新型コロナ後の食市場
米国最新食トレンドと日本食(1)
2024年8月2日
米国における新型コロナウイルスの感染拡大は、既に過去の出来事となっている。マスクを着用した通行人を見かけることはほとんどなく、週末の繁華街は多くの人でにぎわっている。完全にコロナ以前の日常に戻ったかのように見える一方、パンデミックによって形成されたトレンド、特に食市場に関するトレンドは、不可逆的な変化をもたらした。電子商取引(EC)の普及により、外食が当たり前だった状況は変化し、外出自粛に起因する体重増加により国民の健康意識が高まった。植物ベースの食事やオーガニック食品市場は拡大し、米国全体で健康的な食事に対する注目が高まっている。ここに、日本食がさらに米国で普及する可能性が秘められている。
新型コロナによるパンデミックは米国に多大な影響をもたらした。米国における新型コロナ感染者数総数は1億1,182万人、死亡者数は121万9,487人に上る(worldometerウェブサイト参照)。ピーク時の失業率はリーマン・ショック時を大きく上回る14.8%に達し、1,800万人が失業した。こうした中で、新型コロナがどのように米国におけるマーケットトレンドを変化させたのかを捉えることで、今後の日本の米国向け食品輸出を考察する。米国における失業率はパンデミック前と同程度まで下がり(YCHARTSウェブサイト参照)、新たなサービスやビジネスによって雇用が生まれている。今や、各業界の変化の波を捉え、今後どのように活用していくことができるのか、企業にとっては戦略を見直す時期にある。米国における食市場は、パンデミックによって特に影響を受けた業界の1つである。外食産業の業態変化や新たなビジネスモデルの出現にとどまらず、人々の食に対する考え方まで様々な変化がもたらされた。さらに、これらの変化は、米国で日本食が拡大する要因となる可能性がある。本稿では、米国における日本食が秘める可能性について、ポスト・コロナにおける米国の食トレンドを基に考察する。
コロナ後の食市場
1. 米国におけるレストラン市場
コロナ禍では、日本中のレストランが休業し、街中が静まりかえっていた様子が記憶に新しい。米国でも、約7万2,000店舗のレストランが一時的または恒久的に閉店を余儀なくされ、閉店に伴い約600万人が職を失った。現在、米国のレストラン業界における雇用はパンデミック前の水準まで回復しているが、セクター別にみると、フルサービス(ウエーターが席まで注文を取りに来て、料理を運んでくれる営業形態)のレストランでは、いまだ24万人ほど人材が不足している〔全米レストラン協会(NRA)ウェブサイト参照〕。また、人材不足や人件費の増加、インフレに伴うコスト増加によって、営業時間はパンデミック以前と比較して平均7.5%短縮されている。そのため、少ない人数でピーク時に集中して売り上げを増加させることが、現在の米国のレストラン業界で求められている。
コロナ禍においてレストラン市場に最も大きな影響を与えたのが、デリバリーサービスだ。外食が制限される中、非接触型の食事方法として急速に需要が拡大した。多くのレストランがウーバーイーツやドアダッシュなどのプラットフォームと提携し、顧客に直接食事を届けることで売り上げを維持した。また、テイクアウトやオンラインで事前に注文した商品を店舗の駐車場で受け取れるカーブサイドピックアップも普及し、消費者が安全に自宅でお店の味を楽しめる手段として受け入れられた。食事デリバリー市場でシェア上位のドアダッシュの収益は、2020年に前年比226%増加し、消費者の需要を取り込んだ。同市場はさらに拡大を続けることが予想されており、2029年には、米国のレストランにおけるデリバリー市場は430億ドルまで成長し、レストランの売上高の40%を占める見込みである。
2. 小売店市場
米国の飲食小売市場でも、大きな変化が見られた。外出自粛による外食機会の減少に伴い、自宅で食事をする人が増え、自炊する人が増えた。2021年に米国民を対象として実施されたアンケートでは、44%の人が「コロナ前よりも自宅での調理回数が増えた」と回答している。2020年の小売食料品の売上高は、前年比で9.5%増加し、7,600億ドルに達した。
コロナ禍に拡大したサービスの1つが、オンラインショッピングと食料品デリバリーだ。消費者は自宅から安全に食料品を購入できるようになり、特に高齢者や免疫力の低下した人々からの需要が大きかった。2024年現在、自炊する人の割合や回数はパンデミック前と同水準まで低下したが(AXIOSウェブサイト参照)、オンラインショッピングと食料品デリバリーサービスは依然として拡大しており、消費者の購買行動はパンデミック以前と大きく変わったと言える。例えば、小売り大手ウォルマートは、オンラインショッピングの売上高が全体の20%以上を占めるようになった。また、EC(電子商取引)大手アマゾンや食料品大手ホールフーズマーケットも競争力を高めるため、オンラインショッピングサービスを拡充した。
3. EC市場の拡大
先に示したとおり、食品市場におけるEC市場はレストラン、食料品の両方で拡大している。食料品においては生鮮食品や冷凍食品のオンライン購入が一般化し、店頭販売と遜色ない商品レパートリーとなっている。また、レストラン向けでは、ユーザーのアレルギー物質の登録機能など利便性が向上し、さらなる進化を遂げている。
オンラインショッピングを通じて必要な物資を購入することがより一般的となり、特に食品や日用品は、ECでの購入ニーズが増加した。これにより、アマゾンやウォルマート、ターゲットなどの大手小売業者はECの強化に注力し、迅速なデリバリーやピックアップサービスを提供するようになった。米国のEC市場全体の売上高は、2023年に総額で1兆600億ドルに達し、2019年から98%増加した(図参照)。
また、ECの拡大に伴い、料金を支払っている期間に利用できるサブスクリプション型の食事デリバリーサービスも増加した。外食による高額出費は避けたいが、ゼロから献立を考え調理する時間は取れない、という消費者の需要をとらえている。「ブルーエプロン」や「ハローフレッシュ」などのサービスは、定期的に食材やレシピを更新し、ユーザーに新しい料理体験を提供している。このようなサービスの普及により、家庭での食事がより豊かで多様なものとなった。「ハローフレッシュ」は2020年、米国内350万人に対して計1億2,000万食を提供した。今や自宅での食事でも、(1)自炊、(2)レストランのデリバリー、(3)食事キット型サブスクリプションなど、消費者が自身の需要に合わせて好きな方法を選ぶことができるようになってきている。
米国最新食トレンドと日本食
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- 執筆者紹介
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ジェトロ・ロサンゼルス事務所(執筆当時)
濱津 草太(はまつ そうた) - 2023年9月~2024年7月、ジェトロ・ロサンゼルス事務所で米国輸出支援プラットフォーム事業を担当。
- 執筆者紹介
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ジェトロ・ロサンゼルス事務所 米国輸出支援プラットフォーム担当ディレクター
木村 恒太(きむら こうた) -
2010年4月 農林水産省 入省
2018年5月 在ロサンゼルス総領事館 副領事(食産業担当)
2021年6月 農林水産省
2022年8月から現職