UAEの施策や企業の動き
中東で持続可能航空燃料(SAF)を(2)

2024年7月18日

持続可能な航空燃料(SAF)に対する関心が、世界的に高まっている。その生産地として、中東地域には高い潜在的可能性がある。一方でそのための課題も多いのが実情だ(「中東で持続可能航空燃料(SAF)を(1)世界的に熱い期待」参照)。

可能性の実現に向け、さまざまな取り組みが進んでいる。中でも一歩抜けているのがアラブ首長国連邦(UAE)だ。本稿では、UAEを例に、中東諸国の取り組みと日本企業の動きを追う。あわせて、日本と中東、相互の連携可能性について考えたい。

UAEは、「ロードマップ」「方針」で施策を打ち出す

中東地域のSAF生産の潜在的可能性と現状について、この連載の(1)では世界経済フォーラム(WEF)のレポートなどを参照して考察してきた。この記事では同地域の国や企業の取り組みについて、UAEを例に確認していく。なお当地は世界的な航空ハブで、国営航空会社6社が本拠を構える(注1)。

UAEがSAF調達で好適な状態にあることは、米国の航空機大手ボーイング(注2)幹部も指摘している。中東では一般的にSAFの生産促進に向けた政府の関与が不足しているとされるものの(注3)、UAEはその例外という。事実、UAE政府はWEFの支援を受けて2022年7月、「PtL拡大に向けたロードマップPDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)(9.35MB)」を発表済みだ。さらに、2023年1月にエネルギー・インフラ省が「国家SAFロードマップ外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます」を、2024年1月に政府全体としてSAFに関する一般的な方針外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます」を、それぞれ発表した。その骨子は以下の通り。

  • 国家SAFロードマップ
    制定の狙いは、(1)航空部門の脱炭素化を加速する、(2)低炭素航空燃料(LCAF)を製造する地域ハブになるよう国を変革する、(3)国際協力を主導し中東地域の価値を向上させる、ことなどにある。
    2030年までには、同国で環境に配慮した航空燃料を年間7億リットル生産する能力を開発するとした。これにより、2030年までに二酸化炭素(CO2)が推定で累計480万トン削減される。その過程で、新たな雇用を最大1万8,000人創出できる。
    一方でそれだけのSAF生産量を確保するには、70億~90億ドル投資して、国内に生産工場を3~5カ所設立する必要があると予測した。 さらに将来的には、国内で生産したSAFの一部を輸出することも目指すという。その結果、2030年までの輸出収入総額は、17億ドルに上る可能性があるとした。
  • SAFに関する一般的な方針
    国内生産を促すという点では、「方針」も同様だ。2031年に国内空港でUAEの航空会社に供給する燃料全体のうち、1%をSAFにするとした。

こうした取り組みは、「UAE エネルギー戦略2050外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます」「2050年までのUAEネットゼロ戦略的イニシアチブ」などに見られる方針にも整合する。国際航空運送協会(IATA)が2024年6月に開催した年次総会(AGM)では、アブダッラー・ビン・トゥーク・アール・マッリー経済相が「(UAEが)低炭素経済に移行していく上で、航空分野は主要な構成要素」と強調。また、自国を「SAF生産の地域拠点」と位置付けていることに触れた。

なお、同国経済の中で、航空分野の存在感は非常に大きい。例えば、GDPに占める航空部門の構成比は13%以上に及ぶ。この構成比は、今後さらに拡大すると見込まれている。また雇用面でも、10%が航空関連と言われる。

中東で企業はどう動いている

UAE(連邦政府)としてだけでなく、首長国単位でもSAF生産を促進している。最近では、2024年2月に開催された世界経済サミットでの動きが目立った。ドバイ首長国政府はこの機会を捉え、3社〔ENOC(ドバイ首長国の国営石油会社)、ベーシックス(BESIX/ベルギーの建設・不動産開発・公共施設運営大手)、丸紅(日本の総合商社)〕と覚書(MoU)を締結。当該MoUには、(1)最先端の技術を活用して、廃棄物や下水からグリーン水素を精製すること、(2) SAFを商業生産するプロジェクトを通して、2030年ごろまでに廃棄物処理の流れを変えること、などを盛り込んだ。ドバイ首長国は、一定量の廃棄物を供給することを義務として担ったかたちだ。

もちろん、航空関連事業者など、個社の動きもある。例えば、国際民間航空機関(ICAO)が主催する会合が2023年11月にドバイで開催された際、8企業・機関(注4)が当地で研究コンソーシアムを立ち上げた。研究は、SAF技術の開発・生産・拡大に重点を置く。アール・マッリー経済相は「政府・民間部門・学界が結集し、共同で推進している」「SAF業界で、最大かつ最もユニークなコンソーシアム」などと発言。今後は関連の国際組織と連携する含みも残した。

個別企業の動きとしては、以下のようなものがある。

  • ENOC
    ドバイの空港で、2024年からSAFを供給する計画がある。最高経営責任者(CEO)のサイフ・フマイド・アル・ファラシ氏は、「当社の取り組みは、ドバイ首長国がネットゼロの目標を達成することにつながる」「国内外でSAF生産を模索している」などと述べた。
    その一環として2023年11月、ネステ(Neste/フィンランドのエネルギー企業)と契約を締結。ドバイをはじめとする中東・北アフリカ(MENA)地域で、相互にSAFを取引する可能性を模索するとした。
  • マスダール(アブダビに拠点を置く再生可能エネルギー企業)
    アブダビ国営石油会社(ADNOC)、BP(英国のエネルギー大手)と共同で、UAEでのSAF生産について実現可能性を調査することに合意した(2023年1月の共同声明)。
    同じく2023年1月、トタルエナジーズ(フランスのエネルギー大手)、シーメンス・エナジー(ドイツのエネルギー大手)、丸紅と、コンソーシアムを結成。このコンソーシアムを通じて、メタノールからSAFを製造するための新手法を認証している。同年12月には、新手法で製造したSAFを用い初めて実証飛行した。
  • 伊藤忠商事(日本の商社)
    2022年10月、NESTEと共同で、エティハド航空の成田発便にSAFを供給した。
  • ADNOC
    同社のルワイス製油所が2023年10月、SAFの国際持続可能性炭素認証を取得した。
  • タドウィール(Tadweer/アブダビ首長国の廃棄物管理会社)
    2023年12月、ランザテック(米国の炭素リサイクル会社)と契約を締結。廃棄物からSAFを生産する可能性を探っている。
    アブダビでは、リサイクルが困難な廃棄物が年間35万トンも出る。これを年間20万トンのエタノールに変換。最終的に、年間12万トンのSAFを生産できるという。

このほか、中東地域で見られる企業・主要航空会社の動きを、次のとおりまとめた(表1、表2参照)。

表1:SAFに関する中東地域(UAE以外)の動き

サウジアラビア
企業名 連携企業/国 年月 取り組み
アルファナール 英国 2022年3月 廃棄物からSAFを生産する英国のプロジェクトに、13億ドル投資。
AviLease サウジアラビア投資リサイクル会社(SIRC/サウジアラビア) 2023年1月 SAFの生産と流通に関して覚書(MoU)締結。
サウジアラムコ トタルエナジー(フランス) 2023年10月 SATORP(サウジアラムコとトタルの合弁)が、使用済みの食用油から認証済みSAFを生産することに成功。中東地域では初。
当該製油所が所在するのは、サウジアラビアのジュバイル工業都市。
トルコ
企業名 連携企業/国 年月 取り組み
トゥプラシュ(Tüpraş) ハネウェル(米国) 2022年11月 使用済み食用油などを原料にSAFを生産する技術ライセンス取得。トルコで初めて。なお、当該製油所が所在するのは、イズミル。
2024年5月 生産計画の進捗を報告。エンジニアリング調査は、2025年末までに完了する予定。
ティリヤキ・アグロ(Tiryaki Agro/トルコ) 2024年5月 ティリヤキ・アグロはトゥプラシュに、SAF生産のための原材料(植物・動物の廃棄物、残留油に由来)を提供。
イスラエル
企業名 連携企業/国 年月 取り組み
BGNテクノロジーズ ラルコグループ(Ralco Group/イスラエル) 2024年2月 SAFを生産するため、新たに合弁会社Carbo NGVを設立。Carbo NGVは、2025年までに最初の実証プラントを稼働する予定。
クウェート
企業名 連携企業/国 年月 取り組み
国際石油公社(KPI) フランス 2023年12月 フランス北部のバイオ精製所でSAFの混合プロセスを完了。製造するSAFは、フランスのシャルルドゴール空港とオルリー空港に納入予定。
国立銀行(NBK) DHL(ドイツ) 2024年5月 DHLと提携し、同社のGo Green Plusサービスに参加。全ての国際貨物輸送でSAF使用を目指す。

出所:各種発表からジェトロ作成

表2:中東地域主要航空会社のSAFに関する動き

アラブ首長国連邦(UAE)
航空会社 年月 取り組み
エミレーツ航空 2023年5月 商業航空で化石燃料を削減するための研究開発(R&D)プロジェクトに、2億ドル拠出することを約束。
2023年10月 ネステ(フィンランド)との協力を拡大すると発表。ネステは2024~2025年にかけて、300万ガロン超のNeste MY SAFを供給する。なお、Neste MY SAFとは、ネステが化石ジェット燃料に代えて販売するSAF。
2023年11月 SAF100%でのデモ飛行に成功。中東・北アフリカ(MENA)地域では初。
当該飛行では、複数あるエンジンの1つに100%SAFを使用。残りのエンジンを使わずに、ドバイ国際空港から海岸線を1時間以上飛行した。
UAEのエネルギー・インフラ省が支援するコンソーシアム「air-CRAFT」に参加。
2024年1月 航空部門の脱炭素化を支援するため、SAFの生産を支援する英国の「ソレント・クラスター(Solent Cluster)」に参加すると表明。
2024年5月 英国ロンドンのヒースロー空港で、シェルからSAFの供給を受ける。シェルによるSAF供給は、今回が初。
2024年6月 燃料供給システムへのSAF供給を追跡。業界内で使用される方法論を通じて環境への利点を計算すると発表。
シンガポール・チャンギ国際空港で、SAF供給を実現。アジアで供給を受けるのは、同社初。
エティハド航空 2022年10月 SAFを使用した便(40%ブレンド)が成田から離陸。
SAFを供給したのは、伊藤忠商事とNESTE。国際航空会社に日本からSAFを調達したのは、今回が初。
2022年11月 ワールドエナジー(米国)と覚書(MoU)を締結。航空業界の排出量削減を通じ、脱炭素化を目指す長期的なパートナーシップを確立するのが狙い。
2023年5月 トゥエルブ(米国の炭素変換企業)と覚書(MoU)を締結。Eジェット燃料の推進で協力する。
2023年11月 「air-CRAFT」に参加。
CSPSA(スペイン)と覚書(MoU)を締結。SAFの研究と生産を通じて、航空輸送の脱炭素化を加速させる。
カタール
航空会社 年月 取り組み
カタール航空 2022年10月 Gevo社(米国)と提携。SAF 2,500万ガロンを購入。SAFの国際的なオフテイク契約を発表するのは、MENAで初。
2023年5月 オランダのアムステルダム・スキポール空港で純SAF 3,000トンの供給を受ける契約をシェルと締結。購入額は、数百万ドルに及ぶ。欧州政府が設定したSAF義務を超える大量のSAFを調達した航空会社として、MENA初。
トルコ
航空会社 年月 取り組み
トルコ航空 2022年2月 イスタンブール空港~シャルルドゴール空港(フランス)間で、初めてSAFを使用。
2022年10月 「グローバルSAF宣言」に署名。航空宇宙、航空、燃料バリューチェーン業界が連携し、SAF導入促進に共同で取り組むのが、その狙い。
2022年11月 「微細藻類ベースの持続可能なバイオジェット燃料プロジェクト(MICRO-JET)」が、航空センター(CPA)の「航空会社持続可能性イノベーション」賞を受賞。
なお「MICRO-JET」は、ボアズィチ大学(トルコ)と共同実施している取り組み。科学者と協力し、世界で初めてカーボンネガティブなSAFを開発した。

出所:各社プレスリリースなどからジェトロ作成

同国のSAF生産は、他国にも及ぶ。例えばアセレン(アブダビ首長国政府系エネルギー企業)が2023年12月、ブラジルのサンパウロでSAFとバイオ燃料を生産する計画を発表している。投資額は25億ドル超(2023年12月18日付ビジネス短信参照)。

日本企業との連携の可能性

これまで、世界と中東地域のそれぞれで、SAFに関する動向をまとめてきた。最後に、日本企業と中東地域諸国との連携の可能性を探る。

まず、SAFに関し日本はどのような施策を講じているのだろうか。経済産業省は2023年5月、SAF導入促進に向けた官民協議会で「2030年時点で、『国内エアラインによる燃料使用量の10%をSAFに置き換える』」目標を提示した(経済産業省資料参照PDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)(838KB))。また、国土交通省も運輸部門でのSAF原料のサプライチェーンの構築が必要としており、政府の支援案も検討している。そうした中で、(1)製造能力や原料サプライチェーン(開発輸入を含む)を確保する、(2)国際競争力のある価格で安定的にSAFを供給できる体制を構築する、など環境整備が必要になる。

なお、SAFの供給を確保することだけが課題というわけではない。国内でSAF生産することも大切だ。そのため2022年3月、業界横断で国内15社が有志団体「Act for Sky」を設立している。

このような状況で日本企業がSAF事業に関与した例としては目下、次のようなものがある。

  • 伊藤忠商事
    2023年1月、レイヴェン(米国)と事業提携することで合意。レイヴェンの製造するSAFを、全日本空輸(ANA)と日本航空(JAL)向けに供給する(2023年1月19日付ビジネス短信参照)。
  • 三井物産
    2023年9月、ガルプ(ポルトガルのエネルギー大手)と、SAFを量産する事業を共同推進すると発表(2023年10月4日付ビジネス短信参照)。
  • 丸紅
    2024年2月、HDヒュンダイオイルバンク(韓国)から調達したSAFをANAに供給開始。

こうしてみると、日本企業にとってSAFを確保する上での環境整備は米国や欧州で進んでいることがわかる。実際、中東地域との提携例はまだ限られている。丸紅や伊藤忠商事の事例(前述)程度にとどまるのが現状だ。しかし、日本での取り組みが加速していくことを踏まえると、他地域中東での提携などが拡大していく余地もあるとも言えそうだ。

既に当連載の(1)で触れたとおり、中東地域には、原材料調達を含め地理的な利点がある。特にUAEがSAF利用拡大に向けて積極的に取り組んでいることは、注目に値するだろう。いずれ中東地域との連携が進むと、日本でもSAFの生産、活用が大きく進む可能性がある。

中東地域のSAF生産の潜在性に注目し、動き始めた例は、既に他国に見られる。直近では2024年6月、スイスのアイフュール・エージー(iFuel AG/航空燃料サプライヤー)が中東の生産者と契約締結。供給を受けるSAFを増やすと発表した。同社のリナド・エル・ラバCEOは「当社は既に、中東の主要市場プレーヤーと積極的な協力を始めている」と話した。

日本は、資源に恵まれない。SAFを安定的に国内生産・調達するためには、他国と連携することが不可欠だ。その上で、中東地域は有力なパートナー候補となるだろう。


注1:
UAEに本社を構えるのは、(1)エミレーツ航空、(2)エティハド航空、(3)エア・アラビア、(4)フライ・ドバイ、(5)ウィズエア・アブダビ、(6)エティハド航空とエア・アラビアの合弁会社(未就航)の6社。
注2:
ボーイングは航空業界の炭素排出量目標の達成のため、エミレーツ航空やエディハド航空と提携している。
注3:
中東諸国で政府の関与が不足していることは、WEFのレポートでも指摘されていた(当連載(1)参照)。
注4:
(1)エミレーツ航空、(2)エティハド航空、(3) アブダビ国営石油会社(ADNOC)、(4) ENOC、(5)マスダール、(6)ハリーファ大学〔UAE(アブダビ首長国)の高等教育機関〕、(7)ボーイング(米国系)、(8)ハネウェル(米国系)。

中東で持続可能航空燃料(SAF)を

  1. 世界的に熱い期待
  2. UAEの施策や企業の動き
執筆者紹介
ジェトロ調査部中東アフリカ課
加藤 皓人(かとう あきと)
2024年2月、都市銀行から経験者採用で入構し、現職。