四川省と重慶市の水素エネルギー産業・企業動向は(中国)

2024年4月8日

中国西南地域はこれまで、自動車産業や重工業を中心に成長を遂げてきた。エネルギーとして依存してきたのは、伝統的な資源(ガソリンや軽油などの石油燃料)だ。しかし、近年は水素エネルギー産業の集積が進んでいる。

本稿では、四川省と重慶市を取り上げる。いずれも、中国西南地域で重要な省市だ。水素エネルギー産業はどう動き、企業はどう取り組んでいるのだろうか。

四川省と成都市の水素エネルギー産業・企業動向

四川省政府は近年、水素エネルギー産業の市場化やサプライチェーンの構築などに注力し、各種支援策や発展計画を打ち出している。四川省経済情報化庁は2020年9月、「四川省水素エネルギー産業発展規画(2021~2025年)」(以下、発展規画)を発表した。四川省の現状や具体的目標を示したうえで、重点任務、重点エリアなどを示したかたちだ。また、水素の製造、貯蔵、輸送、充填(じゅうてん)ステーションなどの供給基盤を構築し、水素燃料電池自動車(FCV)や燃料電池などの開発・製造および普及を強化していく方針が打ち出された。

本発展規画で四川省は、2025年までに、FCVを6,000台(注1)普及させ、水素ステーションを60基設置するとした。そのほか、水素産業サプライチェーンの強靭(きょうじん)化を図り、水素の製造、貯蔵・輸送、充填ステーションなどの分野で全国トップクラスの企業を25社創出することなどが目標に盛り込まれた。また、重型FCVトラックやバスの路線モデルを建設し、成都市、重慶市を中心とした「成渝水素回廊」(注2)プロジェクトを推進することも挙げられた(表参照)。

本発展規画によると、四川省は水素製造に有利な条件を兼ね備えている。具体的には、(1)水資源が豊富で水力発電が盛んで、(2)天然ガスとシェールガスの埋蔵量も多いことが挙げられる。また、(3)省内には化学物質や鉄鋼などを生産する工場がある。その生産過程で出る副生水素も活用できるという。

表:四川省水素エネルギー産業発展規画(2021~2025年)の概要
項目 概要
具体的目標
  • 2025年までに、燃料電池の中核技術を開発する。
  • 2025年までに、水素燃料電池自動車(FCV)を6,000台(注)普及させ、水素ステーションを60基設置する。
  • 2025年までに、水素産業サプライチェーンの強靭化を図る。
  • 2025年までに、水素の製造、貯蔵・輸送、充填ステーションなどの分野で、全国トップクラスの企業を25社創出する。
重点エリア
  • 成都市-内江市-重慶市間を中心に水素産業を発展させる。具体的には、資陽市、内江市、自貢市、楽山市および重慶市の沿線都市間の水素鉄道輸送を実施する。
  • 四川省南部に位置する宜賓市、瀘州市の川沿いを利用して、水素港を整備する。
  • 攀西示範区、雅安市、涼山市、アバ・チベット族チャン族自治州の鉱物資源を活用し、FCVを普及させる。
  • 四川省の豊富な水資源を利用し、3区間((1)攀枝花市-雅安市-成都市、(2)楽山市-眉山市-成都市、(3)アバ・チベット族チャン族自治州-綿陽市-徳陽市-成都市)で、水電解による水素製造装置などを設置した「グリーン水素道路」を整備する。

注:重型(大型)、中型、軽型(小型)トラック、バスが含まれる。
出所:四川省水素エネルギー産業発展規画(2021~2025年)を基にジェトロ作成

直近では、2024年3月に、四川省政府は「新エネルギー車(NEV)およびコネクテッドカー産業発展を支持する若干の政策措置」(以下、政策措置)を発表した。本政策措置では、FCVの生産拡大と応用を強化するため、完成車や自動車部品のメーカーが水素エネルギーおよびFCVに関連するプロジェクトに参加することを奨励するとした。市場普及を促進する措置として、FCトラックのナンバー規制を緩和することなども盛り込まれた。 四川省の省都である成都市も、水素エネルギー産業の発展に向け、積極的に取り組んでいる。2019年8月、成都市政府は「成都市水素エネルギー産業発展規画(2019~2023年)」を発表した。水素エネルギー産業をめぐる行政計画として、同省初だ。この発展規画では、燃料電池や水素貯蔵システムの技術を向上させるとし、2023年までに、水素エネルギーをドローンや船舶などの分野での応用を展開するとした。その他、公共バスや運搬車両、タクシーなどにおけるFCV導入を2,000台以上とする目標を掲げている。

2023年1月には、同発展規画に基づき「2022~2023年度成都市燃料電池自動車実証応用プロジェクト牽引企業」が発表された。そこで選定されたのが、成都新研水素エネルギー科技と東方電気(成都)水素エネルギー燃料電池科技。この2社は、FCV普及を促進させる重点企業として認められたことになる。

なお、東方電気は地場の大手発電設備メーカーだ。2010年から水素燃料電池の開発を開始。2019年4月に、水素燃料電池の自動化生産ラインを稼働している(中国西部初)。また、2023年7月28日には成都ユニバーシティーゲームズで、同社が自社開発した燃料電池搭載車が利用された。マイクロバス80台を、選手やスタッフなどの送迎用に運行したのだ。また2023年12月には、「東方水素産業園区」の建設を発表した。15億元(約300億円、1元=約20円)を投じ、水素の製造、貯蔵、輸送、充填など産業サプライチェーンを構築するという(2023年12月18日付ビジネス短信参照)。同区では、他社と共同で最先端の水素エネルギーの研究開発を進める構えだ。具体的には、一汽解放(完成自動車メーカー)のほか、四川省能源投資や青島康普鋭斯能源科技などの名前が挙がった。

外資系企業も、積極的に水素エネルギー関連プロジェクトに参画している。例えば、フランスの産業ガスメーカー、エア・リキード(本社:パリ)は2020年12月、中国核工業集団傘下の四川中核国興科術と、成都市で提携協定を締結した。両社は、四川省雅安市に合弁会社を設立。共同で「水素エネルギー産業クラスター」プロジェクトを始動している。(1)水力発電を活用して水素を大規模に製造する、(2)水素液化、空気分離のため工場を建設する、(3)再生可能水素の生産・貯蔵・輸送する、といったプロジェクトを進める。また、(4)水素エネルギー技術と設備製造に関し、研究開発も進める予定だ。

日本企業も動いている。トヨタは2021年11月、子会社の一汽トヨタ自動車(成都)(注3)成都工場で、北京2022年冬季五輪で選手や関係者の移動に活用するための水素エネルギー燃料マイクロバス「コースター」(FCEVコースター)を生産したと発表した。トヨタが日本国外で水素車を生産するのは、これが初めてになる。オリンピック終了後も、FCVの普及に向けてFCEVコースターが活用されている。トヨタ自動車(中国)と北京市政府は共同で、当該車両を北京市内の公共乗り合いバスとして供用しているのだ。

重慶市の水素エネルギー産業・企業動向

重慶市政府は2021年、「重慶市水素エネルギー産業発展規画(2021~2025年)」を発表。2025年までにFCVを1,500台、水素充填ステーション30基を構築する目標が打ち出された。あわせて、基幹(コア)技術を向上させるため、水素エネルギー製造設備、物流、充填、備蓄などに関連する企業と研究機関との連携を強化する。さらに、重慶市と四川省間における「成渝水素回廊」プロジェクトの推進も示されている。

その後、重慶市政府は2021年11月に、「重慶市におけるFCV普及政策措置(2021~2023年)」を発表した。この措置に基づき、重慶市政府は水素充電ステーションの建設や運営に補助金を拠出。それだけでなく、水素を充填する際にも一定金額を補助する。また、運搬車両、公共バス、清掃車を中心に、公共交通機関でのFCV普及促進も視野に入れている。

直近では2023年12月、「重慶市九龍坡区水素産業中長期発展計画(2023~2035年)」が発表された。220億元を投じて、「西部水素バレー」を構築するという。具体的には、九龍坡区に、(1)水素エネルギー科学パーク、(2)水素エネルギー産業パーク、(3)水素エネルギー産業基地を開発する(2024年1月4日付ビジネス短信参照)。こうして、水素エネルギー商用車生産拠点や、水素エネルギー・燃料電池関連部品の研究開発基地などを整備する予定だ。いずれも国家有数の規模を目指している。目標は(1)2027年までに、水素エネルギー産業の生産額を200億元に引き上げること、(2) 2030年までに、水素エネルギー実証区域を設定した上で、当該産業の生産額を400億元にすること、(3) 2035年までに、当該産業を応用する上で九龍坡区を全国最先端の地区にし、当該地区内の産業生産総額を1,000億元にすること、とした。

目下、地場系か外資系かを問わず、企業は水素エネルギー産業に積極的に参画している。水素ステーション整備に関しては、民間企業の参入も見られる。例えば2020年7月、重慶明天水素エネルギー科技(注4)は、FCV専用の水素ステーションを同市両江新区で完成させた。これは、重慶市で初の試みだ。面積は17ムー(約1万1,000平方メートル)で、1日当たりの充填能力は500キログラムという。

「西部水素バレー」構築の一環として水素エネルギー産業パークを建設するに当たっては、ボッシュ(ドイツの自動車部品・電動工具メーカー)が参入。慶鈴汽車(注5)と共同で、燃料電池を研究開発するとともに、すでに生産・販売に踏み込んでいる。重慶市政府の発表によると、ボッシュ・慶鈴燃料電池工場は、2021年12月に生産を開始した。さらに2023年11月末時点で、燃料電池1,200個を生産し、FCV500台を販売したという。

中国新聞網の報道によると、中国石油化工集団(シノペック・グループ、注6)は2023年12月、重慶市長寿区で燃料電池供給・充填プロジェクトの運用を開始した(「中国新聞網」2023年12月20日)。このプロジェクトでは、中国西南地域最大規模の水素エネルギー燃料供給基地を構築し、1日当たり高純度水素エネルギー燃料6,400キログラム分を供給することになっている。これは、重型FCトラック約260台に相当する供給量だ。


注1:
重型(大型)、中型、軽型(小型)トラック、バスが含まれる。
注2:
水素回廊とは、水素ステーションを設置した高速道路を指す。
注3:
一汽トヨタ自動車(成都)は、1999年から成都市で完成車を生産している。
注4:
重慶明天水素エネルギー科技は、安徽明天新能源科技(安徽省に立地する燃料電池メーカー)の子会社。
注5:
慶鈴汽車は、重慶市の完成自動車メーカー。
注6:
中国石油化工集団は、中央国有企業の1つ。
執筆者紹介
ジェトロ・成都事務所
王 植一(おう しょくいち)
2014年、ジェトロ入構。2014年11月よりジェトロ・成都事務所勤務。