教材。
執筆者紹介
ジェトロ調査部欧州課
牧野 彩(まきの あや)
2011年、ジェトロ入構。企画部情報システム課、ジェトロ福島、ジェトロ・ロンドン事務所を経て、2022年5月から現職。
執筆者紹介
ジェトロ・ロンドン事務所
篠崎 美佐(しのざき みさ)(在スウェーデン)
1994年、ジェトロ・ストックホルム事務所入所。現在ジェトロ・ストックホルム・レジデントエージェント。